02.行ってらっしゃいませ

 警備員を先頭に、ぞろぞろと施設内の通路を歩いてゆく。

 フィオンは念のため少し離れて一番うしろをついていくことにした。


「そういえば、今朝のニュースで知的生物ロゾーの言葉を話すカラスの映像を見たのですが、そのカラスはまだここに?」

 通路を歩きながらエイサが尋ねると、警備員は「ああ」と笑った。

「やはりみなさんもあのカラスが気になりますか」

「ええ。聞くところによると歌姫のをするそうですね」


 すると、警備員は鼻にしわを寄せた。

「いやいや。あれは私も聞きましたが、ひどいものです。やはり所詮はカラスですな」

「一度見てみたいですね。今も施設内にいるのですか?」

「いやあ、普段は外にいるようなのですが、いつも知らないうちに入り込んで騒いどるんですわ。どこかに巣でもあるんじゃないですかね。まったく、けしからん鳥です」

 そう言って彼は語気を荒くする。

 宇宙の希少生物も、どうやら彼にかかればたちまち害鳥扱いになってしまうようだ。


「餌はどうしているのでしょうね? まさか、利用客からかすめ取っているとか?」

 横からそう尋ねたのはユユだった。

 警備員は少し考えてから、ふと思い出したように言う。

「……そういえば、レストランの従業員が面白がってカラスに残飯をやっているようなことを聞きましたな」

「ふむふむ」

「ただまあ、カラスがフィオンさんのことを口汚くののしるらしくて、あいつを嫌ってる者もおりますが」

「……なるほどぉ」

 苦笑いを浮かべつつ、ユユはなかば強引に会話を切った。


 どうしたのかとフィオンが視線を向けると、ユユの隣を歩いていたエイサがにこやかに言った。

「それはそれは。ただちに捕獲して一枚残らず羽根をむしってやらなくてはいけませんね」

 その口調に、フィオンは背中がぞくりとした。

 顔は笑っているが、言葉の温度があまりにも低い。おそらくエイサはワープに巻き込まれそうになったことでカァグに怒りを抱いているのだろう。

 しかし、警備員はそれを冗談だと思ったらしく「まったくですなあ」と笑うばかりだった。


   ◆ ◆ ◆


 一行は、カフェやショップや展望台などの他、ユユの希望で連絡通路や非常口なども見て回った。

 警備員は「こんなところまで下見されるんですか」と不思議そうだったが、エイサが適当な理由をつけて納得させていた。

「そういえば、報道陣の姿を見かけませんね」

 キャロルがそう尋ねると、警備員はよくぞ聞いてくれましたとばかりに胸を張った。

「今日は皆さんがお見えになるので、設備点検のためという名目で報道関係者の立ち入りを禁止しているのですよ」

「……そうでしたか。それは助かります。ありがとうございます」

彼女が丁寧に礼を伝えると、相手はますます調子づいた。

「いえいえ。フィオンさん専属のスタッフともなれば、報道陣にも顔が知られているのではと思いましてね。鉢合わせしてはご都合が悪いでしょうから、現場責任者であるこの私みずからそう判断させてもらったのです」


 そんな会話をよそに、ユユがひらりと地図を開いた。

 それはこのカルペディエム宇宙港内の様子を表したもので、宇宙船の発着所やインフォメーション、待ち合わせ場所、施設内にある店舗名などが記されている。

 ユユは無言のまま、指先で一点を指す。

 それを素早く確認したエイサが、警備員に声をかけた。


「……あの、もう一度見学させていただきたい場所があるのですが、よろしいですか?」

 キャロルと話をしていた警備員はふと振り返り、頷いた。

「それはもちろん……、どちらですか?」

 エイサはすっと目を細めて答えた。

「レストランです」


   ◆ ◆ ◆


 エレベーターで最上階まで昇ると、肉を焼く匂いがふわりと漂ってきた。それに、濃厚なソースの香りも。

 案内板には『左:レストラン 右:展望台』と書かれている。どちらも一度訪れた場所だったが、エイサとユユは迷うことなくレストランの方へと進んでゆく。

「美味しそうな匂いですね」

 ドゥドゥが鼻をひくひくと震わせた。

「お食事にしますか? 夕食には少し早いかもしれませんが、今のうちなら空いているでしょう」

 警備員の提案に、ユユはにこりと笑った。

「素晴らしいですね。見晴らしも最高ですし、さぞかし素敵なディナーになるでしょう。まさに……いや、心が躍ります」

「はは。高級レストランのチェーン店なので、ここの料理をわけてもらっているカラスも小躍りをしているでしょうな」

 そう言って警備員が笑ったそのときだった。


「あら? 財布がないわ」

 突然、キャロルが声を上げた。

「それは大変だね。どこに落としたか覚えてる?」

 ユユの問いに、彼女は首を大きく横に振る。

「いいえ……。困りました。社員証も入っているのに。下見を始める前はたしかにあったので、通ってきた場所のどこかに落としたんだと思います」

「それはいけない。すぐに探しに行ったほうがいいよね」

 ユユがそう言うと、キャロルは頷いて警備員を見つめた。


「ごめんなさい、一緒に探してもらってもいいですか?」

「それは構いませんが……他の方は?」

 そう尋ねる警備員に、エイサが答える。

「大勢で動き回るとかえってそちらのお手間になってしまうと思うので、私たちはレストランの中で待たせてもらうことにします。お手数をおかけして心苦しいですが、うちのスタッフをお願いできますか?」

「わかりました。お任せください」

 そう言って強く頷き、警備員はキャロルを連れてエレベーターに引き返した。


 その姿が完全に見えなくなると、ユユは感心したように言った。

「さすが歌姫さんの名前を出すと違うねえ。身分証もノーチェックだもんなあ」

「カラスの巣がどこにあるのか、わかった?」

 エイサに尋ねられ、彼女はすらすらと言葉を並べる。

「凡カラスには見つからない高い場所。雨風をしのげる場所。適度な温度と湿度の場所。ライトの光が直接あたらない場所。知的生物ロゾーが立ち入らない場所。このレストランに近い場所」


 フィオンからシリウス・ペンを借りると、ユユは地図を広げ、いくつかの個所を〇で囲った。

「……いくつか候補があるんだけど、もう少し絞れたらなあ」

 そう言って彼女はうなる。

 いくらキャロルが時間を稼いでくれているとはいえ、のんびりもしていられない。警備員が戻ってくるまでに彗星カラスを見つけるのが最善で、機を逃がせば以後の接触は難しいものとなるだろう。


「レストランで働いている人に聞けばヒントがわかるかもしれないけれど、警備員が戻ってきたときにあたしたちがどこへ行ったのかすぐにバレてしまいそうね」

 エイサがそう言うと、ドゥドゥが提案をした。

「……それなら、僕が聞いてみましょうか?」

 彼は、鼻を動かしながら言葉を続ける。

「注文のときにそれとなく話をしてみます。そのあいだに先生たちは心当たりを探してみてください。僕がここに残れば、もしキャロルさんたちが早めに戻ってきても少しは時間が稼げるでしょうし」

「でもドゥドゥ、あたしは……」

 そう言いかけたエイサに、ドゥドゥは首を振った。


「正直に言いますと、ここの料理を食べてみたいというのもあります」

「……まあ」

 エイサは困ったような顔をして、でも、くすりと笑った。

 次の瞬間にはもう、彼はいつもの澄ました表情に戻っていた。

「じゃあ、お願いするわ」

「はい。行ってらっしゃいませ、先生」

 丁寧にお辞儀をして、ドゥドゥはエイサたちを見送った。

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