第二章 従者と攻略対象の攻防



 この世界におけるようせいは、大きく二種類の属性に分類される。人々に自然のおんけいをもたらしてくれる〝光の妖精〟と、人々に害を成すばかりの〝やみの妖精〟。彼らはみなじゃで気まぐれな性格をしている。光の妖精とて、気分を害すれば人に悪戯いたずらすることもあるが、闇の妖精は悪さすることをじゅんすいに楽しむ連中なので、トラブルをよく引き起こす。

 この学園ではいっぱん的な教養科目の他に、そんな闇の妖精とのトラブルへの対処法や、光の妖精から加護を受けるための正しい付き合い方を学ぶ、妖精学の授業が設けられている。

「妖精学二年目の授業では、実際に妖精と接して学んでいきます。というわけで、今日は『光の妖精から加護をさずかる』ことが課題です。この庭園にいる妖精たちと交流し、しんぼくを深め、さきほど配ったつぼみを、彼らの力でかせてもらってください」

(花を咲かせてもらう──、妖精の加護としては、初歩中の初歩ね)

 教師の説明を聞きながら、ロザリアは手元の赤い薔薇に視線を落とした。

「妖精はなかなか心を開いてくれませんが、誠実に接すれば必ず彼らに伝わりますよ」

 きんちょうしたおもちの生徒たちを安心させるように、教師が笑いかける。その顔が、ふとロザリアの方に向けられた。眼鏡の奥の茶色のひとみが、おもしろそうにきらめいている。

「……まあ、中にはすでに、たいへんなつかれている人もいるようですが」

 皆がいっせいいた。こうの目がロザリアに集中する。

(ちょ、ちょっと──!! せっかく目立たないように一番後ろにじんってたのに!!)

 顔がったロザリアのかみには、今日も妖精たちがまとわりついていた。本日のお供は、チューリップの精の小妖精たちである。

(授業前におを配るんじゃなかった……!)

 学園の妖精と親しくなるために、ひまを見つけてはお菓子を配り歩き、仲良くしましょう作戦を実行しているのだ。しかしまさか、授業にまでついてこられるとは思わなかった。

 はなれてくれないので仕方なくすみでひっそりとしていようと思ったのに、わざわざクラスメートの注目を集めてくれた教師に、うらみのこもった目を向ける。

(余計なことをしてくれたわね、イヴァン・ウォーリア!)

 妖精学の教師であり、こうりゃく対象の一人でもあるキャラだ。ものごしやわらかいフェミニスト、ヒロインより年上の二十五歳ということで、大人の男に弱いユーザーたちから評価が高かった。色のちょうはつゆるったビジュアルは、確かに色気がありてきではあるけども。

(わかってる、わかってるわよみんな。ロザリアが妖精をまとわりつかせてるのは、何回見てもちんみょうな光景に映ってるってことくらい)

 クラスメートからの視線がさる。生徒はほぼ貴族のみとはいえ、中でもフェルダント家は格がちがうというのが総意なのと、ロザリア自身の性格も相まって、ロザリアに友人と呼べる存在はいない。なので聞こえてくるのは、一定きょを保ったところからのささやごえ

「今日もすごいわね、ロザリア様」

「あんなに妖精に懐かれてらっしゃるなんて」

(うぅっ、やっぱりこれ、見方によっては妖精を従えてるように見えるんじゃないかな!? ……い、いや、だいじょうよね。そうは見えないって、この前リュカは言ってくれたもの)

 振り返ると、当のリュカはロザリアのずっと向こう、イヴァンをじっと見ていた。どこかかたい表情なのが気になったが、イヴァンの次の説明に意識がもどされる。

「では、課題を始めましょう。二人一組のペアを組んでください」

(……ペア? ──あぁっ、あのイベントね!?)

《おといず》じょばんのイベントだ。サラにいやがらせしようとしたロザリアが、彼女とリュカを組ませ、妖精をわざとおこらせてサラにこうげきするよう仕向ける、という内容のもの。

(だけど、異変に気付いたオスカーがけつけて、事なきを得るのよね)

 この時ロザリアはオスカーと組む。仲が悪いくせに、王太子のこんやく者であることを周囲にアピールするように、高飛車な笑いと共にサラの目の前でオスカーを連れて行くのだ。

 典型的な頭の悪いこうまんれいじょうっぷりを見せる場面。絶対にやりたくない。

(でもこれ、最初からサラとオスカーが組んでくれれば、全てが問題なく済むわよね!)

 生徒たちがペア組みのために動き出し、オスカーがめんどうくさそうな顔で近づいてくる。こういう時、必ずいっしょに行動したがるロザリアをうっとうしく思いながらも、断るとかんしゃくを起こしてさらに面倒なことになるとわかっているのだ。

「おい、ロザリア──」

「オスカー、あなたはサラさんと行くべきではなくて?」

 言葉をさえぎほほむと、オスカーが足を止めた。名指しされたサラも近くで固まっている。

「……ベネット嬢と?」

「サラさんは編入してきてまだ一週間なのよ。学園のことも妖精のこともわからないことが多いでしょう。であれば、ここに通うことをすすめたあなたがエスコートをするべきでは?」

 ざわ、と周囲がさわいだ。あのりのロザリアが、婚約者を他の女性と組ませようとしてるだなんて──そんな声が聞こえてくるような空気だ。リュカもおどろいたように、だまってロザリアを見ている。

「それは……そうかもしれないが」

「それに、私には申し分ないエスコート役がいるもの。さあリュカ、一緒に行きましょう」

「え……、ですが」

 うでを引っ張ると、リュカが気にするようにオスカーの方をチラリと見た。

「私はあなたと行きたいの。いいでしょう?」

 もう一押し、と強めに言うと、リュカはパチパチとまばたいた後、うれしそうに相好をくずした。

「……光栄です。どこまでもお供します」

 ちょっとおおな表現のような気もしたが、しのがおに脳内で花が満開に咲く。

(やーんわいい! 私だってどこまでもお供するわよ──!!)

 ニヤけそうになるのを必死におさえ、落ち着いた態度をよそおって続ける。

「では行きましょう。皆さん、お先に失礼しますわね」

 まだ脳内で花が咲いていたが、努めてレディらしくおをし、その場を立ち去る。

 少し離れてから振り返ると、驚き固まっていたオスカーがやっと動き出していた。そしてサラに声をかけに行くのをかくにんし、心の中でよっしゃあとさけんだのだった。


(ふっふっふ……。ロザリアの悪行イベントをかいした上に、自然にオスカーとサラを組ませられたわ!)

 確かな手応えを感じながら、リュカと庭園を進んでいく。出来るだけ遠くへと。

(ここでオスカーとサラの親密度が上がるかもしれないんだもの。万が一そうぐうして二人のじゃをしてしまう、なんてことにならないように気をつけないと)

 周囲の様子をうかがいつつ進む庭園は、自然を好む妖精が集まりやすいように、たくさんの草花が植えられている。季節がら、一面に花が咲いている景色はそうかんだ。

れいに咲いているわね」

 ロザリアのつぶやきに「はい」と返したリュカは、おだやかな笑顔をかべていた。

(くぁ〜っ! 花にもまさうるわしい微笑み! 目の保養ですありがとう!!)

 いつにも増してニコニコしているように見えるのは気のせいだろうか。自分の目に推しに対するとくしゅフィルターがかかっているせいかもしれないが、笑ってくれるならなんでもいい。長年ロザリアにしいたげられてきた分、これからは穏やかに笑って過ごしてほしいから。

「さて、この辺りまで来ればいいかしら」

 浮かれた気分で歩いていると、ツン、と髪が引っ張られる感覚が走り、足を止める。

「いたっ」

「ロザリア様!?」

 いっしゅんで血相を変えたリュカに、大丈夫、と手を振る。

「妖精に強めに髪を引っ張られただけよ。──こら、あなたたち。遊ぶのはいいけれど、ほどほどにしてちょうだいね」

 髪にぶら下がる小妖精たちが、クスクスと笑いながら「はーい」と返事をした。

「……怒らないのですか?」

 これまでのロザリアなら、ふんがいしてしかりつけているところだろう。なのに、怒るどころかずっと髪を自由にさせている主人の姿を、リュカが不思議そうに見つめる。

「これくらい気にしないわ。少しは好かれているみたいで、むしろ嬉しいくらいだもの」

「少しどころか、とても好かれてらっしゃると思いますよ」

 そうかしら、と小妖精の花びらのようなはねを、そっとでる。

 こういった妖精は光の妖精に分類されるのだが、ゲームのロザリアは妖精をれいぐうしていたので、善良な光の妖精からはおそれられていた。

 代わりに周りにいたのは、じゃあくな闇の妖精たち。ロザリアの妖精への態度は光・闇関係なくいっかんしていたが、他者へ害をあたえることを好む闇の妖精と、ヒロインに嫌がらせをしたいロザリア。そうほうの利害がいっし、なんとなく馬が合って手を組んでいたのだ。

(手を組むのはシナリオちゅうばんからだから、このころはどの妖精とも親しくなかったはずよね)

 だからこそ、今こうして妖精が近寄ってきてくれることを、嬉しく感じる。

「……今までは、こわがらせてしまっていたわよね」

「気楽に近づいてはならぬ方だと、彼らも無意識にけていたのではないでしょうか」

(オブラートに包んでくれてるけど、『近寄るな』オーラを出しまくってたってことよね)

 ロザリアがかせいできた悪役ポイントの重みを、ひしひしと感じて悲しくなる。

いまさらおそいとわかってるけど、少しずつでもばんかいしていかなくちゃ……! リュカの未来を守るためにも!)

 改めて決意していると、とつぜん目の前に赤い薔薇が現れ、「きゃっ」と身を引いた。

「な、何──……あら? この薔薇は、もしかして……」

 よく見ると、小妖精たちが蕾の開いた薔薇をかかげ、飛んでいた。

「課題で配られた薔薇じゃない。あなたたち、咲かせてくれたの?」

「ええ! だってロザリア、これを咲かせてほしいんでしょ?」

「さっき〝せんせい〟が言ってたわ!」

 少女のようにキャッキャと明るい声を上げる妖精たちから、薔薇を受け取る。

「その通りよ。ありがとう、お礼に明日もまたビスケットを持ってくるわね」

「やったあ!」「約束よ、ロザリア!」とはしゃぎ、妖精たちはまた髪にじゃれつき出す。

「リュカ、あなたの分も咲かせてくれたみたいよ」

 もう一輪の薔薇をリュカにわたすと、彼は目を丸くしてそれを受け取った。

「……すごいですね。妖精が、人間の喜ぶことを自ら進んでしてくれるなんて」

「やだ、大袈裟よ」

「大袈裟ではありません。妖精はつう、自分が認めた人間としか関わりを持たない生き物です。長年家に住み着いている妖精ならまだしも、外で出会った妖精とこんなふうに親しくなるには、時間がかかるもの。ですがロザリア様は、それをいとも簡単になさっています」

「リュカだって、妖精たちから好かれているじゃない」

 現に今も、彼のかたや制服のポケットからは、別の小妖精たちが顔をのぞかせている。

「私の場合はじゃれつかれているだけですから。ロザリア様のように会話をしたことはありません。つまり、彼らはロザリア様を、本能的に認めているのだと思いますよ」

「本能的に?」

貴女あなたはリャナン・シーの血を引くお方。妖精は同族の血を尊ぶため、その血が流れる人間にはより強くかれるそうです。加えて、ちかごろはこうして親しみをめて接してらっしゃいますから、皆嬉しそうにロザリア様の元へやってくるのではないでしょうか」

「なるほど……」

 そういえば《おといず》の公式設定資料集にも、妖精の血族は良くも悪くも妖精に与えるえいきょうが大きい、と書いてあった気がする。好かれやすい反面、恐れられやすいとも。影響力があるから従えることも容易になる。だからロザリアは闇の妖精を使えき出来たのだ。

(つまり、ロザリアが変わったから、光の妖精が近づいてきてくれるようになったのね)

 まだ序盤とはいえ、闇の妖精しか周りにいなかったゲームのロザリアとは、着実に違う道を進めている。そう思えると安心して、ふふ、とみがこぼれた。

「……本当に、変わられましたね」

「え?」

「いえ、なんでもありません」

 聞き返そうと一歩み込もうとした時、リュカがハッとして手を差し出した。そのまま身体からだを守るようにやさしく腕を回され、足を止める。

「段差があります。お気をつけください」

 足元を見ると、注意深く周囲に目を配らせていないと気がつかないくらいの、小さな段差があった。

「……ありがとう。よく気付いたわね」

「どんなさいなことからも貴女の安全をお守りするのが、私の使命ですから」

しん……っ! 相変わらず大袈裟な表現込みだけど、世界一の紳士だわ……!)

「ロザリア様?」

「……気にしないで、あまりの尊さに目がくらんでいるだけだから」

「え?」

 キョトンとした顔で聞き返され、またうっかり心の声を口にしてしまったことに気付く。

「い、いえ違うのよ、なんでもないわ! ちょっと日差しがまぶしいわねと思ったの!」

 ほほほと笑いながら赤くなった顔をそむける。危ない。すぐに思ったことを口走るくせをなんとかしなくては。

 離れようと身動みじろぐが、リュカの腕にほんの少し力がこもり、引き寄せられた。

「……先程は、嬉しかったです」

 頭上から優しい声が降ってきて、ドキッとする。

「私をパートナーに選んでくださって。その役目はいつも、オスカー様のものでしたから」

「……言ったでしょう、私はあなたと一緒に行きたかったのよ」

 ゲーム通りのシナリオ回避のため、というのが一番の理由ではあるが、大好きなリュカと一分一秒でも長く一緒にいたい。その気持ちがあることも確かなのだから。

「ええ。その言葉が、本当に嬉しかったのです」

 腕の力が緩み、ようやく顔を見ることが出来たリュカは、最上級の笑顔を浮かべていた。

(ひぇっ……、この笑顔のかがやきやばいんですけど!! いや、確かにリュカはいつも穏やかな笑顔を浮かべているキャラだったけど、なんていうか、こう……、画面しではなく至近距離で拝めるとなると、かい力が増すんですが……!!)

 眩しい。美しい。推しのこの微笑みだけで白飯五はいは軽くいける。

(しかもなんだか可愛い言い草だよ!? これつまり、いつもオスカーと一緒に行っちゃうからってヤキモチだよね!? リュカってばほんっとにロザリア好きなんだなぁ……!!)

 主人命なのは知っていたが、こんなに可愛らしいヤキモチを焼いてくれるのかと思うと、可愛さでばくはつしそうになる。

(そうやって大切におもってくれている分、私もいのちけであなたを守るからね……!)

 こんなに善良で紳士ならしい青年を、絶対に死なせたりするものか。今一度ちかう。

「……きゃあっ!」

 気合を入れたその時、どこからか女性の悲鳴が聞こえてきた。

「えっ、何?」

「あちらの方から聞こえましたね」

 しゅんに方向を聞き分けたリュカは、庭園の先にある森を示した。

 この学園には、妖精が住み着きやすいようにと、しき内に広大な森がある。ただし、森にはだん人と関わらない様々な種類の妖精がいるため、授業で必要な時以外は生徒は入ってはいけない決まりとなっている。

 リュカが示したのは庭園の隅、その森の入り口ともいえるギリギリの場所だった。

「どうしたのかしら。今のは妖精ではなく、人間の声だったわよね」

「はい。そのように聞こえました」

 周りには自分たちしかおらず、先程の悲鳴を聞いた者は他にいないようだった。教師を呼ぼうか迷ったが、その場所はもう目と鼻の先なので、ひとまず様子を見ようと歩き出す。

「お待ちください。私が見てきます」

「大丈夫よ。急いだ方が良さそうだもの」

 言うが早いか、止めようとするリュカの腕をすりける。彼があわてて追ってくる気配を感じながら、緑の木々が立ち並ぶ森の入り口に近づいた。

 声の主はすぐに見つかった。

「きゃあっ! ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」

「サラさん!?」

 なぜか、サラが地面にうずくまっていた。両腕で頭を抱え、必死にだれかに向かって謝っている。

 そんな彼女の頭上から、いくつもの木の実が降ってきた。

「ちょっと、何が──……あっ、こら! あなたたち、何をしているの!」

 見上げた先にいたのは、木の枝の上に陣取り、実を投げつけてきている小妖精たちだった。ロザリアにいまだまとわりついている妖精たちとは、また別の花の精だ。

 皆怒った表情で、木の実や石ころが山盛りになったかごを持ち上げている。

「そんなものを投げたら危ないじゃないの。落ち着いて話をしましょう」

 ロザリアはなだめようと声をかけるが、小妖精たちは気が収まらないらしく、第二だんを投げようと構え出す。

「……そう。こちらの話を聞かないつもりなら、私もあなたたちにナナカマドの枝を投げるわよ」

 小妖精たちはロザリアの声にビクッと反応し、構えていた手を引っ込めた。

 ナナカマドは妖精が苦手な木なのだ。もしもの時のために持ち歩いていて良かった。

 小妖精たちがとりあえず手を止めてくれたことにあんし、サラに向き直る。

「サラさん、大丈夫? は?」

「フェルダント様……」

 サラは瞳をうるませ、ロザリアを見上げた。怖かったのだろう、身体がふるえている。

(なんて欲をかき立てられる顔! さすがヒロイン、可愛い! ──じゃなくて)

「大変、怪我をしているじゃない」

 転んでりむいてしまったらしく、サラのひざには血がにじんでいた。ハンカチを取り出して手当てをしようとかがむと、リュカが「私がやります」とその手を制する。

「も、申し訳ありません、ご面倒をおかけして……」

「気にしなくていいわ。それより何があったの?」

 ロザリアの身分のことは、もちろんすでにサラも知っているだろう。こんなふうに会話をしてもいいものか、という躊躇ためらいが一瞬かいえたが、ロザリアが「話してちょうだい」と優しくうながすと、サラはゴクリとつばんでから口を開いた。

「……わ、私がいけないんです。オスカー様と一緒に歩いていたのですが、なんというか……間が持たなくて。私なんかに付き合っていただいて、申し訳ないなと」

(あー、彼はツンデレという名の、シャイで口下手な男だから……)

 ゲームでも序盤はそうだった。異性である上、平民という身分違いのヒロインに対し、距離感をつかみかねて上手うまく会話をすることが出来ない、という場面が何度もあったものだ。

「そのうちに、なんだか楽しそうな声が聞こえてきたんです。私、その声が気になって追いかけてしまって……。そうしたら、オスカー様ともはぐれてしまって」

(どうりでオスカーがどこにもいないわけね)

 周りの様子を見て息をく。ペア相手を放って何をしてるんだ、と怒りたくなる気持ちを抑え、そういえばサラはみょうに好奇心おうせいなところがあるんだった、とも思い出す。

 加えて、平民ながらも妖精を見ることが出来る能力があり、この学園に編入してきたほどのいつざいだ。かすかな妖精の声も聞き取れるほど、妖精の気配にびんかんなのだろう。

(声が聞こえてきた? 一体どういうじょうきょうで──……)

 周囲を見回したロザリアは、ある光景を目にして、ここで起きたてんまつてんがいった。

「なるほど。あなた、妖精たちのえんかいを覗き見てしまったのね」

「……え?」

 首をかしげるサラに背を向け、まだ木の上で様子を窺っている小妖精たちに声をかける。

「皆さん、宴会の邪魔をしてごめんなさい。彼女に悪気はなかったのよ。それから私も、理由も聞かずに怒ったりしてごめんなさい」

 小妖精たちはサワサワと葉の擦れる音のような囁きをわした後、ロザリアたちにペコリと頭を下げて飛んでいった。許してくれたということだろう。

「妖精はね、プライバシーをしんがいされるのをきらうのよ」

 ロザリアの視線の先、切り株の上には、ミニチュアサイズのさかずきや果物の欠片かけらが転がっていた。妖精たちが宴会をしていたあかしだ。

「顔見知りならあまり問題にはならないけれど、そうでないならたいていは怒るものよ。今回は木の実を投げられるだけで済んだけれど、タチが悪い妖精だともっとえげつない仕返しをしてきたりするから、気をつけなさい」

「そうだったのですか……。すみません、私、知らなくて」

 サラがしゅんとしおれるのを見て、しまったとこうかいする。

(げっ、やばい! これ説教してる感じになっちゃってる!? いじめてるように見える!?)

「ま、待って、怒ってるんじゃないのよ。今後のためのアドバイスというか──……ねぇ、リュカ!? 私、怒ってないわよね!?」

 黙ってロザリアの話を聞いていたリュカに、たすぶねを求めるようにパスを投げる。

 急に振られたリュカが、まどいつつも口を開こうとしたその時。

(ああっ! 今更来たわね!!)

 慌てたようにオスカーが駆けてくるのが見えた。

「ベネット嬢、良かった無事で……。──なぜお前がここに?」

 サラの姿に安堵の表情を見せたオスカーは、彼女がなみだを滲ませていることに気付き、それからその前に立つロザリアとリュカを疑わしそうに見た。

 ロザリアが泣かせたと思っているに違いなかった。

かんちがいされてるのはしゃくだけど、今はそれよりも……)

「『良かった』じゃないわよ、オスカー」

 いかりを抑えつつとがめるように言うと、オスカーは不満そうにまゆをピクリと動かした。

「なんだ、いきなり」

「サラさんは妖精に攻撃されていたの。あなたが放っていたからよ」

「攻撃? 妖精から?」

「そうよ。でも、妖精の基本的な知識を理解していれば防げたことだわ」

 ロザリアは、オスカーの顔色を窺いながらしんちょうに言葉を選んでいく。

「妖精と共存するこの国の未来の王として、サラさんのような人に妖精の知識を広めていくのは、あなたの責務でもあるでしょう?」

「……」

 オスカーはけんしわを刻みながらも、口を引き結んで聞いている。


「あなたなら、自分の立場を受け止めてそれを成すことが出来るはず。だからサラさんを導いていくことは、あなたにとっても必要なことだと思うのよ」

 オスカールートのとくちょうの一つに、大事に甘やかされて育てられたせいで、いまいち王太子としての責任感が欠けていた彼が、ヒロインと接していくうちに自分を見つめ直して成長していく、という過程がある。それを待っているゆうはないので、早めにきつけておきたい。その一心でロザリアはうったえた。

「…………」

 オスカーはすっかり黙り込んでしまった。ロザリアに急に正論を言われて腹を立てたのかもしれない。それでも、真面目に受け取ってくれているようには感じた。

 彼はやがて、気まずそうにロザリアから目を逸らし、サラへと顔を向けた。

「……ベネット嬢、先程は失礼した。今後は気をつけるから、庭園へ戻ろう」

「え、は、はいっ」

 サラは慌てて立ち上がり、オスカーの後をついていった。去り際に、ペコリとロザリアたちに頭を下げて。

(ちょっと言いすぎたかもしれないけど、オスカーのためだもの。いたし方なし!)

 そう自分にフォローを入れた後、あれ、とかんに気付く。

(怒った妖精がサラを攻撃する……、そこに後からオスカーが来て助けてくれる……って、まさに今、ゲームでのイベントが起こっていたのでは!?)

 ロザリアが妖精を怒らせるように仕向けたわけではないし、それまでのけいは異なるが、起こった出来事だけ挙げてみるとゲーム通りの光景であった。大きな違いとして、サラを助けたのがオスカーではなくロザリアだった、という点があるのだが。

(しまった、せっかくのオスカーの見せ場を取ってしまった!)

 やってしまった、と反省していると、リュカの戸惑うような声が聞こえてきた。

「……めずらしいですね。ロザリア様が、あのようにおっしゃるなんて」

「え?」

「オスカー様とは普段から、会話をなさること自体あまりなかったように思いましたので」

 仲が悪いからだ。授業や夜会で組む時は一緒に行動したりもするが、それ以外でせっしょくをすることはなかった。学園で顔を合わせても、話しかけることも話しかけられることもまずない。

 今までのロザリアなら、先程のようにサラに話しかけることもなかっただろうが、あんなふうにオスカーをたしなめるような発言もしなかったはず。リュカが疑問に思うのも当然だ。

「……言ったでしょう。私は変わりたいのだと。だから、自分のなところは直していくつもりだし、他人に対しても思うことがあるのなら、自分の意見を正しく言えるようにしていこうと思ったのよ。それが近くにいる人ならば、なおさら

 しんけんに言うと、リュカが複雑そうな顔をした。なぜか、どことなくさびしげに見える。

「……リュカ?」

 どうしたの、と問おうとしたが。

「……そうですね。貴女にとってオスカー様は、この先もずっとそばにおられる方ですから」

(…………ん?)

 何か、嫌な予感がした。

「オスカー様のためを思って意見をお伝えするというのは、良いことだと思います。あの方は貴女のご婚約者なのですから、真剣に向き合おうとお考えになるのも当然──……」

「ちょ、ちょっと待って!」

 まゆじりを下げて話し続けるリュカに、ストップをかける。

「私、オスカーと真剣に向き合おうとか、そういうことを考えているんじゃないわよ!?」

「……え?」

「さっきのは、ちょっと気になったから言っただけであって、オスカー相手じゃなくても言いたいことはハッキリ言うつもりよ。彼をとくべつあつかいしているわけではないの、決して」

「ですが、特別なお方であることは間違いないでしょう。ご婚約者なのですから」

「いや、確かに現状の立場的にはそうであるのだけれど、本意ではなく……」

 モゴモゴとしりすぼみになってしまうロザリアの言葉に、リュカが食いついた。

「本意ではなく?」

(うっ、ミスった)

 しかし、ここはどうつくろっても駄目な気がした。むしろ言ってしまった方がスッキリすると思い、ロザリアは深く息を吸ってからリュカをえた。

「……あなたにだけは言っておくわ。──私、オスカーとの婚約を解消したいの」

「…………え」

「騒ぎ立てられるとやっかいだから、ここだけの話にしておいてちょうだいね。おん便びんに、それはそれはもう穏便に、この話を白紙に持っていきたいのよ」

 声を落としてごく真剣に話すロザリアに対し、リュカはぜんとした表情だ。

「目立つことなく、綺麗にフェードアウトしていきたいの。自然な流れで。……って、リュカ、聞いているの?」

「は、はい」

 ロザリアの責めるような視線に、リュカはすかさず姿勢を正した。

「だからね、私はオスカーと向き合うためじゃなくて、彼の背中を押すためにさっきあのように言ったのよ。それで王太子として立派な男性になってもらって、こんな決められた政略けっこんなんかじゃなく、彼がげたいと思う人と一緒になってくれたらなって」

「……本当に、本心からそう思ってらっしゃるのですか?」

「ええ。私も彼も、おたがいになんとも思っていないことは知っているでしょう?」

「それは……はい」

 あくまでも二人は政略結婚として婚約関係にあるのだ。ゲームの中でもお互いがれんあい感情をいだいているようなびょうしゃいっさいなかったし、ロザリアとしてかくせいした自分もそのことはよくわかっている。とにかくこの二人は、お互いに無関心なのだ。

 ただ、王太子の結婚相手に一番相応ふさわしいいえがらの令嬢が、ロザリアだっただけ。

「オスカー様へのお気持ちを変えられたのかと思いました。……好きになられたのかと」

 ポツリと聞こえた内容に、まさか、と笑う。

「そんなわけないじゃない」

 しかし、リュカの表情はまだ晴れない。

「ご婚約を白紙にしたい理由は、他に気になる方が出来たということなのでしょうか」

「それもあるはずがないわ。こいも結婚も、全く興味がないもの」

(私の今世での目標は、あなたの命を救うことなので!!)

 キッパリと言うと、ようやくリュカの表情が明るくなってきた。

「私はね、あなたさえいてくれればそれだけでいいのよ」

 心からの言葉に、リュカがふわりと微笑んだ。

「……そう、ですか。安心いたしました」

(んんんっ、可愛い!!)

 つい飛び出しそうなかんせいを、わざとらしいせきばらいです。

「そ、それでね、オスカーにはあのサラさんなんて良いのではないかしらと思うの。タイプはちょっと違うけれど、だからこそ馬が合うってこともあるかもしれないじゃない?」

 というのは前世でゲームをプレイしたからこそ言える評価なのだが、こうなったらあの二人をくっつけるためにリュカにも協力してもらおう、と無理矢理話を持っていく。

「……そうですね、私は彼女のことをまだよく知らないので、なんとも言えませんが……」

 急に平民の編入生の名を挙げたからか、リュカは戸惑う様子を見せた。けれど、シナリオ通りに進めば上手く収まることをロザリアは知っているので、ゴリ押ししていく。

「オスカーみたいにツンツンしてなおになれないタイプにとっては、サラさんのように純粋な印象の女性の方が、一緒にいてごこが良いと思うのよね」

「……なるほど。言われてみれば、そんな気もしますね」

「でしょう? だから、あの二人が上手くいくように協力してちょうだい。そうすれば、私は事をあらてずにオスカーの婚約者という立場から退けるのだもの」

 その言葉に、リュカは真剣な顔になり、力強くうなずいた。

「はい、おおせのままに」

(よっしゃ!)

 強力な仲間を得たと喜んでいたロザリアは、リュカがその時どんな決意をしていたのかなど、わかるはずもなかった。

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