第2話 告白②

「さて、どうやって口を割らせようかな」


 思わず独り言を呟いてしまった。

 考えれば考えるほど、モニカ嬢の事が気になって来る。自分の中にまだこんな子供みたいな感情が残っていたのは、正直なところ驚きだった。

 精神が年齢に引きずられているのだろうか? 

 まあ、それはさておき、モニカ嬢だ。婚約者として、これ以上、あんな辛そうな顔をさせるわけにはいかない。皇太子としての力をフルに使って、問題を解決せねばならないな。

 そのためにはまず、モニカ嬢との関係をより親密にしなければならない。それも、心も体も一つになるくらいに。

 そうすれば、隠しているゲームの事についても話してくれるはずだ。

 ゲームのイベントの内容さえ知ってしまえば、後は何とでもなるはずだ。

 その力を俺は持っている。

 思案した後、俺はペンを走らせた。

 モニカ嬢をお茶会と称して城に呼ぶ算段である。



「ようこそ、モニカ嬢。来てくれてありがとう」


 俺はそう言って、モニカ嬢をエスコートすべく手を差し出した。そこにモニカ嬢の柔らかい手がそっと添えられる。

 癒やし!

 俺は努めて平静を装って、笑顔を向けた。にやけ顔になっていなかったか心配だ。

 モニカ嬢が俺の顔を見た途端うつむいてしまったため、その表情を見ることができないのがネックだが、まだ試合は始まったばかりだ。焦るような時間ではない。じっくりいこうではないか。


「きれいでしょう? この庭園は私のお母様が自ら手入れをされている特別な庭なのですよ。そして、入ることができるのはごくわずかな特別な人達だけ。だから、人目を気にする必要はどこにもありませんよ」


 モニカ嬢をエスコートしながら、この場所について軽く説明した。ここに人が来ない事を知ってもらえれば、色々と話しにくい事も話してくれるかも知れない。

 隣に立つモニカ嬢の顔を見ると、何だか引きつっているようにも見えるが、そんなに緊張する場所でない事をしっかりと教えておかないといけないな。

 庭園にはバラを中心として、色とりどりの花が咲いている。青々とした緑の葉が日の光を気持ち良さそうに受けて、涼やかな風が頬を撫でていった。

 俺達は、庭園の中にある小さな噴水のそばまで行くと、そこに用意されていたテーブルへと足を運んだ。

 テーブルには既にお菓子が用意されており、席につくとすぐに使用人がお茶を入れてくれた。高級茶葉を使った香りの良い紅茶が、白地に細かな黄金の装飾を幾重にも施されたカップに注がれていく。


「今日の天気が良くて、本当に良かった」


 まずは、当たり障りのなさに定評のある天気の話から入った。

 今日のミッションはお互いに愛称呼びになる事である。

 本来なら命令すればいいだけの話ではあるのだが、できれば彼女自ら言ってもらえるようになりたい。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます」

「とんでもありません。忙しいところを呼び出してしまったのではないかと、心配していたところですよ」

「忙しいだなんて、そんな事ありませんわ。殿下のお呼びであれば、いつでも参上致しますわ」


 う~ん、喋りも表情も硬いな。何とかリラックスさせなければ。何か話題を、できれば共通の話題を……。


「モニカ嬢は何か趣味をお持ちですか? 私は今、乗馬をするのが楽しくて、良く近くの森に良く出掛けているのですよ」


 趣味の乗馬はストレス発散に丁度良かった。馬を走らせ、流れる景色を見ていると、自分が風になったようで、悩んでいた事がちっぽけな事に感じるのだ。


「馬に乗って風を感じるは、心地良さそうですわね。私も少し練習をした事があるのですが、まだ上手く乗る事ができませんわ。まだしばらくは練習が必要ですわね」

「それではモニカ嬢、今度一緒に乗馬の練習をしませんか?」

「そ、それはいいお考えですわね。ぜひご一緒させていただきますわ。私の趣味は、ええと……」


 言いよどむモニカ嬢。ご令嬢が言いにくい趣味と言えば料理かな? 料理は雇った料理人がするものであり、料理を自ら作る貴族は、まずいない。

 俺も調理場を使わせてもらおうとした事があったが、全力で止められた。怪我でもしたらどうするのかと。


「何かな?」


 俺はニッコリと微笑んだ。ちょっと意地悪かも知れないが、モニカ嬢の事をもっと良く知る必要がある。秘密の共有はお互いを強く結びつけるはずだ。


「その、料理を少し……」


 キタコレ! 狙うはモニカ嬢の手料理、もしくは手作りお菓子だ。


「それは素晴らしい趣味ですね。どんな料理が得意なのですか?」


 食いついた俺に戸惑いの表情を見せるモニカ嬢。まさか王子が興味を示すとは思わなかったのだろう。だが残念、俺はどこにでもいる普通の王子じゃないんでね。


「あの、その、クッキーやマフィン、シュークリームなどのお菓子がとく……」

「シュークリーム!?」

「ひゃい!」


 おっと、いかん。シュークリームに驚き過ぎてしまった。

 それもそのはず。シュークリームはまだこの世界に、お菓子として存在していなかったからだ。

 まさかそんなものを再現していたとは……食べたい。モニカ嬢の手作りシュークリーム。


「す、すいません。初めて聞く名前の食べ物だったものですから。珍しい食べ物なのでしょう? ぜひ食べてみたいのですが……そのシュークリームというお菓子を」


 ちょっと強引過ぎたような気もするが、どうだ? 目の前のモニカ嬢を見ると、口を両手で押さえ、目を見開いてこちらを見ていた。

 え? 何その反応、どっちなの?


「ももももちろんですわ。殿下が食べたいと仰るのなら、次のお茶の時にシュークリームを作って持って来て差し上げてもいいんですからね!」


 モニカ嬢は混乱しているのか、ツンデレ令嬢のような口振りになっている。

 だがこれで、次回のお茶会とシュークリームの約束を取りつけることができたわけだ。十分な成果と言えるだろう。

 だが、もうひと押し。


「モニカ嬢、私の事はレオンハルトと、いや、レオと呼んでくれませんか? それから、もしモニカ嬢が良ければ、「モニカ」と呼ばせてもらいたいのですが、ダメでしょうか?」


 俺は渾身のイケメン(多分)スマイルを放った。

 鏡の前で練習した事はあったが、ご令嬢相手にするのはこれが初めてだ。俺が本当にゲームのイケメン攻略対象なら、効果は抜群のはずだ。

 モニカ嬢の顔がまるで熟れたリンゴのように赤く染まる。惚けているのが俺の目からも分かった。とどめとばかりに、その目をじっと見つめた。

 ほとばしるイケメンの色気に当てられてフラフラになったモニカ嬢は「もちろん、構いませんわ」とかぼそい声で了承した。


「ありがとう、モニカ。次に会う日を楽しみにしていますよ」


 良くやった、俺。シナリオ通り!

 おっと、思わずニヤリとしてしまった。モニカ嬢に見られてないよね?


 

 ****



「モニカお嬢様、大丈夫ですか?」


 心配そうに使用人が聞いて来たが、声を出す事はおろか、顔を上げる事もできなかった。

 何あれ、何あれ。まさかレオンハルト殿下にあんな顔を向けられるだなんて!

 思い出しただけで、さらに顔が熱を帯びていくのが分かった。

 私はただの令嬢避けの防波堤ではなかったのか? まさかあんな息が止まりそうな笑顔を向けられるだなんて、思ってもみなかった。

 それだけではない。両親や使用人達が難色を示した料理の趣味にも関心を持ってくれた。

 それに、私が作ったシュークリームを食べたいと言ってくれた。

 こんな、こんなことがあるだなんて。

 これはきっと夢だと思って自分の頬をつねってみたが、しっかりとした痛みを感じた。まさか、痛みまで感じる夢があるだなんて……。


「モニカお嬢様、しっかりして下さい。馬車はもうすぐ屋敷に到着しますから、それまではどうかお気を確かに!」


 使用人の焦る声に、私はようやく現実世界に戻ってきた。

 多分これは夢じゃない。現実だ。さっきの出来事も現実だ。

 レオンハルト殿下があんなにも「悪役令嬢」である私に対してお優しい方だなんて、なんという事だろう。このままでは勘違いしてしまいそうだ。

 でも、私に向けられたあの表情は、本当に勘違いなのだろうか? どう考えても、私の事を「愛しい人」として見ているような気が……。

 ダメよ、そんな考え。期待を抱いてしまってはダメよ。

 しっかりするのよモニカ。

 ああ、でも、最後に優しく笑ったレオンハルト殿下が忘れられないわ。私が悪役令嬢でなければ本当に良かったのに……。

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