第13話 またとないチャンス

「どうしたのですか? そんなに暗い顔をして?」


 いつものお茶会の席で、元気のないモニカに尋ねた。

 守護霊獣のサラのことは国王陛下にも、王妃殿下にも、モニカの両親にも、ちゃんと説明している。

 呆れられたものの、今さらどうにもならないことなので、モニカにもお咎めはなかったはずだ。

 何せ、そのためにモニカが守護霊獣を召喚するまでの間、黙っていたのだから。

 あまりの俺の素晴らしい計画っぷりに、お母様に「次からは必ず先に言うように」と念を押されたが、もちろんそんなことをするつもりはなかった。

 モニカのためなら手段を選ばない。

 モニカ至上主義がここに誕生したのだ。信者は俺とピーちゃんとサラである。

 たったの三人だが、実に強力な陣営だ。その気になれば世界を征服できそうな面子である。

 そのことをモニカに言ったら、呆れられてしまった。そしてこのことは外では絶対に言わないようにと口止めされてしまった。なんでや!


「あの後、サラに言われたのです。私があの場所で召喚の儀式を行ったお陰で、キリエの森に溜まりつつあった魔力の淀みがすっかり消えて無くなったと。数年後には魔物の氾濫が起きていただろうから、それを未然に防ぐとはさすがだ、と言われましたわ」


 魔物の氾濫はこの国の歴史の中でも数十年に一度のペースで発生していた。

 原因はこれまで不明だったのだが、ここにきて、どうやらその原因が魔力の淀みであることが判明した。

 これは魔物の氾濫を未然に防ぐことができる非常に重要な情報だ。ぜひモニカの名前で国王陛下に報告しておかなければならないな。


「そうなのですね。良かったではないですか。モニカは未然にこの国の危機を防いだのですよ。それなのになんで暗い顔をしているのですか?」

「魔物の氾濫はヒロインの覚醒イベントとしてゲームの中で重要な役割を持っておりましたのよ。それが意図せず無くなってしまったのです。これは由々しき事態ですわ! これではヒロインが、聖女としてその存在を国民に知らしめることができませんわ。どうなさるおつもりですか!?」


 バンッとテーブルを両手で叩くモニカ。

 いや、そんなこと俺に言われても困るんですけど。俺としては別にヒロインとかいらないわけだし。むしろモニカが俺にとってのヒロインだし。


「別に問題無いではありませんか。魔物の氾濫が回避されたお陰で、被害を受ける人がいなくなったのでしょう? 国への被害も無くなったことですし、聖女ならモニカがいる。困ることなど何一つないではありませんか」


 いけしゃあしゃあと言った俺を見て、モニカの顔色がサッと青くなった。

 そして、ハッとしたかのように、その大きくて宝石のような綺麗な青色の瞳を見開き、俺の顔を見た。


「レオ様、謀りましたわねー!」


 すぐに顔を赤くしながら薄紅色の頬を膨らませた。

 うん、怒っているモニカもとっても可愛いよ。

 どうやら知らぬ間に、ヒロイン覚醒フラグを折っていたらしい。これは僥倖だ。

 ヒロインがでしゃばって来ないということは、モニカの破滅フラグも発生しないと言うことだ。

 それに気がつきご機嫌になった俺を、モニカは恨めしそうに見ていた。



 皇太子として正式に社交界デビューしてからは、モニカと一緒に公務に行くことが多くなった。

 隣国への訪問やお偉方のパーティーへの参加が主な仕事であったが、パーティーに参加するならばどうしてもダンスのパートナーが必要になる。

 そのパートナーとしてモニカが必要となるのだ。

 俺はここぞとばかりにモニカを将来の王妃として売り出した。そのことに対してモニカが文句を言えるはずもなく、笑顔を貼りつけて対応してくれた。

 その甲斐あってか、この国だけでなく周辺諸国でもモニカが次期王妃として知れ渡るようになった。


「レオ様、これほどまでに私をプッシュしなくても良いのではないでしょうか? もし、私との婚約が破談になったら、どうなさるおつもりですか」

「大丈夫ですよ、モニカ。婚約解消なんて、絶対しませんし、絶対にさせませんから。……それともモニカは、私と結婚するのが嫌ですか? もしかして、生理的に受け付けられないとかですか? それならモニカのためにも……モニカのことを思えば……いやでも……」

「ななな何を言っておられるのですか! レオ様のことが嫌いだなんて、生理的に受け付けないだなんて、ありえませんわ! とんだ誤解ですわ! 私はレオ様のことが大好きですわ!」


 相当テンパっているのだろう。普段口に出さないようなことを次々と口走っているような気がする。

 ……だがこれはもしかして、チャンスなのではないだろうか? 何のチャンスかって? チューするチャンスだよ。言わせんな恥ずかしい。

 俺はあえてシュンとした表情を崩さずに言った。


「本当ですか? それなら、その証拠が……」


 言っておいてなんだが、普通はこの台詞を言うのは逆だろう。

 だがあえて言おう。男が言ってもいいじゃない。


「し、証拠、ですか?」


 ゴクリとモニカが唾を飲んだ。まさかそうくるとは、とその顔にしっかりと書いてあった。こういう場面では、熱い抱擁と熱い口付けが定番だよね。

 どうしようかと迷っている様子のモニカ。もう一押しだな。


「やはりモニカは私のことが……」

「え? ち、違いますわよ!」


 意を決したモニカが席を離れ、俺の方へと近づいて来た。そして、震える手で俺を抱きしめた。予定通り、俺は顔を上げ、モニカを見上げた。

 目を細めたモニカの真っ赤な顔がゆっくりと焦らすように近づいてくる。後ちょっと――。

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