第26話 六人のヒロイン

 月日は流れ、十五歳になった。

 そして、十五歳になると、王立学園に通うことになる。

 そう、ついに運命の三年間が始まるのだ。

 王立学園は、ガレリア王国に存在する学園の中でも、もっとも格式と教育水準が高い学園である。

 そのため、王都に暮らすものは当然のことながら、王都に住んでいない者も、その教育水準の高さから、この学園を選ぶ者が後を絶たなかった。

 多くの有力貴族がこぞって通うこの学園は、王都という限られた空間にあるにも関わらず、広大な敷地面積を持っていた。

 もちろん王都のど真ん中にあるわけではなく、やや郊外の奥まったところにあるのだが、それでもこれだけの広さを確保しようと思ったら、途方もないお金が必要となるだろう。

 要するに、それだけこの学園が、ガレリア王国にとって重要視されているということだった。

 国の主要な幹部は、ほとんどがこの王立学園の卒業生である。

 それは王立学園を卒業することが、採用の最低基準だと噂されるほどであり、そして、その噂はほぼ間違いがなかった。

 そのため、この王立学園には多くの受験生が殺到し、合格するのは狭き門となっていた。

 もちろんそれは貴族も同じであるが、貴族は金銭的な余裕があることから、幼少時代から教師を雇い、日々、勉強と言う名の努力をしている。真面目に勉強していれば、入学することは、それほど難しいものではなかった。

 そして、あまり褒められたことではないのだが、高位貴族の面子を保つために、裏口入学も認められていた。もちろんそのような生徒は、他の生徒とは別室で授業を受けることになるのだが。

 そういった事情もあって、王立学園には貴族の子弟が多く通っていた。

 逆に、まともな教育を受けることができない者、つまりは平民の身分の者にとっては、合格するのはかなり困難であった。

 だが、仮に平民出身の転生者がいた場合、事情は少し異なってくる。

 何だかんだ言っても、前世の教育水準と比べて、この世界の教育水準は遥かに劣っているのだ。

 この世界の歴史さえ頭に入れておけば、合格するだけならなんとかなるレベルなのである。

 今年の平民出身の生徒は多いと国王陛下が言っていた。もしかしたらこの中に、俺達のような転生者もいるのかも知れない。

 

 

 入学式は王立学園の敷地内でもっとも大きな建物である劇場施設で行われた。

 この世界の娯楽と言えば、観劇がポピュラーであり、王都のあちこちに劇場施設があった。

 学園の劇場施設は確かに広かったが、新入生、そしてそれを迎える在校生、さらに親達が入ると、それはもう、はち切れんばかりにパンパンな密状態になっていた。

 さすがに、俺達王族や、高位貴族の公爵家などは広い場所に案内されていたが、観客席は可哀想な状態だった。

 半円形の劇場では、学園長のありがたいお言葉が続いている。

 俺はその後に、新入生代表としての挨拶をしなければならない。

 隣に座っているモニカは、自分のことではないのに、何だか青い顔をしている。

 

「どうしたんだい、モニカ。随分と緊張しているみたいだけど?」

「レオ様は緊張なさらないのですか? うらやましいですわ。私が挨拶をするわけではないのに、どうも緊張してしまいまして……」

 

 自分のことのように他人を気遣うことができるモニカにとっては、俺が緊張しているのではないか、と心配なようだ。

 不謹慎だけど、こんなに俺のこと心配してくれるモニカがいとおしかった。

 俺は「大丈夫だよ」とモニカに笑いかけた。

 モニカの頬が薄紅色に染まる。これでしばらくは大丈夫かな?

 長い学園長の挨拶のあと、俺の手短な新入生代表の言葉が終わる。そのあとは、三年生の生徒会長から歓迎の言葉をもらい、入学式は大きな問題もなく終了した。

 入学式のあとはそれぞれのクラスに別れることになる。

 この学園は実力主義。裏口入学した者以外は、入学試験の結果によってクラス分けされる。

 どのクラスになるのかは事前に通達されており、例年は一つしかない最上位のクラスが、今年は二クラスあることが判明していた。

 もちろん俺達は、みんなまとめて同じAクラスになっている。

 なぜなら、俺がみんなと同じクラスにしろと言ったからだ。

 バラバラになられると後々厄介なことになりそうだし、モニカと違うクラスになるのは非常に困る。

 俺は遠慮なく、王子としての特権を使わせてもらうことにした。

 両親からは呆れられたが、そんなの関係ねえ。俺はモニカと同じクラスになるんだよ。

 指定された教室の前に行くと、教室の入り口の前には、デカデカと張り紙がしてあった。

 何が書いてあるのか不思議に思い、その張り紙を良く見ると、それはAクラスのクラスメイト全員分の身分と名前が書き出してあった。

 身分が書かれていない生徒が平民出身の者なのだろう。

 Aクラスの張り紙の隣には、同じく最上位クラスであるBクラスの情報が書いてある張り紙もあった。

 フムフム、どうやらAクラスの平民出身の生徒は全部で六人。Bクラスも同じく六人なので、最上位クラスでは十二人というわけか。おそらく、警戒すべきはAクラスの平民出身の生徒だろう。

 エマ、オリビア、イザベラ、ソフィア、シャーロット、ミーアの六人。

 どうも名前からして、全員女性のような気がするのだが、気のせいだろうか? そう思って、隣にいるモニカを見ると、顔が真っ青になっていた。

 それだけではない。モニカは小刻みに震えていた。

 俺は今すぐ抱きしめて安心させたいという衝動を必死にこらえた。

 やはりこの中にヒロインがいるようだ。この話については、今日のイベントが終わったら、しっかりとモニカに聞くとしよう。

 ん? 何だ? 視線を感じて振り向くと、そこには隣のBクラスの生徒だろうか? 女子生徒がこちらを睨んでいた。

 それもそうか。王子と仲良くなろうと思っていたのに、別のクラスになってしまったら、そんな顔にもなるか。しかし、今さらどうしようもないよね。

 この学園にはクラス替えは存在しないので、クラスが違う時点で、接点はかなり低くなったと言って間違いない。

 残念だが、縁がなかったと思って諦めて欲しい。さすがの俺でもすべてのクラスメイトを選んではいない。

 優秀なのは選んだけどね。

 

「殿下、素晴らしい挨拶でしたよ」

「ありがとう、アルフレッド。でも、もう十分堪能したので、次からはアルフレッドに頼むことにするよ」

 

 冗談交じりに言うと、アルフレッドもそれに気がついたようで、やれやれ、と大袈裟に両手を上げた。

 

「またそんなことを言って。そんなことではモニカ様に愛想を尽かされますよ? ねぇ、モニカ様……モニカ様? どうされました?」

 

 アルフレッドもモニカの異常に気がついたようだ。アルフレッドの呼びかけでようやく現実に戻ってきたモニカは、慌ててアルフレッドに淑女の礼を返した。

 そんな状況でも、淑女としてのマナーは正常に働くようである。これも、モニカが日々行っている鍛練の賜物である。

 

「ごきげんよう、アルフレッド様。本日も良いお天気ですわね」

 

 だがしかし、思考回路は未だにショートしているようであり、アルフレッドの問いに対する答えにはなっていなかった。

 心配そうにこちらに目を向けるアルフレッドに対して、俺は一つ頷いた。

 あとは俺に任せろ、との合図である。

 それを正確に読み取ったアルフレッドは、すぐに目礼を返した。

 さすがはアルフレッド。完璧だな。これは本当に今後のスピーチを任せても良さそうだ。

 教室に入った俺達は、指定された席に着いた。当然、俺の隣はモニカ。周りは分かりやすく、いつものメンバーがそろっている。

 初日の授業だけあって、まずは自己紹介からだった。

 

「このクラスの担当のレジーナよ。知っているかと思うけど、この学園の教師は、この学園にいる限り、もっとも上の地位になるわ。そのことをしっかりと理解しておくように」

 

 眼鏡の良く似合うポニーテールの美人教師、レジーナ先生が少々威圧的に言った。

 このクラスは特に身分の高い人が多い。始めにそう宣言しておくことで、余計なトラブルを防ぐつもりなのだろう。

 この王立学園の生徒は、皆平等ではない。

 よくある「学園に入るとみんな同じで、貴族も平民もない」ということはなく、きっちりと身分が分かれている。

 低位貴族から高位貴族には、そう簡単に話しかけることはできないのだ。ましてや、平民が気軽に貴族に声をかけることなどもっての外だった。

 つまり、この学園は、小さな社交場と言って間違いなかった。

 ある程度の無礼が許されるうちに、しっかりと身分の差を分からせようということだ。

 ガレリア王国は国王を頂点とした封建制度をとっている。身分の差がなくなり、平等になることは、この国の崩壊を意味していた。

 

「次は私かな? 私の名前はゴンザレス。このクラスの副担任を任されている。レジーナが忙しそうにしていたら、私を頼るように」

 

 筋骨隆々のイケメン男性教師、ゴンザレス先生がニカリと笑うと、その歯がキラリと光った。

 ……この先生、攻略対象じゃないよね? キャラが濃すぎるんだけど。

 その後は身分が高い順に自己紹介をすることになった。もちろん、最初は俺からだった。

 隣に座るモニカのことが心配だったが、先程のアルフレッドのお陰か、はたまた、このゴンザレス先生のお陰なのか、自己紹介をするころには正気に戻っていた。

 さしたる問題もなく、自己紹介は続いていく。そしてついに、平民出身者の自己紹介に入った。

 次々に挨拶をするヒロイン候補達。俺はどの娘がヒロインなのかと、つぶさに観察していた。

 そして、全員が挨拶を終えたとき、気がついた。

 ヒロイン候補の全員が、ごく普通の女の子だ。ゲームで言うところのモブキャラと言っても差し支えないだろう。

 これは一体どういうことだろうか? 普通、ヒロインと言えば、人目を集めるほどの美貌の持ち主か、魅力のある可愛い女の子の二択なのではなかったか。

 俺の想像していたゲームとは何かが違う。背筋に冷たい汗が流れた。

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