婚約者は破滅フラグ持ちの転生者。それでも俺はキミが好き。
えながゆうき
第1話 告白①
「殿下、私は転生者なのですわ」
俺はその一言を聞いて凍りついた。
俺ことレオンハルト・ガレリアは、ガレリア王国の嫡男として産まれた。そして産まれてからずっと、王しての勉強や訓練を受けてきた。
幸いな事に、問題なくそれらを身につける事ができる力を持っていたが、もちろん持っていないものもあった。
その一つが癒やしである。
窮屈な生活の中で癒やしを求めていたころ、「十二歳になった事だし、そろそろ次期王妃候補を」と周りが騒ぎ始めた。
まだ早過ぎるように思えたが、このくらいの年齢が普通であると言われて、軽いカルチャーショックを受けた。
しかし、その時にはたと気がついた。
そうだ、可愛い婚約者こそが、俺の求めていた癒やしだ。
それに気がついた俺は、積極的に婚約者を探した。
だが、現実は甘くはなかった。
世間が言うところの「ご令嬢」を知れば知るほど、その美しい容姿の後ろ側に、深くて暗い、底なしの闇がある事に気がついた。
俺は人間不信、いや、令嬢不信に陥った。
ご令嬢に癒やしを求めるなど、とんでもない!
こうして心を閉ざした俺は、会おうとする令嬢のことごとくを断っていた。
そんなやさぐれていたころ、一人のご令嬢に出会った。
その令嬢は公爵家のご令嬢であり、こちらが王家であるとはいえ、無下にするわけにはいかなかった。俺は渋々、そのご令嬢と会う事になった。
「殿下、私は転生者なのですわ」
「て、転生者、ですか?」
目の前に座る可愛らしい少女、モニカ・カタルーニャ公爵令嬢がそう言った。その発言に嘘偽りはないと、その青くて透き通った瞳は雄弁に語っていた。
ここはガレリア城にいくつもある庭園の中でも、最も格式の高い場所。
春の暖かい日差しを受けて美しい花々が咲き誇るその庭に、真っ白なテーブルとイスを並べ、王妃候補の婚約者として、初めてモニカ嬢を迎えていた。
向かい合ってから三秒も経たずに言われたこの発言に、正直なところ面食らっていた。
ひょっとしたら、この世界にはかなりの数の転生者がいるのかも知れない。そんな考えが頭に浮かんでいた。
「困惑されるのも仕方がありませんわ。私のこの話は、お父様もお母様も、誰も信じてくれませんでしたから」
悲しそうに下を向いたモニカ嬢の後ろでは、公爵家の使用人達が「やっぱり言ったか」という引きつった笑顔を貼りつけていた。
どうやら、自分が転生者であることを、すでに周囲の人達に言ってしまっているようだ。
醜聞にうるさい貴族にとっては頭の痛い問題だろう。カタルーニャ公爵の苦労がしのばれる。
「えっと、なぜそのような事を私に話したのですか?」
俺の婚約者になるのは、別に転生者であっても問題ないはずだ。前世はどうあれ、今は公爵令嬢のモニカ・カタルーニャなのだから。
「殿下、近い将来、この国は滅びますわ」
「……はい?」
さすがの発言に思わず声が裏返ってしまった。
何を言っているんだこの子は。未来予知ができるエスパーか何かなのか?
「信じられないかも知れませんが、この世界は、私が前世にプレイしていた乙女ゲームの世界なのですわ」
「えっと、良く似ているとかではなくて?」
「そうですわ。瓜二つなのですわ」
マジっすか。そんな良くあるラノベみたいな展開が本当にあるのか。
「ちなみに、そのゲームの名前は?」
「え? えっと確か、「胸キュン! シンデレラストーリー」ですわ」
あー、あったなそんなゲーム。妹が寝る時間も忘れてやってたわ。攻略対象がどれもイケメンで素敵過ぎる、とか語彙力皆無でずっと語ってたわ。特に王子様が格好いい! って推してたな。全く興味がなかったから、完全に右から左に聞き流していたけど。
ちょっと待て、もしかしてその王子様って、俺の事!?
「驚かれるのも無理がないことですわ。いきなりこの国が滅びるだなんて……。でも、安心なさって下さい。それを回避する方法がありますわ。今は、今はまだ言えませんけど……」
最後の方はしりすぼみになっていたが、それってモニカ嬢を処刑とか、国外追放とかにするんだよね? 言われなくても分かるよ、モニカ嬢。
ヒロインのライバルキャラは悪役令嬢であるパターンが多い。
皇太子の婚約者ともなれば、その可能性は跳ね上がる。何せ、高貴な身分の婚約者が失脚しないことには、ヒロインが皇太子の隣に立つことはできないのだから。
う~ん、どうしたものか。
ただ一つだけ間違いなく言える事は、モニカ嬢が俺にとって、すごくタイプの子だということだ。
これまで出会ってきた、どの令嬢とも違うタイプ。
腹黒さを微塵も感じさせない真っ直ぐな瞳。そして、庇護欲をそそられる小動物のような容姿。美しく輝くブロンドの髪。
俺の求めていた癒やしはここにあったのだ。これは一目惚れだ。間違いない。ビリッと来たぜ!
それに同じ転生者同士なら気兼ね無く話すことができるし、これを逃す手はないな。
要はあれだ、モニカ嬢が嫉妬の鬼と化して、国を滅ぼすような行動を取らないようにすればいいだけだよね? つまりは嫉妬する気が起きないくらいにモニカ嬢とイチャイチャすればいいわけだ。何だ、楽勝じゃないか。方針は決まったな。
「モニカ嬢」
俺は彼女の手を取った。
「で、殿下?」
「たとえ貴女が転生者だとしても、必ず私が貴女をお守りします」
そう言って、モニカ嬢の柔らかくて、少し熱を帯びた手に口づけを落とした。
これは親愛の印。王妃候補としてモニカ嬢を認めたという証しである。
モニカ嬢は今にも煙が上がってショートしそうな勢いで顔が真っ赤になった。
その場にいた使用人達からは黄色い声が上がっている。
モニカ嬢は微動だにしない。ショートしたな、これは。
「モニカ嬢? モニカ嬢! しっかりして下さい!」
その場で不意にグラついたモニカ嬢の体を慌て支えた。
まさか親愛の口づけぐらいで気を失うとは、なんてピュアなんだ!
支えたモニカ嬢から伝わる確かな柔らかな感触。想像以上の抱き心地だった。
****
「こ、ここは? ここはどこですの?」
目を開けると、そこには知らない天井……なのだが、豪華な天井画がところ狭しと描かれており、この部屋が自分の部屋ではなく、さらに言えば、普通ではないことだけは分かった。
よくよく見れば、豪奢なシャンデリアもぶら下がっている。ほんとにどこだ、ここは。
「気がつきましたか? ここは医務室ですよ。気を失った貴女をここまで運びました」
声がした方向を見ると、レオンハルト・ガレリア王子殿下が安堵の表情を浮かべて座っていた。
どうして殿下が私のそばに? 私の事はただの令嬢避けの防波堤としてしか見ていなかったはずなのに。
慌てて身を起こそうとした私を、殿下は「そのままで」と押し留めた。その優しい声に思わず胸が高鳴った。
なるほど、そういうことね。何となく理解したわ。
殿下の婚約者になってからの三年間、つまり、ゲームが始まる十五歳までの間に起こった出来事についての、公式エピソードはなかった。
だけど、きっとこんな風に仲良く過ごした日々もあったのね。
残念ながら途中でその関係も壊れてしまったみたいだけど。
「どこか痛むところがあるのですか? 遠慮なく言って下さいね」
私が思わずうつむいたのに気がついたのだろう。殿下が優しい声をかけてくれた。これ以上、心配をかけてはいけないと、慌てて顔を上げた。
「大丈夫ですわ、殿下。先ほどはお見苦しいところを見せてしまって、申し訳ありません」
殿下の目を見つめ、しっかりと謝罪をして頭を下げたのだが、殿下からの反応がない。また何が粗相をやってしまったのかと恐る恐る顔を上げると、殿下の口元がはわはわと波打っていた。
その目はまるで可愛いらしい小動物を見るのと、同じ目をしているように見えた。
何だか居たたまれなくなった私は、少し早い時間ではあったが、カタルーニャ公爵家へと帰ると告げた。
突然帰ると言った私に、殿下は非常に残念そうな顔をしていたが、お見送りにも来て下さり、名残惜しそうに最後の最後まで手を離さなかった。
どうやらまだ嫌われてはいないようで、どこか少し安心している自分がいた。
「お帰りなさい、モニカ。思ったよりも早かったわね。あら、貴女だけなの?」
「ただいま帰りましたわ、お母様。ちょっとめまいを起こしてしまったので、早めに帰らせていただいたのですわ」
「あらあら、大丈夫なのかしら?」
お母様が心配そうに駆け寄ってきた。
本当は殿下のそばにいるのが恥ずかしくて帰ってきたのだが、お母様をだましているので胸が痛い。もう大丈夫です、と言っても、お母様は頭を撫でるのを止めてくれなかった。
お母様が私の頭を撫でるのを止めるまで待っていると、お父様が帰って来た。よほど慌てて帰って来たのが、髪や服装が乱れている。
「モニカ、大丈夫か! 倒れたと聞いたが?」
ハアハアと肩で息をしているお父様を見て、申し訳なさで一杯になった。
「大丈夫ですわ、お父様。ご心配をおかけして申し訳ありませんわ」
「ああ、いいんだよ、モニカ。迎えに行ったら、体調が悪いので先に帰ったと聞いてな。私もこうして慌てて帰って来たのだよ」
ハハハ、と笑うお父様。私に気を使っているのだろう。本当に悪い事をしてしまった。
申し訳なさにうつむいていると、お父様が口を開いた。
「モニカ、殿下の婚約者になるのが嫌なら、お断りしてもいいんだよ。殿下の婚約者候補はまだまだ沢山いるのだからね」
「いけませんわ! 私は殿下の婚約者でなければならないのですわ」
はぁ、と深いため息をついたお父様。
「なぜそんなに殿下の婚約者になる事にこだわるのか、私には分からんよ」
私は知っている。私が犠牲にならなければ、多くの国民が犠牲になることを、大好きなレオンハルト様が死んでしまうことを。私の首一つで丸く収まるなら、本望だ。
私は下を向いて、涙が出そうになるのを必死にこらえた。正直に言うと怖い。逃げ出せるものなら逃げ出したかった。
「モニカ……」
それ以上はお父様も何も言わなかった。
私は今日は疲れたからと言って、早めにベッドに横になった。
さあ、もうこの話はこれで終わり。生きている限りは最後まで楽しく生きないと損だ。
考えてみれば、二度目の人生を生きているだけでも御の字なのに、これ以上の贅沢を望んではいけない。
たとえ殿下ともっとお近づきになりたいと思っても。
殿下は私を守ってくれると宣言してくれた。あの約束がいつまでも続いてくれたらいいのに……。
そう思いながら、私は眠りに落ちた。
「モニカお嬢様、お手紙が届いております」
翌日、朝食を終えたころに使用人が一枚の手紙を持って来た。
「誰からですの?」
「皇太子殿下からのお手紙です」
「えええ!?」
私が叫んだ事でその場の空気が一気に冷えて固まった。ざわつく心を抑えて、震える手で手紙の封をペーパーナイフで切った私は、手紙の内容を見て動きを止めた。
「モニカ、なんて書いてあったのかしら?」
「そ、それが、お茶会のお誘いでしたわ……」
冷えて固まった空気は、まるで真夏の日差しを受けたかのように一瞬にして溶けた。
「まああ! 良かったじゃない。殿下に気に入られたのね。これまでの婚約者候補達は、みんな一度会ったきりだったみたいなのよね~」
嬉しそうにお母様がはしゃいでいる。初めて聞く話だ。何で私にだけ?
私が疑問符を浮かべて首を傾げていると、お父様が聞いてきた。
「モニカ、殿下にはいつも私達に言っているような事を言ってはならんぞ。変な妄想をする人物だと思われては敵わんからな」
「いつも言っている事とは、私が転生者だという事ですか?」
「そう。それだ」
「もう言いましたわ」
「……それで、殿下は何と?」
「え? ええと……私が転生者でも必ず殿下が守って下さると……」
改めて自分で言ってみると、とても恥ずかしい。顔から火を噴きそうだ。
「そうか。やはり殿下は心が広いお方だったのだな」
お父様は安心したように呟いた。
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