30話 変わったモノ
「取り敢えず離れてくれないか」
「…」
電話を終え渡辺にそういうも抱きついている力が強くなるだけで離れる様子がなかった。
「…はぁ、俺を困らせないでくれるか?」
俺が少し強めに言うと体を震わせゆっくりと離れた。
「座ってろ。取り敢えず今日は鍋だからお前も食べていけ。父さんも帰ってくるし顔洗ってこい」
俺はそう言って支度を再開する。
渡辺は黙ってリビングを出ていった。
脱衣所のドアを開ける音を確認して晩御飯の支度に集中する。
材料を切り終え、コンロにかけてある土釜に鍋の地を作りそこに火の通りにくい材料を入れていく。リビングのテーブルにカセットコンロを持っていく頃には渡辺も椅子に座っていて今は落ち着いているようだった。
俺がカセットコンロに鍋を置くと同時に玄関のドアが開く音が聞こえるので玄関に行き出迎える。
「ただいま」
「お帰り、丁度鍋の準備が出来たところだから、後…渚も一緒に食べることにしたんだけどいいかな?」
「渚ちゃんが…良いじゃないか。久々だなぁこういうの」
お父さんが少し驚いた顔していたがすぐに笑顔で了承する。
「久し振りだね、渚ちゃん」
「お…お邪魔してます、
座っていた渡辺はいつの間にか立っていて父さんに頭を下げていた。
「気にしないでよ、家族みたいなものだからね」
父さんは笑いながらスーツを脱ぐので俺は後ろに回りスーツとネクタイを預かってスーツ用のハンガーにかける。
「さて、ご飯にしようか。流石にお腹すいたな」
「渚ちゃんがいるなら先に食べておいてもよかったのに」
父さんはそう言いながらキッチンへ行こうとする。
「そう言うわけにもいかないでしょ、それに父さんは座ってて。」
父さんを引き留めながら俺は入れ替わるようにキッチンに向かう。
「わ、わたしも手伝う」
渡辺がついてきて言うので断ることもせずご飯を装ってもらうことにする。
俺はお盆にコップと氷を入れたアイスペール、そして父さんの好きな焼酎を持っていく。
「お、悪いな。というか今日飲むってよく分かったな?」
「明日から引っ越しまで仕事無いって言ってたし、新しいお酒買ってたみたいだし」
「流石だな」
父さんは笑いながら受けとる。
俺はお盆だけ回収して渡辺のところに向かう。
「これに乗っけて」
「う、うん」
渡辺はよそよそしい態度で言葉に従う。
そして二人でリビングに戻り、食事を始めた。
「いや~、さっきも言ったけど本当に久し振り。前そっちの家にお邪魔したんだけど渚ちゃん帰ってきてなかったみたいだからね」
「そ、そうだったんですね、すいません、挨拶も出来ずに…」
「そんな他人行儀にならないでよ。昔みたいにおじさんって呼んでさ!」
「は、はい、おじさん…」
父さんが明るく話しかけるも渡辺は変わらず固いままだった。
そんな光景に俺は何故か苛立ってしまう。
「父さん、渚も困ってるよ。いつまでも父さんの知ってるままの渚じゃないんだから」
俺がそう言うと渚は顔を強ばらせる。
「…そうだな。いつまでも子供じゃないもんな。でも俺はまた仲良くしたいよ。和人と渚ちゃんが昔みたいに笑いあって楽しそうにしているの宏樹達と見守ってさ」
父さんは笑って言うから俺は何も言えなくなる。
父さんは俺達の仲が険悪なのは気付いているだろう。
それでもそう言っているのは俺達がまた昔みたいになれると…変わらない何かがあると信じているのだろうか?
「(変わらないものなんて無いんだよ…父さん。俺の中に残ったものは…)」
俺は結局父さんに何も言えずに箸を進めた。
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