20話 母親

美鈴にはある程度勉強を教えて、一段落したところで、未だに罵倒されている優を尻目にトイレを借りる。

トイレは優の部屋がある2階にはなく、一階に降りる必要があった。

そしてトイレを済まし階段へ向かうと、キッチンで料理している優の母親と目が合った。

「あら!和人くん!今日は腕によりをかけてお昼ごはん作ってるからもうちょっと待っててね!」

「すいません、ごはんまで頂いて。」

「良いのよ!むしろ優がいつもご飯食べさせて貰ってるって言うから逆に申し訳なくって」

「いえいえ、優には日頃から助けて貰っててそのお礼なんで…」

そんな会話をしていると、優の母親はクスクスと笑い出す。

「ほんと、和人くんは年のわりに大人びてるよね」

「え?」

優しく微笑みながら、でもどこか悲しそうに優の母親は言った。

「ごめんなさいね、貴方の家庭事情を優から聞いたの。余りにも私と会わせないようにしているみたいだったし」

俺はその言葉で優の気遣いがわかる。

けれどその気遣いは自分にとっては的外れなのだからなんとも言えない。

「ほんと、優は気を使いすぎなんだよな…」

俺は苦笑しながら呟く。

「俺は別に気にしてないんです。むしろ母さんがいなくて同情されても意味がなくて。俺は母さんがいないのが当たり前だったんで同情されてもなぜ同情されてるのかわからないんです」

それが俺の本音だった。

「…それは母親の愛情を知らないってことじゃない?」

ばつの悪そうに言う優の母親は言うことを躊躇っていたようだ。

「…僕の命は母さんが自分の命を諦めてまで産んでくれた命です。それは母親の…息子と父親に対する一生分の愛情ではないですか?」

俺の言葉に優の母親はハッとした顔になる。

そして涙が流れ落ちていた。

「父親は最初子供は諦めようって母さんに提案したそうです。それでも母さんは俺を産みたいと譲らなかったそうです。体の弱い自分に残せる私と貴方の宝物だからと。父さんがそう泣きながら教えてくれました」

俺は産まれるときに母さんの一生分の愛情を貰った。

そしてこれまで生きてこれたのは父さんの愛情を貰ってきたから。

「だから俺は同情される筋合いはありません。僕は今幸せですから」

そうやって笑うと優の母親が優しく抱き締めてくれた。

これが母親の温もりなのかなと思うと何か満たされるような感覚があった。





俺が部屋に戻ると優は机に倒れていて明美が冷たい目で見下ろしていた。

美鈴は集中してノートに向かっていて、問題を解いているようだった。

「苦戦してるみたいだね」

「これまでどうやって優に勉強を教えていたの?凄く謎なくらいに馬鹿なんだけど」

明美はため息を吐きながら俺に視線を向ける。

「う~ん…優は誉めて延びる子だから優しくして上げて」

俺は笑いながら言うと、明美は私には無理とでも言いたげに首を横に降る。

「そういえば、明日の数学の小テスト…私と勝負して」

明美は俺に睨むような視線を向けて俺に言う。

「勝負?」

「そう、勝負。私まだ一回も和人に勝ってない。小テストなのは不本意だけど平坂先生の問題は難易度高い。今度こそ和人に勝つ」

いつも物静かでクールな明美は珍しく、背景に虎が見えるような勢いで宣戦布告してきた。

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