②
*****
(さて、これに乗ったらいよいよプロローグイベントはすぐそこね)
ポーチで
すると、中にはすでに一人の青年が座っていた。
(わぁっ!? な、なんでここにルイスが!?)
ルイス・フェルダント。エルフィーノ王立学園生徒会長を務める、ロザリアの一つ年上の兄。そして、《おといず》攻略対象キャラの一人でもある。
(ロザリアの難アリな性格のせいで、この
朝食に同席していなかったのでてっきりそうだと思っていたのだが、登校くらいは一緒に、ということなのだろうか。学園に着く前にもう攻略対象と接する羽目になるとは。
動き出した馬車の中、動揺を抑えつつ、なんとか笑顔を作ってルイスに声をかける。
「おはようございます、ルイスお兄様」
途端、ルイスは肩まである黒髪を
(こらーっ! 仲悪い設定なのになんでにこやかに挨拶してるんだ私は──!)
いつもは絶対に挨拶なんてしないのだろう。ルイスの表情がそれを物語っている。
接し方に困るから、仲が悪いなら
(あーもう、
だが心配する必要もなく、ルイスはとっくにロザリアへの興味を失ったようで、手元の本に目を落としている。良かったと思いつつ、ロザリアはじっとルイスを観察した。
(うーん、さすが攻略対象。ビジュアルの破壊力は
クールで
(確かに美形だし割と好きなキャラだったけど、私はリュカの方が断然
目の前に座る兄から、
「……ロザリア様、申し訳ありません。どこかおかしかったでしょうか」
だが、あまりにも見つめすぎたのか、リュカは困ったように自身の身体を
「やだ、何を言っているの。おかしなところなんてないわよ」
「ですが、私の姿を気にされているようでしたので」
大好きな推しを視界に収めてニヤニヤしていただけです! と言いたくなるのを抑え、慌てて「違うわ!」と身を乗り出した。
「心配しないで、あなたはいつも完璧だから! 美しく整えられた身なりも洗練された所作も、全てにおいて非の打ち所がなく素晴らしいから!!」
ポカン、と
(し、しまったぁ……!
熱くなると周りが見えなくなり、
「あの……えっと、ありがとうございます。ロザリア様」
「い、いえ、その、ほら。あなたはそのままで十分だと言いたかったのよ」
なんとか笑って
「……ロザリア。お前、一体どうしたんだ?」
(そんな得体の知れないものを見るような目を向けないでよ──!!)
居た堪れない気持ちになりながら、ルイスにも笑いかける。
「嫌だわお兄様、リュカは大切な従者なのよ。いつも思っていることを言っただけだわ」
「大切な……従者……?」
(ちょっと、なんでそこで二人して声を
ルイスはいよいよ信じられない、と言いたげな表情をしていた。一方リュカは、反応に困ってしまったようで
「……この上ない
(は、はにかんでる──!! 天使の微笑み、ううん、天使のはにかみ!!)
あまりの愛らしさに、鼻血を
「…………なんなんだ、一体」
困惑したルイスの声が、馬車の中にポツリと
しばらくして、馬車は学園に
馬車を降りて歩き出すと、
(出たな、オスカー! 人気投票ぶっちぎり一位、最強のツンデレ王子!!)
個別ルートにおける
(待ってなさいオスカー。必ずサラとハッピーエンドを迎えさせてみせるから!)
闘志を宿して見つめるが、オスカーはそんなロザリアには見向きもせず、数歩前にいるルイスに声をかけた。
「やっと来たな、ルイス」
婚約者のロザリアには、チラリとも視線を
(ああそうだ、ツンデレ王子と我儘令嬢だから、ここも仲が悪いのよね)
婚約といっても、有力公爵家で昔から付き合いがある、とかそんな理由で決まった
どの道、彼からの好感度を上げたいわけではないので、ロザリアにとって問題はない。
「何かあったのか?」
ルイスも、妹がぞんざいに扱われていることなど気にするふうもなく返す。
「今日だろう、彼女が編入してくるのは」
「ああ、そうだった。サラ・ベネットだったか」
その名にドキリとする。ついに正ヒロインのサラが現れるのだ。
(いよいよ始まってしまうのね、《おといず》が……!)
その時突然、
(……サラだわ)
風が吹き込んできた先から、校門を抜けて一人の少女が歩いてくる。ロザリアと違い、
サラはオスカーに目を留めると、「あ」と小さく声を上げた。それを見たオスカーも、一歩
「ようこそ、サラ・ベネット。今日から君もこの学園の生徒だ。よろしく」
(──ああ、覚えてる。このプロローグイベントで最初に声をかけてくれるのが、オスカーだったのよ……)
そもそもシナリオ上で、平民として
(不思議ね。あの印象的な場面を、この場所から見てるなんて)
だが、
サラとオスカーが話し、そこに生徒会長のルイス、さらに残り二人の攻略対象も加わっていくのを見ながら、ロザリアはジリジリと後ろに下がっていった。他の生徒たちの視線は、サラたちの元に集まっている。──よし、いける。
(このまま存在を消して、このイベントを乗り切りたい……!)
ゲームだとここでロザリアがしゃしゃり出ていき、サラに悪口を言い始めるのだ。
(でも私はそんなことしないから、どうかこのまま穏便にシナリオを進めてください!)
最初の顔合わせで、悪い印象を与えない。あえて生徒たちが集まる中でおとなしくしていることには、効果があるはずだ。
「ロザリア様、どうされました?」
「気にしないで、私は今モブキャラなの。いないものと思ってちょうだい」
「…………モブキャラ?」
理解しようと首を傾げるリュカに、オタク用語言ってごめんと心の中で
その時だった。
「ロザリアー、お
「えっ、ちょっ……、きゃあっ!」
リュカが持ってくれていたバッグの中から、緑色の影が飛び出してきた。しかも複数。
「ロザリア様!」
「あ、ありがとう。何? 今の……」
自分の身体を見下ろしたロザリアは、目を瞠った。朝食時に現れたピクシーたちが、なぜかロザリアの身体にまとわりついていたのだ。
「あなたたち、どうしてここへっ!?」
「さっきのうまかった! もっとちょーだい」
「僕も
「え? さっきのって……、ビスケットのこと?」
「そう、それだ!」「それが欲しい!」なんて
「それなら持ってきているわ。待ってて、今用意するから」
学園の妖精にお
「ちょっと、だから待ってったら──……、こらっ、落ち着いて順番に並んでちょうだい!」
「ちゃんとみんなにあげるから、
嬉しそうにビスケットを受け取っていく妖精たちを見て、可愛いのと嬉しいのとで、思わず
(あー良かった、多めに持ってきておいて……って、わ──っ!?)
(やっ、やばい……! めっちゃ悪目立ちしてる……!)
当然の反応だ。ロザリアが妖精にお菓子を振る舞うことなんて、今まで絶対になかったはずだから。
固まったまま背中に
そんなロザリアを気にも留めず、ピクシーたちはビスケットを美味しそうに頰張り、さらにはロザリアの髪を引っ張って遊び始めてしまった。
(はっ、どうしよう! もしかしてこの光景、妖精たちをお菓子で
絶望的な気持ちになっていると、後ろからグイッと腕を引っ張られた。
「……リュカ?」
「ロザリア様、
いつになく低い声が耳元で聞こえ、ゾクリとした。リュカはロザリアに何か言う間を与えず、そのまま力強く腕を引いて、その場からロザリアを連れ出した。
何が起きたのかわからない、と困惑する生徒たちを残して。
「……申し訳ありませんでした。まさかバッグの中に妖精が
リュカは
「いいのよ、彼らは自分で気配を消すことが出来るんだから、気付けないこともあるわ。……まさか私なんかについてくるなんて、驚いたけれど」
あんなに怖がられていたのに、なぜ急に懐かれるようになったのか。わからない。
リュカはポケットから
「ねえ、さっきの……、あなたにはどんなふうに見えた?」
「……どんな、とは?」
「つ、つまり、妖精を従えて何か
「いえ、そんなまさか。というか、むしろ──……」
「本当!? 良かったぁ!!」
ホッとして息を吐き出す。
(少しでも誤解を招きそうな行動は避けたいもの。ロザリアがサラにいちゃもんつける展開もちゃんと避けられたし、シナリオ通りにいかなかったってことでいいよね!?)
「……ロザリア様、一体どうしたのです? 急に妖精と親しくしようとなさるなんて」
「えっと……それは」
「昨夜から様子がおかしいですよ。やはりお身体の調子が悪いのではないですか?」
なぜか、ものすごく不満そうな顔をされた。そんな表情も可愛いけれど、今は
「……わ、私ももう十七歳だし、いろいろと身の振り方を考え直そうと思ったのよ」
「考え直す? なぜです、
「だ、駄目に決まってるでしょう!」
何を言ってるんだと言わんばかりの顔をされ、声がひっくり返る。この子、本当にロザリアへの忠誠心が分別を欠いてないか。もうこれ、ロザリア病って呼んでもいいんじゃないだろうか。
「私は変わりたいの。今までみたいに我儘放題な生き方ではなく、ちゃんとして周りやあなたにも迷惑をかけないような人間になりたいのよ」
「迷惑だなんてとんでもない。私は貴女のために存在するのですから」
(いか──ん! 本気で重症だ!!)
いちユーザーだった頃の自分ならキャーッと
「これはっ、私とあなたの未来のためでもあるの! だから異論は受けつけませんっ!」
それだけ言って、背を向けて走り出す。このままだと、ロザリア病重症
(ああもう、誰にどう思われようとも、絶対絶対、私はリュカを助けるんだから──!!)
*****
ロザリアが去っていってしまうのを、リュカは
「『私とあなたの未来のため』……?」
彼女が最後に口にした言葉を
(……いや、あの方のことだ。深い意味で言ったわけではないのだろう)
自分がどう思われているかなんて、十分わかっている。わかっているはずなのに。
(美味しい、と……笑ってくれた)
あの時湧き上がった気持ちを思い出し、胸が熱くなる。無防備な顔、花が
「あんなふうに、他の
忠実な従者の低い呟きは、近くを
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