そこで本当に大麻を使います
「どうするんだよソウタ!」
厨房に戻った
彼の襟元を掴んでグラグラ揺さぶる。ちょっと涙目だ。泣きながら自分より強い相手にぎゃあぎゃあ騒ぐ女の子は可愛いですね。
「どうもこうもねえよアヤヒ。作るんだよ。あと先生って呼べ」
「あんなこと言って美味しいものを作れなかったらどうするのさ! あの役人絶対に食べる以外に趣味の無い陰険な奴だよ! なんか気持ち悪いもん!」
「良いかアヤヒ、俺はいつも思うんだがお前たちエルフのその自覚のない上から目線が、今に至る人間とエルフの間の溝を深めたと思うんだぞ」
「その話は今度の政治経済の授業で聞くよ先生! それより! どうするの!」
二人が騒いでいるのがまるで見えていないかのように、一人のダークエルフの老人が乾燥した草を詰め込んだ
「オウイェー!」
「ウンガヨ! ウンガヨさん! 来てくれたんだな!」
「ねえ誰!? このおじさん誰!? 知らないダークエルフだよぉ! 怖いよぉ!」
「オウイェー!」
ウンガヨさんはごきげんだ。
「この方はウンガヨさん! 村長の友達で大麻栽培の大家だ! ダークエルフにも関わらず国家公認の
「ドラゴンライダー!? 嘘でしょ!? 大英雄じゃん! すいませんでしたウンガヨさん!」
「オウイェー!」
ダークエルフのウンガヨさんはキャアキャア騒ぐ二人に向けてグッとサムズアップした後、ポットを差し出して蓋を開けた。
中に広がるのが乾燥したパセリを捏ねて固めたような緑の塊。
「今回の
ウンガヨさんはそれだけ説明すると満足そうに厨房を出ていった。
「なんだったんだ……ウンガヨさん……」
「ウンガヨさんが魔術の観点から説明してくださったから化学の視点で補足説明をしておこう。このアムニージアヘイズは育てるのが大変なサティバ種の中でも、まだ気候が温暖で大地の栄養も豊かだった神々や竜の時代から形質が変化していない純粋種で、本来ならば遙か北方にある霊山の中腹でしか採れないものをウンガヨさんが栽培実験している最中なんだ。こいつは育てるのが大変な代わりに
――ただ、俺が知る元の世界で聞いたCBDの作用とこの世界のCBDの作用、違うんだよな。
――ウンガヨさんの言うことが違うとは思えないし、この世界と元の世界における学説が違うのかもしれないが。
なんにせよ、今は料理だ。
「ねえ、すごく勉強になったけどこれから料理作るんじゃないの」
「作るよ、大麻ラーメン」
「ラーメン?」
「麺料理の一種だ」
「うわっ! くさっ! 獣臭い! これラーメンに使うの!? マジ!?」
「ああ、豚が無かったので魔猪の骨でスープをとった。
「げぇえ~! 魔猪食うの!? こんな脂っこくて獣臭いもの! エルフは誰も食べないよ! ゲテモノ!」
「ところがどっこい、人間は食う。しかも、大麻の重要な成分であるCBDもTHCも脂溶性だ。油に溶けやすいってことだな。魔猪の油に大麻の有効成分を溶かし出すんだよ」
「脂溶性……あ~普段の化学の授業っぽい話になってきた」
もう一つの小鍋に魔猪の背脂を注ぎ込み、こちらもゆっくりと火にかける。
「ここでポイントなんだが強火にしないことだ。THCもCBDも壊れやすい。そして、
「カルボキシル基って?」
「すげえ大雑把に言うと酸。炭酸……あのシュワシュワするやつ、そういうものがTHCにもCBDにもくっついているんだ。この状態だとちゃんと頭の中まで染み渡ってくれないんだよ」
「そっちのほうが良いんじゃないかな。道義的に」
「あの悪徳役人が満足する料理を作らなきゃ駄目なの分かってるか?」
「そうだったね……」
THC及びCBDの元になっているTHCA及びCBDAからカルボキシル基を離脱させる脱炭処理を行った上で、この二つの有効成分を破壊せずに抽出するには、ラーメンでしばしば使われる背脂が最適というわけだ。
「俺も詳しくは無いんだが、ウンガヨさんが言うには大麻には食欲増進効果もあるらしい。それを聞いて俺はピンと来たよ。大麻背脂マシマシの大盛りラーメンを食べさせればどとんでもないことになるんじゃないかな……って」
「なるほど! この勝負貰ったね!」
「そういうことだ」
「ところでソータ。ラーメンがスープに麺を浮かべる料理だってことは分かったんだけどさ。いつの間に麺とかスープとか……あとその豚肉のエルフ味噌漬けとか用意してたの?」
それを聞かれると
「自前」
「え?」
「本当はな。俺がお家でラーメン作る為の食材だったんだよ……俺が! 故郷の! 味を! 楽しむ為にぃっ! 今晩俺が! 故郷の味を! 変な薬とか入れずに! 楽しく! 健全に!」
「なんか……ごめん」
「良いよ、お前のママから味噌一週間分貰ったし。また今度大麻の入ってないラーメン作るから一緒に食べよう」
そう言いながら颯太は味噌が入った小さな壺を調理台の上に出す。
「えぇ……味噌一週間分って何回作るつもりさこんな臭い食べ物」
「このラーメン一杯に使われる味噌の量は、エルフの家庭が一週間で使う味噌の量と、ほぼ同等になっております」
小さな壺の中の味噌をすべて一杯の丼の中へと叩き込む。
「はーっ!? 馬鹿じゃないの!?」
驚愕するアヤヒの目の前で、鍋の中で温められた魔猪骨スープが丼に注がれる。味噌はスープの中へとあっという間に溶けていった。
「塩分! 脂質! 蛋白質! 糖質! これらは人間が生存する上で常に不足し続けてきた物質だ。故に、脳はこれらを摂取した際にドーパミンやβ-エンドルフィンといった物質を無条件で放出する仕組みができている。相手が人間である以上、これらを摂取した際に脳内に発生する幸福感には絶対に抗えない! それを大麻でドン! 更にブースト! これが不味いって奴はいねえ! ちなみに脳内で発生する快楽物質の原料なんぞ元をたどればアミノ酸! 蛋白質! すなわち肉! 快感を与えられ続ける脳の疲労? 強力粉で作った極太麺が脳細胞の栄養となる無限の糖質を授けてくれるから問題なし! これこそが美味しいを感じながら美味しいを摂取できる美味しいの永久機関って訳よぉ! これが化学的に不味いわけねえ~! 晩飯の怨みだ~! 俺のハッピークッキングで昇天しなクソ役人どもぉ~!」
「大丈夫かソウタ?」
「問題無い」
――問題、あるとすれば俺の今日の晩飯だな。また
涙をこらえ、
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