第3話 チートなんてなかったんや…

〔ステータス 不憫〕


[は?]

浮かんだステータスに思わず呟くと目の前のニートが首を傾げる。見えないから気になるらしい。いや、それよりもだ。

(えっ、これだけ…?)

明らかに少ない。と言うかそれだけかよ。今時契約書だけじゃなく説明書までびっしり文字が詰まってんのに!?

異世界ってこんなもんなのか!!??

いろいろなところをぽちぽちと触ろうとするがさわれない。

焦っていると、目の前でニートが少し動いて口を開いた。

「おい、何で黙って…


「坊ちゃん!」

バタンと扉が開く。ぎくりとしていると、入ってきたのは赤い目をしたトロイメライだった。薄く涙が光っている。

「ご主人様が、奥様がっ!」






その後、屋敷では五日間に渡り葬儀が行われた。火事で即死だったらしい。夫婦は同じ墓に入れられ、2人の息子は沈んだ顔で立ち尽くしていたが、気丈にも涙を見せることはなかった。


何故かと言うと。




([俺たちを引いた車のリア充が、

まさか俺たちを産んでいたとは…。])



2人は前世の死因を、なんともいえない面持ちで見送ったのだった。



それからというものの、俺とサニー(Inニート)はバレないように頑張った。

立ちそうになる鳥肌を一生懸命落ち着かせ、以前通りの仲の良い兄弟を演じる。

講義終わりには一緒に飯を食い、

練習終わりにハグをし、

仲睦まじく笑い合い、

(風呂を一緒に入るのが一番きつかった。)

そして過ごしてわかったことがある。


前の俺ら距離近くね?



「…家を出よう。」


[俺も思っていた。]


簡単な言葉なら大体の雰囲気で通じるほどになってしまったニートと顔を合わせる。

ニートの顔も俺の顔もげっそりとしていてでかいクマがひっついていた。


しかし、家を出るにも色々と面倒なことがある。

家に使える使用人達の次の働き口の用意、家の相続人又は取り壊し、この街を仕切る予定の貴族への引き継ぎ、有り余る土地や遺産の分割、土地の人達への挨拶回り、今年中の税率計算、俺たちの家が抜けることによる仕事の分担予定、アカデミーへの中退手続き、王都へ書類送検…etc

そして何より、


王さえも納得させる理由の提示!


「面倒くさ…。」


説明を聞いたニートが顔を歪める。


その日の夜、俺たちは死んだ父親の書斎に魔法をかけてこもっていた。


本が山のように積まれたそこは、ギリギリ焼けずに済んだらしい。税収の本によると、税の計算方法が前世(日本)とあまり変わらないことに少し安心する。


[とにかく、理由だ。理由がなけりゃどこにも行けない。]


俺たちのような、今となっては一つの地域を統べる貴族の第一後継者は簡単にここから離れることはできない。

どうすれば…


「王立アカデミー」


バッとそちらを見る。


「王立アカデミー『トラフィックキュリョオウスアカデミア』への入学なら、十分な理由じゃねぇか?」


[は?]


『トラフィックキュリョオウスアカデミア』

創立二百余年の歴史を持つ、王都の中の王立アカデミーでも超有名校だ。入るのは国中から集められた一流の魔術師や剣士のみ。卒業者は大体が英雄となったり、国のお抱え魔術師となる。新しい魔術の研究なども盛んで、国を任される大臣なども夢ではない。


…わかりやすく言うと、と●きょう大学である。


[超難関校だぞ!?東●大学だぞ!??

俺達今、ただでさえアカデミーの成績悪いだろ!!]


手の平にそう書きなぐる。


ここで俺達の状態を思い出そう。

レイニー (俺)(前世、社畜) 

声帯が焼き切れている為、声が出ない。

サニー(前世、ニート)

両目が潰れている為、全盲。


何気なく生活できている?

馬鹿野郎。

声が出ないだけでどんなに大変か、お前ら知らないだろう!慣れるまで大変だったんだからな!

世の中の障害者アンチども!お前の声帯、喉ごと引きちぎってやろうか!!??


ましてや俺たちは、剣士と魔術師である。

剣士はわかるだろう。目が見えない剣士なんてただの金属を振り回す大木だ。子供でも勝てる。

じゃあ魔術師はなぜかって?






…詠唱である。


人間なら一度は憧れただろう。かっこいいセリフで攻撃する自分を。想像していないとは言わせないぞ!それがたとえ黒歴史でもだ。


かく言う俺もそうだった。

何気なくやっていた

「水の精霊よ…」

とか

「ファイア!」

とかが

恥ずかしすぎる。

そして、幸か不幸か俺の喉からは声が出ない。

そのせいで俺はクラスの中でもギリギリ中の下にしがみついている状態だった。

なぜしがみつけたか。

魔術には2種類ある。

『詠唱』と『魔法陣』だ。

『詠唱』がさっきの言葉に魔力を乗せるものだとすると、

『魔法陣』は指に魔力を乗せるものと言える。

描くだけでいいのだ。教科書の魔法陣を正確に写す。それだけであとは誰でも使える。火の魔法陣を描いたら使いたい時に出して

(火欲しいな〜、これくらい燃えて、これくらい持つやつ!)

とイメージするだけでいい。

共通点はどちらも、よりリアルに想像することである。

俺はそれでなるべく点数を稼いでいた。


とまぁ、こんな感じで今の俺たちは落ちこぼれ。


ましてやトラフィックキュリョオウス大学の入学証なんてもらえるはずがない。


「方法ならある。」


その言葉にピクリと肩が動く。ニートはアカデミーではもう崖っぷち。これ以上下がれば留年の筈だ。


[何が]


ニートは目に包帯を巻かれた状態でニヤ、と笑った。




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