第五章 対峙

01.歌姫失踪の噂

 フィオンたちは宇宙船に乗り込み、ふたたび惑星オラシェのカルペディエム宇宙港へと降り立った。

 大きな施設だけあって、やはり利用客は多い。

 目立たない服装にして正解だったとフィオンは安堵したが、エイサはさらにその上からストールとスカーフで念入りに包み隠し、さらには帽子と眼鏡まで装着させ、ユユに「心配性だなあ」と呆れられていた。


 四人は無機質なライトグレーの通路を歩いていった。

 搭乗口の付近では細長く感じていた通路も、案内板が見えて他の分岐と合流するたびに少しずつ幅が広がってゆく。それにしたがって周囲に見える利用客の数も増えていったが、フィオンに気付いている者はいないようだった。


 エレベーターに乗り込み、一階へと向かう。

 エントランスが迫ってくると、フィオンは宇宙港でカァグと遭遇したときのことを思い出した。――不安で動けなくなっていたフィオンをその場から連れ出してくれたのは、エイサだった。もし彼がいなければ、いずれ立つことさえままならなくなっていただろう。


 一階に到着して歩き出すと、声をかけられた。

「……フィー?」

 そこにいたのは、背中に四枚の羽根をもつ女性だった。

 彼女はフィオンが所属している事務所の一員で、数日前にもこのカルペディエム宇宙港へ旅行鞄を持ってきてくれたスタッフだ。


 こくりと頷いてみせると、彼女は走り寄ってきてフィオンを抱きしめた。

「フィー、本当にごめんなさい。初めて行く場所なのにたったひとりで心細かったでしょう。まさか声が出なくなっていただなんて知らなくて……」

 よほど心配していたのか、背中の羽根がふるふると震えている。

「…………」

 フィオンはゆっくりと首を横に振った。

 そして、シリウス・ペンで文字を書く。


『心配してくださってありがとうございます。でも、だいじょうぶです。エトワールさんも、ドゥドゥさんも、ユユさんもそばにいてくれました』

「……そう。そうだったわね」

 彼女はエイサたちに向き直り、深く頭を下げた。

「みなさん、フィオンを助けてくださってありがとうございます」


 そんな彼女の手を、両手でしっかりと握ったのはユユだった。

「いえいえ、どうしたしまして! それからはじめまして! 僕は鳥類を専門に研究をしている動物学者のユユ・シャクといいます。どうぞユユとお呼びください。声を取り戻せるまで僕がしっかりサポートいたしますので、どうかご安心ください!」

 その勢いに気圧けおされつつも、スタッフは微笑んだ。

「……ユユ博士ですね。はじめまして、キャロルと申します。ご協力感謝します」


 キャロルはさっそく事務所の現状について説明を始めた。

「本来ならばグリーズが出向く予定だったのですが、事情により下手に動くことができなくなってしまったのです」

 そう前置きをし、彼女は順を追って話してゆく。


 歌姫の声で話す彗星カラスの話題が出始めたとき、報道関係者たちはあまり気に留めていなかったらしい。

 ところが、その噂は予想以上に人々の関心を集める結果となった。そのうえ、ここ数日のあいだ誰も歌姫の姿を見ていないという噂までもが出回るようになってしまったのだという。予定されていたリハーサルに顔を出していないのだから、当然のことだった。


 そうなると、堅く口止めしていたはずのホテル関係者や警察関係者などのあいだから歌姫失踪を匂わせるような情報が少しずつ漏れ、報道各社はますます興味を持ったらしい。

 フィオンの事務所へ問い合わせをしてくる報道陣はまだ可愛げがあるが、なかには事務所の出入り口や自宅付近にまで張り込む報道関係者もいる有り様だという。コンサートの準備に加え、グリーズはその対応に追われているということだった。


「やっぱりオラシェを離れていたのは正解だったわ」

 ため息まじりにエイサが呟く。

 フィオンもその考えには同意だった。

 もし、街中でマイクを向けられたら、声の出せないフィオンはうまく対応できなかったかもしれない。ましてや、カァグに声を渡してしまった直後のショックから立ち直り切れていない時期だったとしたら。


「宇宙港側には、プロモーション映像の撮影に使いたいので下見をさせてほしい、と説明してあるそうです」

 歩きながら、キャロルはそう説明する。

「ある程度は自由に歩けるのかな?」

 ユユがそう尋ねると、彼女は頷いた。

「撮影に使えそうな場所をこちらで探して決めたいという条件なので、おそらくそうだと思います。ただし、警備員がつくとは思いますが……」

「上出来です。ありがとうございます」

 ユユはにこりと笑った。

「それじゃあ、手筈てはずどおりにいきましょう」

 エイサの言葉に、皆が顔を見合わせて頷く。


 関係者以外立入禁止と書かれた扉の前まで来ると、キャロルは立ち止まった。

 ノックするとすぐに中から返事があり、警備員の制服に身を包んだふくよかな男性が出てくる。彼はこちらをざっと見回すと「おや、もしかして」と呟いた。

「こんにちは。本日はプロモーション撮影の下見の件でおうかがいさせていただきました。お忙しい中、貴重な機会をいただき誠にありがとうございます」


 キャロルが用件を告げると、相手はたちまち笑顔を浮かべた。

「ああ、フィオンさんの関係者の方ですね! ようこそいらっしゃいました」

「よろしくお願いします。こちらはスタッフの身分証です」

 そう言ってキャロルは人数分の身分証を手渡す。

 彼女の視線が、探るように警備員の手元へ向けられた。フィオンの分として渡した身分証は顔立ちの近いスタッフのものを借りてきている。もしここで別人だとバレてしまったら、言い訳をしなくてはならない。


 だが、相手は手元の身分証をろくに確認もせず、上機嫌で話し続けた。

「いやあ、世間では歌姫失踪だなんてうわさも聞きますが、こうしてスタッフの方が下見にいらしたということはガセだってことですな! はっはっは!」

 その言葉にフィオンは肝を冷やしたが、キャロルは涼しい顔で答えた。

「あら、そんな噂があるんですか? 私は今日も会いましたが、本人はコンサートが近いので忙しいだけだと思いますわ」

 警備員はそれを信じた様子で、うんうんと頷いた。


「なるほど、人気者は大変ですなあ。そういえばあさってのコンサート、うちの娘のデイジーも楽しみにしているんですよ」

「それはありがとうございます。今のお話、歌姫に伝えてもよろしいですか? きっと喜びます」

「おお、ぜひぜひ! あのフィオンさんとこういう形で関われるとは、光栄ですなあ」


 ひとしきり愉快そうに笑ったあと、彼は思い出したように人数分の通行証を手渡した。

 身分証もあっさりと返され、フィオンは胸をなでおろした。

「よろしければ私のおすすめ撮影スポットを案内いたしますが、いかがですかな?」

 警備員の言葉を聞き、キャロルが目配せをする。

 ユユが小さく頷いたのを見て、彼女もまた頷いた。

「助かります。ぜひお願いします」

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