第2話

 そして俺たちはやがて発展して、俺はそのスズメのような女の子のシャツをたくし上げた。

 貧弱な胸があらわになった。

 乳房は俺の手のひらに収まって、まだ隙間があった。

 唇を寄せて、舌でコロコロと転がした。

 スズメのようなその子は、少し反っ歯の口を俺の頭に寄せてきた。

 俺は彼女の胸から顔を離し、その口にキスした。

 歯と歯がガチガチと当たった。

 俺はそのスズメのような女の子のタイトなジーンズをずり降ろした。

 彼女も協力して脚を上下させたので、それは思ったより簡単に脱げた。

 そのスズメのような女の子の下着は貧弱で薄っぺらいものだったのを、俺の手のひらが覚えている。

 それもまたするすると彼女の貧弱な脚から脱げ落ちた。

 そのスズメのような女の子は、俺たちの上にかりそめのように載っていたタオルケットを身体に巻き付けるようにしていったん俺から逃れ、

「アレはどこ?」と言った。

「ソレって、アレのこと?」と俺は答えた。

 あいにく、持ち合わせはなかった。

「じゃあ買ってきてよ。アレがないといやよ」とそのスズメのような女の子は言った。

 俺は少々うんざりした。

 たしかに若く、身も心もヤリたい盛りではあったが、正直、出掛けるのが億劫だったのだ。

「君がいやなら、ここまでにしておこう」と、俺は両腕を伸ばして、下半身だけをタオルケットの上から彼女に押しつけた。

 そのスズメのような女の子は、華奢な身体には似合わない、フーンという強い鼻息を吐いたかと思うと、上目遣いに俺をにらんだ。

「なんで買ってこないの?」

「めんどくさいんだよ」

「じゃあ、あたしが行く」

 そう言ったかと思うと、そのスズメのような女の子はもの凄い速さでジーンズに脚を通し、Tシャツを着た。

 俺に向かって手をさしのべる。

「何?」

「お金」

「ああ、そうか」

 俺はしらけきった気分でマネークリップを取り上げ、千円札を引き抜いて渡した。

 そのスズメのような女の子は、あまりきれいでもないデッキシューズのかかとを踏みつけたまま、部屋を出て行った。

 

 俺の部屋から大きな通りへの道のりは少々屈折しているが、足の向くまま歩けば何とかなるといった具合だった。

 早稲田通りに出る直前に、ブルーのペンキもはげちょろになった《自動販売機》があるのを知っていたが、世話になったことはなかった。

 それにおそらく、あの素朴な機械に、紙幣は通用しないだろうと思われた。

 しかし、そこからもう少しだけ先へ行くと、終夜営業のコンビニエンスストアがある。

 道を渡れば、これも深夜までやっているドラッグストアもある。

 要するに《アレ》を手に入れるには事欠かないわけだ。

 ところがいつまで経っても、そのスズメのような女の子は戻ってくる気配がなかった。

 最初に俺は、彼女が身につけずにいったブラジャーを手にとって観察してみた。

 縁が毛羽立っていて、とてもじゃないが立派なしろものとは言えなかった。

 彼女はパンティも身につけずに行ったらしい。

 俺はそれを指先でつまんで、ベッドの端に揃えた。

 それから俺は、煙草に火を点けた。

 ゆっくりと吸い終えてから、丁寧にもみ消した。

 そしてふと思い立って冷凍庫を開けてみた。

 クアーズが三本横たわっていた。

 一番先に入っていたのはどれだろうと見当をつけ、リングプルを開けた。

 泡どころか、ガスすら漏れなかった。

 グラスに注ぐと、いい具合のシャーベット状だったので、俺は一人でにやりと笑った。

 まこと、シャーベット状になったクアーズの味わいといったら、天上のネクタルもかくやとばかりの美味さである。

 またたく間に、一本飲み干した。

 ──ちなみに、直輸入のクアーズ缶は、国産ビールの缶にくらべると、ほんの少し背が高くスマートで、容量もわずかながら多かった──どうでもいい。

 とにかく、あの痩せたスズメのような女の子はまだ帰ってこなかった。

 気が変わって急に帰ることにしたか?──下着を俺のベッドに脱ぎ捨てたままで?──彼女ならありえない話ではないが、想像はしづらかった。

 道に迷ったか?──もっともありそうなセンだったが、俺の住んでいた材木屋はちょうど銭湯の裏にあるという話を彼女ともしたし──何よりアイツには、スズメくらいの帰巣本能はありそうだ。

 途中でナンパされた?──ようがす、どなたにでもさしあげましょう。 

 俺はベッドに横になり、眠ってしまった。


 大家である材木屋に住み込みの大工さんがみずから手作りしたという、木造にしては頑丈な階段──それをドカドカと上ってくる音で、すぐに目がさめた。

 彼女が出て行ってからどれほど経ったのかは判らない。

 俺はその間一度も時計を見なかったからだ。

 それにしても、

「遅いじゃないか。迷ったのかと思ったぜ」

「友達と電話してたのよ」

「長電話なもんだな」

「いつもこんなもんよ」

 その痩せたスズメのような女の子は、俺に小箱を放り投げた。

 例の、ペンキはげちょろの原始的な自動販売機で買った銘柄と思われた。

 だとすると──俺の頭に、くだらないがそれでもちょっとばかりトゲトゲした疑問が浮かんだ。

「これはコンビニや薬局で買ったものじゃないな」

「性能は同じでしょ?」

 いや、違う──こいつはあきらかに安物だ、と思ったが、それは黙っていた。

 それが厚かろうが薄かろうが、どんな色をしていようが、俺にはとっくにどうでもいいことだった。

 俺の、小さなトゲトゲの疑問は、あの販売機で千円札が使えるはずはなかろうというやつだった。

 その痩せたスズメのような女の子に、詰問調にならないように気を使いながら、彼女の《足どり》を尋ねた。


「最初、コンビニに行ったのよ。喉が渇いてたから缶コーヒーを買って飲んで、電話する約束を思い出したから電話してたら、あっという間に時間が経ってたから」

「で、帰り道の、あのガッチャンコマシーンでこいつを買って、息を切らせて走ってきた、と」

「そうそう」スズメはまるですでに自分のものであるかのように冷凍庫を開け、「あ、あなた一本飲んだでしょう」

「ああ。飲み頃だったよ。グラスに注ぐと、霜ばしらみたいにキラキラくもっててな」

 スズメみたいな女の子は、俺の言葉など聞こえなかったようにリングプルを開け、その前歯を缶に打ちつけた。

 その細いのどくびが動くのが見えたような気がしたが、薄暗がりの中、それは俺の想像上のことだ。

 缶コーヒー臭さを洗い流すにはちょうどよかろうと思って眺めていた。

 スズメは半分ほどを一気に飲むと、テーブルに缶を打ちつけ、その場で服を脱いだ。

 そして俺のそばに滑り込んできた。

「おつりは?」と俺は言った。

 別に言わなくてもよかったんだが。

 彼女は、スズメらしく「チッ」と舌打ちしたかと思うと、前のめりに手をジーンズに差し出し、そのポケットから小銭を取り出して、床に叩きつけた。

 百三十円だったのを何故だか覚えてる。

「あなたは、ケチでグウタラだよね。夜中に女の子にスキン買いに走らせて、電話が長いと言ってはグチを言い、そのうえお釣りを寄こせだって」

 そう言って俺に背中を向け、壁を向いた。

 その背中は丸められていて、背骨の──あれはなんというのか、凹凸が、今度は俺の想像や錯覚ではなく、はっきりと青白く浮かんで見えた。

(こいつはどういう了簡なんだろう)と、そう俺は考えたが、試しにその背骨に触れてみた。

 痩せたスズメのような彼女は、この数時間をビデオデッキで巻き戻したかのように、その骨張った身体を痙攣させ、しゃっくりみたいな声を出した。

 それで彼女の了簡が判ったので、俺も裸になることにした。

 正直、彼女との具合はとてもよかった。

 俺は夢中になってしまった。


 翌朝、というか、もう太陽も高く上がった頃、蒸し暑さで目が覚めた。

 俺はいつもやるように、首を巡らせて、置き時計を見た──見ようとした。

 が、目覚まし時計をかねた六角形のそれは、そこにはなかった。

 飲み散らかした缶や瓶をかきわけても、どこにもなかった。

 しばらくの間、ベッドの下や、本棚の裏側まで探したが、見つからなかった。

 結論──あの痩せたスズメのような女の子は、手癖があまりよくないらしい。

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