悪役令嬢は二度目の人生を従者に捧げたい
悪役令嬢は二度目の人生を従者に捧げたい/ビーズログ文庫
第一章 我が人生は推しのために
①
──あ、これ、やばい。
そう思った
痛い、苦しい、
(私、死ぬのかな)
そこに大きなトラックが
つまり自分は、交通事故に
(
それと共に、大切な人の顔が一人、また一人と、
(ああ、ゲームに熱中しすぎて時間を忘れたりしなければ、徹夜することもなかったのに)
親しい人たちの顔が脳内を
(うっ……、例え画面
身体の自由はきかないが、
サラサラの
彼の登場シーンを楽しみに、しつこく何十回とプレイした。数少ない
だからこそ、彼が迎えるいくつもの結末に、どれだけ泣かされたことだろう。二十四年の人生の中で、最も許容出来ない事案だった、と言っても過言ではない。
そう考え出したら、
最後に画面越しに見た、彼の姿を思い浮かべて。
「なんで……っ、なんでいつも死んじゃうのよぉ、リュカぁぁぁ…………!!」
*****
──……ア様、目を開けてください……ロザリア様……。
「…………んん……?」
ゆっくりと
「──ロザリア様! ああ、良かった……。目を覚まされましたね……!」
「………………え?」
ぼうっとする頭で、自分に話しかけている声に耳を
「階段から落ちて頭を打たれ、その
「階段? 落ち……、えぇ?」
確か自分は、交通事故で死んだのではなかったか。そうだ、
(……
「私のことがわかりますか?」
不安そうに問いかけられ、ゴクリと
(……わかる。この顔、とてつもなく見覚えが……)
窓から
──そうだ、この一億点満点の美青年は、最期に思い浮かべた最推しの──……。
「リュ、リュカ──────っっっ!?」
思わず
「はい、そうです。良かった、意識はしっかりしていますね」
返ってきた答えに、頭が真っ白になる。
(は、はいって言った!? なんでリュカが目の前に!? どどどどうして実体化してるの!?)
リュカはゲームに出てくるキャラクターで、画面の向こうの存在のはず。しかし、そこにいるのは
──いや、待った。それ以前に。
「私……、死んだはずよね……!?」
彼はぱちくりと瞬きをし、
「
優しい手つきでフワフワの毛布の中に押し
(待って、頭が追いつかない。私、どうなっちゃったの? ここはどこ?)
リュカ(仮)を見ると、彼は天使かと
「飲み物をお持ちします。休んでいてくださいね。──ロザリア様」
去り際の言葉を聞いて、
(……ろざりあ? ……ろざりあ、ロザリア…………。──ロザリア・フェルダント!?)
ガバッと起き上がり、転げ落ちるように寝台から
「ロ、ロザリアだ……。《おといず》の悪役
《おといず》、正式
その中でロザリアは、ヒロインに意地悪したり攻略対象との仲を
そのロザリアが、なぜか鏡の向こうから自分を見つめ返していた。
(そんな
そして、転んで頭を打った衝撃で、前世の
信じられないが、この
(……あれ? ということは、さっきのは本当に……本当に、あのリュカ!?)
ロザリアの忠実な従者、リュカ。攻略対象ではなく
彼もロザリア同様にキャラデザが
そう結論づけると、
(……きゃ────っっ!! 推しに! 実体化した推しに会えた!! やった──っ!!)
一瞬、死んでしまったことや家族への申し訳なさが頭を
(落ち着け私。楽しみにしてた新作ゲームの
「ロザリア様!」
一人でジタバタしていると、大きな音と共に扉が開け放たれ、リュカが戻ってきた。
(ヒィッ、本物眩しすぎる! というか、制服以外の姿を見るの初めてでは!? グレーのベストにジャケットが完璧に似合ってる! 推しが実在している! が、眼福……!)
そんな心の声など聞こえるわけもなく、リュカはつかつかと歩いてきて眉根を寄せた。
「休んでいてくださいと言ったではありませんか。顔が赤い。熱があるかもしれません」
ごめんなさい、あなたに興奮しているだけです。とは言えるわけもなく
(ぎゃ──!?)
「さ、寝台に戻りましょう。しっかり休みませんと」
推しにお
「お水をどうぞ。それともホットミルクにしますか? 他にも各種お持ちしましたが」
ロザリアを寝台に下ろしたリュカは、いくつもの飲み物をテキパキと、寝台脇の台に並べていく。
「な、なんでこんなにたくさんあるの?」
「もちろん、お好きなものをお選びいただけるように、です」
そう言われて思い出す。リュカはとにかくロザリア命で、彼女の喜びそうなことならなんでもするし、どんな命令でもこなすことに心血を注ぐ、完璧に忠実な従者なのだ。
容姿以外は取り
(そう、ロザリアのことを常に考えていて、めちゃくちゃ
しみじみと考えていると、口からポロリと言葉が
「尊い……」
「え?」
(しまった、つい
「あ、えっと、その……あ、ありがとう! こんなに気遣ってくれて!」
取り
(……はっ、失敗した! ロザリアは絶対に人に礼を言うようなキャラじゃなかった!)
それはリュカに対しても同様なのだろう。現にリュカは今、言葉を失っているのだから。
「……ロザリア様、やはりかなり熱があるのでは?」
完全に病人扱いされてしまった。一言お礼を言っただけなのに。
「失礼します」
「わっ!?」
額に
(お、推しの
「熱い……やはり
「ち、ちがっ、それはあなたが
何かとてつもなく嫌な予感がして、
(《おといず》のプロローグイベント……!!)
「あ、明日って始業式なの!? エルフィーノ王立学園、二年目の!?」
「ええ、そうですよ。もしやお忘れでしたか?」
(忘れるわけない、忘れられるわけがないわよ……!)
二年生の始業式。ここから《おといず》のゲームは始まるのだから。
ヒロインがロザリアの通う学園に編入してきて、攻略対象たちと初対面する大事なイベントが展開されるのだ。その後、ヒロインは各キャラのルートで攻略対象と
(ロザリアとリュカは、ほぼ全ての結末で
さあっと血の気が引いた。なんということだ。推しに会えた喜びのせいで、一番大事なことを忘れていた。前世で死ぬ
ガタガタと
「やはり具合が悪いのですね? お待ちください。今、医師を呼んできま──……」
「
思わず叫んで、腕を摑んでしまっていた。リュカが目を丸くする。
(つまりこのままだと、ゲーム通りにリュカは死んでしまう可能性が非常に高い? せっかく実在する彼に会えたのに? ……そんなの絶対、絶対絶対、嫌に決まってる!!)
「私は大丈夫。大丈夫だから──……、あなたは、何も心配しなくていいわ」
──私が必ず、あなたのことを守るから。
「……ロザリア様?」
つい、指先に力を込めてしまったせいか、リュカが眉を
「どうなさったのですか? 先程からなんだかご様子が……」
覗き込む顔は、主人の行動に
すう、と息を吸い、呼吸を整える。
「……なんでもないわ。目が覚めたばかりで、ちょっと混乱していただけだから。もうおとなしく
余計な心配をさせてはいけないと、令嬢らしく、
そのまま毛布の中に
(さて、今後のことを考えなくちゃ)
もちろんこの
自分がロザリアに転生したからには、絶対にリュカを死なせない。何がなんでも彼を救う未来を勝ち取るため、ゲームの内容を
《おといず》の
だが、妖精を見ることが出来るのは貴族など一部の者のみで、その者たちが妖精と正しく接する知識を学ぶためにあるのが、エルフィーノ王立学園なのである。プレイヤーはここで、ヒロイン・サラの視点で学びながら四人の男性と恋に落ち、各キャラのルートにおいて共に妖精とのトラブルに対処しつつ、
(そしてロザリアは、妖精たちを従えてサラに様々な嫌がらせを
この国で最も重罪とされているのは、妖精を
(でも一つだけ、ロザリアとリュカが断罪されても生き残れる結末がある。となるとそこを目指すしかないわ。──オスカールートのハッピーエンドを……!)
オスカー・ディオ・エルフィーノ。攻略対象中のメインキャラとして扱われていた、この国の王太子。ロザリアの
その立場のおかげか、オスカールートでハッピーエンドを迎えた際、ロザリアたちは情けをかけてもらい、婚約解消と共に国外追放だけで済まされる。二人とも死なずに済むのだ。
(この結末を目指すなら、オスカーとサラの恋路を後押しするように動かなくちゃね。……出来れば、早い段階で婚約解消もしてしまいたいんだけど)
さっさと身を引いて二人の邪魔なんてしませんアピールが出来れば、安心要素が増えると思うのだ。
ちなみに攻略対象はあと三人いるが、彼らのルートに進みそうになるのを
(もちろん、サラへの嫌がらせ
攻略対象をはじめ、学園の生徒は貴族で構成されているのだが、サラは平民。ロザリアはまずそこが気に入らなくて、サラに
(後は、妖精に冷たく接したり、従えたりしないこと。これも重要よね)
シナリオ進行の邪魔をしなくとも、妖精たちに対する仕打ちが
(特に気をつけるのはこれくらいかしら。……ああ、私が目覚めたのが幼少期なら、そもそものロザリアの性格を
ゲーム開始が数時間後に
重い
その結果、少しウトウトした程度の
(寝不足だけど、ゲームのやりすぎで
うっすらと
──そう、思っていたのに。
「やはりお休みになった方がよろしいのでは? お顔の色が
リュカには
「だから、平気だと言ったでしょう。階段で打った後頭部も、もう痛くないもの」
「ですが……」
「具合が悪くなったら正直に言うから。それでいいでしょう?」
そう言うと、リュカは
(ごめんねリュカ。プロローグイベントでいきなりロザリアがやらかす場面があるのよ。それを
初対面のサラに、いきなり嫌味をぶつけて
その展開を知っているからこそ、そうならないよう
(それにしても、リュカの制服姿を実物として拝める日が来るとは思わなかった! ベージュ色の制服がよく似合っていて、画面
前を歩いているため、ニヤニヤ顔を
(本来リュカは十九歳だから、十七歳のロザリアより二年前に入学して、もう卒業しているはずなのよね。でもロザリアが自分に合わせて入学させると我儘を押し通したせいで、同学年になったのよ。おかげで今こうして制服姿を拝めてる! ありがとうロザリア!)
転生を自覚してから、初めてロザリアに感謝の気持ちを
広い室内に大きく取られた窓からは、朝の光が
(どこもかしこも、豪華な造りだなぁ。有力
フェルダント公爵家は、王国内でも五本の指に入るほどの権力を持つ公爵家、という設定だった。当然、それほどの権力を持つのには理由がある。
「お父様、お母様。おはようございま──……」
「まあっ、その顔はどうしたのです、ロザリア!」
朝の
「酷い顔色じゃありませんか! 隈までこさえて!」
(こ、こっちも目敏いな!)
開口一番に
「転んで頭を打ったが、特に問題はないと聞いていたんだが。痛みで眠れなかったのかい?」
「いいえ、痛みはありません。少し寝つきが悪かっただけで、全くの健康体ですわ」
大したことはないと微笑んでみせるが、ミランダは眉を
「隈が出来るほど眠れなかったなんて大問題です。医師を呼びましょう」
「まったく、フェルダント家の
その言葉に、自分の中のロザリアとしての十七年分の記憶が、ピクリと反応した。
(……ああ、そうだ。この家の人たちは……)
スッと頭が冷静になったロザリアは、姿勢を正した。
「失礼しました。『リャナン・シーの血族たる者、常に完璧に美しくあれ』、ですものね」
「そうです、自覚が足りませんよ」
ミランダが不満そうな顔のまま、席に着く。ロザリアはこっそり息を
リャナン・シー。美しいことで有名な妖精であり、フェルダント家の初代当主の
基本的に妖精を見ることが出来る者は、妖精と共に建国に
とはいえ、妖精が人間と
(……まぁ、実はヒロインもそうでした、って
ちなみにリュカも妖精を見ることが出来るが、妖精の血は引いていない。前者の、妖精と縁深い家に生まれたパターンだ。
(そして、その美しい妖精の血族であるゆえに、この家の人間は美へのこだわりが
ゲーム内のロザリアは、見た目はもちろん、
(悪行の数々が許されるわけではないんだけど、ちょっとロザリアに同情するなぁ……)
まだ続いている母の小言にウンザリしながら、早く食べ終えてしまおう、とロザリアはせっせと食事を進めていく。その時、ふと視界に小さな
「妖精だわ!」
思わず声を上げてしまい、
「申し訳ありませんでした。お食事中に、ご気分を害してしまいまして」
言いながら、ポケットを押さえて退く。まるでロザリアの視界から隠すように。
「え? 別に、気分を害してなんか……」
リュカの言動の理由がわからず首を
「ロザリア、いい加減に慣れなさいな。リュカが妖精に好まれているのは昔からなのだから。そんなにいちいち
(……あ、そうか! ロザリアはリュカにまとわりつく妖精を
というかそもそも、妖精
「いえ、お食事中に連れてきてしまったのは私の落ち度です。すぐに外に放ってきます」
妖精を
「い、いいのよそんなことしなくて! むしろ、自由にしてあげてちょうだい!」
(あ! これ、もしやチャンスなのでは!? 妖精はお
期待に胸を
(うわあ、本物の妖精だぁ! 実物見るの初めてだー……!)
感激しているうちに、リュカの周りにはフワフワとたくさんのピクシーが集まっていた。
(本当にリュカは妖精に好かれてるのね。確かに
妖精は勤勉な人、美しいものや金髪、リュカの瞳の色のような緑色を好むのだ。なるほど、と
(これは……、思っていた以上に嫌われてるわね)
仕方がない。ロザリアはずっと、妖精に冷たく当たったり従えようとしてきたのだ。家に住み着く妖精に
けれど、それでは駄目なのだ。
(妖精たちとは、良好な関係を築いていく。リュカ救出計画にそれは欠かせないのよ!)
ロザリアはビスケットがよく見えるように皿を置き、妖精たちに微笑みかけた。
「妖精──いえ、良き
その発言に、リュカと両親が「えっ」と声を出した。ピクシーたちも、
(くっ……、ロザリアめ、あんたどれだけ信用ないのよ!)
ピクシーたちはしばらく
(やったあ! 私から食べ物を受け取ってくれた! 作戦成功!)
この手が通じるなら、学園の妖精と良好な関係を築くのも、きっと可能なはずだ。そうすれば、妖精を使役して悪事を働くという未来は、防げるのではないだろうか。
「おいしい」「ありがとー」と口々に言い、ピクシーたちはニッと笑う。なんだか
「……あの、ロザリア様。どうなさったのですか?」
リュカが
そりゃそうだ。ロザリアが妖精のために何かしようだなんて、今までありえなかったこと。とんでもなく
「べ、別にいいでしょう。妖精と親しくなりたいと思ったって……」
「…………親しく?」
皆が
その
(わっ、これすっごく
今まで気にしてこなかったが、改めて味わうと、行列の出来る店並みのクオリティだと感じるほど美味しかった。思わず目を閉じて
「ロザリア様、どうなさいました?」
「……これ、とっても美味しいなと思って。メインの料理も美味しいけれど、これはまた別格というか。作った料理人に、一度ちゃんとお礼を伝えたいわね」
リュカがピクリと
「……それは私が焼いたものです。お
「えっ、あなたが?」
「はい。ロザリア様にお出しするお菓子は全て、私が用意させていただいております」
(料理まで得意だったとは! というか、そんなことまでしてくれていたのね……!)
推しの手料理を毎日食べていたなんて、幸せの
「そうだったのね、知らなかったわ……。リュカ、いつもありがとう」
今まで彼の行動に目を向けてこなかったことへの謝罪も込めつつ、ニッコリと微笑んで感謝の言葉を告げる。ニッコリというかニヤついているかもしれないが、本当に感動したのだから仕方ない。感激の
「……あ、ありがとうございます」
リュカにしては珍しく、歯切れの悪い返しだった。うっすらと耳が赤くなっている。
(え、やだ照れてない!? これ照れてるよね!?
ロザリアから礼を言われることに慣れていないせいかもしれないが、
そんな
「そのように言っていただけるなんて、身に余る光栄です。これからも
「い、いいのよ、そんなに大袈裟に
「いえ、もっと努力します。私の命はロザリア様のためにあるのですから」
(うっ、駄目だ。お礼を言っただけなのに、忠誠心に火をつけてしまったみたい)
ロザリアに尽くしすぎて、自分を
(リュカは十年前からロザリアに仕えてるんだったわよね。それだけ長ければ、ロザリアへの過度な忠誠心が
しかし出来ることなら、命を救うだけでなくリュカの日々の負担も減らしたい。ロザリアのリュカへの
ビスケットを
「ロザリア、あなた一体、どうしたのです? なんだかいつもと違いますよ?」
「やはり打ち所が悪かったんじゃないか? 大丈夫かい?」
良識ある会話をしていただけなのに、怪我のせいにされた。心外である。
「ですから、怪我は全く問題ありません。ご心配いりませんったら!」
これ以上
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