第35話 予兆
ここは王立学園の学生寮の一室。そこで二人の生徒が向かい合っていた。
「去年のレベルアップイベントは散々だったわね。あそこでしっかりとレベルを上げて、これからのイベントを楽にこなそうと思っていたのに。それなのに、まさか場所が森から草原に変わったうえに、あそこまで魔物が現れないだなんて、予想もしなかったわ」
深いため息をついた。
「そうね。お陰で全然レベルが上がらなかったわ。レベルが上がらないから新しい魔法も覚えられないし、全然強くなれないわ」
この考えは間違いである。常日頃から鍛錬を怠らずに努力していれば、魔法は使えるようになるし、体も鍛えることはできる。
現にレオンハルトもモニカも毎日の鍛錬によってその強さを身につけていた。
レベルなどという概念はこの世界に存在しないのだ。二人が勝手にそう思っているだけである。
二人は何度も「ステータスオープン」と唱えていたが、そのようなものが開示されることはなかった。二人はまだ、この世界がゲームの世界だと信じ込んでいるようである。
「次のレベルアップイベントで確実にレベルアップするためにも、もっと魔物をおびき寄せる必要があるわ」
「マジックアイテム『おおっと、警報!』ね。あれがあれば確かに魔物を集めることができるけど、そんなアイテム今まで見たことないわよ?」
「そうね。でもゲームの世界だもの。きっとどこかで売っているわ。諦めずに探しましょう。ひょっとしたら、聖女イベントを起こすには、あのアイテムがキーアイテムなのかも知れないわ」
そう言うと二人は、さっそく街へと出かけて行った。
****
場所は変わって、ここは王城内にある研究所。
ここでは、ガレリア王国にいくつか存在する「古代遺跡」から出土した謎のアイテムの調査が行われていた。
いつものように仕事をこなす職員達。その進展具合は亀のような遅さであったが、何が起こるか分からない代物であるがゆえに、慎重に調査をせざるを得なかった。
今でも新たなアイテムが出土しており、それを管理するのは一苦労であった。
そして、いつものように出土品のチェックをしていると、職員があることに気がついた。
「おい、数が合わないぞ! こっちはなくなっている。誰か、所長をすぐに呼んでこい!」
研究所はにわかに騒がしくなっていった。
このことはすぐに所長に伝えられ、即座に全員でアイテムチェックが行われた。
その結果、貴重な出土品の一部がなくなっていることが分かった。
犯人捜しは速やかに行われた。そして、すぐに犯人は捕まった。
厳しい尋問の末、城下町の市場で売られたことが判明し、すぐに職員は回収に当たった。
しかし、すでに一部は売られてしまっており、それが誰の手に渡ったのかは不明であった。
この一件を重く見た国王は王都の警備を強化したが、不安の種は依然として残り続けることになる。
****
研究所から報告がきた。
何でも古代遺跡から発見された出土品が紛失したそうだ。
原因はすぐに究明され、犯人は捕まった。
しかし、市場に出回った出土品は全て回収することができなかった。
「そう言うわけなんだよ。このことについてのモニカの意見が聞きたいんだ。具体的にはゲームの中で、古代遺跡からの出土品関係のアイテムがあったかどうかだね」
うーん、と額に手を当てて考え込むモニカ。もう十六年前の記憶なのだ。覚えていなくても仕方がないことだった。
「確かゲームにはいくつかのマジックアイテムが登場していたはずなのですが、そのどれもが便利なアイテムばかりで、危険なものはなかったと思いますわ」
モニカはそう結論づけた。なるほど、便利なアイテムばかりね。それはちょっとどんなアイテムなのか気になるな。
「モニカ、どんなアイテムだったのか、教えてもらってもいいかな?」
「はい。よろしいですわよ」
俺はサラに紙と書くものを用意してもらい、覚えている限りのことを書いてもらった。
一部は名前を覚えていなかったり、アイテムの効果を覚えていなかったりしたが、ある程度のものを書き留めることができた。
「あとはこれを補完できる人が他にもいればいいんだけど。ヒロイン三人衆に聞いてみようかな」
それを聞いたモニカはギョッとした顔つきになった。
「大丈夫ですの? ミーアはともかくとして、シャーロットさんとオリビアさんはまだ転生者だとハッキリしたわけではありませんよ。確かにそれっぽい発言をしていましたけど……」
モニカは思っていることを素直に口にした。
確かにその通りである。まだ転生者と決まったわけではない。
だが、何か嫌な予感がするのだ。それは俺の第六感なのか、何なのかは分からない。
しかし、どうもマジックアイテムのことが気にかかるのだ。
「二人とも悪い子じゃないみたいだし、皇太子殿下として脅しておけばきっと大丈夫だよ」
「鬼ですわ」
俺の言葉にモニカの顔が引きつった。
使えるものは何でも使う。それがモニカの安全に繋がるのなら、俺は鬼にでも悪魔にでもなろう。
王妃殿下の自慢の庭に、いつもよりも一回り大きいテーブルと、それに見合った椅子が用意されている。
許可のある者しか入ることができないその庭に、騎士達に連れられてシャーロット嬢とオリビア嬢がやってきた。
何度かこの場所に来たことがあるミーア嬢はさすがに慣れて来たのか、この二人ほどの青ざめた顔をしていなかった。
オリビア嬢はともかく、シャーロット嬢まで顔が青くなるとは、正直ちょっと驚いた。
彼女はそんなことはお構いなしな性格なんだろうな、とどこかで思っていたからだ。
「そんな顔しなくても大丈夫ですよ。ギロチンにしようなどとは思ってませんから」
俺は三人が安心できるようにと冗談交じりで言った。モニカもそれにすぐに追従してくれたので、みんなの顔色は大分良くなった。
「この場所は城の中でも内緒話がとてもしやすい場所でね。この場所でどうしても三人に聞いておきたいことがあるんだよ」
俺の言葉を聞いて、三人は顔を見合わせた。
だが、賢いシャーロットは集まったメンバーの顔を見て、何か気がついたようである。
「殿下、ワタシ達三人に関係することなのかしら? 例えば、ワタシ達の共通点とか?」
それを聞いたミーアは、どうやら気がついたようである。
「私達三人がゲームのヒロインということですね」
あ、とオリビアが口に手を当てて声をあげた。
「その通り。そして、シャーロット嬢とオリビア嬢は転生者だよね?」
グワッと二人の目が見開かれた。なぜバレた! と言わんばかりだった。
「否定をしないと言うことは、やはりそうなのですね」
「モニカお姉様は気がついていらっしゃったのですか?」
ミーアが驚いているが、最初から転生者ではないかと疑って言動を聞いていれば、それっぽい発言をいくつもしていたことに気がつくはずだ。
「ええ、疑ってはおりましたわ。でも確信が得られたのはたった今ですよ。ねえ、レオ様?」
「ああ、そうだね。種明かしをするとね、俺とモニカも転生者なんだよ」
えええ! と声があがった。
「ちなみに、このことを口外したら、ギロチンにするからね?」
俺の凄みを乗せた声に、四人はそろって、まるで北極海の荒波に投げ出されたかのように顔を青くさせた。
モニカにまでそんな顔をさせてしまったので、ちょっとやり過ぎたかな、と反省した。
「そんなわけで、ちょっと二人には聞きたいことがあるんだよ。ミーアはゲームのことは良く知らないようだけど、仲間は多い方がいいからね」
いちはやく復活したシャーロットはすぐに答えをだしてくれた。
「もちろんよ、殿下。こんなにラブラブな殿下とモニカ様を引き裂くなんて、ワタシ、絶対に許せないわ!」
フンスと息巻くシャーロット。シャーロットには愛の伝道者としてのプライドがあるようだ。
「私も協力しますわ。私がロラン様とお付き合いできるようになったのも、殿下のお陰ですもの。何でも聞いて下さいませ」
オリビアもそれに続く。ありがたいな。これで、六人のヒロイン候補の内の三人が味方になり、一人は脱落済み。残るは二人となった。
「まず始めに、二人はこの『胸キュン! シンデレラストーリー』をプレイしたことはあるのかい?」
「はい。私はそこでロラン様と運命の出会いを果たしたのです。ですが、この世界がゲームの世界であることに気がついたのは王立学園に入ってからでしたけどね」
「ワタシも知っているわよ。このゲーム、裏ルートが素敵なのよね! もう何度も裏ルートをプレイしたわ」
「裏ルートって何ですの?」
何も知らないミーアが無邪気な質問をしてきた。
「あら、そう言えばミーアちゃんはこのゲームを知らなかったわね。裏ルートに入るとね、男の子同士でとっても素敵なことが起こるのよ~」
それを聞いたミーアは明らかに引いていた。顔がピクピクと痙攣している。どうやらBL系は好みではないらしい。
「二人ともプレイ済みなら心強い。ちょっとこのゲームに登場するマジックアイテムで聞きたいことがあってね」
「何でも聞いてちょうだい!」
シャーロットとオリビアのお陰で、モニカの記憶だけでは不完全であった箇所も無事に補完することができた。
「なるほど、紛失したマジックアイテムが気になるのねぇ~。ゲーム内ではテキスト表記と一緒にイラストまで描かれていたから、形状もバッチリ分かっているはずよ。それで、これなんか、誰かの手に渡っていると厄介だと思わない?」
シャーロットが指さしたのはマジックアイテム『おおっと、警報!』だった。
「なるほど、これを使って魔物を大量に呼び寄せられたりしたら、ちょっと困るかも知れないね」
「もしかしてこれで魔物の氾濫が起きることになるのでしょうか?」
モニカが顔色を悪くして、声を震わせて聞いてきた。俺は隣で震えるモニカを抱き寄せた。
「そうかも知れない。でもみんなのお陰でその可能性に気がつくことができた。それならば事前に対策をとることができる」
俺はぐるりとみんなを見回した。四人がしっかりと頷く。
「よし。それじゃあ、今日からみんなの特訓だね。ヒロイン候補の君達なら、ちゃんと訓練をすればきっと強くなれるはずだよ。そうすれば、どんな事態になっても対応できるはずだよ。もちろんロランにも付き合ってもらうつもりだから、安心してもらっていいよ」
オリビアは深く頷いた。
「イイわねぇ~、可愛い子ちゃん達のために、燃えてきたわよ~!」
ボキボキと指の骨を鳴らし、闘志を燃やすシャーロット。
ひとまずは準備オッケーだ。
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