第二章 従者と攻略対象の攻防
①
この世界における
この学園では
「妖精学二年目の授業では、実際に妖精と接して学んでいきます。というわけで、今日は『光の妖精から加護を
(花を咲かせてもらう──、妖精の加護としては、初歩中の初歩ね)
教師の説明を聞きながら、ロザリアは手元の赤い薔薇に視線を落とした。
「妖精はなかなか心を開いてくれませんが、誠実に接すれば必ず彼らに伝わりますよ」
「……まあ、中にはすでに、たいへん
皆が
(ちょ、ちょっと──!! せっかく目立たないように一番後ろに
顔が
(授業前にお
学園の妖精と親しくなるために、
(余計なことをしてくれたわね、イヴァン・ウォーリア!)
妖精学の教師であり、
(わかってる、わかってるわよみんな。ロザリアが妖精をまとわりつかせてるのは、何回見ても
クラスメートからの視線が
「今日もすごいわね、ロザリア様」
「あんなに妖精に懐かれてらっしゃるなんて」
(うぅっ、やっぱりこれ、見方によっては妖精を従えてるように見えるんじゃないかな!? ……い、いや、
振り返ると、当のリュカはロザリアのずっと向こう、イヴァンをじっと見ていた。どこか
「では、課題を始めましょう。二人一組のペアを組んでください」
(……ペア? ──あぁっ、あのイベントね!?)
《おといず》
(だけど、異変に気付いたオスカーが
この時ロザリアはオスカーと組む。仲が悪いくせに、王太子の
典型的な頭の悪い
(でもこれ、最初からサラとオスカーが組んでくれれば、全てが問題なく済むわよね!)
生徒たちがペア組みのために動き出し、オスカーが
「おい、ロザリア──」
「オスカー、あなたはサラさんと行くべきではなくて?」
言葉を
「……ベネット嬢と?」
「サラさんは編入してきてまだ一週間なのよ。学園のことも妖精のこともわからないことが多いでしょう。であれば、ここに通うことを
ざわ、と周囲が
「それは……そうかもしれないが」
「それに、私には申し分ないエスコート役がいるもの。さあリュカ、一緒に行きましょう」
「え……、ですが」
「私はあなたと行きたいの。いいでしょう?」
もう一押し、と強めに言うと、リュカはパチパチと
「……光栄です。どこまでもお供します」
ちょっと
(やーん
ニヤけそうになるのを必死に
「では行きましょう。皆さん、お先に失礼しますわね」
まだ脳内で花が咲いていたが、努めてレディらしくお
少し離れてから振り返ると、驚き固まっていたオスカーがやっと動き出していた。そしてサラに声をかけに行くのを
(ふっふっふ……。ロザリアの悪行イベントを
確かな手応えを感じながら、リュカと庭園を進んでいく。出来るだけ遠くへと。
(ここでオスカーとサラの親密度が上がるかもしれないんだもの。万が一
周囲の様子を
「
ロザリアの
(くぁ〜っ! 花にも
いつにも増してニコニコしているように見えるのは気のせいだろうか。自分の目に推しに対する
「さて、この辺りまで来ればいいかしら」
浮かれた気分で歩いていると、ツン、と髪が引っ張られる感覚が走り、足を止める。
「いたっ」
「ロザリア様!?」
「妖精に強めに髪を引っ張られただけよ。──こら、あなたたち。遊ぶのはいいけれど、ほどほどにしてちょうだいね」
髪にぶら下がる小妖精たちが、クスクスと笑いながら「はーい」と返事をした。
「……怒らないのですか?」
これまでのロザリアなら、
「これくらい気にしないわ。少しは好かれているみたいで、むしろ嬉しいくらいだもの」
「少しどころか、とても好かれてらっしゃると思いますよ」
そうかしら、と小妖精の花びらのような
こういった妖精は光の妖精に分類されるのだが、ゲームのロザリアは妖精を
代わりに周りにいたのは、
(手を組むのはシナリオ
だからこそ、今こうして妖精が近寄ってきてくれることを、嬉しく感じる。
「……今までは、
「気楽に近づいてはならぬ方だと、彼らも無意識に
(オブラートに包んでくれてるけど、『近寄るな』オーラを出しまくってたってことよね)
ロザリアが
(
改めて決意していると、
「な、何──……あら? この薔薇は、もしかして……」
よく見ると、小妖精たちが蕾の開いた薔薇を
「課題で配られた薔薇じゃない。あなたたち、咲かせてくれたの?」
「ええ! だってロザリア、これを咲かせてほしいんでしょ?」
「さっき〝せんせい〟が言ってたわ!」
少女のようにキャッキャと明るい声を上げる妖精たちから、薔薇を受け取る。
「その通りよ。ありがとう、お礼に明日もまたビスケットを持ってくるわね」
「やったあ!」「約束よ、ロザリア!」とはしゃぎ、妖精たちはまた髪にじゃれつき出す。
「リュカ、あなたの分も咲かせてくれたみたいよ」
もう一輪の薔薇をリュカに
「……すごいですね。妖精が、人間の喜ぶことを自ら進んでしてくれるなんて」
「やだ、大袈裟よ」
「大袈裟ではありません。妖精は
「リュカだって、妖精たちから好かれているじゃない」
現に今も、彼の
「私の場合はじゃれつかれているだけですから。ロザリア様のように会話をしたことはありません。つまり、彼らはロザリア様を、本能的に認めているのだと思いますよ」
「本能的に?」
「
「なるほど……」
そういえば《おといず》の公式設定資料集にも、妖精の血族は良くも悪くも妖精に与える
(つまり、ロザリアが変わったから、光の妖精が近づいてきてくれるようになったのね)
まだ序盤とはいえ、闇の妖精しか周りにいなかったゲームのロザリアとは、着実に違う道を進めている。そう思えると安心して、ふふ、と
「……本当に、変わられましたね」
「え?」
「いえ、なんでもありません」
聞き返そうと一歩
「段差があります。お気をつけください」
足元を見ると、注意深く周囲に目を配らせていないと気がつかないくらいの、小さな段差があった。
「……ありがとう。よく気付いたわね」
「どんな
(
「ロザリア様?」
「……気にしないで、あまりの尊さに目が
「え?」
キョトンとした顔で聞き返され、またうっかり心の声を口にしてしまったことに気付く。
「い、いえ違うのよ、なんでもないわ! ちょっと日差しが
ほほほと笑いながら赤くなった顔を
離れようと
「……先程は、嬉しかったです」
頭上から優しい声が降ってきて、ドキッとする。
「私をパートナーに選んでくださって。その役目はいつも、オスカー様のものでしたから」
「……言ったでしょう、私はあなたと一緒に行きたかったのよ」
ゲーム通りのシナリオ回避のため、というのが一番の理由ではあるが、大好きなリュカと一分一秒でも長く一緒にいたい。その気持ちがあることも確かなのだから。
「ええ。その言葉が、本当に嬉しかったのです」
腕の力が緩み、ようやく顔を見ることが出来たリュカは、最上級の笑顔を浮かべていた。
(ひぇっ……、この笑顔の
眩しい。美しい。推しのこの微笑みだけで白飯五
(しかもなんだか可愛い言い草だよ!? これつまり、いつもオスカーと一緒に行っちゃうからってヤキモチだよね!? リュカってばほんっとにロザリア好きなんだなぁ……!!)
主人命なのは知っていたが、こんなに可愛らしいヤキモチを焼いてくれるのかと思うと、可愛さで
(そうやって大切に
こんなに善良で紳士な
「……きゃあっ!」
気合を入れたその時、どこからか女性の悲鳴が聞こえてきた。
「えっ、何?」
「あちらの方から聞こえましたね」
この学園には、妖精が住み着きやすいようにと、
リュカが示したのは庭園の隅、その森の入り口ともいえるギリギリの場所だった。
「どうしたのかしら。今のは妖精ではなく、人間の声だったわよね」
「はい。そのように聞こえました」
周りには自分たちしかおらず、先程の悲鳴を聞いた者は他にいないようだった。教師を呼ぼうか迷ったが、その場所はもう目と鼻の先なので、ひとまず様子を見ようと歩き出す。
「お待ちください。私が見てきます」
「大丈夫よ。急いだ方が良さそうだもの」
言うが早いか、止めようとするリュカの腕をすり
声の主はすぐに見つかった。
「きゃあっ! ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「サラさん!?」
なぜか、サラが地面に
そんな彼女の頭上から、いくつもの木の実が降ってきた。
「ちょっと、何が──……あっ、こら! あなたたち、何をしているの!」
見上げた先にいたのは、木の枝の上に陣取り、実を投げつけてきている小妖精たちだった。ロザリアにいまだまとわりついている妖精たちとは、また別の花の精だ。
皆怒った表情で、木の実や石ころが山盛りになった
「そんなものを投げたら危ないじゃないの。落ち着いて話をしましょう」
ロザリアは
「……そう。こちらの話を聞かないつもりなら、私もあなたたちにナナカマドの枝を投げるわよ」
小妖精たちはロザリアの声にビクッと反応し、構えていた手を引っ込めた。
ナナカマドは妖精が苦手な木なのだ。もしもの時のために持ち歩いていて良かった。
小妖精たちがとりあえず手を止めてくれたことに
「サラさん、大丈夫?
「フェルダント様……」
サラは瞳を
(なんて
「大変、怪我をしているじゃない」
転んで
「も、申し訳ありません、ご面倒をおかけして……」
「気にしなくていいわ。それより何があったの?」
ロザリアの身分のことは、もちろんすでにサラも知っているだろう。こんなふうに会話をしてもいいものか、という
「……わ、私がいけないんです。オスカー様と一緒に歩いていたのですが、なんというか……間が持たなくて。私なんかに付き合っていただいて、申し訳ないなと」
(あー、彼はツンデレという名の、シャイで口下手な男だから……)
ゲームでも序盤はそうだった。異性である上、平民という身分違いのヒロインに対し、距離感を
「そのうちに、なんだか楽しそうな声が聞こえてきたんです。私、その声が気になって追いかけてしまって……。そうしたら、オスカー様とも
(どうりでオスカーがどこにもいないわけね)
周りの様子を見て息を
加えて、平民ながらも妖精を見ることが出来る能力があり、この学園に編入してきたほどの
(声が聞こえてきた? 一体どういう
周囲を見回したロザリアは、ある光景を目にして、ここで起きた
「なるほど。あなた、妖精たちの
「……え?」
首を
「皆さん、宴会の邪魔をしてごめんなさい。彼女に悪気はなかったのよ。それから私も、理由も聞かずに怒ったりしてごめんなさい」
小妖精たちはサワサワと葉の擦れる音のような囁きを
「妖精はね、プライバシーを
ロザリアの視線の先、切り株の上には、ミニチュアサイズの
「顔見知りならあまり問題にはならないけれど、そうでないなら
「そうだったのですか……。すみません、私、知らなくて」
サラがしゅんと
(げっ、やばい! これ説教してる感じになっちゃってる!?
「ま、待って、怒ってるんじゃないのよ。今後のためのアドバイスというか──……ねぇ、リュカ!? 私、怒ってないわよね!?」
黙ってロザリアの話を聞いていたリュカに、
急に振られたリュカが、
(ああっ! 今更来たわね!!)
慌てたようにオスカーが駆けてくるのが見えた。
「ベネット嬢、良かった無事で……。──なぜお前がここに?」
サラの姿に安堵の表情を見せたオスカーは、彼女が
ロザリアが泣かせたと思っているに違いなかった。
(
「『良かった』じゃないわよ、オスカー」
「なんだ、いきなり」
「サラさんは妖精に攻撃されていたの。あなたが放っていたからよ」
「攻撃? 妖精から?」
「そうよ。でも、妖精の基本的な知識を理解していれば防げたことだわ」
ロザリアは、オスカーの顔色を窺いながら
「妖精と共存するこの国の未来の王として、サラさんのような人に妖精の知識を広めていくのは、あなたの責務でもあるでしょう?」
「……」
オスカーは
「あなたなら、自分の立場を受け止めてそれを成すことが出来るはず。だからサラさんを導いていくことは、あなたにとっても必要なことだと思うのよ」
オスカールートの
「…………」
オスカーはすっかり黙り込んでしまった。ロザリアに急に正論を言われて腹を立てたのかもしれない。それでも、真面目に受け取ってくれているようには感じた。
彼はやがて、気まずそうにロザリアから目を逸らし、サラへと顔を向けた。
「……ベネット嬢、先程は失礼した。今後は気をつけるから、庭園へ戻ろう」
「え、は、はいっ」
サラは慌てて立ち上がり、オスカーの後をついていった。去り際に、ペコリとロザリアたちに頭を下げて。
(ちょっと言いすぎたかもしれないけど、オスカーのためだもの。
そう自分にフォローを入れた後、あれ、と
(怒った妖精がサラを攻撃する……、そこに後からオスカーが来て助けてくれる……って、まさに今、ゲームでのイベントが起こっていたのでは!?)
ロザリアが妖精を怒らせるように仕向けたわけではないし、それまでの
(しまった、せっかくのオスカーの見せ場を取ってしまった!)
やってしまった、と反省していると、リュカの戸惑うような声が聞こえてきた。
「……
「え?」
「オスカー様とは普段から、会話をなさること自体あまりなかったように思いましたので」
仲が悪いからだ。授業や夜会で組む時は一緒に行動したりもするが、それ以外で
今までのロザリアなら、先程のようにサラに話しかけることもなかっただろうが、あんなふうにオスカーを
「……言ったでしょう。私は変わりたいのだと。だから、自分の
「……リュカ?」
どうしたの、と問おうとしたが。
「……そうですね。貴女にとってオスカー様は、この先もずっと
(…………ん?)
何か、嫌な予感がした。
「オスカー様のためを思って意見をお伝えするというのは、良いことだと思います。あの方は貴女のご婚約者なのですから、真剣に向き合おうとお考えになるのも当然──……」
「ちょ、ちょっと待って!」
「私、オスカーと真剣に向き合おうとか、そういうことを考えているんじゃないわよ!?」
「……え?」
「さっきのは、ちょっと気になったから言っただけであって、オスカー相手じゃなくても言いたいことはハッキリ言うつもりよ。彼を
「ですが、特別なお方であることは間違いないでしょう。ご婚約者なのですから」
「いや、確かに現状の立場的にはそうであるのだけれど、本意ではなく……」
モゴモゴと
「本意ではなく?」
(うっ、ミスった)
しかし、ここはどう
「……あなたにだけは言っておくわ。──私、オスカーとの婚約を解消したいの」
「…………え」
「騒ぎ立てられると
声を落として
「目立つことなく、綺麗にフェードアウトしていきたいの。自然な流れで。……って、リュカ、聞いているの?」
「は、はい」
ロザリアの責めるような視線に、リュカはすかさず姿勢を正した。
「だからね、私はオスカーと向き合うためじゃなくて、彼の背中を押すためにさっきあのように言ったのよ。それで王太子として立派な男性になってもらって、こんな決められた政略
「……本当に、本心からそう思ってらっしゃるのですか?」
「ええ。私も彼も、お
「それは……はい」
あくまでも二人は政略結婚として婚約関係にあるのだ。ゲームの中でもお互いが
ただ、王太子の結婚相手に一番
「オスカー様へのお気持ちを変えられたのかと思いました。……好きになられたのかと」
ポツリと聞こえた内容に、まさか、と笑う。
「そんなわけないじゃない」
しかし、リュカの表情はまだ晴れない。
「ご婚約を白紙にしたい理由は、他に気になる方が出来たということなのでしょうか」
「それもあるはずがないわ。
(私の今世での目標は、あなたの命を救うことなので!!)
キッパリと言うと、ようやくリュカの表情が明るくなってきた。
「私はね、あなたさえいてくれればそれだけでいいのよ」
心からの言葉に、リュカがふわりと微笑んだ。
「……そう、ですか。安心いたしました」
(んんんっ、可愛い!!)
つい飛び出しそうな
「そ、それでね、オスカーにはあのサラさんなんて良いのではないかしらと思うの。タイプはちょっと違うけれど、だからこそ馬が合うってこともあるかもしれないじゃない?」
というのは前世でゲームをプレイしたからこそ言える評価なのだが、こうなったらあの二人をくっつけるためにリュカにも協力してもらおう、と無理矢理話を持っていく。
「……そうですね、私は彼女のことをまだよく知らないので、なんとも言えませんが……」
急に平民の編入生の名を挙げたからか、リュカは戸惑う様子を見せた。けれど、シナリオ通りに進めば上手く収まることをロザリアは知っているので、ゴリ押ししていく。
「オスカーみたいにツンツンして
「……なるほど。言われてみれば、そんな気もしますね」
「でしょう? だから、あの二人が上手くいくように協力してちょうだい。そうすれば、私は事を
その言葉に、リュカは真剣な顔になり、力強く
「はい、
(よっしゃ!)
強力な仲間を得たと喜んでいたロザリアは、リュカがその時どんな決意をしていたのかなど、わかるはずもなかった。
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