ep.05 放課後
太東がこんなことを唐突に言い始めたのは、佐藤が転生者学園に転校してから3日経った時の放課後だった。
「なぁ、佐藤。カラオケ行かね?」
「カラ、オケ……?」
帰りの支度が終わり、リュックを背負いかけだった佐藤。彼はまるで耳慣れない言葉を聞いた時のように首を傾げる。カラオケなんて、散々聞いた言葉のはずなのに。
ともあれ佐藤がそう思うのも仕方がないことだった。此処は転生者学園オーネストを擁立し、つい最近までは未開大陸なんて呼ばれていた第8大陸アールマだ。カラオケなんて余分があるとはないと考えるのが普通である。
「え、カラオケあるの?」
「あるぞ」
目を剥く佐藤に太東はやはり平然と言う。隣で聞いてた桜庭も身を乗り出してきて、
「最新機種が入ってるよ。楽曲も常に最新のものだし」
「えぇ……そんな駅近みたいな…………」
佐藤は地元の駅前を思い出す。彼の地元はさほど発展した場所ではなかったが、発展していなかったといえるほど寂れていたわけでもない。駅前にはカラオケくらいはあった。転生者学園オーネストなんて仰々しい名前がついていても、やっぱり平凡なところは平凡だった。
「娯楽施設も結構しっかりしてるんだね」
「そりゃあ学生がいるところだもん。学生向きの娯楽施設はある程度はそろってるよ。でも、その様子だと、もしかしてあんまり街の方は見てない?」
「うん、そうだね。スーパーは日用品とか飲食物を買うのに使ったけど、それくらいかな」
「じゃあ、みんなで行こうよ! 1年3組の人格持たずでっ」
桜庭が太東に輝く視線を向ける。
「いいぜ。俺もそのつもりだったし」
「やたっ」
桜庭は反射的にガッツポーズ。
というわけで放課後は皆でカラオケに行くことに。さて、そういえばチムニーは何処に行ったのか。
「日直の仕事に行ってるね」
「転生者学園で『日直』って聞くと、すっごい違和感あるよ……」
■
転生者学園オーネストは学園だけが第8大陸アールマにぽつんとあるわけではない。学校のような公共施設は否応なしに多くの人を集める。それに付随した産業もまた展開してくるわけだ。学園周辺部は此処はそういう風に開発されてきた。
「ずばり、人呼んで学園街オーネストタウン。学生と研究者を中心に作られた街だよ」
桜庭が上機嫌に歌い上げる。
日直の仕事が終わったチムニーと合流して、1年3組人格持たず組は通学路へと繰り出した。
学園街オーネストタウン。其処は学生と研究者が中心に回る場所。転生者学園なんて大層な名前の学園を軸に開発された街ながら、何処にでもありそうな平凡な街並みだった。『近未来的な』とか、『古代都市的な』とか、そんな形容詞が着くような街並みではない。コンクリートで出来た建物がならぶ街である。
とはいえ特殊な街であるため、都市デザインの観点から見れば普通の都市との相違点が勿論ある。例えば不必要な施設は徹底的に排除され、必要最低限の施設しかないところとか。街は小規模であり、自動車がいらないため車道がない。大通りにはだたっぴろい歩道と細い自転車専用道があるだけだ。このように学園街オーネストタウンは他の都市では見られない、ちょっと変わった街になっている。この特徴は佐藤からすれば、転生者学園とその周辺で実感できる数少ない特別感だったりもした。
故に、特別と平凡が交じり合う学園街で、『カラオケ』なんて日常の象徴があることに佐藤は違和感を隠せない。
「そういえばカラオケって何処にあるの? 一度もそれっぽいところ見たことないんだけど」
「そんなに遠くじゃないよ。通学路からちょっと外れたところかな」
「というか、そんなにわかりにくくないはずだぜ。デカデカとネオンの看板が出てるし」
「……もしかしたら佐藤さんは転校してきて以来、マンションと学園を往復するだけだったのでは?」
チムニーの疑問に佐藤は深く頷いた。あいにく佐藤は見知らぬ街を散策するほど、アグレッシブじゃない。
ただ学生手帳に載っている地図にある程度の知識だけはあった。
学園街オーネストタウンは大別すれば2つの区域に区分される。
1つは学園街の中心となる学生生活区。学生マンションや大型食料品店、日用品店などの生活必需品店は勿論のこと、カラオケのような学生向けの娯楽施設や図書館などの学習補助施設がある。
2つ目の区域はやや外れた所にある研究施設区だ。此処には転生してきた超越者たちがこぞって集まっている。既に失われてしまった古代の叡智を持った人物や現代に続く学術基盤を作ったような傑物たちが、だ。また同時に『転生』という現象そのものが、稀有な研究対象となりうる。転生者学園オーネストはその本質故に、どうしようもなく研究意欲を掻き立てる場所らしい。統一政府はかなりの投資をして、専門分野の違う研究所をいくつも作ったと佐藤は聞いている。
(学術都市みたいなものかな)
佐藤の実家がある第5大陸にも大学を中心に開発された都市があった。オーネストタウンはその縮小版と言ったところだろう。
そんなことを思う佐藤は、3人に連れられてオーネストタウン唯一の交差点を左に曲がる。学生手帳の地図に基づけば、その先にあるのは『福利厚生エリア』なんてお堅い言葉で呼ばれていた場所だ。
他愛のない話をしながら歩いていくと、直にネオンの看板が賑やかな建物群が見えてくる。
「なんかアングラな雰囲気だね」
「作った人、若干センス古いよねー」
目がちかちかする蛍光色で彩られた看板には『ゲームセンター』、『ボウリング』、『バッティングセンター』などとそれぞれの名前がでかでかと書かれていた。
そして、その看板の中に目的地はある。
「此処がカラオケだ」
太東がそう言ったのは、一見雑居ビルに見える縦長の建物。ガラス張りのドアから中をうかがってみると、薄暗い建物内はいかにも『カラオケ』な雰囲気だった。
一行はそのままカラオケ内に入る。彼らを迎えたのは大音量の流行音楽。耳に堪えるノリノリなリズムを聞き流しながら、受付で2時間分(ドリンクバー込み)の料金を払い、部屋を借りた。
太東が代表して、渡された人数分のコップと『8』という部屋番号が書かれた札を持ってやけに狭いエレベーターへ乗り込み、2階にある8番の部屋へ。
部屋に入った一行を出迎えたのはドデカイモニターに映し出された流行の女性アイドルグループ『桜ブロッサム』。確か第1大陸で一番人気のアイドルだ。部屋に入れば、大きな液晶テレビにやたら重そうな角肩のテーブルと安っぽい人工皮革のソファーが壁に沿う形でL字型に置かれているのが見て取れる。
「みんな、席の希望あったりする?」
桜庭の問いに3人は首を横にふる。何処に座っても大して変わらないだろう。
よって流れで桜庭とチムニーが扉から見て奥側に、佐藤と太東の2人が手前側の席に着く。
「さて、と。それじゃあ、とりあえず飲み物とって来るか! 皆、何が良い?」
「「いや、太東君に全部任せるのは悪いから手伝うよ」」
佐藤と桜庭は声を合わせて、同時に腰を上げた。そして手を伸ばすと、コップを取ろうとする指先が触れ合った。
「「あ」」
ぬるい体温と生々しい柔らかさが佐藤の指先から脳へと伝播する。
即座に手を引っ込めた。鏡合わせのように桜庭も同じタイミングで手を引っ込める。
顔が熱い。桜庭の顔も真っ赤だ。
展開されるピンク色の領域に太東とチムニーは脱力と溜息と共に呟く。
「「なんだこの空気」」
「「なんでもないよ!」」
照れ隠しですら息ぴったりな2人に太東とチムニーは流し目で再度深い息を吐く。ここ3日はずっとこんな感じだった。なんだか佐藤と桜庭の間で妙にラブコメチックな展開が多いのだ。転校初日から、ずっとこんな調子で、歯車がかみ合っているというかなんというか。どうにも息が合いすぎるのである。
度重なるラブコメ空気にあわあわする桜庭。その隙に、佐藤は颯爽と2人分のコップを手に取った。
「あ」
「とりあえず、今回は僕が行くよ」
「えっと、なんかごめんね」
「別にこの程度、大したことないし、そんなことしなくても――」
「――今度、何かで返すからっ」
「んな、大袈裟な」と思うが、しかしそれが桜庭ミリヤという少女であることも佐藤は理解していた。なんというか律儀なのだ、彼女は。ただの転校生に無駄に世話を焼いてしまうくらいに。
「太東、
「あいよ。桜庭は?」
「じゃあ、ソーダで」
「氷は2人とも入れてきた方が良い?」
「お願い」「お願いします」
女子勢の要望聞き、男子勢はコップを2つずつ持って部屋の外へ。
「ドリンクバーは何処?」
「こっちだ、ついてこい」
やや薄暗い店内を太東が案内してくれた先にあったのは2台のドリンクバーだった。1つはジュース類が主のドリンクバー。有名な清涼飲料水や果実類のジュースが並び、水や緑茶が申し訳程度にちんまり置いてある。もう1つはコーヒーや紅茶を中心としたソフトドリンクがまとまったもの。「冷」しか取り扱っていないのはコップの材質が故だろう。喫茶店で頼めるような飲み物が8種類ほど並んでいる。
「佐藤は何を呑むんだ?」
「ブラックコーヒーかな。苦いのが好きなんだ」
「おぉう、大人……。俺は安易に炭酸飲料なんだけども」
「好き嫌いに大人も子供もないでしょ?」
「そして、それを無邪気に言える辺り、本当の本当に考え方が大人でござった」
「?」
太東の発言の意味が分からず、佐藤は首を傾げた。どういう意味なのだろうか。大したことは言ってないと思うけど。
不思議そうな顔をする佐藤に太東はまた悔しがるような、笑っているような、そんな曖昧な表情を浮かべている。だが、彼はすぐに切り替えて、にやにや笑いをすると、
「で?」
などと意味ありげに聞いてきた。
「でって?」
「決まってるだろ。桜庭との関係だよ」
「決まってないよ。文脈無視しすぎじゃない? どういう文脈?」
全く以て訳が分からない。太東は何を言いたいのか。
佐藤は不快そうに眉を顰めると、
「言っておくけど、太東君が期待するようなことなんてないよ」
「いやいや、ないとは言わせねえぞ。ないとは。なんだよお前ら、出会った初日から色恋の気配を漂わせおって」
「あれは別になんでもないから。ただ偶然が重なっちゃってるだけだから!」
確かにラブコメチックな場面はある。あるというか、めっちゃある。手が触れ合ったりなんて、ざらにある。
でも、ただそれだけだ。
「確かに変な偶然は多いよ。それは否定しない。多分、僕と桜庭さんは息というか生きていく上でのリズムが合いやすいんだと思う」
「ほぅ。中々に運命的じゃないか」
「茶化さないでって、ただそれだけなんだから。運命的だからと言って、好きになるわけじゃないでしょ」
漫画やアニメだと運命的な出会いから恋愛に発展するのは定番だ。けれど、現実とフィクションは違う。そんなご都合展開あるわけないのだ。
「でも、桜庭は結構お前のこと気にかけてるみたいだぜ?」
「それは桜庭さんがクラスの委員長だからだよ。担任の神納先生にも頼むって言われてたし」
だから――
■
桜庭は部屋に備え付けられていた端末を操作する。
「~~♪」
鼻歌を歌って上機嫌な様子で見るのは、最近の人気曲のラインナップ。桜庭は端末のアプリで自分が歌う曲を選んでいた。
そんな桜庭にチムニーは冷水を浴びせるかのように、こんな質問をしてくる。
「ところで」
「ん?」
「佐藤さんとは、一体どのようなご関係なんですか?」
「ぶふぉっ」
思わず吹き出す。飛んだ唾は端末の画面に思いっきり、付着した。
「あら、汚い」
「チムニーが変なことを聞いてきたからだよ! もう!」
可愛らしい花柄のハンカチを取り出して、端末に付着した自身の唾を拭く。
しながら、問うた。
「なんで、そんなっ、そんな急に私と佐藤君の関係のことを?」
「別に不思議なことではないでしょう。先程のような色気づいた雰囲気を私たちは見せつけられているわけですし。」
「だからって、別に彼と私との間には何にもないよっ!」
顔を真っ赤にして否定する桜庭。だが、チムニーは納得でないようで、訝しげな顔のままだ。
「あんなにいつもべったりなのに?」
「あれは委員長の仕事をしてるだけですぅー。別に他意はありませんー」
桜庭は1年3組の学級委員長だ。桜庭が佐藤を気に掛ける理由なんて、ただそれだけ。特別な他意なんて微塵もない。ただそれだけなんだ。
だから――
■
「「だから、そういうのじゃないよ」」
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