第四幕 体験入団
さて、次は俺、「魚の人」の自己紹介をしようとした際、それは届いた。
「こんばんは。すみません、魚の人さん、今ちょっとお話よろしいでしょうか?」
俺宛に届いた内緒チャット。その相手は<初心者支援>ギルドのギルドマスター、「アンナ」さん。
(珍しいな?いつもはメールなのに。)
<初心者支援>ギルドは、文字通りの活動を行う所だ。
初心者の明確な定義は無いが、現在のCFOにおいては大体LV60くらいまでみたいな認識が多い。
つまりLV60程度までのプレイヤーに対し、初心者が陥りやすい敵やクエスト、ダンジョン攻略の支援や情報の提供。PTの斡旋やギルド自体に慣れてもらうという事を主目的に行っていると聞いている。
ちなみに、自分が実際会うのは数回だけど、ギルドマスターであるアンナさんのLVも73と上級プレイヤーの一角。かつ可愛い女性アバターという点からもか、初心者の域を抜けても在籍しているプレイヤーは多いと聞く。
CFO始めたて、MMO含めゲーム自体初心者の声や力になりたいと言う想いから創った<ともしび亭>と似通った観念である事から、時折情報を交換したり、よりその人に合ったギルドを体験してもらうなどしている。
「ギルドには入ってみたいけど、いきなり大所帯は不安」とか「他のギルドメンバーとなかなか活動時間が合わない」と言ったことはないだろうか?小規模かつ夜中は、誰かギルメン、少なくともギルマスはいる<ともしび亭>はいかがでしょうか?」
・・・唐突な宣伝文句はともかく、要するにアンナさんとは「初心者向けギルドのギルドマスター」としての交流はある。
だが、その大抵はメールでのやりとり。アンナさんの活動時間が主に昼、俺は夜なので、いつの間にかそうなった。
なので内緒チャットは珍しい。
「・・・と思ったけど、ごめ、内緒が入ったわ。ちょっとまた外すね。」
「ズコーーーー!w」
「あ、はい、どうぞ」
「・・・やはりHiroか。間が悪い。」
2ギルドのギルメンに断り、チャットに専念するため再び部屋の隅へ行く。
ところでたかみさん、あなたそんな風に思ってたんですね。
メンバーの一般チャットが聞こえない位置で、俺は内緒に返信する。
ちなみに、別に一般チャットが聞こえる範囲でも内緒チャットはできるが、・・・一般チャットで気になる会話があると専念しにくくなる。
かつ、一般で思わず突っ込んでしまった後、そのまま内緒と間違えてチャットしてしまったことがあるので、少なくとも今はこうするようにしています・・・あの時はあせったなぁ・・・
「アンナさんこんばんは。内緒なんて珍しいですね。どうしましたか?」
「あ、はい。えと、<ともしび亭>への入団希望者と言うか、その・・・あの、良ければ私のルームまで来てもらっていいですか!?」
え?
俺は戸惑ってしまった。いや、女性(と思われる方)からの急なルームへの招待だからと言う訳ではない。・・いや、ちょっとはあるけど。
まず内容として、うちへの入団希望者の斡旋自体は何度かあったのでおかしくはない。
ただそれも、メールで「○○さんが希望してますのでよろしくお願いします。」とプレイヤー名を教えてくれたり、たまに「この人はどういった人でギルドにどんな希望をもっているのか」みたいなコメントがあるくらい。
初めて会った頃は、俺のLVは50でアンナさんも50台、かつどちらのギルドもまだ小規模でギルマスとして比較的のんびりできたため、何回かPTを組んでMOB狩りやダンジョン攻略をしたことはある。
ただ、それもお互いのギルドの規模が大きくなり、自分はともかくアンナさんのギルマスとしての仕事が増えたことから、ほとんど実際会う事は無かった。先日のギルマス会議が久々と言った感じだ。
なのに、いきなりのこの誘い。普段、温厚冷静なアンナさんの様子がちょっとおかしいのもあり、色んな意味で気になる。
(でも俺、今、一応自己紹介中だしなぁ・・って、ん?)
ふと、ある事に気づいた。
(・・・ともしびとボルケのメンバー同士の紹介終わってるし、別に俺、自己紹介必要なくね?)
そうだよな。俺はどっちのギルドにも所属してるし、会おうと思えばいつでも会える。今回の集まりはいわば俺を「ネタ」にした2ギルドの交流だ。それはもう果たしたと言っていいだろう。
(・・・まぁ、細かい質問があるとしたらその都度答えるという事で・・・よし、理論武装完了!)
「わかりました。ちょっと今、ギルメンと話してるんで、断ってからそちらに向かいます。」
「・・すみません。お待ちしてますね。」
俺は承諾の旨を返すと、今いるギルメンに断りを入れる。
「ごめん。<初心者支援>のギルマスさんから、入団希望者の件で話があるので来て欲しいって内緒があった。悪いけどしばらく離れるんで、自己紹介はまた今度ってことで。」
「お~、なんかギルマスっぽいこと言ってるぞ~~」
冷やかすギル。ギルマスやっちゅうねん。
「<初心者支援>のギルマスって、」
「先日ギルマス会議でお見掛けしたアンナさん・・・おっとりお姉さん系のかわいい女性でしたね。」
「やはり女か。・・・この、エロ魚め。」
あれ?何となく視線が・・・特に女性陣からの視線が痛いぞ?
「・・たかみさん、やっぱり俺のこと嫌いでしょ?」
「・・・まさか。いいリアクション芸人と思っている・・・」
「わーい、光栄です。・・・誰が芸人やねん!!」
「え?マスター、普段、芸人って」
「ああ、芸人だよ!!」
「どっちやねん!!w」
「「「wwwww」」」
あー、突っ込みまくってちょっと時間食っちゃった。あんまりアンナさん、待たせるのも悪いな。
「と言う訳で行ってくる!!ライアス、後は任せた!」
「長引くかもしれないから、基本解散で。このルームは好きに使ってくれていいから!」
「・・・わかった、行ってこい」
「じゃあみんな、お疲れ!」
<「魚の人」さんがルームを退出しました。>
「う~ん、ギルマスしてるなー」
「・・・意外・・・って程でもない?」
「あー、言われてみれば、なんだかんだ面倒見いいところあったからなぁ」
ギルとたかみがそんな風に評する中、
「・・まぁ、流石に当分は戻ってこないと思うし、」
エル様がそんな前置きを置いて尋ねる。
「・・・ともしび亭のみんなは、率直にどう思ってます?ただの魚と思ってたギルマスが、実はトッププレイヤーの一人だった件について」
「ただの魚とかw」
ライアスの突込み。
「・・・まぁ、びっくりしたのは事実ですが、案外納得してるところもありますかね?」
「俺も同感です。普段おちゃらけてるけど、やることはやるし知識も豊富なんで、むしろ納得です。」
唯とKlessが答える。
「え、そう?俺はそんな上級者みたいに感じてなかったから。マジかって感じなんだけど。」
「・・それは多分、私たちに合わせてくれてるんだと思います。」
テルの言葉に、ミアが自分の考えを言う。
「私が以前<ボルケーノ>にいた頃は、ギルドチャット見てもほとんどよくわからなかったし、レスポンス?速度も速かった気がします。・・もちろん、当時は今以上にここのことがわかってなかったからもあるでしょうが、今でもついて行けるとは思えません。」
「マスター、Hiroさんや他の方もなるべく私の質問に答えようとしてくれましたが、説明が難しそうでした。・・今思えば、おそらく質問が初歩的過ぎて、どこから説明したものかと困ったんだと思います。」
気持ち深呼吸して、ミアは続ける。
「だからなるべく、その人のレベル、この場合知識的レベルに合わせてマスターは教えたりしてるんじゃないかと思います。・・これは私の予想なのですが」
「・・・・・それはあるかも知れません。」
GANTZがミアの言葉に共感する。
「Hiroは前にこんな風に愚痴をこぼしてました。「まだゲームに慣れてない人に説明するって、難しいのな。・・・俺も昔は初心者だったのになぁ。」と」
「Hiroさんがそんなことを・・・」
静かに驚くNao。
「だからあいつは<ともしび亭>を創ったんだろう。トッププレイヤーでも<幻の六人目>でもなく、ただの「魚の人」として。・・・まぁ、あいつはそんなこと自分から言わないが。」
唯一、新ギルドを創ることを告げられていたライアスが返す。
「そんな経緯が・・・」
エル様が地味に感極まっている。
「・・・さーって、今あいつに会うと微妙だから、言われた通り解散だな。GANTZとエル、89D行けるか?」
「今からか・・・まぁ、行くが」
「お供しますっす!!」
「何気にエル様、89なんだよなぁ・・」
「・・・ギル、Naoっち、こっちも86回して追いつこう。」
「おー!・・・まて、盾は?」
「・・・これも修行」
「やらせる気だ―――!w」
「まあまあ、・・自分も盾、練習しますし。」
ライアスが代表して、<ともしび亭>の面々に挨拶する。
「それでは<ともしび亭>のみなさん、今日はこれで失礼します。・・会えて嬉しかったです。これからよろしくお願いします。」
「<ともしび亭>を創ったのはHiro」という事を唯一知っていたライアスは、何気に感慨深くなりつつ、ギルドの仲間と共にこの場を去った。
「こっちはどうします?」
「・・ああいうの見せられたらやる気でるわよね。私たちも行きましょう!」
「だな、俺も行くわ。」
「・・私はちょっとクエ進めたら、今日は落ちようと思います。ご一緒できなくてすみません。」
Kless、唯、テルがLV上げに向かおうとする中、ミアは申し訳なさそうに断る。
「わかりました。お疲れ様です。」
「ありゃ残念。次は一緒に行こうねー。お疲れ!」
「お疲れ――!」
「お疲れ様です。」
そして一気に自分以外いなくなったミアは、ここのルーム主のことを考えていた。
(<初心者支援>のマスターの方と、どんな話をしてるんだろう?)
「すいません、お待たせしました。」
「あ、魚の人さん、突然およ」「あー、ホントに魚だ―――!」
かしこまるアンナさんの挨拶に、かぶせるかのような突然の物言いに俺はたじろぐ。な、なんだ?
見ると、アンナさんの隣に別のアバターがいた。記憶にある限り初めてみる顔だ。
「こら、失礼ですよ。」
「あーい、すんませーんw」
言葉では謝りつつも、悪びれてはいない様子。ふむ、初対面でこれは。
だが、このアバターだとたまにこういったことはあるので、そこまで気にはならない。・・・精神衛生上、悪気はないと思っておこう。
「えっと、アンナさん、そちらの方は?」
「あ、そうですね。・・ほら、自己紹介しなさい。」
「ういっす。」
ふむ、このやり取りから見るにアンナさんのリアルの知り合いとかかな?
「「レイ」です。種族は猫。LVは45とまだ低いですが、期待の新人プレイヤーでっす!」
・・・そーきたか。
「「魚の人」です。種族は見た目通り魚人族。LVは50です。よろしくお願いします。」
俺は無難な初対面の挨拶で返す。
「ご丁寧にありがとうございます。・・えっと、私の自己紹介もしますか?」
「「え?」」
思わず、初対面のプレイヤーとハモった。
それはそうだろう。俺とレイさんは初対面だが、二人を引き合わせたアンナさんは自己紹介する必要などもちろんない。
・・・前々から思ってたけど、この方、天然要素かなり多いよね。
同じように思ったのか、レイはあっけに取られつつ、返答する。
「いや、アンナは自己紹介しなくて大丈夫なので、うん。」
「・・そう・・・」
何故か若干寂しそうなアンナさん。えっと、
「そうそう!アンナさん、そろそろ用件の詳細をお願いします。」
「あ、はい!そうでしたね!」
居た堪れなくなり、俺は用件を促した。
「用件と言うのは、そこにいるレイを<ともしび亭>に体験入団させてほしい。という事です。」
「体験入団ですか?いえ、それは、いつも通りいいんですけど・・・」
ギルドへの「体験入団」というものは、このCFOのシステム自体には存在しない。だが、プレイヤー間の慣習のようなもので当たり前にある。ギルド勧誘の文言の常套句の一つともいえる。
要は「体験でーす」とギルドに入り、1週間なりそのギルド生活をやってもらい、合いそうなら入団したまま。もし合わないようなら「すいません。他も体験してきます。ありがとうございました。」みたいに去るのは、まあ定番だ。
今の例えは人情味が無いと思う人もいるだろうが、実はまだましな方である。中には「合わないんで他いきまーす」と正直すぎる人もいたり、何も言わず退団する人も多い。
・・これは稀なケースだが、「セクハラ発言が多いプレイヤー」や、いわゆる「荒らし」「地雷」と言ったプレイヤーは、ギルド側から弾くこともある。・・かく言う俺も、何人かやったことがある。
つまり、体験入団自体は何も珍しいことではない。実際、これまでもアンナさんの紹介で体験入団をし、そのまま残ってくれた人、合わない、他も見てみるといったふうな感じで去る人もいた。
・・・中には、俺自身からまた別のギルドを勧めたケースもあったが、これは今回関係のない話である。
「・・何故、今回に限って、俺にレイさん本人に直接会わせようと?」
「・・・察しが良いじゃん。助かるわ。」
試すようなレイさんをたしなめ、アンナさんが話を切り出す。
「ひょっとしたら察しているかも知れませんが、レイは私の、・・リアルの知り合いです。」
ああ、当たってたか。だったら、
「・・CFOには私から誘った訳では無いですが、たまに話をしている内に興味を持ったのか「自分もやりたい!」と言ってくれました。」
「正直私は嬉しくて、でも、いきなりギルドに入れるのも何だなぁと思い、たまにですが2人でPTを組んだり、ここの基本を教えたりしてました。レイはCFOは初心者ですが、他のMMOの経験はいくつかあったので、まぁ、すんなりなじみました。」
「自分、期待の新人なんで!」
アンナさんの言葉に横槍を入れるレイさん。・・うん、お調子者っぽいのもわかった。
「それで、自然の流れというか、自分のギルドに入るよう言ったのですが、断られてしまって、」
「断られた?」
「人聞きが悪いなぁ、アンナ。」
レイは心外とばかり、訂正する。
「自分はこんな風に言ったんだよ。「まぁ、アンナのギルドに入るのも悪くないけど、それだとなんかつまんないから、別のギルドも見させて!」って。」
あー、何となくわかるわ。
「・・それは、「リアルの知り合いの所にいるのは色々やりやすいけど、ゲーム的にはどうなん?」と言った感じかな?」
「そうそう、それ!いやー、さかなんはわかってるわー。」
ホント人見知りしないなぁ。ところで、さかなん、流行ってるのか?
「・・・まぁ、魚さんがそう言うならなんとなくわかります。とにかくそういった次第で、お願いできませんか?」
「自分、信用無いー(泣」
「まぁ、断る理由も無いですし、お受けさせて頂きます。」
「ありがとうございます!」
「多謝!」
いえいえ。
「じゃあ、早速<ともしび亭>に入ってくれるって事で、勧誘飛ばせばいいのかな?」
「あ、こっちから・・送りましたw」
俺はギルドウインドウを開き、入団希望者を確認する。「レイ」、確かにいる・・仕事が速い。もちろん俺は許可する。
<「レイ」さんがギルド<ともしび亭>に入団しました。>
「・・・流石ギルマス。他のメンバーに確認とかしないんだ?」
「・・俺に限らず、うちのメンバーは、基本、誰も聞かないよ。」
「「えっ?」」
質問したレイさんと聞いていたアンナさんが、同時に驚いた様子。そんなもんかなぁ?
「自分がみんなに言ってるんだ。「自由に勧誘してきていいよ。ギルドに貢献してくれそうとかそう言うの無しで。それこそリアルの知り合いでも個人的に気が合った人でも。」
「ただし、人を増やそうとか周りがたくさん勧誘してるからとか思って、いい加減そうな人は連れてこないでね。そこは信用してる。」
レイさんとアンナさんが、ゴクリと唾をのんだ気がした。
「・・・でも万が一、「ギルドに入るまでは猫かぶっていた」とか「詐欺まがい」「荒らし」や迷惑行為をする人がいたとしても、自由加入した人含めて、対処は自分が行います。
それが言った張本人であり、ギルマスの責任だと思うんで。
・・ってな訳で、気楽に勧誘おなしゃす!」とか言ってますw」
うわー、語ってしまった。ダサいな・・・;;
「「・・・・・・・」」
レイさんとアンナさんから返答がない。あ、引かせちゃったか?
慌てて俺は、実務的な会話にもっていく。
「えっと、レイさん。アンナさんがあんまり教え無さそうな事、そうだなぁ・・・前衛フォームの心得を差し当たり教えるとかでいいかな?自分のできる範囲で。」
「・・・レイでいいです。」
「ん?」
「・・・さんはいらないです。呼び捨てでいいです。これからよろしくお願いします。魚・・・マスター。」
おー、意外と言っちゃなんだけど、実は礼儀正しい?さすがアンナさんのリア友なだけはあるなぁ。
「こちらこそ!魚でもなんでも好きに呼んでくれていいよ!レイ、
<ともしび亭>へようこそ!!」
こうして<ともしび亭>に、体験入団者「レイ」が加わったのである。
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