29話 温もり


買い物しながら献立で悩み、夕飯の買い物を終えて店の外に出る。

気付けばそれなりに時間が立っていて外も暗くなりはじめていた。

「もう本格的な冬だな。鍋にして正解だ」

最近はめっきり寒くなってきている。

この時期ならキムチ鍋で暖まるのもありだろう。

俺と父さんは辛すぎるのは無理だからそれなりに辛さは控えめだが…

買い物しながら献立考えるのは普段あまりしないのだがたまにやってしまう。

「荷物多くなるんだよな…優がいるときにしないと」

そんなこと呟きながらもう優と買い物することも無いだろうなと思ってしまう。

どうも最近はネガティブな思考が増えてきた。

「やめよう、向こうに行ったって悪いことだけじゃないさ。」

暗い気分を切り替えて家へ帰る。


マンションのエレベーターを降りるとドアの前で蹲っている人がいた。

「どうしました?」

俺は心配になって声をかける。

俺の声に反応して顔を上げたのは…

「っ!…渡辺…」

虚ろな目を張らした渡辺だった。

「か…ずと…」

渡辺はかすれた声で俺を呼びながら手を伸ばす。

「あ…」

俺は無意識に身を引いていた。

それを見た渡辺は目を見開いて涙を流し始めた。

俺は訳がわからなくなって動けなくなってしまう。

「うっ…うぁ…」

渡辺は力無く俯いて嗚咽を漏らしはじめる。

そして俺はやっと頭が回りはじめて改めて渡辺を見る。

スマホのメッセージに話がしたいと送られてきていたことを思い出す。

取り敢えず両手に持った荷物を置く。

俺はどうしていいかわからなくて、今も渡辺を無視して家に入りたい所だったが結局放っておくことは出来なかった。

「…取り敢えず中に入ろう、渡辺」






渡辺を家に上げて暖房をつけ、ソファーに座らせる。

その間に買ってきた食材を冷蔵庫にしまって、保温できる電気ケトルで常備してあるココアを入れる。

ココアが好きな渚の為に常備していたものだった。

渡辺の前にココアを置いて対面に座る。

「寒いだろ、飲めよ。」

「…ありがとう」

俺と目を合わせずお礼を言ってココアを飲む渡辺はどこか痛々しかった。

それでも俺には他人事で、今更なにか思う程の間柄ではないはずだった。

それなのになんでこれ程落ち着かないんだ…

「ねぇ…」

「…なんだ?」

「引っ越しするって本当なの?」

渡辺にそう言われて今更何言っているんだと思ったが、結局渡辺に伝えてなかったことを思い出す。

「それがどうした?」

「っ…なんで…なんで教えてくれなかったの?」

渡辺は悲痛な顔しながら俺に聞いてくる。

だがそれを聞いて俺はまたドス黒い感情が溢れてくる。

「俺が悪いって言うのか?話を聞こうともしなかったお前が!」

つい声を荒げてしまい、渡辺は怯えるようにして体を小さくしてしまった。

まるで俺が渡辺を責めているみたいで罪悪感を感じる。

俺は舌打ちして立ち上がる。

「帰るなら早く帰れ。俺は夕飯の支度しないといけないからな」

今日は鍋にする予定なので材料を切るだけでほぼ終わるが、そろそろ父さんが帰ってくる時間だった。

俺は父さんからメッセージきてないか確認するためスマホを見ると、渡辺のお母さんから不在着信が数件入っていた。

折り返しでかけてみるとすぐに繋がる。

「和人君!渚がそっちに来てない!?」

随分な慌てように何となく状況を察する。

「来てますよ。俺が帰ってくるのを待っていたみたいです」

「そう…良かった」

とても安堵した声だった。

「これから帰らせますか…」

俺が言い終わらないうちに後ろから軽い衝撃と温もりを感じる。

「…はぁ、取り敢えず夕飯作ってるんでこっちで食べて貰って家まで送ります」

俺はため息をつきながらも自然に答えていた。

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