ほら、宇宙が見える
「へいおまち!」
それは山だった。五枚の厚切り味噌漬け猪肉の山麓、油にて輝ける味噌スープ、狭間に蠢く強力粉の極太麺、山菜ともやしを駆け上がった先に見える生にんにくの冠雪。聖地。
こんなラーメンの盛り付けの豪勢さを、地球で最も高い山であるチョモランマに例えることがある。
地球で最も高い場所とは、宇宙に最も近い場所と言っても過言ではない。
つまり、今回、
年若い悪徳役人は背脂と生ニンニクをもやしと山菜に絡め、実食。それまでの険しい表情が嘘のようにほころび、彼は思わず呟いてしまった。
「猫ちゃんが見える……」
ニャーン
「猫ちゃんが見えるよ……あれは空、星、すごい……宇宙だ。お月さまの上を猫ちゃんがフォークダンスしてるよ」
それは奇跡だった。
舌に載せた瞬間に大麻の爽やかな香りと魔猪の獣臭が正面からぶつかりあい、乱入した生ニンニクによってかえって統率がとれる地獄のデスマッチ。
思わずむせてしまいそうな刺激的なフレーバーを一度嗅げばあら不思議、胃袋は今か今かと胃液を出して待ち構え、眠っていた筈の腸は来客を待ちわびてぐうぐうと音楽を鳴らし始める。唾液が止まることはなく、指先は本人の意志とは無関係に目の前にうず高く積まれた丼の中のチョモランマを目指して走り出す。
「お役人様、まずはお肉を何切れか食べてみてください」
勿論こちらも大麻オイルで加熱済みのチャーシューだ。中までしっかり火を通しているし、味噌の味も濃厚に染みている。味わい豊かということだ。
「んっふ! しょっぱいねぇ~! 最高~! この脂も……あ~臭みが無い! 良いよぉ~これ良いよぉ~! このちょっと固い割に味染みてるのがありがたいねえ~! 顎の準備運動だよぉ~!」
若干ろれつが回らなくなっているが、とても幸せそうだ。良かったですね。勿論周囲のエルフは若干怯えるような目で人間たちを見ていた。だって怖いもの。
「次にスープの中の麺と麺の上の野菜をひっくり返してください」
「ほう、ほう……こうか! 太い麺だなあ~! しかしスープが染みているなあ! これを……んふっ」
スープは抽出したTHCとCBDの宝庫だ。それを存分に染み込ませた麺を食うとどうなるか。まずはスープそのものの塩分が舌を激烈に刺激する。この際、塩分による刺激の中でも過剰な部分だけが脂によるコーティングでカットされる為、まるで極上のマッサージを受けているかのような甘い痺れが口の中を襲う。
続いて脂。脂そのもののまったりとした味わいが口の中をつつみ、喉の奥をなめらかに通っていく。
それから麺だ。麺そのものが含む糖質が唾液中のアミラーゼによって徐々に二糖類へと変化を始めており、それは塩味と脂味の後に来る。糖分だ。美味しいものは脂肪と糖でできている。美味なのかという問い以前の問題だ。美味の定義そのものをぶつけているのだ。極太麺から炸裂するデンプン→糖質コンバートが生み出す美味はまさしく真理。化学教師の
そしてその美味を、THCによる幸福感とCBDによる高揚が後押しする。
勿論その有様を見る周囲のエルフたちはドン引きである。
「美味しい……美味しいよ……猫ちゃんソファーに座っているみたいだ……食べているだけなのにどうしてこんなに幸せな気持ちになるんだ……? 私が今まで食べていたものとはなんだったのだ……料理がこんなにも素晴らしいとは……私はまだ料理を何も知らなかったんだ……」
「科学とは人間を幸せにするもの。私めの錬金術がお役人様の幸福に繋がったのならば、この身に余る光栄でございます」
スープに茹でた野菜が加わることでまた少し風味が変える。味変だ。これにより刺激一辺倒から軽やかな香りによって鼻腔を楽しませる。ニンニクのインパクトによって破壊された嗅覚に変化を与えることで、濃厚な味噌豚骨スープを何度でも新鮮な気持ちで楽しめるというシェフ・
周囲のエルフたちはドン引きである。
「いやあ……学士殿、これはすごいな。食えば食うほど食欲が湧いてくるのだ……! いかに美味と言っても、飯とは食えば腹が満ちるもので、満ちれば飽きるものだろう。だがこれは違う。最初の一口の美味しさがずっと続く。これは食事を極限まで楽しむ為の工夫が仕込まれている。勿論味つけや細かな技量で不足はあるが、この料理は革命的だ……!」
「ははっ、愚かなエルフ共が遊ばせていたこの地の資源を活用いたしました。今後もこの村でお役人様や辺境伯様のお役に立てるような研究ができれば、臣民としてはこれに勝る光栄はございません」
「はははは! 良いぞ! せいぜい励め! そして後でレシピを私によこせ! 税率なども~ど~でも良い~! 良きに計らえ~!」
「ははっ、ありがたく」
役人は肉、麺、
エルフたちはドン引きだ。
「惜しい……実に惜しい……これほどの才能をこのような田舎で眠らせておくのは……辺境伯の下で研究に励め……学士殿……あなたはそうすべきだ」
――転生前は行き場が無くて教員にでもなるしかなかった限界博士課程学生だったのに……。
「暖かなお言葉、心より感謝いたします。ですが学研の徒は実践第一。私の研究はこうした野に出ねばならぬのです。無論、今後ともこういった研究成果は発表いたしますので、支援などもいただければ幸いではございますが……」
「すりゅっ! 支援すりゅよ~! もっと食べさせて~~~~~!」
――俺の理論は完璧だった。
それはそれとして成人男性が気持ちよくなっているのを見せられる周囲のエルフの気持ちにもなって欲しい。
「ラーメン、サイコ~~~~~!」
ドンッ、と勢いよく丼を空にして叫ぶ役人の目は、まるで穢れを知らぬ少年のようにキラキラと輝き、薄汚いエルフの家の天井の遥か彼方にある無限の宇宙と輝ける星々を見つめていた。
「税率に関する書類です。こちらにサインを」
「するする~!」
傭兵たちに字は読めぬ。特に今回のようなちょっとした任務についてくるような傭兵たちはなおさらだ。こうしてまたたく間に極めて村に優しい税率が確定した。
「お役人様はお疲れのようです。どうぞ寝室までお運びください」
そのまま完全にトリップして動かなくなった役人を傭兵たちが担ぎ上げる。
「実は試作段階ですので、お代わりは無いのですが……今後は量産体制を整えたいと思っております。その際には、ぜひこちらの村をご贔屓に」
傭兵たちは曖昧な笑みと好奇心と期待を浮かべながら適当な返事をして退散していった。
――ここまでウケが良いならこの世界で●郎ラーメン流行るのでは?
――
満足に頷く
「……ソウタ」
「なんでしょう村長」
「それ、封印」
「え~」
なにせ第一印象が(エルフから見て)最悪である。
こうして異世界に●郎ラーメンを根付かせる試みは、大失敗に終わったのであった。
ニャーン
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