05.彗星カラスは歌う

 キャロル、そして最初に案内してくれた警備員と合流をして、皆はレストランをあとにした。

 最後の最後までエイサが熱心にアリバイを植え付けていたせいか、カルペディエム宇宙港を出るその瞬間まで、警備員はなにひとつ疑う様子なくフィオンたちを見送った。


   ◆ ◆ ◆


「はぁ、疲れた……」

 ユユはぐったりとテーブルに伏せた。

「ちょっとユユ。よそのお宅にお邪魔しているのに、行儀悪いわよ」

 見かねてエイサが注意をするが、キャロルが笑って答えた。

「どうかお気になさらず。狭い家ですが、ゆっくりしてくださいね」


 グリーズからの連絡によると、フィオンの自宅や事務所の周辺にはまだ記者がうろついているのだという。ましてや、歌姫失踪という尾ひれをつけて情報を漏らしたホテルなど信用できるはずもなく、やむなくフィオンはキャロルの家に泊まることとなった。

 エイサたちは近くの宿を予約しているものの、これからのことを話し合うためにキャロルの家へ集まっている。


 情報端末を開いて通信を開始すると、画面いっぱいにグリーズの姿が表示された。

『フィー! 無事だったか!』

 彼は、今にも泣きそうな表情のままぐいっと顔を近付ける。

 フィオンがにこりと笑って手を振ると、彼はうんうんと頷いて目元をぬぐった。

 どうやら、管制塔に忍び込んだことや風の吹きつける点検用通路を渡ったことは話さないほうがよさそうだ。ただでさえ彼はコンサートの準備に追いやられ、記者たちに追いかけ回されて精神を削られている。これ以上余計な心配をかけては身がもたないだろう。


「例の彗星カラスに目印をつけました。胴体に、簡単には落ちない特殊なペンキを付着させています」

 ユユが手短に報告する。

 それを聞き、グリーズは確認するように尋ねた。

『ということは、誰の目からもその彗星カラスだとわかるようになるということですか』

「はい、そうです」

 ユユは一度頷き、話を続けた。

「これでカラスたちから情報を集めやすくなると思います。ですが、明後日のコンサートは間に合わないと思っていただいたほうがいいでしょう」


 しかし、グリーズはきっぱりと言い切った。

『コンサートは中止せず、予定通り行うことにします』

「……え」

 思いがけない言葉にユユが呆然としていると、彼は淡々と説明をした。

『スポンサーとの兼ね合いもあり、今の状態でコンサートを行うよりも中止にするほうがかえって難しいのです。また、すでに遠くの惑星から惑星オラシェへ向かっている参加者の方も大勢いらっしゃるでしょう。それこそ、全宇宙から来ているはずです。今さら中止の発表をすれば、かえって混乱を招くおそれがあります』

「…………そんな、」


 言葉が見つからず黙り込んでしまったユユのかわりに、エイサが尋ねる。

「ミスター・グリーズ。それは声の出ない状態で歌姫をステージに立たせるという意味でしょうか?」

 グリーズはそれを肯定した。

『コンサートまでに声が戻らなければ、そういうことになります』

「……そうですか」

 それ以上はなにも言わず、エイサは口を結んだ。


 コンサートを中止にするならまだしも、声の出ない歌姫をステージに立たせれば、当然のごとく事務所の信用はガタ落ちになる。フィオンも批判されることは免れないだろう。それどころか、下手をすればもう二度とステージに立つことが許されなくなってしまう可能性もある。

 しかし、事務所の決定はそれだけではなかった。

 彼女が声を失ってしまったことと、その経緯をコンサートの場で公表するのだという。

 さらには、彗星カラスに賞金を懸ける旨も説明されるという。


「それではあまりにリスクが高過ぎます」

 画面に向かって、エイサが強い口調で言う。

『リスクとおっしゃいますと?』

「宇宙を自由に行き来する彗星カラスが歌姫の声を持っていて、その声には充分な利用価値がある。それだけでもあのカラスを捕まえる動機になります。ましてや、彗星カラスの声は他の知的生物ロゾーと交換することもできる。もしそれを知っている人がいたら、最悪の場合は――」

 そこまで言いかけて、エイサは口をつぐんだ。

『たしかに声を狙う輩は多いでしょうね。それも含め、すべて承知の上です』

 グリーズの静かな声が部屋に響く。


 エイサは気遣うようにフィオンに視線を向けた。

 彼だけではなく、ユユも、ドゥドゥも、キャロルも心配そうな顔をしている。

 フィオンは皆を安心させるために微笑んでみせた。

『それでは、わたくしはコンサートの準備がありますので、これで』

 これ以上話すべきことはないと判断したのか、グリーズは一方的に通信を切った。

 部屋に静寂が満ちる。


「……ごめんなさい」

 ぽつりと、ユユが呟いた。

 彼女は5つの目を潤ませ、しおれた花のようにうなだれている。

「僕はこんなことのためにカァグを銀色に塗ったわけじゃない。こんなことのために宇宙港の職員さんたちを騙したわけでもない。たくさんのカラス語のメモを書いたのも、エイサ君の相談や依頼に応じたのも、……学生時代にたくさん本を読んだのも……僕は、僕は…………」


「馬鹿なことを言わないでちょうだい」

 強い口調でエイサが言った。

 彼はまっすぐにユユを見据え、尋ねる。

「手は尽くしたでしょう? あなたも、歌姫も。ドゥドゥだってそうだし、キャロルさんも最善を尽くした。おそらく、ミスター・グリーズもそうだと思うわ」

「……うん、そうだね」

 ユユは力なく頷いた。


「歌姫」

 エイサに呼ばれ、フィオンはおずおずと顔を上げる。視線が合うと、彼は確認するように尋ねた。

「あなたは知っていたのね」

「…………」

 小さく頷くと、彼は深いため息をついた。

「……相談くらいはしてほしかったわ」

「ごめんなさい。急な決定だったんです」

 そう応えたのはキャロルだった。

「ここまでご尽力してくださった皆さんには申し訳ない決断だと思っています。……しかし、グリーズも相当悩んだ結果の結論だと思います」


 そうでしょうね、とエイサが呟いた。

「……いいわ。これからどうすべきかを考えましょう」

 彼が考え込むように頬杖をつくと、遠慮がちにキャロルが言った。

「あの……。ひとつ、気になることがあるのですが」

 エイサが視線で促すと、彼女は状況を思い出すように言葉を続けた。

「あの彗星カラスは、皆さんに追われているということを知りながら、その次の日には宇宙港で歌っていたのですよね?」

「そういうことになるわね」

「自分の居場所がわかってしまうのに、なぜそんな目立つことをしたのでしょう? それに、歌姫の声だとわかっているなら尚更です。声を狙う人もいるかもしれないのに」


 彼女の問いに、皆は顔を見合わせた。

 カァグは目立ちたがり屋なのだとばかり思っていたが、改めて考えると、テレビなどに映し出されることは彼にとってハイリスクなはずだ。

 それも、彼の性格なら「勝手に撮るんじゃねぇ!」と騒いでもおかしくなさそうなのに、映像を見る限りではまるで映してくれと言わんばかりの様子だった。それどころか、彼自身が歌姫に取ってかわろうとさえしていなかったか。


 フィオンは、ふとカァグの言葉を思い出した。

 ――この声で金を稼げると思ったのに。

 彼はたしかそのようなことを言っていた。シリウス・ペンを取り出し、フィオンはそのことを皆に伝える。

『そういえば、あの彗星カラスから、お金を払えるなら声を返してやってもいい、と言われました。でも……私が払えるような金額では到底足りない、と』


「ええっ」

 驚いて声を上げたのは、キャロルだった。

 彼女は恥ずかしそうに口を手で塞いだが、その反応を見ればカァグの要求している金額が途方もないものであることは想像がついた。もっとも、カァグ自身がその金額を理解しているかどうかまではわからないが。

「……そういえば、あたしも同じことを言われたわ」

 そう呟いたのはエイサだった。

「そんな大金、どうして必要なのでしょうか……」

 戸惑うようにキャロルが呟く。


 そのとき、それまで静かに聞いていたドゥドゥが言った。

「あの、もしかしたらなんですが」

 まばたきをひとつすると、彼は慎重に言葉を続けた。

「……もしかして、仲間を探したいんじゃないでしょうか」

「仲間を?」

 エイサが聞き返す。

「テレビとか広告とかを使って、自分がここにいるっていうことを仲間に知らせたかったのかもしれません。でも、全宇宙に放送するとなるとすごくお金がかかるんですよね?」


 その発言に強く反応を示したのは、それまで口を閉ざしていたユユだった。

「そっか!」

 彼女は勢いよく立ち上がり、天井へ向かって両手を突き上げた。

 そして壊れたスピーカーのようにベラベラとしゃべり始める。


「ああ、きっとドゥドゥ君の言うとおりだ! そしたら全部つながるじゃないか! 彗星カラスは群れで生活する生物だ。それなのに、このあたりではカァグの他に彗星カラスを見かけることはなかった。ただの変わり者なのかと思っていたけれど、そうか、隕石群衝突のときに仲間とはぐれてそれっきりになっていたのか。でも、彼のワープ能力だけでは、宇宙のどこにいるかもわからない仲間を探すことができなかった。……ああ、なんでもっと早く気付かなかったんだろう。だからカァグは、歌姫さんの声があれば仲間を探すための資金を稼げると思ったし、自分がここにいるということを知らせたくて目立とうとしたのか! 管制塔で巣を見たとき、どうして青い物を集めているんだろうって思ったんだ。それも、仲間の羽根の色を偲んでいたってことなのかもしれない」


 そこまでしゃべって急に恥ずかしくなったのか、彼女はすとんと腰かけて小さな声で言った。

「……つまり、そこからまた新たな解決策が見つかるんじゃないかって、ことなんだけど」


 怒涛のごとく展開されたユユの推論を聞いて、フィオンはテレビに映っていたカァグの姿を思い浮かべた。彼は、仲間を探すために歌っていたのか――。

 その姿が、かつて家族と故郷を失った幼い頃の自分と重なった。

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