第1話 ドッカーン☆ 誕生! マキナスパーク!!⑥

 C棟入り口正面の階段を五階まで登り、右の廊下を突き当たりまで進んだところが矢武研究室だ。教授の所在を示すプレートは"不在"になっていたが、マキナは構わずノックした。

 「矢武先生! 居ますか?」近隣の研究室に迷惑のかからないよう配慮した声量で、呼び出そうとした。

 「いるかなぁ……?」

 「多分、居るよ」

 "不在"プレートの対応するドアの向こうに何者かが存在していることを、マキナは直感により察知していた。

 「矢、武、せ、ん、せーー」

 目の前のドアがゆっくりと開く。

 「シーッ」顔を覗かせた前掛け姿の女が鼻の前に人差し指を立てる。

 「"不在"出してるのに、呼び出そうとするのなんて君くらいだよ……」

 「お久しぶりです、矢武教授」マキナは深々と頭を下げた。

 「櫻田もいまーす」マキナの後ろからキッカがひょっこりと顔を覗かせた。

 「基盤の実装をしていたんだ。集中したくてね。どうぞ」

 矢武は右掌をドアの外から内側に、ジェスチャーで二人を迎え入れた。

 「それで、今日は梅原出ちゃってるけど……」三人が席に着くと、研究室の角の所在表示ボードを指差す。

 "梅原カガリ→FW(フィールドワーク)"

 「カガリ先輩とはさっき会いました。今日は矢武先生に診てもらいたいものがあってーー」マキナはパンパンの鞄に手を突っ込んだ。それに合わせ、矢武は机に身を乗り出した。

 「私に"観て"ほしいものだって? へぇ、期待しちゃうな」

 「これ何ですけどーー」

 マキナは、鞄からロボット犬を取り出す。

 「矢武先生なら治せると思って」

 「みて、……って"診て"ね。あー、理解した。うちはオモチャのお医者さんじゃあーー」マキナから手渡されたロボット犬を手に取り、念の為回して見ると、違和感に気が付いた。

 「オモチャなんてチャチな作りじゃあないね、コレは。……プラに見えたけど外皮は合金……か? それにこの重量が中に詰まってて表面に継ぎ目が見当たらない……ビス穴もな、け、れ、ば……駆動部の気密性も現行の技術じゃとても……メイドイン……書いてないか。……へえぇーー」矢武は独り言の様に細やかな声量でロボット犬を分析し始めた。

 「ーーの……あの、治せますか?」数分前からマキナは矢武に同じ質問をしていたが、それは全く届いていなかった。

 「あっ、あ、あぁ! もちろん治せるとも。ちょっと預かってもいいかい?」矢武は既にロボット犬を抱え込み、返答如何に関わらず預かるつもりであった。

 「え、えぇ。もちろんです。お願いします。」

 「ありがとう。す、すぐ直すから、ここで待ってなさい!」そう言い捨てると、矢武はそそくさと作業室に籠り、施錠してしまった。

 「はぁ〜……矢武先生の選んだお茶……おいしい〜……」キッカはすっかり寛ぎきっていた。勝手にお茶を淹れすすっていたかと思えば、お茶菓子にまで手を伸ばしていた。

 「キッカ、ほどほどにね」

 「あはは〜、美味しすぎて、ついつい」両手に持っていたお茶菓子の片方を食べると、渋々もう片方を茶盆に戻し、代わりに知能パンに持ち替えた。

 ーーなんでキッカは太らないんだろうーー。恵まれた筋肉が主成分とはいえ自らの腕や脚の太さで悩むマキナにとって、キッカの存在は神秘だった。

 「ゥング、そういえばさぁ、ァンム。なんか矢むへんせい、珍しふ焦ったはんじじゃなかった? ムグ、初めて見たなぁ」

 「そうかな? あ、キッカ。食べながら喋るの、よくないよ。半分くらい何言ってるのか分かんないし……」

 「ングっ、えへへ〜、美味しすぎて、ついつい」

 一時間ほど過ぎ、空が赤みを帯びてきた頃、目を血走らせた矢武が、ロボット犬を抱えて帰ってきた。

 「ハァ、ハァ、スゥーッーー。わ、私にも全然分からない部品を沢山使っていたけど、基盤やた、端子類に残ってた痕跡から、スゥーッーー。回路つなぎ直してみたから、これで動くはず。」しっかり呼吸を整えながら喋り出したはずが、矢武の言葉の節々には狼狽が感じられた。

 「さすが矢武先生! ありがとうございます。」キッカは深く頭を下げた。

 「ただ、スイッチに当たる箇所が見当たらなかったからそもそも動くものなのかどうか分からない。ネジ穴とかもなくて、開け方も分からなかったから、とりあえず切開した。開いたところは溶接で閉じてヤスリで均したけど、多少不恰好なのは目をつぶって欲しい。はい」マキナにロボット犬を手渡す。

 「こんなに綺麗に……すごい!」表面の傷や凹みも、ほぼ分からないまでに処理されていた。

 「ハァーア、私は疲れたから、ちょっと寝るよ。またね」矢武はまた作業室に籠り、鍵をかけた。

 「ンググ、いくら名物教授だからって自由すぎるよぉ〜!」

 「まだ食べてたのキッカ……」

 日が暮れかけていたので、二人は研究室を後にした。

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