ひととき
くるみちゃん
ひととき
___ひととき この世から 消えたかった___
手にしていたスマホをベットの上に無造作に放り投げた。
イヤホンから流れる曲は、気持ちを代弁しているようで気にさわった。
ひとときだけ、ひとときだけ消えたかったんだ。
ピピピッ ピピピッ ピピガチャ
機械音とともに目覚める朝が嫌いだ。これから朝食をとって、身支度をして、勉強しに高校行くなんて考えるともっと嫌になる。それでもいつも通り、無意識的に高校に着いていた。今日の部活もめんどくさいなぁと思いながら。
思っていた通り、やっぱりめんどくさい。どうにかこうにか有名進学校の威信をかけた特進の8時間授業が終わってテニスコートに来たが、ダラダラと準備をする後輩を見るとよりいっそうやる気が削がれた。それでも、私、木下 梓は一応テニス部の副部長である。いくら後輩がダラダラしていても、自分は副部長だからさぼってはいけない、そう自分に言い聞かせ、後輩に注意をし、自分もコートの準備に取り掛かった。しかし、なぜめんどくさがり屋の私が副部長をしているのか。もちろんそれには理由がある。
一番は、副部長という立場を利用するためだ。役職につけば自分の意見は通りやすい。だが、部長になれば仕事を頼まれやすい。そして部員をまとめ、先生の意見を聞かなければならない。それに対して副部長は仕事は頼まれないのに、名目上では存在し、進路の書類上では強みになる。なんていい立場だろう、そう思ったからだ。もちろん、最大限副部長の特権を活用して今を過ごしている。
なんでここまで考えなければならないのか。それは女子テニス部の現状にある。女子テニス部は、現在大きく分けて2つの派閥に分かれていて、先生の前で優等生を演じる”部長派”と、先生がいても自分の意見は曲げない”私(副部長)派”からなっている。学校にすらまともにこないユーレイ部員、中立の立場で自分の安全を守る部員を抜いては人数的に4対4になる。そして今日、最悪の事態が起こった。
部長派の3人が先生からメニューを聞いたのに、誰にも教えなかった。しかも、誰にもメニューを伝えぬまま、3人一緒に「怪我したぁ〜。保健室行こぉ!」と言いながらテニスコートを出ていった。「3人同時に怪我するなんてありえなくない?」と私達は愚痴を言い合いながら、めんどくさいコート整備をしていた。
コート整備が終わりかけた頃、他の部活の子から、「あの3人昇降口の中でしゃべってたけど?」と言われた。テニス部が分裂しているのは学年に知れ渡っているので、その子も教えてくれたのだ。私は保健室にすら行っていないのか、とあきれた。部長がいなければ副部長の私が分をまとめなければいけない。メニューも聞いていない私は、”アップし終わったら、基礎練してゲーム”と、自分でつくったメニューを部員に指示した。ゲームは部員に一番の人気があるメニューなのでみんな喜んでいた。コート整備をし終え、アップをし、基礎練の1本打ちを始めた。アップの際に、声を出しながら昇降口前を通り、1本打ちをするときも声を出すので3人がいるはずの昇降口には届いたはずだ。それでも部長たちは帰ってこない。しかし、私達が一番の楽しみの”ゲーム”を始めたとき、私の耳に声が届いた。コートの入り口の方からだ。
「え!?なんでゲームしてるの?」
「ふつう基礎練だよね〜」
「ゲームはおかしくない!?」
バカにしてるようなその顔が、目障り。
自分が正しいって思ってるあんたたちが気障り。
あざけ笑ってるようなその声が、耳障り。
そう思った。怒るほどのことではなかったのかもしれない。しかし、いつのまにか私の口からは気づかぬくるみに言葉が滝のような怒涛の勢いで流れていった。
「は?なんか言った?部ちょーさんたちがメニューを聞いたはずなのに誰にも伝えずにほっつきまわってるからメニュー考えたんですけど?あんたらがコートにいない間、コート整備して、ボール準備して、ランニングして、基礎練して、それでも来ないからゲームしてるんですけど?どーせ自分もゲームしたいから今頃来たんでしょ。」
口から溢れ出る罵詈雑言を止められる気がしなかった。
「しょーがないじゃん、あたしたち怪我してるもん。」
と自慢げに言い返された。怪我したことがそんなに誇りなのか。あほらしい、か弱いお姫様だこと。
「へぇ〜。3人同時に怪我してるんだぁ?てかさ、怪我したから何?メニューを伝えることぐらいできるよね。」
「別にそっちが先生にもう1回聞きに行けばいい話じゃん。」
「もう1回先生に聞きに行けばよかった⁉逆にそれでいいの?あの3人はどうしたって先生に言われて、私がさぼってるんじゃないですかって答えるだけだと思うけど?」
「さぼってないし。」
「じゃあアップからするってことでいいですよね?」
返事は返ってこない。代わりに返ってきたのは2人の涙だ。
「ねぇ、泣いちゃったんだけど!」
泣いていない1人がヒステリック気味に言ってきた。私はそれに対して、
「そうみたいだね。今度こそちゃんと保健室行ってきたら。」
と軽く返した。泣かれて初めて我に返った気がした。その言葉通り3人は保健室へ向かった。いや、また昇降口のように目立つところに行って他の部の人に声をかけられるのを待っているのかもしれない。か弱いお姫様のことだから。
残った部員でゲームを続けた。スッキリしたのだろうか。もともと部長とペアの私だが、初めて他の人と組んだ。案外調子が良かった。ゲームの最中も同学年の部員は笑っていたのだが、後輩たちは少し驚いたようだ。私を恐怖の眼差しで見てくる子もいた。これ以降、1コ下の学年には好かれなくなった。副部長なのに。
部活終了時刻になっても部長達3人は帰ってこないまま、私達は先生に挨拶をして帰った。先生は3人について言及しなかった。あの3人のかばんはここにあるので、まだ帰ってはいない。
その日、仲のいい私派の子と一緒に帰った。
「多分先生にこのこと言ってないよね。」
「言ったら自分たちが部活に行かなかったことがばれるからじゃね?」「まぁ、どっちにしろ最後の挨拶で3人がいないことは先生も気づいた けどね。」
「ほんとだよね。」
「何したかったんだろうね。」
「さぁ。てか!あんた怒鳴ってる時くるみら後ろで笑ってたんだよ〜」
なんて話しながら。
今日のことを思い出すだけで疲れが私を襲ってきた。だからあんなに朝行きたくなくなるのだ。口喧嘩も体力を消耗するのだろう。帰ってきて瞬時に着替え、すぐにベットに倒れた。これが一番落ち着く。でも、落ち着くとまたいろいろ考えてしまう。頭をよぎるのはもちろんさっきまで回想していた部活での出来事である。
テニスネットを挟んで3対3で向かい合って大きな声で言い争った。初めて見る人は驚くが、テニス部の事情を知る人から見れば納得の行く光景だったかもしれない。しかし、2人も泣き出すとは思わなかった。あの被害者ぶった演技。幼稚。きもい。だるい。あらゆる悪口が頭を駆け巡った。すぐに泣けばごまかせると思って。みんなの前で泣けば心配してもらえると思って。特別でも、お姫様でもなくて、ただの高校生のくせに。そう、ただの高校生相手になにをしていたんだ。そう考えると沸騰していた頭が、一気に凍るほど冷めたような気がした。部活のことを考えている時間のほうが無駄だ。
それでも頭の隅にあいつらが浮かんでくる。あぁ、イライラする。あいつらが嫌いだ。あいつらに従うやつもみんな嫌い。あいつらに注意をしない顧問も顧問だ。全員消えればいいのに。いや、私が消えたほうがはやいのでは。
なんてことを考えていたら、母の声が下から聞こえた。あぁ、なんて言っているんだろうか。そんな思考を働かせる暇もなく、まぶたは重くなっていった。
ひとときだけ消えることができたらどんなに楽だろう___。
木下 梓
「蓮はさ〜、この世から消えたらどうなるんだろ?ってと思ったりしたことない
の?」
「しねぇよ。俺が消えてどうするんだよ。」
「案外そういうこと考えてそうだな、って思ったんだけどなぁ〜。」
どうしてそう思うんだ。そうつっこもうとしたら、すかさずもう一人が
「それな!」
とつっこんできた。
「そーゆーお前もな!」
と俺が返す。そういって笑う。俺達の関係はそういうものだ。くだらないことを言って、くだらないことで笑ってる。高2にしては幼稚に見えるかもしれないが、まぁ、高2らしいっちゃらしいだろ。これでも俺を含める3人はこの学年、2年男子のスクールカーストでいうとテッペンの方に位置してる。だからもちろん女子にもモテるんだ。それに、この学年の男子は200人、そのてっぺんって考えたら俺がモテる理由もわかるんだろ?
だけど、最近俺の思い通りにいかねぇ。気に食わねぇ。特に隣のクラスのやつ。2年男子のてっぺんだとかいう噂も流れ始めた。そいつ自身もその噂にまんざらでもないようだ。女子に人気もあって先生からの人望も厚い。しかもいじられキャラのくせして仕切ってるってところも気に食わねぇ。俺が目立つ機会を奪ってく。調子のんなや?俺はすれ違うたびに踵を返しているが、いわゆる”天然”なのだろうか。いっこうに気づかない。
なんで俺がこんなにてっぺんにこだわるのか。その理由は中学の時にある。中学ではヘマをして、男子の1軍には煙たがられていた。もちろんそのせいで女子からの人気もなし。幼い中学の頃の俺は悪ガキがテッペンになれると思ってた。が、悪いだけじゃ俺のやりたいようにやれなかった。それどころか悪いせいで俺のせいにされることも多かった。だから俺は、高校では絶対ににテッペンになってやると決めたんだ。そして、自分の好きなように意見を言える立場になるんだ。いわゆる、高校デビューだな。
どうがんばっても隣のクラスのあいつが頭をよぎる中、廊下に出るといろんな学年、クラスのいろんな人に声をかけられる。人気があるやつの特権だな。あぁ、やっぱ人脈が一番大切だ、なんて思いながらいつもの3人で次の授業、情報の授業が行われる機械室のある別棟へ向かった。別棟には、おもに技能教科の受ける教室がある。
「おい、蓮。あれ、となりのクラスのやつじゃねぇか?」
「あぁ、あいつか。」
俺を差し置いて2年のテッペンを狙っているあいつが、ダッシュで反対側の廊下を走っているのが窓越しに見えた。
「なんであんなに急いでんだろな。」
「なんか忘れたのか、それともへましたのか、だな!」
なんて馬鹿にして笑っていた。いい気味だ。へましてればいいのに。心の中でそう思いながら情報の授業に向けて歩いていく。俺らの乾いた笑い声と、始業のチャイムの音が廊下に響いた。
情報の授業っていうのはつまらねぇ。でも、有名進学校のわりには、情報の授業は話を聞いていれば評定をもらえるからいいんだが、その話がめんどくせぇ。先生が話している中、俺は空を見ていた。まるでコンクリみたいな灰色をした雲が浮いている。隣の白い雲を飲み込もうとしている。あの灰色の雲が隣のクラスの気に食わねぇやつで、白い雲が俺。白い雲っていう憧れの地位を狙う灰色の雲。でも、あいつが俺を食ったところで白になれるわけじゃない。ということは俺にはなれないってわけだ。俺であいつが消えるんだ!消えてくれるんだ!いや待てよ、俺は白だから、灰色にかき消されてしまうのか?なんてそんなことを考えていた。
「白と黒のボタンを逆にしたらですね、」
先生がそんな言葉を発した。この先生の話がこんなにすんなり入ってきたのは初めてだ。情報の授業から見ればそこまで大事な一言ではないと思うが、俺にとってはだいぶ大事なヒントをくれた一言になった。
そうだ、俺が灰色の雲になればいいんだ。そしてあいつは白い雲。あいつのことを俺が飲み込むように潰してやる。最初から白じゃなくてもいい。要は結果なんだ。俺は白を飲み込んで、全ても灰色にしてやるんだ。あいつがいない世界か、俺がいない世界か。
キーンコーンカーンコーン
終業のチャイムが響いた。と同時に俺の思考も途切れた。でも、これだけは忘れられなかった。あいつがいない世界でなら、俺は学校のテッペンにもなれるかもしれねぇってことを。
ここじゃない世界でなら___。
九条 蓮
「優斗が通う小学校はここよ!」
「すごい大きいね!ここに入れるように僕頑張るね。」
「優斗ならいける!お母さん、優斗の夢なら何でも応援するわよ。」
そう言って母さんは笑顔を見せたんだっけか。この頃はなんとも思っていなかった。どこか行きたい小学校があるわけでもなく、勉強が嫌いなわけでもなかったから。でも、、、
「優斗はこの有名大学附属の進学校に通うんだもんね!」
そう笑いかけられたとき、身震いがした。ここで初めて、母が僕を支配としていることに気がついた。今頃気がついた自分に嫌気がさし、高校になってまで支配しようとしてくる母が気持ち悪かった。でも、反論するのには勇気がいる。
「え、なんで?」
「なんでって、、、まぁ、もう受験票はもらっているから頑張って。」
”なんで?”その言葉しかでてこなかった。いや、何から聞けばいいのか、何から言えばいいのかわからなかったのかもしれない。僕は促されるまま受験をして、いま、この学校に入っている。
ある日、母さんが、
「優斗!ここの大学留学必須なんだって!英語が得意な優斗にぴったりなんじゃない!?」
大学まで決めようとしてる。でも、今の僕は昔の僕じゃない。やりたいことも見つかったんだ。
「母さん、僕やりたいことが見つかったんだ。だから、大学はここに行きたい。」
そう言って母に渡した。僕が行きたい ”美容専門学校” のパンフレットを。偏差値なんか関係ない。それでも僕はやりたいんだ。僕が変われたのも___
「何言ってるの。一流大学に行ける優斗がなんでこんなところに行くのよ。誰でも行けるような美容専門学校なんて。ねぇ、優斗は安定した職についてくれるわよね!塾に行かせた意味は!?私がしたことは全部無駄だったって言うの!?あんた人生終わらせる気?私の人生まで終わらせる気!?」
「え、、、。」
「冗談だよね。ふふっ。お母さんびっくりしたじゃないの。もうちょっとさっきの大学について、調べておくからね。ちょっと部屋に行ってくる。」
タッタッタッタッ ガチャ バタンッ
リビングには僕しかいない。テレビからはその大学についてリポートしている声が聞こえる。僕は無造作にリモコンを手に取り、他のチャンネルに切り替えた。テレビ自体を消さなかったのは、音がしない部屋にいると、母さんの気配がしそうだったから。母さんの気配を消したかったから。
母さんは、「”優斗は”安定した職についてくれるわよね!」そう叫んでいた。母さんが”は”を強調して言ったのは、姉さんと比べたからだろう。
僕の姉さんも、母さんに小学校・中学校を決めてもらっていた。いや、決められたという言葉のほうがあっているのだろうか。姉さんは小さな頃から優秀だった。コンクールに出せば最優秀賞だし、習っていたサッカーでも優秀選手賞をもらっていたし、テストはいつでも90点以上が普通だった。僕も3歳年下ながらに憧れていたのを覚えている。そんな優秀な姉さんだから、母さんはだいぶハードルの高い私大付属高校の受験をさせていた。もちろん、滑り止めも受けなきゃならない。母は、滑り止めの高校は姉さん自身に決めさせていた。すると、姉さんはサッカーの強豪校を選び、受験した。偏差値は55以下だろう。低すぎる偏差値だ、と母さんは怒っていたが、どうせ私大付属に受かると思っていたのだろう。すぐに怒りはおさまった。
そのくるみ、私大付属と、サッカーの強豪校の合格通知が届いた。その日はめずらしく、海外に単身赴任している父さんも家にいた。家族4人で私大付属からの合格通知を開ける直前。姉さんの顔から、緊張がにじみ出ていた。いや、いま考えると、これから起こるであろう恐ろしい事態に顔を強張らせていたのかもしれない。
そして、結果を見た瞬間の母さんの顔も忘れられない。目を大きく見開いて、次の瞬間昔話に出てくる悪役のような顔で姉さんの顔を睨んだ。父さんと僕も通知を見た。父さんは何も言わなかったし、顔も見なかった。僕は漢字が読めなかったため、なんと書いているかわからなかった。でも、いいことではないと察した。姉さんは、自分への通知なのに、僕が渡しても一切見ようとしなかった。とても不思議に思ったことを覚えている。
「なんで?」
母さんは聞いたこともないような低い声を出した。姉さんは答えなかった。父さんはその横でもう一つの通知の封を開けていた。僕も一緒に見て、驚きと嬉しさが混ざった声を出してしまった。何がなんだかわからない漢字がいっぱいあったが、100点がいっぱい書いてあったのだ。しかし、その声を出したのが間違いだと次の瞬間に思いしった。
いきなり僕の手から通知をむしり取り、見た瞬間に今度は聞いたこともないような高い声で
「なんで!なんでなんでなんでっ!」
とずっと叫んでいた。父さんは母さんを、いや、自分をなだめるような声で、
「落ち着いて。」
と言って、姉さんと僕に、部屋に行くことを促した。
部屋に行って僕は姉さんに
「1枚目の通知はどうしたの?難しい漢字いっぱい書いてあったけど?」
と言った。すると姉さんは必死に笑顔を作って、
「通知に何が書いていたかはわからないけど、テスト、なんにも書かないで先生に出したの。」
と、答えた。びっくりした。
「姉さんでもわからないような問題が出たの!?」
「ううん。全部問題用紙に答えは書いたよ。でも、解答用紙には書き写さなかった。」
だから見なくても結果がわかったんだ。でも、僕の疑問は止まらなかった。
「どうして!?」
「あの学校よりも、自分で決めた学校にはいりたかったから。」
芯の通ったあの声に、僕は心を打たれた。
この後、母さんと姉さんはすごく仲が悪くなって、母さんは僕のことばかり気にかけるようになった。姉さんはそのことに対していつも謝ってくる。姉さんは寮に入ったから、僕はそうそう会えない。父さんも年に1回くらいしか海外から帰ってこない。だから、僕の受験のことはだれも口出しができない。
僕が調理師になりたいと思ったのも姉さんの影響だ。姉さんは高校を卒業し、今では調理師専門学校に通っている。母さんはそのことでまた叫んでいたっけ。でも、姉さんは偏差値55の学校にいても、65より下へは落ちなかった。さすが姉さんだと思う。そして、身につけた英語力で海外に自分の店を出すのが夢なんだと、電話越しに言っていた。その声はそこはかとなく明るい声だった。
その時に僕も自分のやりたいことを見つけたいと思ったのだ。そしてやりたいことというのが美容師だった。僕が一番落ち着く場所が美容室だからだ。すごくおしゃれで話し上手でキラキラした人たちが、僕の髪を切ってくれる。いつしかあの人たちに憧れを持つようになった。だが、大学まで決められては僕の夢は叶えられない。このまま就職まで決められてしまうのか。母さんに逆らえるほどの勇気はない。かといって忙しい父さんと姉さんの邪魔もしたくない。でも僕にはやりたいことがある。夢がある。だからこの家を出たい。でも、出てもお金がない。何もできない。なんて僕は無力なんだろう。やりたいことがあっても無駄じゃないか。もう嫌だ。僕がいても周りにいいことはないし、僕だってここにいて楽しいわけでもない。こんな世界から逃げ出したい。ここが夢の世界で、悪夢の世界だったら、目覚めたら違うところにいることができれば、、、
僕、こんな世界にいたくないです___。
橘 優斗
「はる〜 お前ほんとバカだなぁ! ハハッ」
「ふふっ はるくんって天然だよね!」
「アホじゃん! はる〜笑わせんなよ〜」
み〜んなしてこういうこと言うんだ。そのたび僕は
「えぇ〜! ボク天然じゃないって!」
って笑って返すんだ。すると、場がもっと盛り上がるの!もちろん計算済みなんだけどね。自分の地位が固定されるにはこのキャラが一番楽。いじられることは嫌いじゃないし。そして、案外いじられ天然キャラだとスクールカーストが上から2番目のサブ的な位置にいられるから都合がいいんだよ!いや、もしかしたら2年生のテッペンだって狙えるかもしれないんだから!だって自分の意見は好きなように言えるし、失敗しても許されるキャラだし。
ボクが中学校に入ってすぐの頃。まだスクールカーストとか決まってないとき。ボク、みんなから注目を集めたくて必死だったんだよね。なのに、いつの間にかスクールカーストは決まってた。そしたら1軍の男子にね、「でしゃばってんじゃねぇよ」って言われた。それ以降あんまり自分の意見を言えなくなったし、したいように出来なくなった。だから、高校ではうまくやろうと思って、天然になるっていう秘策を編み出したんだ!
こんな秘策を見つけ出したボクのことを褒めてくれる子はいない。当たり前なんだけどね?だってこれが作戦だなんてバレたら元も子もないもん。けどね、ボクのことをほんとに天然だと持ってるやつがほとんどなんだよ!そう信じてるやつ、よっぽどバカだと思わない?役を演じてることもわかんないのかな〜?ってボク、笑っちゃうよ。
でもボクね、そろそろ我慢の限界なところはあるんだ。だって、これが本当のボクなわけじゃないからさ?はっきり言って、ボク、天然キャラ好きじゃないんだよね。見ててイライラしてこない?「え!そういうのわかんな〜い!」とか、「初耳なんですけどぉ!」って甘ったるい声出したりする女子いるじゃん。ああいうのってホント鳥肌モンだよね。見てて「うわぁ〜」って思う。でもね、天然ぶったボクには天然ぶったやつが集まってくるんだ。だから、いつか本当のボクが出てきそうでヒヤヒヤしてるんだよね。
でも、ボクは入学から1年数カ月、うまく演じれてきたんだ!1,2回トラブルを起こしちゃったけどボクの思い通りになってた。そのはずだったのにさ、あいつのせいで、何もわからない大人のせいで、、、
7時限目の美術が終わって帰ってきて、HRが始まろうとしていた時。担任の美術担当教師が、
「美術室から帰ってきた後、先生の腕時計がなくなってた。この机の上 においてたんだ!この教室から最後に出たのは、わすれものをとりに いった、はる。お前だよな。」
怒ってんだか怒ってないんだかわからないようなトーンで言ってたから、ボクも適当に
「は〜い、ボクですよ?」
なんて軽く返事をした。
「腕時計がここにあったのを見なかったか。」
少し真剣な声になったのがなんとなくわかった。クラスにも少し緊張感が走った。こういう思い空気の中、ボクは喋りたくない。だから、
「せんせー!とりあえずみんなで探してみましょうよ!?ね!」
とボクがクラスのみんなに呼びかける。みんなボクの呼びかけに答えるようん、うなずいたり、返事をしたり、もうすでに探そうと立ち上がった子もいた。なのにあいつは、、、
「何いい加減なこと言ってんだ!いっつもおまえがトラブルメーカーだよなぁ!天然だかなんだか知らないが、その話し方なら許されると思ってるのか!世の中そんなに甘くないぞ!!」
と大声で怒鳴ったもんだから、クラスの雰囲気は一気に悪くなった。そして先生は最後にもっと大きな声で、言った。
「聞いてるのか、月島はる!!」
最初は、いつものボクみたいに先生をあしらおうとしてた。先生がこんなに怒鳴ったのは、初めてだった。でも、ボクにとっての初めてはもう一つ起こった。ボクが先生の「いつも」という言葉に対して、衝動的に口から言葉が出ていたみたいなんだ。
「はい?いっつもお前って言いました?ボク、盗みなんて一回もした覚えがないんですけど?いっつもなのはお前のほうじゃない?ボクのことを、ボクだったら”違っても許すでしょ”なんていつも思ってるのか知らないけどさ、あんたいっつもボクのこと疑うよね。そんで自分が間違っていても、いっつも謝らないよね。しかもボクがやったなんて一言も言ってないののになんでボクにこんなに怒ってんの?いつも一方的にあんたが話すだけでボクの話すことなんて聞いてないよね。いつも通りの顔してても、”何だ、その顔は”って文句つけて、ボクがあんたの質問に答えると、”言ってる意味がわからない”なんてケチつけてさ。人にあたって楽しいですか?あんたみたいな人は教師になんなよ!」
言いたいことを言って、ボクは気分が晴れた。でも、次の瞬間、焦りと、気まずさが僕の心を襲った。息が苦しくなった。物理的に息が出来なくなったようだったんだ。教室の静けさから、クラスのみんなの驚きがひしひしと伝わってきたよ。
「職員室に来い。」
先生の一言。
あ、ボクの学校生活が終わった。そう思った瞬間だった。この高校は、一応有名な進学校。そんなこの高校で先生に歯向かったら、クラスからも、先生からも白い目で見られるんだよね。いくらボクがこんなにスクールカースト高くても、もう思うようにいかない高校生活が続くのかも。天然で通していくことはできないかなぁ。痛い視線がまだボクを刺してくる。痛い痛い。また呼吸が出来なくなってくる。これから残りの1年半ボクにどうしろって言うんだろう。一回やらかしたらもう終わりなんだよ。この世界がそんな甘くないことなんて十分知ってるんだよ。だからやり直したい。今すぐに。あ、息が吸えない。吐けない。呼吸ができない。あれ、ボク今、倒れたのかな、、、
ボクがうまく生きていける世界にいたい___。
月島 はる
自分が変われば周りも変わる。
周りを変えるよりも自分を変えたほうが楽だ。
ねぇ、こんな言葉を聞いたことない?これを信じて自分が変わろうと思ったバカなやついる?あぁ、別に責めないよ。だって、くるみ、くるみもそう信じた一人だから。
なんでバカなのかって?きっかけは転校生なの。くるみは今高1なんだけど、6月頃に女子の転校生が来た。大和撫子って感じの前髪ぱっつん、黒目が映える白い肌。華奢だけど声も凛と通っていた。有名進学校で校則も厳しいのに白い肌に際立つ赤リップは注意されなかったみたい。それは先生からも気に入られたってしるし。周りの女子はキャーキャー騒いでるし、男子も笑顔でコソコソ話している。なんとなく話している内容もわかる。だけど、くるみはひと目見てこの人無理だな〜って思った。理由なんかないけど直感?ってやつ。
くるみの直感はやっぱ当たったみたい。くるみと一緒にいた子はみんなその子のもとへ流れていった。「一緒に行こうよ!」そう誘われるときもあったけど、全て断った。そのくるみみんなが言わずともくるみがその子のことが嫌いということを察したのかな。くるみのこと誘わなくなった。そしていつのまにか、くるみと一緒にいた子はみんな転校生の方にいって戻ってこなかった。。特に仲が悪くなったわけではない。周りにいる子が決まってきただけの話だ。くるみはぼっちになったけど。
新学期はこういうことがよくある。自分の居場所を探そうとみんなが必死なのだ。そして一番楽しいところにいる。だけど、くるみのクラスはグループが決まり始めてた。くるみはみんなに囲まれた1軍という最高のポジションをとってた。なのに転校生のアイツはそれを壊した。居場所が決まり始めた雰囲気、定位置、暗黙のルール、1人1人のキャラ。全てを知らないやつが土足で踏み込んでくるのが全てをぶち壊していった。。
私の直感はあたった。アイツのせいで私は可愛そうな目で見られるぼっち。私が仲良くすればよかった。直感なんか信じなきゃよかった。知ってる。理由もなく嫌うことがだめなことだってこともわかってる。転校生だって来たくてきたわけでもないもんね。でも、直せないし、心の奥底の自分は直す気もないんだと思う。でも、変えられるなら変えたい。そう思ってた。
8時間授業が終わって、担任の先生はくるみに話しかけてきた。
「なにかあった?ぼくでいいなら話聞くよ?」
って。くるみの担任の先生はなんでも話聞いてくれるし、年も近いから理解してくれるし、いいアドバイスくれるんだ!そしたら、
「自分が変われば周りも変わる。周りを変えるよりも自分を変えたほうが楽だよ。」
そうアドバイスをくれたの。転校生を変えるよりもまず、自分を変えなきゃなんだなって思ったんだ。
だから、話したことなかったけど、くるみから転校生にいっぱい話しかけに行ったんだ。そしたら笑顔で答えてくれて、「やっぱり先生の言うとおりだ。くるみがバリア張ってたんだ。」って思ったの。でもね、1週間後ぐらいにね、トイレで転校生とそのグループの子が話してるの聞いちゃったの。
「くるみちゃん?だっけ。あの子くるみに気に入られたいのかな。めっちゃ媚び売ってくんだけど。」
って転校生が言ってたの。そして取り巻きがね、
「だよね!全然話さなかったのに!」
「人気集めとか、男子に好かれたいからとか、そんな感じじゃないの〜?」
「転校してくる前、1軍だったのにいまやボッチだし?」
って言ってキンキン声で笑いながらトイレから出ていった。
頭にきた。やっぱり自分が変わっても意味なんだなって思った。だから、みんなが変わればいいのにって思った。担任が言ったあの言葉を信じて自分が変わろうと思ったけどあの言葉は嘘だった。信じてたのにな。くるみは変わったのに周りは一切何も変わらなかった。ただくるみが傷ついただけだった。
自分が変わってなかったんじゃないのかって?じゃあ、聞くけど自分が変わるって自分で分かるの?くるみは話しかけに行ったのは自分を変える第1歩だったでしょ!?もう自分が変わるって何なの?周りを変えるために自分を変えなきゃいけないの?私に対する周りの反応を変えたいんじゃなくて、くるみはあいつらの見ててイライラする性格もなにもかもを変えたいの!
でも、このおかげでくるみ気づいたんだ。くるみがどう頑張っても、この言葉は嘘なんだって。これも1つの経験でしょ?学びでしょ?社会経験の一環でしょ?こんな言葉を信じるほうがが悪いんだろうね。この世界では騙されるほうが負けなんでしょ?信じたほうが負けなんでしょ?こんな世界、嫌いだ。嫌だ。こんな世界にいたくない。こんなところでこれから生きてくなんて考えられない。ここから消えたい。ね?あなたもそう思うでしょ?
こんな世界、いやだ___。
黒瀬 くるみ
「秋晴れ」そんな言葉が似合う日の朝。有名進学校 ”聖羅学院” の生徒が、そびえたつ正門をくぐって登校してくる。
全国でも有名な進学校の聖羅学院は、学業に専念するための設備が整っている。しかし、その代わり勉学に直接関係のない、売店や、カフェ、自動販売機までもが排除されている。そんな学校の全校朝会が今、始まろうとしている。全校生徒は静かに教師の話に耳を傾けている。ある先生が体育館に響く声でこういった。
「最後にみんなに伝えたいことがある。昨日の放課後、職員室にあったはずの教頭先生の財布が、カフェテリアのいすの上にあった。みんなならどういうことがあったのかわかるな?誰かが職員室から財布を持ち出した、ということになる。これがどんなに重大なことなのかわかってるか!?今後このようなことがないように、周りの人も気をつけること!いいな?」
何かがおかしい___。
この話を聞いて、そう思った生徒がいた。
1年 橘優斗、黒瀬くるみ。2年 九条蓮、月島はる。3年 木下梓の5名だ。
何がおかしいのか。それは、、、
冒頭で言ったように、本来、聖羅学園には勉学に関係のない施設はない。だから、カフェテリアなんてない、はずなのだ。しかし全校が違和感なく話を聞き、教師も何事もないように話している。そのことに違和感を感じた5名は、校内図を確認し、走ってカフェテリアへ向かった。そこには先生が数名いた。教頭先生が他の先生に説明をしている。周りには数名の野次馬もいた。すると、1人の先生が口を開いた。
「おぉおぉ、5人揃って放送で呼ばれる前に来たか。」
一斉に5人に視線が集まった。そうは言ってもこの5人それぞれ、面識はない。でも、なぜこの5名が目をつけられたのか。それは、朝会前に、それぞれ全員が職員室に入ったこと。また、清掃委員は、朝の時間に掃除をしなければならない。そのときにカフェテリアが掃除分担区だったのがこの5人だったこと。朝にカフェテリアに入れるのは清掃委員しかいないらしいとのことでこの5人が疑われてしまったが、職員室に入ってことは覚えていても、清掃をした覚えは5人にはなかった。
5人は小さな生徒指導室に入れられていた。部屋に3人の教師がはいってきた。各学年の学年主任だ。2年の学年主任が開口一番にこう怒鳴った。
「先生の私物を勝手に触り、他の場所に移動させるということが悪いこ となのは分かっているよな!この中の誰かが財布を移動させたはず だ!もしくは気づいていたはずだ!どっちにしろ先生はこんな生徒が 聖羅学園にいるのがとても悲しい!」
生徒の話は一切聞かなかった。5人は静かにその声を聞いて、考えていた。自分たちが”おかしい”と思ったことを周りの人たちに共有しても、共感はしてくれなかった。なぜ共感してくれなかったのか、なぜ自分の記憶と先生の記憶が違うのか、と。先生の怒鳴り声が止むと、部屋には静寂がおとずれた。
「はる、聞いていたとおりのトラブルメーカーのようだな。蓮はやっぱ りと言うしかない。格好からどうにかしなさい。」
2年の学年主任は先ほどとは打って変わった冷静な声で蓮の乱れた服装を指摘した。続いて1年、3年の主任も声を挟んだ。
「くるみさんはこの頃荒れ始めたと他の先生も言ってましたしねぇ。優 斗くんがこんなことするなんて思いもしなかったわ。2人とも、残念 です。」
「梓のことは信じてたのになぁ。先生、裏切られてショックだ。信頼し てた気持ちをを返してほしい。」
キーンコーンカーンコーン
チャイムが先生たちの話の終わりを告げたようだった。休み時間になったため、生徒たちが廊下に出てガヤガヤしている。そんな中、また部屋に怒鳴り声がこだまする。
「5人ともここで反省してろ!亅
と叫んだのだ。部屋の外にも聞こえたのだろう。一瞬廊下も静けさに包まれたような気がした。が、すぐに爆発的なうるささへと変わった。うわさ話をしているのだろう、と梓は思った。
3人の教師が教室を出ていった。開けた瞬間の廊下のうるささと言ったら、本当にここは進学校かと思うほどだった。教師は部屋に鍵をかけていった。それを見た優斗は、体罰なんじゃないかと疑問に思った。
「ボクは聞いてたとおりのトラブルメーカーかぁ、、、」
はるのため息混じりの言葉が小さな部屋に響いた。
「そのまんまじゃねぇの。トラブルメーカーみてぇに邪魔だもんな。」
嫌味たっぷりに蓮が反応した。
「ボク、君になんかしたっけ?」
少しにやけながらはるも言葉を返す。
「2年のテッペンとろうって調子こいてんじゃねぇぞ。」
「自分が2年のテッペンだって自負している人ほど調子こいてはいないんだけどなぁ。」
「俺がテッペンだってことに文句あんのか?」
「別になくはないけど、言わなくていーや。君、関わったらめんどくさそうだもんね。話し方からにじみ出てきてるよ。教養のなさが。」
「は?お前なんじゃねぇの、財布とったやつ。前もさ、先生の腕時計盗んだって言われてたしなぁ。こっちのクラスまで怒鳴り声聞こえてんぞ?」
一瞬で部屋の中の注目がはるに集まった。と言っても部屋の中には4人しかいないが。はるが否定する間髪も入れずに、梓が言った。
「あの騒ぎ、あなただったんだ。3年生でもちょっとした話題になってたけど。」
「あれはボクじゃない。」
はるが否定すると、すぐに蓮が
「あの時、お前一人で廊下猛ダッシュしてたよなぁ。覚えてっぞ?」
脅迫じみた言い方で言った。
「じゃあ、今回もはるさんなんですか?」
優斗がはるさんに聞いた。
「違うって、言ってるよね?」
優斗が年下からなのだろうか。余裕の笑顔を見せて返した。
「顔、強張ってますよぉ。先輩!」
その笑顔を見たくるみがニヤニヤと笑みを浮かべて指摘し、そのまま言葉をつなげる。
「みなさんみたいにすぐに人の言葉信じる人ってどうかと思いますよ。今だって、蓮先輩の言葉が合ってると思って話進めてましたしねぇ?」
「じゃあ、あなたは誰だと思うの。」
冷たい声で梓が言い放った。
「今回の件ですか?先生ですよ。あの教頭、自分で置き忘れていいってんじゃないですか〜?先生たちに報告してから思い出して後に引くに も引けなくなったんだと思います〜!」
梓は一理あるな、と思った。
「それなら私達理不尽よね。勝手に犯人にされて、裏切られただの、信頼を返せだの。勝手に信じたのはそっちのくせに。」
「大人ってそういうもんですよね。そうは見えない、とか言われましたけど見た目で全てが決まるんでしょうかね。」
優斗が梓の言葉を紡いだ。
「そうだよ、人は見た目で決まんだよ。俺への言葉聞いたか?やっぱりというしかないな、だぞ?見た目以外に何があるっていうんだよ。」
蓮はあきれたように先生の口調を真似た。
「見た目?そうかな?ボクは見た目からはいられたことないけど?」
憎たらしい言い方ではるが返す。
「まぁ、そうだよな。お前みたいに仮面かぶって生活してるやつは見た目よりも性格に目がいくよな。」
蓮がすらすらと冷たい声ではるを突き放す。
「お前が仮面かぶって生活してんのがこっちは胸くそわりぃんだよ。」
「だからさ、ボクなんかした?」
「さっきも言ったけどよ、、てめぇ2年しきろうとしてんだろ。」
あぁ、この人自分の居場所取られたくないんだな、くるみは勘づいた。
「別に。ボクは自分のいいように学校生活を満喫したいから、天然演じてるだけだけど?でも、テッペン取れるなら取りたいなぁ!?」
「演じてることは認めんだな。これ以上俺の邪魔してくんな。」
「君も好きなように生活したいからテッペンにいるんでしょ?ボクと同じだねぇ!」
はるは微笑を浮かべた。明らかに蓮のことを挑発していた。我慢ならなくなった蓮がはるのネクタイを掴んだ。息を呑む音がした。
「調子乗ってんじゃねぇよ、てめぇ!」
怒号が飛んだ。
「落ち着いてください2人共。」
優斗が先輩2人をなだめた。蓮は掴んだネクタイを離し、はるは服装を整える。一瞬の騒がしさはいまや窓から入ってくる冷たい秋の風に流されていった。
「だったら私も一緒。」
数分後、梓の声が沈黙を破った。
「私は自分の意見が通るようにしたくて副部長になったし、生徒会に入った。でも、好きなように生活はできなかった。自分の意見が通ったって、目障りなやつは消えないんだもの。蓮くんも、自分の意見が 通る立場なんでしょ?だったら教えてあげる、そんなことしても目障りなやつは消えないから。」
蓮とはるを一緒にしなかったのは蓮への配慮なのだろうか。
「先輩たちは自分の意見が通るだけ、いいじゃないですか。僕なんて、言ったってどーせ、、、」
「”言ったって”ってことは、まだ言ってないんでしょ〜?行動してないのにさ、文句言うのやめよーよ?くるみは行動しても相手のせいで思い通りにならなかったんだけど??」
優斗が吐き出した不満に、くるみがかみつく。
「そうよ。自分が思ったように相手はうまく動いてくれないのよ。」
「周りが黙っちゃいねーからなぁ。てめぇみたいに。」
梓の後に蓮がはるをにらみながら言う。
「もう喧嘩はやめてくださいよ?」
と、優斗が蓮をなだめる。
「自分の意見、普通に言ってるじゃん?」
はるが優斗に言った。
「2人を見ていたら、とっさに僕も、、、」
優斗は申し訳なさそうな顔ではるを見る。
「ふふっ、でもね、ボクみたいにはなれないよ?ボクみたいな人がいっぱい居たら、ボクがうまく生きれる世界にならないからさ、やめてよね?」
はるがねっとりとした声で優斗に言う。
「あなたみたいに仮面かぶっている人がうまく生きれる世界もあるんだねぇ!騙し騙され生きて行く世界とか?くるみはそんな世界嫌いだけ どぉ。」
「じゃあ、ボクは騙し騙され大きくなっていく世界で活躍できるみたいだね。」
はるは、くるみの言葉を聞き、微笑を浮かべながら言った。
「それぞれがそれぞれにあった世界で生きていくべきなんだよ。だから はる、てめぇは俺の世界に入ってくんな。」
「ボク、入ってるつもりはないんだけどねぇ。」
ケラケラと乾いた声で笑うはる。
「僕もこれから自分にあった世界を探さなきゃ。」
思い立ったように優斗はつぶやいた。
「私はひとときだけこの世から消えたいと思ってた。」
梓が急に真剣な面持ちでカミングアウトした。続けてはるも
「ボクは消えたいとは思わなかったかな。自分がうまく生きれる世界に移動したいとは思ったけれど。」
と、さらけ出す。
「僕だってこの世界から逃げたいと思っていました。」
「くるみは、騙し騙されるような世界がだ〜い嫌い。」
優斗とくるみも自分の気持ちを明らかにした。
「俺はこの世界じゃねぇとこでならうまく生きていけると思った。」
「ボクと考えが似てるねぇ。」
「黙っとけ。」
蓮の言葉にいちいち反応するはる。
「要は、みんなの考えていることはほとんどおんなじ!ってことですよねぇ!」
くるみの明るい声とは正反対に全員の顔が曇った。5人の気持ちは一緒だったのだ。そして教室はまた、無音の世界へと戻った。
周りから見ればそんなことを思わない、そんな風には見えないような人でも、この世から消えたいと思ってる、ということに梓は気づいた。外見では人を判断できない、と改めて強く思い、自分と正反対の性格である蓮やはるも、自分と同じようなことを考えていると思うと、なんだかムズムズした。
その人はその人にしかわからない何かを背負っていることがある。優斗だったら家族からの負担だったり、はるだったら自分を偽って過ごしていることだったり。背負っているものが軽い人もいれば、自分がつぶれてしまうほど重いものを背負っている人もいる。しかし、背中を自分で見ることはできない。だから、自分が背負っているものの重さ、多さに気づくことはできない。でも、この5人が集まることによって似ていないようで似た者同士の5人は自分を写す鏡となり、たったいま、自分の背負っているものに気づくことができたのかもしれない。
キーンコーンカーンコーン ガラガラッ
チャイムの音とともに学年主任によって扉が開かれた。偽物の自分について思考を巡らせていたはるは、驚いたのか身震いしてドアの方向を見た。すると、1年の学年主任が口を開いた。
「教頭先生の財布は誰が盗ったのか、わかりましたか?解決できたんですか?」
甲高い鼻にかかるような口調で5人に問う。そんなことを話し合ってもいない5人は黙りこくる。
「今回はな、教頭先生の優しさに免じて、犯人を特定しなくても良くなったぞ。特に中身盗られたわけでもなく、特に目立った変化もなかったようだからな。しかぁし!5人ともきちんと内省をすることっ!!」
梓のことを信じていた、などと言っていた3年の学年主任が大声で怒鳴る。すると小さな声で
「教頭先生の財布を盗りました。」
と誰かが言った。その声の主は___。
はるだった。
「すみませんでした。遊び半分でカフェテリアに持っていきました。教 頭先生がどんな反応するか見てみたくて。」
今までとは違う、真面目な顔で先生の目を見ていた。
「お、お前だったのか。じゃあ、、、この後職員室に来なさい。」
2年の学年主任も怒鳴ろうとしていたのだろう。しかし、想定外の告白と、いつもとは違うはるの面持ちに腰が引けていた。
部屋から3人の教師が出ていった。
「俺、今はるです。ってちくろうとしたらまさか自分で答えるとはな。」
鼻で笑いながら蓮はそういった。
「本当にはる先輩がやったんですか!?」
今にも眼球が飛び出そうなくらいに目を見開いた優斗が聞いた。
「そんなわけ!ボクがやるわけ無いでしょう!?でも、なんか自分が変 わるきっかけになるかなって。先生も驚いてたみたいだし?」
と、はるは朗らかな表情で言った。
「先生に怒られるわよ。教頭は気にしないって言ってたのに。」
と、梓が怪訝な顔で覗う。するとはるは、
「得がないわけではないんだよな!ここでボクが真剣に反省してれば先 生たちもボクが改心したって思ってくれるじゃん?そしたらボクは先 生の前では真面目キャラで通って、疑われることはなくなるじゃん!」
自慢げな顔で言葉を発するはる。
「今度も俺が嫌いなキャラみたいだな。」
蓮はため息混じりに言った。
そして5人は部屋を後にした。はるはそのまま職員室へ。残りの4人は各教室へと足を運んだ。
___翌日。
落ち葉を踏みながら高校へと続く道を歩く梓はぼうっと考えていた。”私はうまく生きていけるのだろうか”と。高校3年生の梓はこれから大学へと進学する。高校3年間、自分の言いたいことを言えるような立場に居て、1軍とよばれるグループにいた。しかし、大学でも同じような立場にいれるとは限らない。かといってはるのように仮面をかぶって、愛想を振りまくのも嫌だ。
昨日のおかげで、自分の背負ってるものがどれだけ無駄なものだってのか、背負わなくてもいいものを背負っていたんだ、ということに気づくことができたからだ。
「梓、、、だよね?」
「あぁ!おはよ!」
蓮とはるが梓に声をかけてきた。
「結局、はる特に怒られなかったってさ。」
と、蓮が残念そうな表情を作って、そう言った。
「ボク、あの後職員室に言って先生と話してる時、なんかいつの間にか 素になって話してたんだよねぇ!もうどーせ何をどうしても天然キャ ラには戻れないから、仮面かぶるのめんどくさいし!」
と、そこはかとない明るい声が秋の朝にこだました。
「おはようございます。みなさんおそろいですね!」
優斗が爽やかな声で輪にはいってきた。そして、
「僕、どこかの世界に行きたいと思っていたんですけど、この世で頑張ろう、って思いました。そんなこと言っててもどこにもいけないですしね。」
と、優斗ははにかんだ。
「じゃあ、俺も。ここじゃない世界でならもっとうまくやってけるって思ってたけど、んなのわかんねぇしな。花は置かれた場所で咲くって言うもんな。んでもって、はるには驚かされたしな。」
蓮ははるを見て茶化すように言った。
はるはなにか言いかけたが、梓の笑いながら言った冗談めいた一言がそれを制した。
「あなた達の口喧嘩は指導室以外では聞きたくもないから!」
そんな一言に四人は声を出して笑った。何がおかしいわけでもないが、何かが吹っ切れたような笑い声だった。すがすがしく透き通った雰囲気が4人を包んだ。
でも、優斗は何かが心に引っかかっていた。そしてぽつりと
「あの、もうひとり誰かいませんでしたっけ、、、」
しかし、優斗の自信なさげなか細い声をかき消すように、男子は陽気な声で
「なぁに言ってるの!優斗くん!」
「あなた、夢の続きでも見てるんじゃない?」
「頭のいい優斗もついに壊れたか!」
と、三人は笑い飛ばした。
秋晴れの空の下。聖羅学院の校門には朗らかで晴れ晴れとした四人の笑い声が響いた。
まさか!!!読者のみなさんは、くるみの存在忘れてないよね!?なんで4人しか出てこないの!?ってびっくりしてくれた?優斗くんの後に、くるみが来ると思ったでしょ?なんでくるみがあの4人のもとに行かなかったかというとね、あの4人は、くるみが今いるこの世界とは別の世界にいるからなんだよね。
え!?って感じで思っているそこのあなた!詳しく説明するとね、まず、聖羅学院には勉学に関係のないものは校内に存在しないって言ったよね?なのに、怒られた日の聖羅学院にはカフェテリアや校門があったでしょ!?てことは、そこは別世界なのよ。で、4人は今もそこにいるってわけ。くるみはどうやって戻ったのかって?しょうがないから教えてあげるよっ!
実はね、1回ほかの世界へ移動させられたことのある人は、この能力を使えるようになるの。じゃ、くるみも、もともとは他の世界にいた人なの?って?そうなんだよねぇ。実はくるみも昔、”消えたい”と思っていたの。そしたらね、いつの間にか違う世界に来てたの。誰かに連れてこられたんだろうね。でも、連れてこられた人の記憶は全部すっ飛ぶから、誰につれてこられたのかはし〜らない。あ、だからあの4人もくるみのことは覚えてないのよ。でね、くるみなかなか他の世界に移動したこと気づかなかったから、この能力が使えることにも気づかなかったんだよね!だけど、あの4人もそのくるみこの魔法みたいなものが使える!って気づくと思うよ!いつかは知らないけど!
もしかして、この話、他人事だと思ってる?だったら、ちゃ〜んと考えたほういいよ??みんなの周りにくるみみたいな人いるかもだし、くるみがあなたの近くにいるかもなんだよ?あとさあとさ!なんでくるみは4人を別の世界に移動させたかわかる!?それはね、くるみの親切なやさし〜い気持ちからなんだよ。覚えてるかな?あの4人、ひとときこの世から消えたいって願ってたじゃん?だからっ、くるみはただ願いを叶えてあげただ〜け。くるみ、いい子でしょ?
あ、言い忘れてた!もしかしたらみんな、重大な勘違いをしてるかも!優斗くんがさ、お母さんとのいざこざで”夢の世界だったら”とか考えてたけどさぁ、現実そんな甘くないから。「夢の世界みたいに目覚めたらまた違う世界に、、、」ってさ、笑っちゃうよね。ま、くるみは叶えてあげたんだけど。でもね、そんな簡単には元いた世界に戻れないから。あの人たち、消えたいと願ってたんだから。もう後悔しても遅いんだよね。
ここから消えたいと思うなら、そこに現れなきゃ___。
くるみ、こういくる意味わかんなくて、矛盾してる言葉が大好きなの。赤の女王の、”その場にとどまりたいなら、全力で走りなさい”みたいに!梓が今いる世界、4人がもともといた世界から消えたいと思ったなら、他の世界に現れなきゃいけないってことなんだよ。それは死んでも同じことなんだけどさ、結局消えるなんてチート、できっこないから。
それに、ひとときって言ってたけどさ、そんな都合よく戻って来れるわけないでしょ。甘く見んなよ、って感じ。人間って、全部自分たち視点で考えて、自分たちの都合のいいように考えるからだめなんだよ。全部自分の思い通りになると思っちゃってさ。何が、”花は置かれた場所で咲く”だよ。笑わせんな。もうそこは置かれた場所じゃないから。てか、花と自分を一緒にしてるあたりも花に対する侮辱だよねぇ。まぁ、とかなんとか言ってるくるみも人間なんだけどね。
みんなは、くるみに違和感あった?はっきり言って、バレてるかと思ってハラハラしたんだよね〜。最後に優斗はくるみのこと思い出しそうだったし、くるみ演技もバレそうで。あ、ここで話していること以外、全部嘘だからねん!こんな世界は嫌だ___。のところは経験談なんだけど。もしかしてみんな、爽やかな秋空の下、ハッピーエンドで終わると思ってた?人生にハッピーエンドで終わる出来事がどれだけ少ないか分かってる?あれこそ夢の世界じゃんか。とはいえ過去を振り返ったら美化された思い出しか残っていないんだろうけど。もっと現実見なよぉ。
まぁ〜、結局騙される方が悪いんじゃん?くるみ、最初っからそう言ってたよね?気づいてなかった?くるみがすっごい悪い人に見えてるかもしれないけど、別に犯罪じゃないし、4人死んだわけじゃないし。まぁ、あっちの世界に行ったせいで死ぬのが早まるのはあるかもしれないけど。でもさ、何回も言うけどこっちの世界で存在が消えるのは、あいつら4人から見れば、願ったり叶ったりのことでしょ!?
あの4人みたいなタイプってさ、世界を変えるときに都合が悪いんだよ。人間みたいな下等な生き物、もっと減ってもいいと思うし、人間多すぎるし。ということで、くるみはこれからも”消えたい”と願う人たちを違う世界に連れて行こうと思ってるの!そうすればWin-Winの関係じゃん?
連れていかれる人がかわいそうって?自分の心配しなよ。くるみ、人のこと操れるんだよ?くるみだけじゃなくて、他にもいるかもだし。あなたのことを嫌ってそうなあの子とか、あなたのクラスメイトとか、今、あなたの近くにいる人とか。くるみいい子だから”消えたい”って思ってる子しか連れて行かないけど、その子はどうかわからないよ?ただただ嫌いな人を連れて行ってるかもしれないし!
それに!あなたがいるその世界だってあの4人と同じ世界かもよ?もうすでに他の世界に飛ばされて、忘れてるだけかも!探してみたら、もしかしたら魔法みたいなこの能力、使えるかもしれないねぇ!
ま、そこまで怖がる必要ないってぇ!じゃ、くるみはこれでバイバイするね!また、会わないといいけどね。ふふっ!
黒瀬 くるみ
大丈夫。死ぬんじゃなくて消えるだけだから。
ひととき この世から 消えたいと思った___。
そういってたのはそっちだよ。
”ひととき” が ”一生” に変わっただけだから。
消えれてよかったね___。
ひととき くるみちゃん @ruuuuka
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