クリスティーンは特別な女性だった

satou

第1話

クリスティーンは特別な女性だった。


幼い頃からその美しさは際立ち、今では街で一番目立つ美人だ。貴族であれ貧民であれ、男たちは彼女に一人残らず魅了されていた。だが誰一人として、その鳶色の瞳を直視できなかった。クリスティーンはあまりにも眩し過ぎたのだ。




クリスティーンは特別な女性だった。もちろん私にとっても。


だが私の場合は、彼女の外見にのみ平伏しているのではなかった。


私はクリスティーンと同い年で、幼少期には同じ地区に住んでいた。当時は同地区の子供同士、名前も知らないのに偶然集まって、一緒に遊ぶことも少なくなかった。


私は同年代の子供の中でも体が小さく、加工業の家に生まれたというのに、生まれつき左手が動かなかった。


ある日、初めて会った子供同士の無邪気な好奇心から、私の左手の話になった。


なぜその左手は、みんなのように動かないのか。


言い出した子供に悪気はなかったのだろうが、私はと言えば、その台詞に震えるほど動揺したのを覚えている。


何か言わなければ。思えば思うほど、喉に何かが引っかかり、目の前がチカチカした。子供たちの無垢な瞳が全身に突き刺さった。


私はついに俯いてしまった。その時、ふと左手を持ち上げられる感触があった。




「この子は、とくべつなのよ」




顔を上げると、そこに天使が立っていた。幼き日のクリスティーンだった。


すでに人離れした美貌を輝かせる彼女の言葉は、天啓のように私と他の子供たちへ降り注ぎ、その場に平穏をもたらした。




私の苦悩を察し、助けてくれたクリスティーン。彼女はその外見と同じくらいに神聖な心の持ち主なのだ。私はそれを知っていて、だからこそ彼女が特別だった。




ある金曜日。その日は広場で市が開かれた。食品のほか、牛や豚といった家畜の販売が行われた。マクレーンという男は、それらの販売員として街へやってきた。


マクレーンはごく平凡な男に見えた。見目が良いわけでも、話がうまいわけでも無い。


だがクリスティーンにとっては、そうではなかったのだろう。


マクレーンを見止め、見開かれた瞳。震える声で話しかけ、紅潮する頬。


クリスティーンを毎日見つめていた男たちはすぐに気付いた。彼女に起こった変化。人が人に寄せる、誰にも止めがたい数奇な感情。彼女が”女”の顔を見せた瞬間は、初めてだった。




マクレーンはクリスティーンの好意に気づくと、たじろぎもせず、それを誇りだした。だが不思議なほど、嫌味ではなかった。


我々が直視できなかった瞳をまっすぐ見つめ、時にクリスティーンをきつい言葉でからかった。彼女に見つめられても平然として、仕事に励んだり酒を飲んだり、いかにも普通だった。しかしクリスティーンには彼の言葉が、態度が、全てが、特別であるようだった。




私の心は深く沈み、灰色に染まった。彼女が遠くに行ってしまうのは時間の問題だとわかったからだ。


マクレーンの左手に腕を巻き付け、幸せそうに目を閉じているクリスティーンを見つめて、私は思った。


なぜなんだ、クリスティーン。なぜその男なんだ。


一人で住む家に戻っても、私の中の空虚な問いかけは続いた。


君は特別だ。街の誇りだ。だがその男は、いかにも平凡ではないか。もっと見目麗しい男も、面白い男も、金持ちの男も、たくさんいるじゃないか。特別な男が。‟とくべつ”な…。


私は己の左手を見つめた。


君の外見だけでなく、内面の美しさを知っている男もいる。この子は特別だと、直接言ってくれたあれは、嘘だったのか。特別だと言いながらも、君が当たり前のように私に声をかけてくれたのが、私はどれほど嬉しかったか…。


そこまで考えて、私はようやく、自分の罪に気が付いた。




クリスティーンがマクレーンと教会に歩いていく。ウェディングドレスに身を包んだ彼女はいつにも増して美しい。多くの人々が歓声を上げて彼らを見送る。私は勇気を振り絞り、人混みを掻き分けた。




「クリスティーン」




クリスティーンが振り返る。幼き日から変わらない鳶色の瞳。私は手鏡を彼女に差し出した。




「結婚、おめでとう」




クリスティーンは少し戸惑ったようだが、結婚祝いの品だと付け加えると微笑んで受け取ってくれた。




「ありがとう」




曇りのない笑顔。左手のない男が突然躍り出てきたと言うのに、彼女に動揺や嫌悪は一切見られない。彼女が鏡の柄を握ると、無いはずの左手に鈍く甘い痛みが走る。




クリスティーンは特別な女性だった。


そんな身勝手な崇拝で、彼女を孤立させ苦しめ、あの日の子供と同じ目で彼女を刺し続けた罰として、自分の‟特別”を切り離した。


肉を溶かし、削った骨を加工して彼女への贈り物としたのは、彼女への恋慕が捨てきれず、傍にいたいと願ったから。彼女が‟特別”と言ってくれたものを捨てるのが、惜しかったというのもある。




今でも時折、無い左手が痛む。そんな時、目を閉じると、彼女が‟私”を握り、その美しい顔を鏡に映しているのが見える。‟特別”に、愛用してくれているようだ。




クリスティーンは特別な女性だった。


私も、今では本当の意味でクリスティーンの‟特別”に収まったと言えるだろう。

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