02.花が咲く

 歌姫、フィオン・フィオナ・フェクタがステージに立つ。

 それだけで観客席が熱気に包まれるのがわかった。

 1曲目は、エイサ・エトワールが作詞をした曲だ。

 ゆるやかに前奏が流れ始める。フィオンが歌い始めると、会場の空気が変わった。ふわりとやわらかい風が吹き抜ける。地平線に近いところで恒星がまたたき、空の色が青から緑へと変わってゆく。


 フィオンは、エイサの屋敷で見た光景を思い出していた。

 鉱石ランプに照らされた深海の部屋。エイサは、会いたいひとへのメッセージとしてこの曲の歌詞を書いたと話してくれた。

 彼は、きっとその相手に会えたのだろう。

 エイサの屋敷がある湖の周りには、たくさんの花が咲いていた。

 だから、フィオンは祈りを込めて歌う。これから先も、ずっと会えますようにと。



 ♪ ああ、今年も野に花が咲くよ

   あの白い花は あなたの笑顔のよう

   夢の中で あなたは優しく微笑んでいる

   花を抱くように あなたの手を取りたい


   ほら、波が寄せては引いてゆく

   穏やかな曲線は あなたの髪のよう

   夢の中で 繰り返しその名を呼んでいる

   波のように あなたをさらってしまいたい


   ねえ、あのさえずりが聞こえる?

   美しい鳴き声は あなたの歌声のよう

   やわらかな唇から こぼれる優しい声

   鳥たちのように この想いを伝えられたら


   そう、僕はいつも夜空を見上げる

   星のまたたきは あなたの瞳を彩る輝き

   星に祈りを 会いたい ただ会いたい

   その瞳に 僕の姿を映すことができたら


   空へ向かって 手を差し出す

   祈るように 焦がれるように


   この宇宙のどこかに あなたがいる

   この手がもどかしく 宙をさまよう


   ああ、今年も花が咲く



 歌は終盤に差しかかる。

 フィオンの歌声に合わせて幾千もの光が降りそそぐ。それはまるで白い花びらが舞っているようだった。

 そのとき、たくさんの彗星カラスがコンサート会場の上空を飛んだ。

 青く透き通った羽根先が光を透かして、こもれびのようにキラキラと輝く。それはまさしく銀河の輝きに似ていた。

 観客たちは、新しい演出かと驚いて空を見上げる。


 彗星カラスの群れの中に、一羽だけ胴体が銀色に染まっているカラスが見えた。

 そのカラスが「ガァ」と鳴くと、それを合図にするように彗星カラスたちは大きく旋回し、宇宙へと向かって飛び立っていった。

 フィオンは空へ向かって大きく手を振る。

「ありがとう!」

 観客から大歓声が上がった。

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