04.青い巣

 震える指先で、フィオンはすべての階のボタンを押していった。

 こうすれば行き先がわからず、しばらく時間を稼ぐことができるだろう。


 あっというまに下の階へ到着し、滑るように外へ出る。

 目の前に小さな鉄の扉が見えた。

 その扉はとても重く、フィオンが全身の体重をかけるとようやく開いた。その先に見えている細い通路は、どうやら設備を点検するためのものらしい。

 足を踏み出したとたん、強い風が吹きつけた。さらわれないよう手すりをしっかり握る。エイサの巻いてくれたスカーフがほどけそうになり、咄嗟に押さえる。


 少し歩くと、その奥に青い塊が見えた。

 よく見るとそれは、青色のゴミを集めて作られた巨大な鳥の巣だった。

 どこからか拾い集めてきたのだろう。知的生物ロゾーの服や布の切れ端、綿、クッション、タオルなどの布が敷き詰められている。

 その光景を見た瞬間、フィオンは強い違和感を覚えた。


『彗星カラスは森で暮らす。彼らは群れで生活している。とても仲間意識が強く、餌を見つけると互いに報せ合う。日中は単独行動をすることも多いが、ねぐらへ帰るときは声をかけ合い同じ森で眠る。彼らの翼の先端は、青空ではあまり目立たない。しかし、暗い森の中では青い光を反射し遠くからでもよく目立つ。仲間を見つけやすくするためのものだと考えられている。森に入るときは充分に気をつけること。彗星カラスに話しかけてはいけない。この惑星では彼らに言葉を教えることを禁止している。彼らは利害関係に敏感な生き物だが、多くの場合は個体の利益よりも群れ全体の利益を優先する』


 古い資料映像の中で青い髪の青年が語っていた言葉は、そういう内容だったとユユから聞いている。

 本来、彗星カラスは群れる生き物なのだ。

 しかし、この惑星では他の彗星カラスを見かけない。ここはフィオンの故郷からは遠く、とても遠く離れている。


 フィオンは青い巣を見つめたあと、ユユにメッセージを送った。

 巣をみつけたこと。管制塔へ向かうエレベーターへの道筋。なぞなぞの答え。そして、最上階でエイサが引き止められているということ。

 手短な言葉でそれらをまとめると、ゆっくりと巣に近付いていく。


「てめぇは本当にしつこいなァ」

 ふいに、声が聞こえた。

 よく見れば、巣の中央に真っ黒なカァグの姿が見えた。彼はエイサの屋敷で見たときよりも衰弱しているようだった。ぐったりしていて覇気がなく、威勢よく悪態を飛ばしていた姿からは想像もできなかった。

「あーあ。てめぇの声にはガッカリだぜ。知的生物ロゾーどもは俺の歌を聞きつけてやって来るくせに、飽きたらすぐにいなくなっちまう。せっかくこの声で金を稼げると思ったのになァ」

 カァグはぼやくように呟く。


 どうすることもできず、フィオンは黙ってその言葉に耳を傾ける。

 すると、カァグはゲッゲッゲッと笑ってこちらを睨んだ。

「……そうだなァ、俺が言うだけの金を払えるんなら、声を返してやってもいいぜ。だが、てめぇごときが払えるような端金はしたがねじゃァ到底足りねぇけどな」

 また下品な笑い声を立てるのかと思えば、カァグは弱々しく吐き捨てるように言った。


「へえ。こんなところに巣を作っていたとはね」

 うしろからの声に振り返ると、ユユの姿があった。その手に大きな銃のようなものがあり、フィオンはぎょっとする。

「ケッ、変態学者め。てめぇまで来やがったのか」

 カァグの悪態を無視して、ユユは言葉を続ける。

「盲点だったよ。こんなに風の強い場所には巣を作らないと思ったんだけどなあ。ねえ、なんでここを選んだの?」


 その問いに、カァグは心底馬鹿にした様子で答えた。

「決まってンだろ。また隕石が落ちてきたら仲間に教えるためさァ」

「……仲間って?」

 視線をめぐらせるが、近くに彗星カラスの姿は見当たらない。

「話の通じない奴め!」

 そう叫ぶとカァグは翼を広げて飛び上がろうとした。


 次の瞬間、ユユが引き金を握る。

 銃身から飛び出した弾がカァグを直撃し、胴体に銀色のペンキがべっとりと付着した。

「それね、特殊な溶剤じゃないと落ちないんだよ」

 そう言ってユユはニタリと笑う。

 しかし、カァグはそれを無視して空へと飛び去ってしまった。


 通路の下へ銃を投げ捨てると、ユユは少し疲れたように呟いた。

「さて。目的を果たしたし、戻ろうか」

「…………」

 遠ざかる黒い翼を見送りながら、フィオンは頷いた。


   ◆ ◆ ◆


 管制塔のエレベーターで一番下まで移動し、そこで一度ユユと別れることにした。

 エイサにメッセージを送ると、フィオンの見ている前ですぐにエレベーターが最上階へ動き、また下りてきた。中から出てきたのはエイサと管制塔の職員、そして、新たに呼ばれた警備員の三人だった。


「ああ、よかった。迷子になったのかと思った」

 フィオンの姿を見て、エイサが真っ先に口を開く。

 そして職員と警備員を振り返り、続けざまに言った。

「ね、言った通りだったでしょう? この子おっちょこちょいなんです。こんなことはもう日常茶飯事で。お騒がせしてごめんなさい」


 今度こそ身分証を確認されるかと身構えたが、意外なことに二人とも笑っていた。

「いやあ、会えて良かったね」

「もうはぐれないように気をつけてくださいね。通路までお送りしましょう」

 思わぬ反応に、フィオンは一瞬きょとんとしてしまった。

 カァグと対峙しているあいだ、どうやらエイサはうまく二人を丸め込んだらしい。いったいどんな話術を使ったのだろう。初対面では厳しい顔をしていた管制塔の職員が、今は笑顔で手を振り見送っている。

 警備員も、何事もなかったように二人の案内を申し出た。


「ここ、迷路みたいで驚いたでしょう」

 笑顔で話しかけてくる警備員に、エイサがしれっと答える。

「ええ、とても。こうして案内してもらわなければ、あっというまに迷ってしまいそうです」

 その反応に満足したらしく、相手はうんうんと頷く。


 複雑に入り組んだ場所を抜け、レストランや展望台へ向かう通路が見えてくると、にぎやかな喧騒が戻ってきた。

 そのとき、突然声をかけられた。

「あっ! 二人ともこんなところにいた!」

 見れば、そこには腰に手をあてて立つユユの姿があった。


 彼女は通路の奥に視線をやり、エイサに尋ねる。

「もしかして管制塔まで行ってたの? たしかに『最上階で待ち合わせしよう』って言ったけどさ、そっちじゃなくてレストランのことだったんだけど!」

 ユユの芝居に気付き、エイサは即座に応じた。

「ああ、どうりでどこにもいないと思ったら、そういうことだったの?」


 エイサは、通路を案内してくれた警備員を振り返り、恥ずかしそうに言った。

「どうやら行き違いがあったみたいです。案内していただけたおかげでスタッフと合流することができました。ありがとうございます」

「いえいえ、お役に立てたようで嬉しいです」

 相手は爽やかな笑顔でそう答えた。


「警備員さんを待たせてるから、早く戻ろ!」

 ユユがぐいぐいと二人の手を引く。

 はいはい、と応え、エイサはふと振り返る。

「……できれば、このことは現場責任者の方には秘密にしていただけると嬉しいです。勘違いをして立ち入り禁止の場所へ行ってしまったなんて知られたら恥ずかしいので……」

「ええ、わかりました」

 相手がそれを了承するのを見て、エイサは微笑んだ。

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