痩せたスズメのような女の子

呂句郎

第1話

 どういう弾みでその痩せたスズメのような女の子がウチに来たんだったか、記憶が定かではない。

 おおかた、行きつけだったレゲエのかかる店かなんかで一緒に飲むうち、続きはウチでってことにでもなったんだろう。


 そのころ俺は、西早稲田──明治通りと早稲田通りが交差する十字路のそば、材木屋の作業場の二階にあるアパートに住んでいた。

 まるで部屋全体が台所とでもいうように、十畳間ほどのスペースがすべて板敷きで、七面鳥をいっぺんに二羽でも焼くことができそうなオーヴンがついていたが、そのくせ風呂はなかった。

 とにかく、そのスズメのような女の子はウチにやってきて、だらだらと酒を飲み続けていたのだ。


 俺の部屋には、真ん中から縦折れになるソファベッドがあって、通常はつとめてソファ状態であり、その日もそうなっていた。

 あとは帆布張りのディレクターズチェアが一脚と、背の高いスツールがあった。

 そのスズメのような女の子はスツールに腰掛け、足を載せる輪っかを踏みしめて、見ているこっちが目を回しそうになるような速度で、くるくる回転していた。

 そして手許の酒が無くなると、俺の冷蔵庫から勝手にクアーズの缶を出して飲んだ。

 クアーズというのは、軽い飲み口の米国産ビールだ。

 俺は、冷凍庫に移して二〇分ほど──あるいはもっと──冷やしてから飲むと、クアーズはさらに絶妙になるのだと教えてやった。

 クアーズの在庫はしこたまあったので、いくら飲まれても気にならなかった。

 ただ、冷凍庫で凍り付かせてしまうとその缶は駄目になってしまう。

 いま何本が冷凍庫に入っているのか、頭の隅にそれがひっかかり続けているような感じだった。

 そのスズメのような女の子は、冷凍庫のクアーズを出すと、その分を下の冷蔵室から補充しつづけていた。

 俺はクアーズに飽きて、ラムの瓶を取り出し、手近なグラスにどぼどぼと注いで飲んでいた。

「あたしにも、それをちょうだい」と、スズメのような女の子は言い、クアーズをチェイサー代わりにぐいぐい飲んだ。


 やがて俺は酔っぱらい、元から座っていたソファベッドに身体を横たえ、両手を頭の下に組んだ。

 カーテンレールにクリップで止めてある白熱球が、もろに視界に入り、眩しかった。

「あたしはどこに寝るの?」と、そのスズメのような女の子が言ったので、泊まって行く気なのだとわかった。

 俺は弾みをつけて身体を起こし、立ち上がってソファを操作し、そいつをシングルベッドに改造した。

 スズメのような女の子は、両手の酒をそれぞれ一息に飲み干し、俺の即席ベッドに潜り込んできた。

 正確に言えば、俺をまたぎ越して、壁に沿った居心地のいい方の場所を占領した。

 俺は眩しい白熱球を消した。

 でかいキッチンが面した通路の窓から、いつもの、頼りない蛍光灯の明かりが射し込んだ。

 ベッドは狭く、俺たちは身体をくっつけ合わなければならなかった──しかも縦になって。

 さいしょ俺は、壁を向いているそのスズメのような女の子に背を向けていたが、それだと合理的でないことがわかったので、彼女の方に向き直った。

 俺たちはひきだしの中のスプーンのようなかっこうで、きっちりと重なりあった。

 こんなベッドでもなかなか使えるものだな、と俺は思った。

 なにせ、そのソファベッドに誰かと横になったことなど初めてだったので。

 痩せたスズメのような女の子は、ショートカットだった。

 その襟足は毛羽立ち、乱れていて、あまり清潔とは言えない気がした。

 俺はいたずらごころを起こして、彼女の脇腹に触れた。

 彼女は中くらいの厚さの生地で出来た長袖Tシャツを着ていたが、布地越しに肋骨が指に触れた。

 スズメが抵抗しないので、俺は手を窮屈にちぢこめて、その背中に触ってみた。

 思った通り、ごつごつした背骨が指に触れた。

 同時にスズメはビクんと身体を反らした。

 俺はもう一度その背骨の両脇を、二本の指で撫で上げてみた。

 同じ反応が起こった。

 それがある種の楽器のように精密な反応なので、俺は楽しく思った。

 そしていくつかのやり方で、スズメの背中を、縦に横にと愛撫した。

 精密な反応には、悶えるような声が混じりはじめ、やがて、俺が彼女の背中に氷の塊でも押しつけたとでも言うような、痙攣的な声と動きが加わった。

 ある時点で彼女はくるりと俺に向き直り、しがみついてきた。

 俺の右手はシーツの上で縮こまったままだったが、左手は自由だったので、スズメの背中を思うさま演奏することができた。

 スズメのような女の子は、もどかしく思ったのか、俺の萎縮しているほうの腕を自分の首の下に回させ──つまりは両手で背中を撫で回すようにと、俺に強いた。

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