第39話 ただ愛する人のために
ロランから諸事情を聞いた俺達は、嫉妬の炎を燃え上がらせた。
先輩を差し置いて、お前はナニをやっているんだ。
半泣きになったロランを慰めたあと、俺達はそれぞれの行動に打って出た。
「モニカ、大事な話があるんだが、俺の部屋に来て……って、ちょっとサラ!? 痛い痛い! まだ何もしてないだろう!」
「まだ? レオ様は一体何をなさるおつもりだったのですか?」
諸事情をモニカに話したら、熟れたリンゴのように真っ赤になり、完全にフリーズした。
サラには汚物を見るような目で見られた。
その後、サラに拘束された状態で国王陛下と王妃殿下の元に連れて行かれ、こっぴどく怒られた。
お前にはデリカシーがないと。
「カイエン、どうだった? 俺はダメだったよ」
「バカヤロウ! サクヤの前でお前は何を言っているんだ」
「私がどうかしましたか?」
何も知らないサクヤが首を傾げて尋ねた。
サクヤは俺達と同じ年齢なのだが、東国の女性特有のものなのか、年齢よりも随分と若く見えるのだ。
実際には十歳くらいの女の子に見えるため、カイエンが手を出すと、カイエンが色々とまずい人物に見えることだろう。
「サクヤ、気にするな。いいか、レオ。俺達は客人だ。だが、異国だからと言ってやりたい放題していいわけじゃないからな」
思ったより紳士だな。野獣のような見た目をしているのに。
「今何か、失礼なこと考えなかったか?」
「いや、そんなことないですよ」
サクヤはクエスチョンマークを頭にたくさん出していたが、カイエンに先を越されることはなさそうだと判断し、安心してモニカの元へと戻った。
「あの、カイエン様?」
「いいんだサクヤ。気にするな」
「分かりましたわ。あとでモニカお姉様に聞いてみようかしら?」
最後の方は囁くような小さな声であったのだが、カイエンは耳聡く聞きつけた。
「いいか、サクヤ。さっきのことは忘れるんだ。モニカ嬢に相談してもいけない。いいね?」
あまりのカイエンの形相に、サクヤはコクコクと口を横に結んで頷いた。
そんな男達の戦いがありつつも、その後は大きな問題もなく時は流れて行った。
生徒会室にはいつの間にか、他のライバル令嬢や、仲良くなったヒロイン候補達が集まるようになっていた。そうなると、自然と恋バナに発展することが多くなった。
「ミーアはお目当ての人とかはいないのですか?」
「もちろんおりますわ。それはモニカ様ですわ!」
「それはありがたいのですが、そうではなくてですね。ああもう。ミーアには私が責任を持って立派な殿方を紹介いたしますわ」
モニカがとても複雑な顔をして言った。同性じゃなくて、異性の話なのに、と呟いているが、ミーアは本気だと思う。
もちろんミーアにモニカをあげるつもりはさらさらない。
「シャーロットさんはどうですの?」
「アタシ? ほら、アタシは見た目がこんなだし……」
その場にいた全員が「こんな?」と首を傾げていた。
確かに入学したばかりのころはパッとしなかったシャーロット嬢だったが、モニカ達と仲良くなり、貴族御用達の美容器具をキャアキャア言いながら使い回しているうちに、とても美しい乙女へと進化していたのだった。
もちろん、ミーア嬢とオリビア嬢もそれなりに美しくなっていたが、シャーロット嬢は、その果てしなき美の探求によって、彼女達よりも二回りほど美しくなっていた。
「シャーロットさんでしたら、どんな男でもイチコロだと思いますわ」
オリビア嬢の言葉を否定するものは誰一人としていなかった。
「ほんとぅ? 何だか自信がないわ」
前世の知識を有しているシャーロットは、どうやら完全に自分を女として見ることができていないようである。もし、シャーロットの立ち位置が自分だったら……考えるだけでも恐ろしい。シャーロットの前世がそっち系でほんとによかった。
「大丈夫だよ。それじゃ、シャーロットには俺が責任を持って紹介するよ」
「本当!? 筋肉がたっぷりついた、男らしい人がイイわ!」
「分かったよ。任せておいて」
俺は確かに請け負った。騎士団には素晴らしくイイ筋肉を持っている人達が何人もいる。きっとシャーロットも喜んでくれるだろう。
そんな平和な日々が続いていたある日。
もう三年生の終わりも近いし、いい加減諦めただろうと思っていた矢先にその事件は起こった。
それは卒業式に向けて、最後の準備をしている時期に起こった。
卒業式では、毎年、卒業生によるダンスパーティーが開催され、事と次第によっては、そこで意中の相手とダンスをすることができるのだ。
もちろんボッチ対策のために、事前の申告がなければ、パートナーは事前に先生達によって決められるので安心して欲しい。
もちろん俺達はそれぞれの婚約者をパートナーに選んだのだが、これもイベントの一環だったらしく、エマ嬢が噛みついてきたのだ。
シャーロット曰く、ここがゲームで最後の分岐点。ここで結ばれなかったら、誰とも結ばれないノーマルエンドになるそうだ。
もちろん誰もエマ嬢の手を取らなかった。そのため、エマ嬢が打って出たのだろう。
「殿下、私は知っておりますわ。殿下とモニカ公爵令嬢が結ばれてしまうようなことがあれば、この国は滅んでしまいますわ」
エマ嬢が高らかと宣言した。
ザワザワと騒がしくなるダンスホール。生徒の誰かが言った。
「何でそんなことが言えるんだ!」
「それは私が転生者で、この国が将来どうなるか知っているからですわ」
転生者? 何を言っているんだこいつは、という空気が一気に広がった。
エマ嬢の発言にモニカの顔は死人のように青ざめていた。
俺はつないでいた手をしっかりと握った。そのことに気がついたモニカの顔色が、わずかに良くなった。
「貴重な忠告をありがとう。だが、私はすでにこの手を離さないと決めているんだよ。だから私が君の手を取ることはないよ」
繋いだ手を少し掲げ、ハッキリと宣言した。
周囲は水を打ったように静まり返った。そしてすぐに、ワアっと歓声があがった。あちらこちらから拍手も聞こえる。
俺はそれに手を振って応えた。モニカの顔はまるでカメレオンのように青から赤に一気に変わっていた。
「認めないわ、こんなエンディング。リセットよ、リセット!」
突然、エマ嬢が叫び声をあげた。
その声に、何だ、何だと辺りは騒然となった。
この期に及んで、まだこの子はこの世界がゲームの中だと思っているようだ。彼女がこの世界が夢かどうかを確認するためにほっぺたをつねったことは、一度や二度ではないだろう。
それなのに、自分の望んでいない結果になった途端に、今いる世界を現実ではないと思ってしまうのか。それが人間の性なのか。
「あれはもしかして!?」
シャーロットがエマ嬢が懐から出したそれが何であるかに気がついたようだ。その驚きようから言って、ろくでもないものであることは確かなようだ。
それを裏付けるかのように、モニカとオリビアの目も大きく見開かれている。
エマ嬢はためらうことなく、小さな卵の形をした怪しげなアイテムを飲み込んだ。
「あれは自分を魔物に変えるアイテムですね」
サラが解説を入れてくれた。しかし、サラには全く焦った様子は見られなかった。
「ピーちゃん!」
安全第一。俺は四の五の言う前に、惜しみなく全力投入することにした。
目の前が真っ赤に染まり、炎の中から臨戦態勢のフェニックスが現れた。
【何ですか、あれは! 実に汚らわしい!】
開口一番、ピーちゃんは一刻一刻とその姿を異形の姿に変えていくエマ嬢を見て、そう言った。それでも特に恐れをなした様子はないので、俺は段々と落ち着きを取り戻してきた。
「サラは随分と余裕そうだね」
「はい。素体があれですからね。パワーアップしたところで、たかが知れています。モニカお嬢様が素体だとしたら、ゾッとしますけどね」
なるほど、なるほど。素体の質が必要なわけね。
「それじゃ、もし俺だったら?」
「それはもう、ダメかも知れませんね」
真顔でサラが言った。ダメなのか。よかった、俺でもモニカでもなくて。
「モニカ! 魔法で守りを固めてくれ」
「分かりましたわ!」
即座に聖女モニカは守りの魔法を使った。
すると、ホールにいる全員が暖かく、そして、力強い力に包まれた。その魔法はその場にいる全員に安心感と安らぎを与えた。
ホールからはうっとりするかのような安堵のため息が漏れた。そこかしこから、さすがは聖女様だ、との声が聞こえてくる。
「殿下、あれはどうします?」
剣を手にしたギルバードが聞いてきた。どうやらこのホールには、非常時のために少しばかりの武器が用意されていたらしい。念のためにとアルフレッドが俺に剣を渡してくれた。
「エマ嬢、俺の声が聞こえるか?」
すでに異形の姿となったエマ嬢は、グルル、と唸り声を発した。どうやらすでに意識はないようである。
問いにまともな返事が返ってこないことを確認した俺達は、目線でそれを確認した。
こうなってしまっては、やるしかない。被害を最小限に抑えるのが、今の最優先事項だ。
ノロノロと動き出したそれに向かって、ブルックリンが氷の魔法を放った。
氷のつぶては魔物に命中したが、体毛に阻まれたのか、それほどダメージはないようである。
「どうやらあの体毛は大分毛深いようです。剣が滑るかも知れませんので、十分に気をつけて下さい!」
ブルックリンが叫ぶ。それを聞いたギルバードが慎重に剣で斬りかかった。剣は毛並みを滑り、受け流された。
しかし、それを予測していたギルバードは、その後の魔物の攻撃を難なく回避した。
「チッ」
「なかなか厄介な毛並みですね」
反対側から切りつけたアルフレッドも、どうやら剣が通らなかったようである。
魔物は近くにあったテーブルを壊そうとして殴りかかったが、モニカの結界によって阻まれた。そして、わけの分からない唸り声をあげた。
「どうやら正気を失っているみたいですね。殿下、これ以上時間をかけるのはよくないかも知れません」
アルフレッドが冷静に状況を判断した。その通りだと思う。この魔物を倒してしまうとエマ嬢はどうなるのかと一瞬頭によぎったが、俺は皇太子殿下。未来の国王だ。非道な選択肢も選ばなければならない日もくるだろう。それが今だ。
「剣がダメなら魔法を使うしかないな。見ての通り、モニカが魔法でこの辺り一帯をしっかりと守っている。強力な魔法を使っても構わん。あの魔物を討伐するぞ」
俺は決断を下した。このときばかりはモニカの顔を見ることができなかった。
血も涙もないやつだと思われただろうか? それでも俺は構わない。
ただ愛する人を守ることができるのなら、俺は何にだってなろう。
アルフレッドとギルバードが隙を作るべく、魔物を攪乱している。その間に俺とブルックリンが魔法の準備を始めた。カイエンは後ろの生徒達を守るべく、守りを固めている。
魔法の衝撃に備えて、モニカがさらに守りの魔法を強化してくれた。
それを確認した俺達は、同時に魔法を放った。
放たれた炎と雷の魔法は魔物を切り裂いた。
雄叫びをあげる魔物。しかし、なぜか血のようなものが出ることはなかった。
傷を負った場所にアルフレッドとギルバートが切り込んだ。
体毛に覆われていないそこには、十分なダメージが入ったようだ。魔物が窓際に後ずさりした。
ちょうどそのとき、誰かが通報してくれたのだろう。王立学園の警備を担当している騎士団が重厚な装備を身にまとい、ホールへと入ってきた。
素早く生徒達を避難させた騎士団は、異形の魔物を難なく討ち取った。
討伐された魔物は研究所に送られたが、その魔物が一体何なのか、どうしてそのようになったのかは、遂に解明されることはなかった。
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