ep04 転生前

「――と、まぁ、僕についてはこんな感じかな。2歳年下の妹がいる4人家族で、実家は第5大陸にあるって感じ」

「「「ほー」」」


 つらつらと佐藤が述べ上げるプロフィールに1年3組の人格持たずは感心した声を上げた。

 何故そんなことになったのかと問われれば、朝礼で中途半端に終わった佐藤の自己紹介を今この場でやってしまおうという話だった。そして全てを聞き終わった3人は箸を止めて、しみじみと言う。


「まぁ、なんというか普通だな」

「普通ですね」

「あはは、2人ともそんなにバッサリ言わなくても……まぁ、私も普通だと思うけど」


 う。確かに平凡な人性である自覚は佐藤にはある。だが、とはいえ、他人に落胆と共に「普通」と言われると少しばかり反感を覚えてしまうものだ。

 佐藤はやや唇を尖らせて、


「みんなは一体何を期待してたって言うのさ」


 自分で言うのもおかしいかもしれないが、佐藤友志は取り立てて特別なところがない平凡な男子高校生だ。街中で石を投げれば佐藤のような学生に当たると言って良いくらいに平凡だ。特別なんて何もない。成績も、運動も、学校ではいつも平均あたりを行ったり来たりしていた。特別と言えるのは名ばかりの転生者認定だけ。どうしようもなく平凡なのに3人は何を期待しているのだろう。

 桜庭は佐藤を宥めすかすような口調で口を開く。

 

「ほらさ、佐藤君は人格どころか、転生者が必ず持ってる転生前の記憶すらない転生者でしょ。何かあるんじゃないかなぁって期待くらいは私たちもしてるんだよね」

「それを言われると何も言えない……」

 

 世界が転生者を現代に受け入れ始めて、早20年弱。その間に転生してきた者は300人を超えた。転生者は人格持ちと人格持たずに大別されるが、どちらも転生前の記憶と特異で常人とは隔絶した能力を保有していることに変わりない。

 だがその300人以上の転生者の中で、佐藤友志はただ一人、ただ一人だけ人格どころか、記憶や能力すら持っていない転生者だ。その異常性は言うまでもない。転校早々に人格持ちから白い目で見られてしまうこと良い証拠だ。


「人格持ちほどじゃあねえが、俺だって色々思うところはあったりすんだぜ? 」

「佐藤さんは前例のない記憶を持たない転生者、ですからね。、なんて思ってしまうのです」


 太東とチムニーも口々にばつが悪そうな顔でそう口にした。だが、3人を佐藤は責めることは出来ない。前代未聞の記憶のない転生者と聞けば、佐藤だって同じことを思う。史上初という肩書は多かれ少なかれ人の興味を掻き立てるのに十分だ。

 ただ、いくらしょうがないとはいえ、人を見世物のように扱ったのは事実。人格持たずの3人は気まずそうに佐藤から視線を外す。そんな彼、彼女らをなだめながら、佐藤は話を変えた。


「えっと、じゃあ、皆のことも教えてくれない?」

「別に俺達も普通だぜ。いくら人格持たずとはいえ」

「いやいや、その人格持たずが凄いことじゃん!」


 つまり、


「皆の転生前って誰なの?」


 人格持たずである3人の人格は転生前のそれではなく、新しく生まれたばかりの人格だ。太東やチムニーはそうだし、桜庭だってそうだろう。佐藤の目の前にいる3人は転生前の超人たちではない。

 だが3人は記憶を持っている。転生前の超人としての記憶を。そしてその記憶には、きちんと転生前の自分自身がはっきりといるのだ。

 とはいえ、転生前の記憶とは極めてプライベートな話題ではある。容易に踏み込むべき領域ではないと佐藤には思えた。おまけに漫画とかだとこういうのは隠したがるもの。実は聞いちゃいけないことだったかもしれない。

 聞いておいて若干心配になった佐藤。気を紛らわすように麺を啜り始める。けれども、彼の心配をよそに太東と桜庭はあっさりと答えた。


「俺の転生前は〈風刃烈波〉サブライ・ロウ。有名なのは旅行記兼決闘記のエミテラ紀行録だな」

「私は〈法則逸らしの陰陽術師〉尾道末長女おのみちのすえながのむすめですね。大和祭祀秘記録の執筆者です」

「ぶばほォっ!」


 とんでもないビッグネームが飛び出した。あまりの驚きように噎せ、吸いかけていた麺を丼の中に吐き出す。


「おいおい、きたねえなぁ」

「ぶっ、ごほっ、ごふっ。だ、だって、とんでもない名前が飛び出してきたから……サブライ・浪に尾道末長女って……超有名人じゃんか!」


 口元をぬぐいながら、佐藤は鼻息を荒くする。

 転生者してきた超越者は数多い。その中でも知名度の差異はある。太東とチムニーの転生前であるサブライ・浪と尾道末長女の知名度は上から数えた方が速いくらいだ。

 なにせ、


「史上最強の剣客に、陰陽道最強の守護者っ!」


 〈風刃烈波〉サブライ・浪。

 〈法則逸らしの陰陽術師〉尾道末長女。

 両者とも人類史に深く名を刻んでいる2人である。


「サブライ・浪といえば統一暦以前の時代に実在した出自不明・正体不明の謎の剣豪! 世界中を旅して、当時の戦士たちを全員打ちのめしたという猛者!」

「お、おう。まぁ、実際は全員と戦えたわけじゃないんだけどな」

「尾道末長女は今はなき大和皇国の首都、興宮京おきのみやのみやこを怪異から守る最強の守護者! 大和三想の儀礼をまとめ上げ、呪的防御を盤石とした優れた学術者でもある!」

みやこの守りについては尾道末長女だけでなくて、麾下の陰陽師や僧とも協力していたので、尾道末長女だけの成果と言われると首を傾げざるを得ませんが」

「どうであれ、すごいことだよ! これほど凄い人の転生者に会えるなんて思わなかった!」


  目を輝かせて、佐藤ははしゃぐ。そのままの勢いで桜庭に問うた。


「それでそれでっ、桜庭さんは?」

「……………………えぇっと、そのぉ」


 ずずずぅぅっ、と音を立てながら、桜庭はラーメンを啜る。なんとなくラーメンを啜る頬がひくついているように佐藤には見えた。

 桜庭との関係が佐藤より一ヶ月ほど早い2人は曖昧な顔をしている。一体何があるというのか。

 そうこうしてるうちに麺を啜り終え、具を物凄い掻きこみ、スープを躊躇いなく飲み干した桜庭はぼそりと言った。


「………………ィア」

「…………はい?」

「快癒神アイティア! それが私の転生前なのっ」


 顔を赤くして、爆ぜるように桜庭は言った。

 快癒神アイティア。あまり聞きなれない神の名だ。おそらく主要な文献に名はない。佐藤の記憶に直結しない。だが、彼の記憶の奥底にはその神の名は在った。


「快癒神アイティア……確かかつて第3大陸で信仰された土着の神、だったっけ?」


 佐藤がその記憶に辿り着くと、桜庭は――太東とチムニーもだが――たいそう驚いたように目を見開いた。

 それから嬉しそうに声を弾ませて言う。


「そう! その神様! すごい! 初めて私の前世を知ってる人に会った!」


 はしゃぐ桜庭に佐藤は両手を包み込まれた。この1日だけで、何度も彼女に手を取られているがそれでも顔の赤面は抑えられない。くりくりとして人懐っこい緑色の瞳には喜色があろいありと浮かんでいて、手を突き放すのも躊躇われる。なんとなく子犬の姿を幻視した佐藤だった。

 とは言え気恥ずかしいものが気恥ずかしい。大体10秒間くらい彼女に付き合うと、佐藤はややためらいがちにお願いする。


「…………桜庭さん…手……」

「うわっととっ、ご、ごめん…………」

「……………………」

「……………………」


 本日何度目かのピンク色の沈黙である。なんだか恒例のやりとりとなりつつあるラブい2人を半目で見ながら太東とチムニーの蚊帳の外組は佐藤に問う。


「「もしかして神話オタク?」」

「んぐぅっ」

 

 蛙が潰れた時のような声を上げて、佐藤は肩を大きく跳ねさせた。

 否定はできなかった。というか、まんまそれだ。昔からおとぎ話は好きだった。それが高じて神話や伝説を読み漁るようになり、気づけば主要な神話や伝説だけでなく、偽伝や異説、研究者くらいしか知らないような文献まで手を出して、知らない転生者はいないくらいの知識量になっていた。

 そういう意味で、自分が転生者であると知った時には嬉しかったのだ。自分が一体誰の転生者なのか。自分の前世は一体何者なのか。自分のルーツは誰だって気になってしまうもの。ない記憶を探るなんて、バカげた行為を積み重ねてきた。


(まぁ、とはいっても成果は何もなかったわけだけど)


 結局、転生前は誰だか分からずに転生者学園ここに来た。そして誰かしら知っている人がいるだろうか期待を抱いて問うたのが今朝方のこと。結果として生徒転生者の大半からは忌避されるような状況となってしまった。おまけに今ではクラスだけではなく学園中の生徒が佐藤を遠巻きに見るようになっている。

 ただ、それでも、


「桜庭さ、いい加減に佐藤との距離感ってやつに気をつけた方が良いんじゃないか?」

「へっ、な、何の話ぃ? 別に距離感おかしくないよぉ~?」

「いや、明らかにおかしいですよ。これまで他の男子生徒相手にそんなことなかったじゃないですか」


 佐藤を受け入れてくれる仲間たちが此処に居る。

 だから、だから、それで良いのだ。



「佐藤さん自身はどう思っていらっしゃるんです?」

「なぁ、佐藤、おかしいよな、桜庭の距離感」

「おかしい。それは間違いなく」

「そ、そんなぁ~」

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