ep.03 昼休み

 昼休み。それは退屈な学校生活における数少ない楽しみの時間だ。それはどうやら転生者たちにとっても同様らしい。4時間目の授業が終わると、1年3組の教室は喧騒に満たされた。


『今日はどうする? 学食? 購買?』

『私、弁当持ってるんだ』

『じゃあ、購買行ってくるー』


 そんな会話が喧騒の中から聞こえてくる。何処にでもいそうな普通の高校生の会話とさして変わりはしなかった。

 転生者の多くは転生前の人格を有している。つまり、外見は高校生でも中身はそこそこの年齢を経た人間わけで、そんな彼ら彼女らが普通の高校生のように振る舞うのは不思議な光景だった。

 ちょっとばかり佐藤が面食らっていると、隣の席から桜庭が不思議そうに問うてくる。


「どうしたの、ぽかんとして」

「いや、普通だなって。もっと、こう、劇的な変化があると思ってた」


 転生者なんて超越者ばかりが集まる学校だ。サボりが多いとか授業が成り立たないとか、そんな普通の学校らしからぬ状況になるのではないかと佐藤は覚悟していたが、存外そんなことはなかった。学園だけじゃなくて生徒もまた普通のようだ。これじゃあ転生者学園なんて名前もただ大仰な名前でしかない。

 そんな風に佐藤が予測と現実のギャップを実感していると、太東がチムニーを連れ立って2人の元にやってきた。


「よっす、2人とも。学食に行こうぜ」

「いつもは人格持たずの3人で食べているのですが、佐藤さんもいかがですか?」


 願ってもないお誘いだ。1人寂しく昼休みを過ごすなんてまっぴらごめん。孤独で(何故だか)避けられている転校生に断る理由はない。

 おずおずと佐藤は口を開くと、


「皆がいいなら――」

「――よし、それじゃあ、行こうっ」


 若干食い気味に桜庭が佐藤の手を取った。あまりにも躊躇いなく添えられたその手。突然の柔肌と体温に佐藤は硬直し、引かれるがままに立ち上がる。


「え、あ、その、手……」


 混乱する頭で呟いた言葉はあまりにもか細かった。桜庭はきょとんと不思議そうな顔をする。顔を真っ赤にした佐藤が指し示すと、彼の指の先を視線で追い、初めて桜庭は現状を理解する。そして佐藤と同じように顔をリンゴのように赤く染めると、弾かれたように手を放した。


「うわぁっ、ご、ごめんね」

「い、いや、その、別に気にしてないから」

「…………」

「…………」


 本日2度目のピンク色の沈黙が2人の間に流れた。おまけにピンク色はさっきよりも濃い。まったく、一体なんだと言うのか。佐藤はこんなラブでコメな展開を微塵も望んじゃいないというのに。

 甘い香りが薫る佐藤と桜庭の世界。置いてけぼりの太東とチムニーは呆れを隠さずこう言う。


「なんだ、この空気?」

「もしかしてお2人ともラブコメ作品からの転生者だったりします?」 

「「そんなわけないよ!」」


 とういうわけで、である。


「此処が転生者学園オーネストの学食だよ!」


 1年3組人格持たず組の4人は総合商業施設にあるフードコートのような学食にやってきていた。広いオープンスペースにテーブルとイスがずらりと並んでいる。基本的には四人で座る組み合わせばかりだが、生徒たちは勝手気ままに椅子を持ってきて5人とか6人とかで利用していた。料理の買い方は事前に発券機で料金を支払い、券と引き換えに料理を交換するシステムらしい。料理の受け取り場所は『定食/セット』『麺類』『丼』の3種類に大別されていて、事前にお盆を持った生徒たちが列をなして並んでいた。

 

「なんていうか……普通だ」 


 『転生者学園』とは一体何だったのか。もう本当に訳が分からなくなってくる。何度目かの混乱は未だに慣れない。

 露骨な佐藤の混乱に太東は同情的に言う。


「やっぱりそう思うよな。俺もびっくりしたぜ、あまりにも普通過ぎて」

「人格持たずに対する洗礼みたいなものかな?」

「そこまで大袈裟なことじゃねーと思うが……まぁ、そんな感じだな。俺としてはそんなに気負わず済んで精神的には楽だったりする」


 この場に人格持ちはいないため人格持ちは分からないが、佐藤が感じる衝撃は人格持たずが一度は経験するものらしい。

 そんなあるある話をして、男子組は佐藤、太東の順に女子組の後ろで並ぶ。


「セレスはどうするの? また鮭定食?」

「当然です。焼き鮭に白いご飯に味噌汁の3種の神食カミしょくこそが至高なのですから」

「神食て……、っていうかよく飽きないね……」

「桜庭さんこそ、週ごとの人気投票1位のものばかり食べてるじゃないですか」

「皆がおいしいって言うものはおいしいってことでしょ」

「2週間前のパクチー丼もですか……?」

「食べ物の好き嫌いがないのは人間の美徳ですぅー」

「因みになんですが、パクチー丼が1位になったのは悪ふざけの組織票が原因ですからね」

「え゛?!」

 

 潰れたカエルのような声を上げる桜庭を前に佐藤は震えていた。パクチー丼? なんだそれは。ゲテモノが過ぎる。


「さすが転生者学園オーネストだ」

「なんか妙な勘違いしてないか?」


 佐藤の微笑ましい勘違いを訂正する者は誰もいなかった。佐藤が勝手に作る『オーネスト異常目録』に記念すべき第1項目が記録される。予想していたものに比べれば、だいぶ陳腐ではあるが。

 なんやかんやしているうちに、いつの間にか順番は佐藤たちの番に。桜庭、チムニーとスムーズに買い進め、3番目の佐藤は券売機の前に立つ。


「えーっと……」


 食券機に並ぶレパートリーを見る。チムニーがいつも食べるという鮭定食やカレーライス、きつねうどんなどなど、定番メニューが並んでいた。そんな中、主張の激しいPOPが貼られたメニューがある。桜庭が注文するという人気投票1位のメニューだ。金の折り紙で作られた枠と『第1位!』とラミネートされた赤文字が貼ってある。

 メニュー名を見れば、『キムチラーメン』と書いてある。一体なんぞや?


「あ、それはね。キムチ鍋の素を使ったスープのラーメン。すっごい美味しいからおすすめ!」


 元気を取り戻した桜庭が去り際に喜色満面で教えてくれる。「ならば」と折角なので、注文することにした。美味しそうだし。

 ちょうどぴったりのお金を入れて、スイッチオン。がこん、と年期の入った音を立てて、食券が落ちてくる。

 用事が済んだら、速やかに太東に券売機を譲る。太東は予め決めていたらしく、迷わず食券を購入した。


「チムニーはいつも通りとして、2人は何にしたの?」

「俺はカツ丼の大盛り。昨晩、そんなに食えなくて腹減ったしな」

「僕はキムチラーメンで」

「それでは別行動ですね。早い人は席取りという形で」


 というわけで一行は3手に別れることに。選んだものが被った佐藤と桜庭は連れ立って麺類の列に並ぶ。


「キムチラーメンにしたんだ」


 彼の到来に気づいた桜庭が振り返った。言葉端に喜の色が浮かぶのは推薦者である故だろう。


「あんまり詳しい話を聞かずに買ったけど、どんな味なの?」

「キムチ鍋の締めのラーメンみたいな味」

「絶対美味しいやつじゃん」


 キムチ鍋の締めと言えば、煮込みに煮込んだ肉と野菜の旨味がしみ込んだスープと一緒にいただく逸品だ。その日その日の鍋のネタで決まる、刹那的かつ雑然とした旨味は、行列に並んで食べる名店のラーメンよりも稀少度も相まって旨い。

 

「うちではキム鍋の締めはラーメンだったからさ。少し実家が懐かしいかな」

「もうホームシックになってるの?」

「まさか。流石に、だよ」


 実家を出てからまだ3日ほどだ。この程度でホームシックになるような精神構造を佐藤は持ってない。

 けれども桜庭は納得していないようで。とその場で一回転、それからにんまり笑いながら佐藤の顔を覗き込むと、


「口ではそんなこと言って、実はそうだったりして」

「いやいや違うって」

「そうかなぁ〜? 実は寂しんぼだったり――っと、ごめんなさい」


 調子づいていた桜庭は彼女の前に並んでいた男子生徒に背中をぶつけてしまった。

 背中をぶつけられた男子生徒は振り返る。


「ん、いえいえお気になさらず……おや」


 やや背が低い、優し気な目つきの男子生徒は目を見開き、驚きをありありと顔に張り付けた。驚きの中心にあるのは佐藤、のように見える。少なくとも佐藤にはそう思えた。彼の視線は一度ちらりと桜庭を見てから、佐藤に向けられていたからだ。

 空気が張り詰めるのを感じる。そして、そんな空気に追い打ちをかけるように新たな人物が現れる。


「なになにどったの?」


 ひょっこり、とであった。男子生徒の背後から腰までクリーム色の髪をゆらして女子生徒が顔を出す。


「何があったのさ?——って、有名人君か」


 顔を知らない相手から顔を見られて納得されてしまった。佐藤としては首を傾げる他ない。

 佐藤は桜庭の肩を突いて、


(どなた?)

(男の先輩がオーネストの生徒会会長の宍道カブラ先輩で女の先輩が生徒会副会長のアルミナ・フォーン先輩。学園一の有名人)

(へー)

(ちなみに言うと、魔王と勇者の転生者でもある)

「まっ、ゆッ?!?!」


 ちなみに、で付け加えて良い情報ではなかった。驚天動地の出来事に佐藤は目を白黒させる。

 

「「?」」

 

 当の2人は目に見えて挙動不審な佐藤に対して怪訝な表情をするが、佐藤からすればそんな呑気なことをしている話じゃない。

 魔王と勇者。転生者たちの実情を鑑みてより正確に言えば、最後の魔王〈覇窮魔王〉エメルゲート・クイロンフォイツ・ライナンイェフトと最後の勇者〈示望勇者〉フリラか。神話の時代に在った魔族の守護者と人族の守護者が佐藤の前にいた。


「まままま、ゆゆゆゆ」

「あの、大丈夫なのかな、彼? 明らかに食べちゃダメなもの食べたみたいになってるけど」

「人格持たずの子に特有の発作じゃない? ほら私たち有名人だし」


 2人の知名度は本人たちが自称する有名人、どころではない。冠に『超』がいくつついても足りないくらいの有名人だ。

 魔王―勇者伝説。世界で最も知られた種族闘争の伝説の主要人物がこの2人だ。特に最後の2人は歴代最強の魔王と勇者と呼ばれており、苛烈な戦争を繰り広げたと現代にまで伝えられている。

 伝説を記録する有名な古文書にはこんな記述があった。


“街は崩れ、山は弾け、川は渇き、野は砂漠と化した。100年続いた闘争は世界の有様さえ変え、魔も人も多くの血を流した。尽きぬ死を求める声は未だ鳴りやまず。人は口々に敵対者の終わりを謳う。最早、戦いの終わりは片方が死に絶える他なく。堕ちた星がひと時の安寧を大地にもたらしたが、しかしまた戦いは大地を齎すのだろう”


 そんな記述から読み取れるように、魔王と勇者の戦いは惑星の自然環境を破壊するほどの規模で行われていた。その戦闘痕は今なお史跡として、地名として残っている。魔王―勇者伝説はこの世界に生きいれば自ずと知ることになる伝説であり、最後の魔王と最後の勇者は知っていて当然の人物になる。

 そんな世界の常識となった2人を前に佐藤は声を上ずらせる。


「ははは、はじめましてててっ」

「はじめまして。君のことはよく知ってるよ、佐藤友志、この世界で唯一の記憶のない転生者」

「…………もしかして学校中に広まったりしますか?」

「そりゃ前例のない事例だもん。すぐ広まるよ。私のクラスでもすぐに伝わってたよ? あれだよ、あれ。乾いた砂漠に垂らした水みたいな」

「…………そう、ですか」


 つまりこれで佐藤を白い眼で見る人格持ちは1年3組だけでなく、学園中の人格持ちになったというわけだ。

 佐藤は目に見えて肩を落とす。そんな彼に気まずそうに宍道とフォーンは顔を見合わせると、


「まぁ、色々あると思うけど、同じ学園生としてよろしく」

「そうそう、あんまり気に病んじゃだめだからねー」


 などと慰めるだけ慰めて、注文品だけ受け取ると2人で仲良さげに去っていく。やけに距離感近い元魔王と元勇者を見ながら佐藤は桜庭に問うた。


「ちなみになんだけど」

「うん」

「あの二人って付き合ってる?」

「そりゃあもう。学園一の熱々カップルだよ」

「……マジ?」


 不倶戴天の敵じゃなかったの?

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