06.星の並びは旋律のよう

 テーブルの上に、たくさんのメモが散らばっている。

 ユユはせっせとペンを動かし、次々とメモを量産していた。それらのメモには、惑星名と地域名、そして、カラスの言葉を表しているらしき発音記号が書かれている。


 そのメモをつまみあげ、エイサは眉をよせた。

「どうしてこんなに量があるの? あたしはひとつしかメッセージを作らなかったはずよ」

「そりゃ、地域によって方言が違うもの」

 ユユは手を動かし続けながらそう答えた。

「方言って?」

「凡カラスのさ。知的生物ロゾーにだってたくさんの言語があるじゃないか。それと同じだよ」


 そう説明されても、エイサはどこか不安そうだった。

「これを歌姫が全部読み上げるのよね?」

 ユユが量産したメモは、テーブルの上の分だけでも三十以上はありそうだ。それらを一瞥し、ユユはこともなげに頷いた。

「そうなるね」

「読み上げは最低限で済ませて、録音した音声を編集するわけにはいかないの?」

 エイサがそう尋ねると、ユユは作業の手を止めて彼を見た。


「何十倍も時間がかかっていいなら、そうしてもいいけど。編集の機材も必要だね。それと、十人くらい手伝いが欲しいかな。でも、カラスの言葉がわかる研究者がそんなにたくさんいるかどうかは僕にもわからないよ」

「…………」

「まあ、そんな悠長なことをしていたら、マネージャーさんが言っていたコンサートには間に合わないだろうね」

「…………」


 そう言われてもなお、エイサは引き下がらなかった。

「わかっているの? 彼女の喉には金額がつけられないほどの価値があるのよ。もし声を取り戻しても、喉を傷めてしまったら元も子もないわ。たとえ今は声が変わっているとしても、無理をさせないでちょうだい」

「わかってるって」


 二人の会話にいても立ってもいられなくなり、フィオンは思わずテーブルをこつんと叩いた。

 それに気付いたユユとエイサが振り返る。

「どうしたの、歌姫さん」

 ユユに尋ねられ、フィオンはシリウス・ペンで走り書きをした。

『大丈夫です。いい発声練習になります』

「ほら。当の本人がこう言ってる」

 肩をすくめてそう言うと、ユユはふたたびメモを書く作業に戻った。


 だが、エイサはなおも心配そうな視線をフィオンに向ける。

「……無理はしないでね、歌姫」

『はい。お気づかいありがとうございます』

 シリウス・ペンでそう書いてみせると、ようやくエイサは安心したように微笑んだ。

「過保護なんだよなぁ」

 ユユがエイサには聞こえないようにぼそりと呟いた。

 残念ながら、その意見にはフィオンも賛成するしかなかった。


「最後に彗星カラスを見たのは惑星オラシェだったっけ」

「ええそうよ。カルペディエム宇宙港ね」

「じゃあ、オラシェから近い順にメモを並べ直して」

「星図が必要ね。取ってくるわ」

 仕事部屋へ戻ろうとするエイサを、フィオンは引き留めた。

 コンサートであちらこちらへ移動することが多いため、地理は得意だ。メモを拾い上げ、それらをリズミカルに並べていく。


 星の配置は音符の配置と似ている。

 規則性があるようで、どこか気まぐれで。無機質なようで、命が宿っているようで。静謐なようで、歌うようで。

 音符をたどってメロディを歌うように、メモを並べて惑星の並びを再現してゆく。


 メモの内容をじっくり見ると、カラスの言葉は隣同士の惑星で似通っていたり、同じ惑星でも地域が違うだけで大きく異なっていたりすることがわかる。

 フィオンがメモを並べ終える頃、ユユの作業も一段落ついたようだ。

 今度はマイクやカメラといった機材をせっせと設置し始めた。やはり万全の態勢で研究資料の記録に臨むつもりらしい。

 グリーズに設置を依頼したマンティスアイ・カメラもすでに三か所増えているらしく、「さすが仕事が早いなあ。しかもいい場所に仕掛けてくれてる」と嬉しそうにユユが頷く。


 情報端末の電源が入ると、画面に森の中の映像が映し出された。

 注意深く見ると、ちらほらと黒いものが映っている。

「彼らは、うちの研究所の近くに棲んでる凡カラスなんだ」

 友達でも紹介するかのような気軽さでユユが言う。

 彼女の情報端末は、広げるとティーセットを乗せるトレイほどの大きさがあり、森の中の様子がよくわかる。


 彼女が情報端末のキーを押すと、画面は別の森に切り替わった。その上部に惑星名と地域名が書かれていて、それはフィオンの手元にあるメモに書かれたものと一致していた。

「ここのカラスたちは今出かけているみたいだね」

 ユユにそう言われ、フィオンは一番上のメモをよける。

 ユユがボタンを押すと、また別の風景が映し出され、今度は黒い影が画面にちらりと映った。大きさからして凡カラスのようだ。


「よし、じゃあ読み上げてみようか」

 ユユが機材の録画ボタンを押し、合図を出す。

 ひとつ頷いてみせ、フィオンは手元のメモに書かれた発音記号の通りに読み上げる。


   ガァ ガァガァ ガー

   ガッガッガッ

   ガー ガー ガー


 すると、画面のなかのカラスのうち何羽かがこちらを――正確には、マンティスアイ・カメラのレンズを――見た。


 もう一回! とユユがジェスチャーで合図をする。

 フィオンはもう一度同じ内容を読み上げた。

 すると、一羽のカラスが舞い降りてきて、マンティスアイ・カメラのレンズをのぞきこんだ。

 画面いっぱいに表示されたカラスの姿にフィオンは一瞬たじろぐ。しかし、ここで引くわけにはいかない。


 ふたたび、ユユが「もう一回!」のジェスチャーをする。

 フィオンが読み上げると、そのカラスは「ガァア!」と鳴いた。

 そして、そっくり同じ鳴きかたを繰り返した。


   ガァ ガァガァ ガー

   ガッガッガッ

   ガー ガー ガー


 たちまち他のカラスたちからも「ガァ!」「ガァ」「ガァア」と声があがる。

 そして、遠くの方で別のカラスが同じ鳴きかたをしているのが聞こえ、さらに遠くでまた同じ鳴きかたが繰り返されているのが聞こえた。


 ユユは満足げに頷き、次の惑星へとカメラを切り替えた。

 こちらにもカラスの姿があり、ユユの合図でフィオンはメモを読み上げる。今度は「カァ」と呟くような鳴き声で返事があった。

 カラスはばさばさと羽ばたき、どこかへ消えて行った。

 彼もまた、仲間たちに不穏なメッセージを報せに行ったのだろうか。


 またユユが画面を切り替えると、カラスの姿が見えた。

 フィオンは地域名を確認し、メモの内容を読み上げる。

 そのようにして、カラスの姿を確認することができればメモを読み上げ、何も映っていなければ飛ばして次の地域に切り替えるという作業を続けていった。


「あれっ?」

 ふと声を上げたのは、ドゥドゥだった。

 録画中であることを思い出し、彼は慌てて口を塞いだが、ユユもすぐに録画を止める。

「どうかしたの?」

 エイサが声をかけると、ドゥドゥはためらいがちに言った。

「……いえ、すみません。今映っていたのってうちの近所じゃないかなと思って」

「え? あらやだ、本当だわ」

 画像を見て、エイサも驚いた顔をする。

「そりゃまあ、

 しれっとユユが言う。


 フィオンは画面の中の森を見つめる。

 故郷の星にも森があったが、そういえば両親からは「森へ行ってはいけない」と言われていた気がする。一度だけ兄とふたりで遊びに行き、そのあとひどく叱られたのを思い出す。

 もしかしたらそれは、彗星カラスのような生物と接触しないようにするための言いつけだったのかもしれない。でも、それを教えてくれる家族はもういない。


「まあまあ。ここで最後だし、とりあえず読んで終わりにしようよ。それじゃ、歌姫さんよろしくね~」

 そう言ってユユが素早く録音ボタンを押すので、エイサとドゥドゥは黙るしかなくなる。

 フィオンは慌てて手元のメモに視線を落とし、それを読み上げる。

 この惑星のカラスたちはおしゃべりらしく、フィオンの言葉はあっというまに伝達されていった。


「ふ~う、おつかれさま!」

 そう言ってユユが画面を切り替えた途端、騒音が耳をつんざいた。

 凡カラスたちが、興奮したようにギャアギャアと鳴いて飛び回っている。

 それは、最初にメモを読み上げた惑星の画像だった。

「おっ、やった!」

 ユユが興奮して画面にかじりつく。

「なに、どうしたの?」

 エイサが尋ねると、ユユはにやりと笑った。

「彼らはこう言っている。――見つけた。許すな」


 その不穏な言葉を耳にして、フィオンは思わず緊張のあまり手の中のメモをくしゃっと握り潰してしまった。

 そこに書かれている内容は、知的生物ロゾーの言葉にするならこうだ。


   ひとの声を持つカラスに気をつけろ

   そのカラスはひとをあやつ

   他のカラスたちを滅ぼそうとしている

   一羽のカラスが、すべてのカラスを滅ぼすだろう

   ひとの声を持つカラスを許すな


 ユユが画面を切り替えると、他の惑星のカラスたちも騒ぎ始めていた。

 凡カラスたちはそれぞれ離れた惑星にいるはずなのに、まるで伝染してゆくかのように騒ぎが広まってゆく。

 時間を追うごとにカラスたちの騒ぎは大きくなっていった。

 それぞれの惑星名を注意深く拾っていったとき、フィオンは気付いた。

 その騒ぎは、少しずつ自分たちのいる惑星へ向かって近付いている。

 そして、こちらに到達するのはおそらく時間の問題であるということに。

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