04.(回想)その作詞家の名前は
――隕石群が、こちらへ向かっている。
そう知らされたのは、いつのことだったか。
流星雨が見られるのかと目を輝かせたフィオンに、父は厳しい顔で答えた。やってくるのは銀河規模の大災害であると。
惑星の住民たちは、金や
この頃にはまだ、受け入れ先は充分に確保されていたはずだった。隕石群は夜に望遠鏡を覗き込んでやっと見えるくらいで、いずれこの惑星に巨大な隕石群が直撃するなどと言われても、昼間のあいだは実感がわかなかった。
しかし、半分ほど住民の避難が済んだ頃に別の問題が浮上した。
観測されていた隕石群とは別の隕石群が発見されたのだ。
その規模は最初の予想よりもはるかに大きく、近隣の惑星へ避難していた者たちは再度もっと離れた場所への避難を余儀なくされた。
行き場を失った大勢の者たちが混乱に陥り、宇宙船やその燃料はあっというまに不足した。
隕石群は、もう昼間でも目視できるほどに近付いてきていた。
それも、ひとつやふたつではない。
容易に数十個は確認できる岩石の塊が空に浮かんで見える光景は、ひとびとの心にゆっくりと恐怖を植えつけていった。
フィオンの父は家族を連れてすぐさま宇宙港へと向かったが、そこはすでに大勢の住民たちであふれかえっていた。
誰もが必死の形相を浮かべ、少しでも前へ進もうとしている。身動きが取れず、呼吸さえままならない息苦しさに目がくらむ。
一隻の宇宙船が飛び立ち、続けてもう一隻も飛び立った。
倉庫で解体を待つはずだった古い宇宙船が用意され、その船もあっというまに乗客でいっぱいになる。
あたりには罵声や怒号、悲鳴、嘆き、ため息、鳴き声などが入り混じり、不快なざわめきとなって耳に侵入してくる。
それよりも恐ろしいのは、外から聞こえてくるゴォオオオ……という鈍い音だった。誰に教えられるでもなく、フィオンはそれが隕石と大気の摩擦音だとわかった。
「……乗せて! お願いだから乗せて!」
「おい、押すな! 押すなって言ってるだろうが!」
「早くしろ! 間に合わなくなるぞ!」
「この子だけでも乗せてください……どうかお願いします!」
「お母さん、どこにいるの? お父さん……ぐすっ…………」
搭乗口では、船員たちが苦痛に顔をゆがめながら住民たちを押し返している。
兄に肩を抱かれながら、フィオンはその光景を最前列で眺めていた。宇宙船への入口はすぐそこに見えているのに、船員の大きな手が行く手を阻んでいる。
頭上から船員たちの悲痛な声が響く。
「押すな! これ以上は乗せられない!」
「これ以上重くなると船が飛ばなくなる!」
「もう無理なんだ! わかってくれ!」
その言葉も、住民たちの声であっというまにかき消されてしまう。
「俺たちを見殺しにするつもりか!」
「乗せろよ! その船が最後なんだろう!」
「助けてくれ! まだ死にたくない!」
「ちくしょう、この人殺しめ……!」
「金なら全財産を払う! 頼むから乗せてくれ!」
人だかりは今にもバランスを崩して潰れそうだ。
そのとき、無情にも宇宙船のハッチが上がり始めた。船員たちは押し寄せる住民たちをこれ以上乗せないように睨みをきかせながら、じりじりと後退する。
ハッチが1メートルほど上がったとき、誰かに背中を強く押された。
フィオンはよろめき、とっさにハッチの端にしがみつく。払い落されるかと思ったが、船内にいた船員がフィオンの体を抱え上げ、引き入れた。
閉まってゆくハッチの隙間から、家族の姿が見えた。
父はまっすぐにフィオンを見つめ、母は父に体を預けて泣いているようだった。兄も母に寄り添っている。
フィオンは必死に手を伸ばした。
「いやっ! お母さん! お父さん! やだ、離れたくない! お兄ちゃん、私も一緒にいる!」
しかし、強い力で乱暴に引き戻され、怒鳴られた。
「今戻ったら死ぬぞ!」
その一言に身がすくむ。
ぺたりとしゃがみ込み、フィオンは肩を震わせて泣いた。
その泣き声などかき消してしまうほど、船内でも怒号が飛び交っていた。
「おい、こんなに乗せて飛べるのか!」
「ねえいつ飛ぶの? 早くしないと間に合わなくなるでしょ!」
「そうだ、さっさとしろ!」
「今すぐ出港しますから、全員何かにつかまって!」
その直後、激しい衝撃とともに耳をつんざくような轟音が響いた。
最初の隕石が惑星に衝突したのだ。
――このまま、みんな死んでしまう。
フィオンはそう思った。
だが、予想に反して揺れは少しずつ収まっていった。
アナウンスが入り、宇宙船はからくも惑星を脱出したと告げられた。わずかに歓声が上がったものの、続きのアナウンスですぐにどよめきが満ちた。
フィオンたちを乗せた船は、隕石衝突の影響で操縦機能の一部が――具体的には、航路を大きく変更するための機能が失われたと知らされた。
そのため、目的地を設定して飛ぶことができなくなったのだという。
このままできるかぎり長く飛び続けて、運よくどこかの星に辿り着くしか、助かる方法はなかった。
コントロールを失った宇宙船は、頼りなく宇宙を漂った。
途中でいくつもの惑星とすれ違ったが、どれも
一週間ほど暗闇を飛び続け、船に積んであった水や食料も尽きかけていた。誰も口を開かない。誰もが絶望の表情でただ静かに死を待っていた。
くじ引きをして、外れを引いた者が皆の食糧になるという話まで出ていた。
フィオンも自分に死が近付いていることを強く感じていた。
あのまま、家族と一緒に死んでしまったほうがよかった。何度も何度もそう思った。
そのような絶望の中で、それは聞こえてきた。
ザーザーというノイズ。
それに混じる、高音と低音。
――音楽だった。
どこかの惑星から飛んできた電波放送のようだ。途切れ途切れのメロディが船内に響く。
船内の者たちは、その音に耳を傾けた。
宇宙の闇を漂って飛んでくるその電波は、少しずつはっきりと聞こえるようになっていった。どうやら宇宙船が
やがてメロディラインがはっきりと聞こえ始め、歌詞も聞き取れるようになっていた。
それは、種をまくひとの物語だった。
そのひとは、大地に種をまく。
まいたそばから小鳥がやってきて、種をついばむ。
それでも、そのひとは種をまく。
若葉が出れば虫にかじられ、花が咲けば花泥棒につみ取られた。
それでも、そのひとは根気よく種をまく。
実りの頃には強い雨が叩きつけ、すべてを流してしまった。
それでも、そのひとは種をまく。
あきらめずに、何度も、何度も。
やがて小さな実を結び、鳥たちがその種を運んだ。
植物は遠くへ広がってゆき、やがて惑星は花の色に染まった。
その曲が流れ始めてから、船内の空気が変わった。
誰もがじっとその曲に聞き入っていた。
フィオンも一言一言に耳を傾ける。
その歌詞が、言葉が、自分たちを希望へと導いているような気がした。
宇宙船の救難信号が拾われ、翌日には救助された。
しかし、幼いフィオンはすべてを失った。
家族も、友達も、家も、故郷も、なにひとつ残らなかった。
一人で生きて行かなくてはならなくなった。
なんのために生きているのかわからなくなる日もあった。
そんなときは、あの曲を口ずさんだ。
雑音混じりだった歌声はいずれ記憶から薄れていってしまったが、歌詞とメロディはいつまでも心の中に残り続けた。
その歌詞が、何度もフィオンを支えた。
つまづいてくじけたときには立ち直らせてくれた。
心が暗闇に迷い込んだときには行き先を示す光となった。
深い絶望に沈む夜には、生きろと伝えてくれた。
すべてを失ったフィオンにとって、その曲は宝物だった。
誰にも秘密にしている大切な宝物だ。
フィオンは空へ向かってよくその曲を歌った。
空へ向けた歌声は、いつかその歌詞を書いた誰かに届きそうな気がした。
その詞を書いたひとに、自分の歌声を聞いてほしい。――それだけを夢見て、フィオンは歌姫になることを決心した。
最初は道端や広場など人の集まる場所で歌った。雨の日も風の日も雪の日も歌い続けた。
やがて音楽の仕事をしているグリーズと出会い、歌声を褒められた。
なりゆきで故郷の話をすると、彼はとても心を痛め、どんな努力もいとわないのであれば全面的に協力すると申し出てくれた。そればかりか、子どものいない彼はプライベートでもフィオンのことを孫のように可愛がってくれた。
最初は資金集めに苦労することもあったが、努力は少しずつ実を結んでいった。
名が知られれば知られるほど、フィオンの生活はめまぐるしく変わった。
華やかに栄えた惑星の風景は、故郷の素朴な風景とはあまりにも違いすぎて、どこか現実味がなかった。
そんなときは、空に向かってあの曲を歌った。
歌っているあいだは生きている実感がわいた。
いつしか、作詞家に会う日を夢見て歌うことだけが生きがいになっていたのかもしれない。
そのような生活の中で、フィオンは知ることとなる。
あの日、宇宙船に流れてきたあの曲の歌詞を書いたのは、エイサ・エトワールという名前の作詞家であるということを。
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