第6話 モニカ令嬢のどうしてこうなった②
「ありがとうね、モニカさん」
突然言われた王妃様からのお礼に、私は首を傾げた。レシピのお礼なら、ついさっき言われたばかりのはずだ。
「うふふ。これはレオンハルトには内緒よ?」
王妃様はお茶目にウインクをした。一体私はこれから何を告げられるんだ。
戦慄する私をよそに、王妃様が言葉を続けた。
「先日、モニカさんが来ることが決まってから、レオンハルトはそれはもうウキウキとお茶会の準備をしていたのよ。お菓子は要らないから、お茶はどれにするか、テーブルは? 椅子は? って、取っ替え引っ替えして試しては、ああでもない、こうでもないと悩んでいたわよ」
王妃様の言葉に絶句した。まさか、レオ様がそんなにルンルン気分で用意されていただなんて、考えてもみなかった。ただ、珍しい名前のお菓子を食べてみたいだけだと思っていたわ。
もしかして、それって……。
「よっぽどモニカさんに会うのが楽しみだったのね。あきれを通り越して、むしろ微笑ましかったわ」
顔に熱が集まっていくのを感じる。もしかしなくても、今の私の顔は真っ赤だろう。
「モニカさんがレオンハルトの前に現れてくれて、本当に良かったわ。モニカさんに会う前のレオンハルトは、婚約者候補に会う度に、段々と腐った魚のような瞳になっていたのよ。きっと、女性の裏の顔を知ってしまったのね。でも、モニカさんが現れて、婚約者になってからは、まるで別人のように目を輝かせて積極的になっているわ。まるで大事な物を見つけたみたいにね」
私はうつむいて、顔を上げることができなかった。
レオ様はどうしてそんなに私のことを思ってくれるのだろう。本当に私のことを愛して……好きなのだろうか? 信じたいけど、ゲームの内容を知っているが故に信じられない。
私に前世の記憶なんてなければ良かったのに。
「そうだわ! モニカさんにぜひ見せたいものがあるのよ」
顔を上げると王妃様が満面の笑みを浮かべていた。
その目にちょっとイタズラっぽさを感じてしまうのは私の考え過ぎだろうか。
王妃様が使用人に何かを囁くと、心得ましたとばかりに使用人達の動きが慌ただしくなった。
王妃様に連れられて、私はこれまで足を踏み入れたことがなかった訓練施設へとやってきた。
あちらこちらから大きな声が上がり、初めての経験にビクリと体が反応してしまう。
「ごめんなさいね、モニカさん。こんなむさ苦しいところに連れて来ちゃって。でも、目的地はもうすぐそこよ」
王妃様が指を差し示した場所には、一際、多くの人が集まっていた。見た感じでは騎士達が集まっているようだ。
お城にいる騎士は王を守るための精鋭揃いだと聞いたことがある。その騎士達が集まって一体何を?
疑問に思いながら王妃様に連れられて、畏れ多くも王族専用の豪華絢爛な見学席に行くと、その全貌が見えた。
あの真ん中にいるのはレオ様? レオ様が騎士を三人相手に訓練をしているの!? あ、三人とも倒したわ。さすがはレオ様ね。レベル99は伊達じゃない。
ゲームの中のレオンハルトは、攻略対象であると共に、ゲームクリアのためのお助けキャラでもある。レオンハルトを仲間にいれてラスボスに立ち向かうかどうかで難易度が大きく変わるのだ。
レオンハルトのレベルが最初から99であるのに対し、他のキャラは全員レベル1からのスタート。しかも、もれなく全員レベル50までしか上がらないのだ。なんという公式チート。
そんなレオ様に敵う相手はいないのだ。
「レオンハルトは強いでしょう? モニカさんにもぜひ、そのことを知ってもらいたかったのよ。何かあったら、遠慮なくレオンハルトを頼りなさい。私では限界があるわ。私は国母ですもの。最終的には国の利益となる方を選択するわ。でも、レオンハルトは違う。レオンハルトは何よりも貴女のことを優先するはずよ」
ニッコリと私に微笑みかける王妃様の目はとても優しかった。
そして、ご自身の立場を良く理解していた。私も見習わなくてはならない。
そう心の中で決意を固めていると、レオ様と目が合った。
レオ様は一瞬目を見開くと、慌てた様子でこちらに向かってきた。
「モニカ嬢! 登城しているのなら、一声下さったら良いものを。お母様、なんで言ってくれないのですか?」
隣の王妃様を睨み付けるレオ様。だ、大丈夫かしら?
「あらあら、レオンハルトの勇姿をモニカさんにも見せてあげようと思ったのよ。でなければ、貴方はモニカさんに見せないでしょう?」
「こんな泥臭いところを見せたい訳ないでしょう」
あきれたようにレオ様が首を振った。
あれ? なんだか周りがざわついているわ。
何々、皇太子殿下のあんな表情は見たことがない? あんな甘い顔ができるだなんて? 訓練中に一目散に女性のところに行くなんて? 王妃様が来ても我関せず、な顔をしているのになんで今日に限って?
……私は聞き耳を立てるのを止めた。これ以上やると、頭が沸騰することになりそうだ。
「そうかしら? モニカさんもレオンハルトの勇姿をもっと見たいわよね?」
「え? は、はい?」
思わず、はい、と答えてしまった。レオ様がちょっと驚いた様子でこちらを見ている。どうしたのかしら?
「お母様、無理強いは良くありませんよ。モニカ嬢が困惑しているじゃないですか。大体、お母様の意見に異を唱えられるわけないでしょう」
「またそんなことを言って。そんなことではモニカさんに捨てられますよ。少しは婚約者にいいところを見せなさい。そうだわ! レオンハルト、今からここにいる騎士全員と勝負しなさい。全員に勝ったら、ご褒美にモニカさんが頬っぺたにチューしてあげるわ」
王妃様はさもいい考えだと両手をパチンと叩いた。その表情はどこか嬉しそうだ。って、ちょっと待った! なんでご褒美が私の……。
「いいですとも、受けて立ちましょう」
「え? ちょ、まって……」
私の言葉が聞こえなかったのか、レオ様はスタスタと先程訓練していた場所へと戻って行った。
だ、大丈夫よね? いくら何でも百人以上はいそうだもの。
それに、立派な軍服を着ている人が何人もいるし。あれって騎士団長や隊長達よね?
そうして試合が始まったのだが、レオ様は対峙した相手を全て一撃で葬っていた。
何あれ、ありゃチートだわ。
「まあ、レオンハルトったら。普段は随分と手を抜いていたみたいね。これは予想できなかったわ。私の自慢の息子は強いでしょう? よろしくね、モニカさん」
「は、はい……」
眼下では、国内最強と言われている騎士団長を、レオ様が一撃で倒していた。
どうしてこうなった。
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