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 十七時半——四限で授業を終え、預かった鍵で真穂の家に身をひそめる八千代。しかし、その巨漢を隠す場所はなく、普通にソファでくつろぎ、テレビを見ている。もちろん電気をつけず、テレビのボリュームもしぼっているが、全然ひそんではいなかった。

 自分の家のようにポテチを食べてコーラを飲んでいる。


 十八時ちょうど––––コッコッコッ、チャリン。それは来た。

 外の音を警戒していた八千代は気付き、テレビを消し、座ったまま左に見える玄関に目をやる。


 チャリン、ガチャガチャ。

(わっわっうちの前? 来たの? 本当に来ちゃった?!)

 ノソっと立ち上がり、リビングの入り口横に隠れ、そっと玄関を見る。

(真穂は……まだ終わってすらいない。身内の方? なわけないよね)


 カシン! と鍵が開いた。

(ええー? 何で? ピッキングってやつ?! 早っっ。こんなに簡単に開いちゃうの??)


 ドアを開け、靴を脱いで入って来た。玄関からリビングまでの短い廊下をトストストスと歩く。その歩き方に、忍び込むような警戒心は感じられない。


 バクバクバクと心臓がうるさい。八千代は脇を締め、両手を肩の高さまで持ってくる。


 リビングに入って来たのは女だ。百七十センチは超えていそうな細身のモデル系で美人系。巻き下ろしの髪が派手な服装によく似合っている。


 入るなり女は、右手の寝室を軽く見て、リビングと、ゆっくり部屋を見回しながら、

「あーめんど、どこって言ってたっかな〜。何か盗んでやろうかしら……それはダメっっかあ?!」

 すぐ左にいた八千代と目が合う。


「きゃああああ!」

 女の叫びに反応して八千代も叫び『ぎゃああああ!』突き飛ばした。

 どすこーい!!

 女は脆く、となりの寝室まで吹っ飛んだ。

「いた、いたたた。何? あんた、誰?」

 八千代は女の言うことに答えることなく突進し、覆いかぶさった。

「うぎっ、ちょっ、重っ!どけ、デブ!」

「わたしは——ぽっちゃりだわっ!!」

 そこはしっかり否定した八千代だった。


「あんたこそ、誰? どうせ、彼氏ちゃんの元カノかなんかでしょう」

「は、はあ? バッカじゃないの。今カノだっつーの」

「やっぱりストーカーか。どうせやるなら、自分を捨てた男の方にしなさいよ!」

「捨てられてねえっつーの。ぐうう。苦し、い。話してやるから離しなさいよ」

「聞きたい話なんてないわ。あんたを捕まえ、て」

「あの女騙されてんだよ。私たちで騙してんだよ!ぐうえ」

「……え? 私たち?」


 八千代はようやく力を抜いて立ち上がった。女はグッタリしている。

「はあ、はあ、マジ死ぬとこだった。だから、私たちで、あんたのお友達を騙してたんだよ」

 女は起き上がり、だらしなく座り込んで言った。


「私たち、て誰?」

「決まってんでしょ、私と透!」

「何言ってんの? 盗聴器まで仕掛けたストーカー女の言ってることなんて信じられるわけないでしょ」

「じゃあこれなーんだ」

 女は足元に落ちていた自分のハンドバックを取り、中から鍵を出した。

「この家の合鍵。あの女から透がもらったものだよ。ちなみに盗聴器を仕掛けたのは透。ま、仕掛けさせたのは私だけどね」


「……うそ……どういうこと?」

 なにがなんだかわからない、といった様子で、呆然とする八千代。


「透に聞いたけどあの女さあ、田舎もんの学生のクセして仕送りでこんな良いマンションに住んでさ、男を取っ替え引っ替えしてんでしょ。すげームカつくからさ、金ズルにしようって事になったわけえ」

「もう話さないで良い」

「あーはいはい。わかりました。じゃ、警察呼びなよ。あ、私呼ぶわ。自首、自首」


 そう言って女はバックから携帯を出し、電話をかけた。

 ————「あーもしもし、バレちゃったよ。居たの居たの、家にさ。あの女の友達じゃない。デ⋯⋯[自称ぽっちゃり女]だよ。だからもうお終い。あの女もポイね」

 そう言って電話を切る。

「あんた、どこにかけてるの?」

「ふん。これであの女も、透にボッコボコに、さーれーるーっっよ!!」

 女は言いながら、そばにあったクッションを投げた。『わ!』と、それを顔面に受け、ひるんだ八千代の横をすり抜けて女は逃げた。

「あ、ちょっと待って、うそ⋯⋯真穂——」


 ピッ。瀬央が携帯を内ポケットにしまう。『大丈夫だった? お母さん』と桜枕。

 理学系研究科共通講義室——桜枕と瀬央は二人きりだ。

「んー今回早かったなあ。仕方ねえか」

 今までのおっとりとしたしゃべりはすでになく。狂気の笑顔を見せた。

「え?」

 モ〜モ〜モ〜

 桜枕の携帯が鳴る——

「きゃああああ——」

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