第1話 ドッカーン☆ 誕生! マキナスパーク!!⑤
六時限目の終了を知らせるチャイムが響く。
「あぁーっ! やっと終わったぁ! 帰ろ、キッカ!」うーんと伸びをしてマキナが呟く。
「あれー、マキナちゃん。今日はすぐ帰るの?」キッカが問う。
普段のマキナは多数の部活に顔を出したり、生徒会の業務をこなしたり、五月蝿い父親のいない教室で自主勉強したりと、放課後も学校に居残ることが多い。
「帰るの? ってキッカ、今日は矢武教授の所に行くんでしょ」キッカの鼻の頭あたりをくるくると指差しながら確認する。
「あー、そうだった! ワンちゃん診てもらわないとだもんね!」
「そーだよォ、何で忘れるかなぁ。私はこんなのがずーっと鞄に入ってて、バレやしないかとヒヤヒヤしてたっていうのに」
「あははー、確かに鞄がパンパンだねぇ」丸々と膨らんだマキナの鞄を、スイカの品定めのようにパンパンと叩くキッカ。
「ほらほら、早く行くよー!」
「はぁい」
二人はパタパタと駆け足で教室を後にした。
空空学園前のバス停から、マキナ達の家とは逆方向に三つ先。そう遠くない場所に空空技術大学はあった。
「こんにちは!」
朗らかに守衛と挨拶を交わすと、説明より先にスラスラと入門表に記帳するマキナ。ハンドサイン一つを残し小慣れた様子で矢武研究室のあるC棟へ向かっていった。
「あ、まってぇ」
背後から聞こえたキッカの声に振り返ると、既にその姿は無かった。広いキャンパス内ではぐれてしまっても困るので、マキナはその場で待つことにした。
高台にあり、四方を緑に囲まれたこのキャンパスは心地よい風が吹き、実に清々しい場所だ。林の陰にそびえ立つ三基の電波塔も夕方になるとそれぞれが異なる色にライトアップされ、景観もバッチリだ。ここを訪れるたび、マキナは将来このキャンパスで学ぶ期待に胸を膨らませるのだった。
「おー、マキナ、きてたのかい」長身で派手な髪色の女が、マキナの前方から歩み寄ってくる。
「カガリ先輩!」
梅原(ウメハラ)カガリ、空空技術大学人工知能工学科四年。矢武研究室に属し、人工知能搭載・小型コミュニケーションロボットのプロジェクトを立ち上げ、一代にして形にした才女。マキナが空空学園女子中学校入学時、空空学園女子高等学校の生徒会長を勤めていた。
「まーたウチを覗きに来たか。このエロガキめ」
「来ちゃいました。それ、新作ですか?」カガリが肩からぶら下げたボストンバッグを指差して問う。
「"新、作"だぁ? こらマキナ! 失礼な呼び方はやめろ。 アタシのこの子はな、成長するんだよ! ……生きてるんだァ……。多角深層学習って言ってな……えへっ、人間と遜色ない知識欲を……えへへ」自らの研究成果にについて語るとき、カガリは決まって紅潮し、普段はクールぶってなかなか見せない緩んだにやけづらを晒す。マキナはその顔が大好きなのだ。
「おっと、こんなとこで油売ってる時間はなかった。これからフィールドワークなんだ。またなー、マキナ」そう言うと、カガリはひらひら後ろ手を振りながら悠然とキャンパスを後にした。
「ほまたへぇ〜」
カガリの背中を見送ると、今度は背後からキッカが寄ってきた。何かを口に含んでいることは振り返らなくてもわかった。
「あ、知能パン買いに行ってたんだ。」
知能パン、空空技術大学購買限定品にして、知る人ぞ知る名物。人間の脳の形をもしたパンで、表向きは悪趣味なメロンパンだが、内側にはその日学食で出たランチの残り物が詰まっていて、これ一つで一食の栄養バランスが完結するとても賢いパン。だから知能パン。
「ほうだよぉ〜。ング」キッカは咀嚼中のものを飲み込んだ。
「今日は沢山残ってたから、五個もかっちゃったぁ〜。マキナちゃんも食べる?」キッカは右手に持ったパンパンのビニール袋から、不気味なメロンパンを一つ取り出してマキナに渡す。
「私は、いいや……」マキナはそれを毎回断っている。
「えぇーっ!? 今日は鯖の水煮と回鍋肉とレバニラと冷奴とメロンだよ!? いいの!?」一体何が"鯖の水煮と回鍋肉とレバニラと冷奴とメロン"なのか、知能パンを食べたことのないマキナには理解不能だったが、とにかく今回も断った。
「はやく矢武教授のとこいこう。このロボット結構重いし……」
「あーっ! そうだった、ワンちゃん! わたしは知能パン買って目的達成した気になってたよぉ」
二人は矢武研究室へと向かった。
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