「俺はサル山のボスになる。」

〇本文URL

https://ncode.syosetu.com/n0181gl/6/


〇読みながら感想


 あらすじ感想の際、作品の方向性をいまいち見いだせなかった一作ですね。

 それだけに謎めいたオーラがあります……

 さっそく読んでいきましょう。



 物語はあらすじにも出ていた「僕」の一人称で進んでいきます。

 「僕」の家に高校の旧友である真田と小林が集まり、3人で宅飲みをするシーンからスタートです。


>「小林、服部の連絡先持ってる?」

 ほろ酔いの僕はスルメをかじりつつ尋ねた。

 「服部? サル山に行けば会えるでしょ」

 相変わらずのドライな口調で小林は最後の缶ビールを開けた。

 「じゃあ、小林も服部の連絡先を知らないんだ」

 「俺だって知りたいんだけどねぇ」



 おっ、会話がするすると入ってきますね。

 服部の居場所が分からないことを皮肉で愚痴るところ、リアリティを感じます。



>「案外、サル山は俺たちの比喩なのかもよ」

 「僕らがサル山?」

 「ほら、うちの教室って授業中うるさかったでしょ。まさにサル山」

 「確かに服部、うるさい奴の筆頭だったな……」

 「昼によくバナナ食べてたし」

  本人不在の場で貶されまくる服部に、僕は少し同情する。

 「じゃあ服部は、今頃俺たちの中で一番すごい男になってるのかな」

 「まあ、服部がそんな高度な比喩を使うとは思えないけどね」

  おい、そのへんにしといてやれ。



 出ましたよ、男同士の酒飲みあるある、「昔あったくだらないことをあえて深く考察する」現象。

 こういう無遠慮な会話が飛び出すのは、それだけ付き合いが長い証拠でもありますね。実体験のある男読者は多いはず。


 この後も会話文メインで進んでいくのですが、適宜みんなの動作を一文で挟んでるので、特に詰まることなく映像として流れていきました。

 おそらく作者はこういった会話テンポが得意なのでしょう。自信がうかがえます。



>「何でもいいから情報ないかな」

 「こないだは電波が悪かったからな、どこにいるかまでは……」

 「真田、服部と電話したの?」

 冷静な小林は、真田の何気ない一言を聞き逃さなかった。真田は一瞬間をおいて首を振る。真田は昔から嘘が下手だ。



 物語が転調したのはここからですね。

「僕」(ここら辺ではじめて山村と呼ばれ苗字が判明)は真田にしつこく電話番号を聞きます。その理由というのが、



>「服部、指名手配されてるんだ」

 一瞬で凍り付いた部屋に、僕の声がよく響いた。



いきなりの新情報。

もちろん、これには全員が動揺を隠せない様子。


読者目線から見ると、やたら服部の事情に詳しい「僕」こと山村がだいぶ異質な存在に映りますね。いきなり「服部はロシアから密輸された拳銃を売りさばいていた」なんてことを実は最初から知っていた、という存在になりましたから。

この突飛な感じはあえて狙ってやっているのでしょうか……。


その後、話は「なぜおバカな服部が警察と自分の客、両方から上手く逃げられているのか」という話題に移り、電話番号を知っていた真田が怪しいという流れに。

そこで更なる新情報が開示されます。

 


>「だって、山村って警察官だもん」



「僕」が職業を話していなかったにもかかわらず、小林はその場の流れから推理して彼が警察官であることを見抜きます。

 といっても、事件の裏の事情に詳しすぎるのと、小林が「僕」に対して強請りが目的なら通報するといったのに動揺が見られなかったからという、割と勘に頼った部分が多いですが。

 ともあれ、山村が事情に詳しい理由は判明しました。



>「真田、服部の話を山村にしてあげなよ。これ以上信頼できる相手、他にいないよ」


 小林がこう言うと真田はとうとう観念し、服部を自分の家に一泊させていたことを白状します。


 そして最後のどんでん返し。



>「カマをかけて正解だったよ」



 ここまで場をかき回した小林が実は服部から銃を買った客だったと自ら明かし、「僕」こと山村に拳銃を突きつけ、真田に服部の連絡先を教えるよう脅迫したところで終了です。

 カマをかけた、というのは山村が警察官だと推測したことと、真田が服部の行き先を知っていることの両方に対してでしょうか。

 憶測じみた推理の理由はそういう訳だったんですね。



〇気になる点



 最後まで読んだことで、この物語の方向性が分かりました。

 なるほど服部本人はいわゆるシンボルで、裏で動き回る彼を山村・小林・その他の登場人物たちが争奪戦をするわけですね。


 実は僕、あらすじ感想のとき「なんかワンピースっぽいタイトルだけど冒険譚じゃないんですね」と言ったのですが、理解しましたよ。

 

 ホシである服部を争奪し合う群像劇で、最後は全員が集うクライマックス。なるほどそれならこのタイトルにも合点がいきます。

 面白さが分かると一気に興味を惹かれますね。

 恐らく「サル山のボス」というニュアンスから、結末は心に虚無を残すものになるかもしれませんね。





 個人的に引っ掛かったのは二点。

 一つ目は基本的に情報の後出しジャンケンだったこと、二つ目はあらすじで方向性を示さなかったことの是非です。


 一つ目に関しては、僕が実況形式で逐一コメントをしながら読んでいる影響もありますが、「物語をひっくり返すとっかかり」が4000字の中で詰まりすぎてる印象があります。

 僕が物語に入っていく前に、登場人物しか知り得ない新情報で二転三転していった感じです。


 例えば山村があらかじめ「今はゴシップ記者をやっている」と2人に身分を偽っていたら、何か事件を追っているイメージがあるので、警察官だと分かる唐突感は薄れたかもしれません。

 小林からすればカマをかけてるので唐突なのも仕方ないのか、とも思いました。

 ただ僕としては、段々畑に明かされていくよりも、ある程度流れがすっきりしてるのが好みなので、どうしても気になってしまいました。



 二つ目に関しては、本文を読んだからこそ余計に疑問符が大きくなってしまいました。

 僕はミステリー自体、中高時代に東野圭吾や西村京太郎を少し齧った程度しか読んでないためお約束ごとを全く知らないのですが、ここまで抽象的でなくてもいいのでは? というのが感想です。

 たまたま手元にあったのが西村京太郎著「恐怖の金曜日」だったので引用してみます。



〈金曜日の深夜、2週続けて若い女性の殺人事件が発生した。

 残された手がかりから犯人の血液型はB型と判明。

 十津川警部の指示の下、刑事たちは地道な捜索を続けていた。

 そんな中、捜査本部に「9月19日 金曜日の男」とだけ便箋に書かれた封書が届き――当日は何事もなく、夜が更けたかに見えたが、翌早朝、電話が鳴り響いた。

 若い女性を恐怖のどん底に落とし込んだ姿なき犯人とは……。〉



 このように最初のストーリーラインを見せても「気になる謎」は残せると思うんです。タイトルに合わせた不穏な「金曜日の男」という便箋のおかげでぐっと興味を惹かれます。

 これを踏まえて、「サル山のボス」も抽象的な面を保ちつつ、「金貨財宝の山」「密輸した銃の流通テリトリーの山」のような、フェイクにも見える具体的な例示があっても良かったかもしれません。

 そして個人的には「群像劇」であることを明記してもいいかな、と思います。

 というのも、この作品のウリは「各人が服部を追って、読み合いだまし合いを繰り広げる争奪戦」にあると感じたからです。

 なぜ「群像劇」、「争奪戦」と言い切ってしまうのか。

 それはタイトルをそれとなく「海賊王に、俺はなるッ!」に寄せたことには意味があるんじゃないかと勝手に期待しているからなんですけど(笑)。




 


〇総評

「読めば分かる面白さ」があり、ポテンシャルの高い作品だと感じます。

しかし小説家になろうの影響もあって、今やだれでも気軽に小説を投稿できる時代。数年前よりずっと小説というコンテナンツが溢れかえっています。


 書き出し祭りでは問題にならなくても、より広い場で競うとなったとき、このあらすじで読者を引き込み切れるかは正直微妙ではないかと。


 繰り返しますがこの作品、一話を読ませるところまでいけば、結末まで読ませられる潜在能力があると思っているので、「読む前から絶対に俺に合う、面白い」まで持っていけるキャッチがあればなお良かったです。



ありがとうございました。

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