白い頬、眩い月.
「おい。泣くな泣くな」
「ごめんなさい」
「ほら。まだ誰とも会ってないのに、大事なメイクが台無しだろ。せっかく白く塗った頬が」
「大丈夫。もうこんなメイクなんて、いらない、から」
頬。ぽろぽろとこぼれる、涙。
「そうだな。俺は」
ハンカチで、強引に涙と頬を擦る。
「頬が朱いほうが、おまえらしいと、思うけど」
ハンカチが、止まる。
「うそ」
「あ、ごめん。メイクばっちり決めてきたんだもんな。すまん。そういうのが分からない人間で」
「あなたが」
「俺?」
「あなたのために。メイク。したのに」
「泣くなって」
「あなたの隣にいたくて。あなたのために。わたしは」
「俺の、ためにか」
「あなたが、わたしを。見て、くれなく、なった、から」
「いや、順序が逆だと思う」
「んう?」
「おまえの頬が。なんというか、その朱い頬っぺたが、かわいかったんだけど、ほら、もう、大人だから。きっと他の誰かのために、メイクしてるん、だろうな、って」
「わたしが?」
「そう。メイクしてさ。俺じゃない誰かと。どこかへ、行くんだろうな、って。そう思った。俺の、好きだった頬っぺたがさ。白くなっていくのが」
強く擦られるハンカチ。
「これでいい、です、か?」
「まだ付いてる」
頬。指でやさしく、なぞられる。
「俺、だったん、ですね?」
「他に誰が、いるんですか?」
「でも俺は。そんなに魅力があるほうじゃ、ないし」
「月が」
「月?」
「月に照らされる、あなた。とても、かっこいい、と。思います」
「俺が?」
「はずかしいです」
「あっ」
「え?」
「鏡、ある?」
「あ、はい」
「その頬っぺた。わかるかな。朱く染まって、綺麗だと、思うんだけど」
「どこがですかあ。朱くて泣いてて不細工ぅ」
「あ、ごめん、なさい」
「ほら。それより。あなたも見てください。月に照らされた、かっこいいあなた」
「うわこわっ」
「え」
「顔の陰翳深すぎるじゃん。彫像みたいだ。うわあ、へこむなあ。夜はこんな顔なのか俺」
「かっこいいのに」
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