子どもの勲章

椅稲 滴

子どもの勲章

 土の中でとる食事もこれで最後か、と、泥臭い根っこから口吻を引き抜いた。

 心持湿った土を掻き掻き地上を目指す。夏は暑くてやりきれない。知らぬ間に、かなり深くまで潜っていたらしい。前足が空を掻くまでにずいぶんと時間がかかった。

 今までせき止められていたものが一気に噴き出すように、目の前が開けた。

 土よりもずっと薄い闇が、逆光になった葉の隙間を埋め尽くしていた。頭上から黒白なグラデーションが始まっている。きっと、背後では日が昇りかけているのだろう。風が下草を撫ぜ、ついでとばかりに俺の頭をかすめていった。

 あまり呆けてもいられない。地面から胴体を引っこ抜いて、手近な木によじ登る。適当な高さで登るのをやめ、体を安定させた。

 さあ、いよいよ正念場だぞ、と気を引き締めたときだ。体全体に、ずるり、と嫌な感触が走った。何が何やら分からないまま、とにかく目の前の幹にしがみついていると、パリ、という音が背中から聞こえた。それを皮切りに、バリバリと背中が破けていく感覚が訪れる。その這い出た何かが、ずしりと俺の背中に密着した。

 押しつぶされまいと踏ん張っていると、目の端に自分の手が映った。色の薄い手だ。向う側が透けて見えた。それに覆いかぶさるようにして在る、色の濃い手。

 ああ、そうか、俺は殻だったのか。虚無感と背中の重みに耐えながら、ひたすら日が早く昇ることを祈った。

 長い長い時間の果てに、ようやく日が昇った。直接それを見ることはかなわなかったが、周囲が燃えるように輝きだすのを見てそれを感じた。

 十分に羽を乾かした本体が、でしなに尿を振りまきながら飛び立った。重みは去ったが、体は動かせない。前よりずっと軽くなったのを感じるのに、幹のしわ一つ分も移動することはできなかった。

 時が経つほどに眩しさを増す木々と空を前に、本体どもの鳴き声の中で、俺はただただ惨めだった。いっそのこと風にでも吹き飛ばされてしまえと、本気で願った。

 その願いは、半ば聞き届けられた。

 葉っぱや草を揺らして現れたのは、何匹かの動物だった。彼らは各々に俺の同胞たちの詰まった籠を下げている。無邪気な笑顔の一人が俺に向かって手を伸ばした。脇腹に、ジトッとした圧迫感がやってきて―。

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