クッキングハイエルフ!~料理対決で大麻を使って優勝していくわね~

海野しぃる

ラーメンって実質麻薬みたいなところありません?

「こんな飯が食えるか!」


 でっぷりと肥えた若い男が漆塗りの皿を投げつけ、中に入っていた麦粥キュケオーンが給仕係をしていたエルフ女性の顔面に直撃した。


「なにが麦粥キュケオーンだ! なにが今年はお連れ様はいらっしゃらないんですね、だ! 人間様相手に無礼を重ねおって……ふざけるな! そもそもエルフの飯など野菜と穀物ばかりで味が薄くて食い足りんわ! 」


 ――彼女居ないんですか、は。

 ――ちょっとかわいそうかもしれない。

 目の前で起きた騒動を前に、転生者の莨谷たばこだに颯太そうたは苦い顔をするより他になかった。

 村長から、この麻薬ハイエルフの村にわざわざ来る汚職役人は、大体町でエッチなお姉さんを連れてきて、収穫したての新鮮な阿片をキメながら酒色にふけるのが相場だとは聞いていた。

 しかし新人だというこの役人は一人。護衛こそ居るものの、麻薬エルフの村に仕事で来たとは思えない神経質で真面目そうな男だ。


「不味いことになりましたね村長」


 颯太そうたは同じテーブルに座る村長に耳打ちした。


「やっぱエルフってクソ陽キャみたいな所あるから気になってはいたんですよ」


 村長のエルフはシワだらけの顔に更にシワを増やした。女神の加護のお陰でクソ陽キャなどという単語もしっかり通じている。


「それは分かるがちょっと黙ってろソウタ。お前は人間なんだから仲裁の切り札だ。俺が先に行く」

「うっす、それにしてもあの役人……」


 ――この麻薬ハイエルフの村への派遣事態が、不本意な仕事なのかもしれないな。可哀想に。俺も転生したくてした訳じゃないから分かるよ。

 元の世界でクソみたいな部活顧問とかを押し付けられてろくに授業資料の作成をする時間もなかった颯太からすれば、目の前の若い役人がキレるのも理解できない話ではなかった。


「こんなもの吐瀉物以下だ! やはりエルフ共の村はこれだからいかん……ええいこんなつまらんものを出したからには今年の税は10%……否、1000%にしてくれるわ! 借金漬けになって滅びろ薄汚いエルフ共!」

「お、お待ち下さい! それでは村が! この馬鹿は何なりと罰してください。ですが年貢だけは……!」


 村長は上手に慌てる演技をしながら役人にすがりつく。それを蹴飛ばして役人はエルフの女に向けて剣を抜いた。なお、村長はエルフ柔術の達人なので蹴られたところで力の流れを上手に制御して全て運動エネルギーに変えることで空中を木の葉のように舞うだけなのだが役人は気づいていない。アホなのだ。こんな麻薬村の適当な仕事に送り込まれるだけあって。


「ええい黙れジジイ! 私はこの女が気に食わんのではない! そもそもこの村が気に食わんのだ! クソッ!」


 会食の場に居たエルフたちは勿論、役人の護衛に来ていた人間とドワーフの混成傭兵部隊に緊張が走る。

 今の村長の達人的エルフ柔術を見ても分かる通り、この場で最も弱いのはただの人間に過ぎない役人だ。だがこの男が死ねば役人が殺されたことになるので、国家レベルの問題だ。しかもこの役人、弱いくせに大いに荒ぶっている。アホなので。上司である辺境伯の威勢を笠に着て威張り散らしているということだ。アホなので。


「さて……」


 莨谷たばこだに颯太そうたは大いに悩んでいた。

 ――まあ心情的にはこの新人悪徳役人クンが荒ぶるのも分かるんだけど……税率1000%は流石に困る……!

 ――そして、そこの野蛮なエルフ共は君が思ってるよりも軽率に人間を殺すぞ……わかってるのか新人……お前が相手にしているのは蛮族なんだぞ……!

 ――君が調子に乗って死ぬと皆が困るんだ……俺も……困る!

 こうして、流石に、颯太そうたも黙っていられなくなってしまった。


「お言葉ですがお役人様」


 剣を抜いた役人の前へ、丸腰のままで颯太そうたが立つ。


「何だ貴様はァ! 人間か……?」 

「左様にございます。草木を中心に研究する流れの学士でございます」

「ああ、旅の錬金術師が居るとは聞いていたが……貴様か。てっきりエルフの仲間かと、まったく人間が何故こんなところに……」

「お役人様。エルフ共の料理はたしかに不味いのですが、この村に滞在している間に実験をいくつかおこなっておりまして」

「ほう?」

「奴ら、野蛮な賤民どもは食材を活かす術というものを知りません。今しばらくお時間をいただければ、私の実験の成果を元にこの豊かな自然を用いた至高の美味を提供いたしましょう」


 それを聞いた役人がニッコリと笑う。


「ふーん! なるほどなるほど! 貴様が私の舌を満足させる料理を! しかし貴様、錬金術師であろう! 私の舌に適う美味が作れるのか!?」

「ご安心を。ときにお役人様、麺料理はお好きでしたか?」

「麺? ああ、北の土地から小麦を輸入して手打ちする程度にはな」

「素晴らしい! 実はエルフ料理を改良した新メニューがありまして……料理というのは理屈がわかっていたところでやはり料理人の腕というものが欠かせません。錬金術師の私では限界がありましょう。そこでぜひ私の料理を味わった上でそれをお役人様のレシピに加えていただき、更なる人間の発展に……」

「ああ良い良い。わかった。わかったから。御託は良いからもってこい。つまらんものを持ってきたら税率1000%だ。一時間以内だぞ! 良いな!」

「一時間ですね。お任せください。少し早くなっても?」

「構わん。それで、なんというメニューだ」

「●郎ラーメンです」

「ジ●ラーメン?」


 ●郎ラーメン。

 颯太そうたの故郷である現代日本で、その美味により多数の中毒者を発生させ、その美味により多数の人間の健康を損なった悪魔の料理である。

 これはその悪魔の料理をエルフの村で再現しようとした男たちの戦いを描いた物語である。

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