第50話 狩猟包囲網

「なるほど。俺たちは既にお前たちの包囲網の中ということか。俺たちがシュリとミレイユとの一騎打ちに夢中になっている間に、ビッグラーの一族が所定の配置についた。俺たちを完全に仕留めるために」


 朝陽は冷静に状況を分析した。危機的状況だと言うのに落ち着き払っている。


「全く……これは俺のミスだな。ミレイユの一騎打ちを見届けるために周囲の警戒を怠っていた。これは反省すべき点だ。今後に活かそう」


「はっ。なにを言うのか! 貴様らに今後はないのだ」


 シュリの傍に布状の物体を持っているビッグラーが近づいた。ビッグラーは布状のものをシュリの怪我している箇所に巻いていく。


「ポアロン! ミレイユの回復を頼む。俺は回復魔法を使えない。ミレイユに刺さっているこのトゲ。どう処理していいのか俺にはわからない。毒があるのかもしれないし、ないのかもしれないそれも診てやってくれ」


「はい。わかりました。ということは創造神様は……」


「ああ。俺1人でこいつら全員始末してやる」


 朝陽の魔力はほぼ尽きている状態。攻撃手段として取れるのは神器1つだけである。ハッキリ言って不利な戦いである。だが、朝陽は魔力切れを悟られないように戦うしかない。朝陽が勝つには、敵が朝陽に警戒している状態でなければならない。朝陽がなにをしてくるのかわからない。そういう状況を作るしかない。魔力切れがバレたら一斉に攻撃を畳みかけられてすぐに負けてしまう。


「エル・ビフレイヌ!」


 シュリが合図をすると、風を切る音が聞こえた。朝陽はすぐにその音の方向を察知し、素早く移動した。朝陽が先程まで立っていた場所にトゲのようなものが飛んでくる。もし、朝陽がそのままの位置でいたのなら、首筋にあのトゲが刺さっていたのだ。


 だが、攻撃はそれで終わりではなかった。次とまた次と畳みかけるようにトゲが飛んでくる。幸い狙われているのは朝陽だけである。回復魔法を唱えているポアロンと倒れているミレイユは無事だ。


 しばらく待っていると攻撃の手が止まった。朝陽はすぐにそれを察知した。トゲ飛ばし攻撃は1度撃った後にある程度の間隔を開けなければならないものだと推測する。一斉にトゲを飛ばさないでバラバラにトゲを飛ばしているのも、その証拠だ。全員一斉に飛ばすと全員が再使用不可能になってしまう。そういった攻撃できない時間をなくすために、バラバラに撃つ作戦に出たのだ。


 そういった攻撃できない期間をできるだけ無くそうとしても、結局一瞬だけ隙ができてしまった。朝陽はその隙を見逃さなかった。まずは、1番最初にトゲが飛んできた方向。そこにある木に向かってクラフトハンマーを投げた。


「とりゃあ!」


 ハンマーは木を破壊して、木の素材をストックした。朝陽の神器の特性で破壊したものを素材として使うことができる。魔力が切れかけている朝陽にとって、正に助け船のような存在だ。これで朝陽は植物系統の魔法を使用可能になった。


 それと同時に、上空からビッグラーが落ちてきた。ビッグラーは受け身も取れずにそのまま地面に激突する。地面に落ちたビッグラーはピクピクと痙攣した後にピタっと動かなくなった。生きているのか死んでいるのかもわからない。ただ、死んでいてもおかしくない高所から落ちたのだけは確かだ。このビッグラーは間違いなく戦闘不能になった。


「ビンゴ。その木かどうか合っているか不安だったけど、当たってて良かったな」


 朝陽の手元に投げたクラフトハンマーが戻ってきた。敵を撃破しつつ、素材の確保もできたと正に一石二鳥だ。形勢不利だった朝陽だったが、この一連の動作で朝陽の勝利の方に一気に傾いたのだ。


 続いて、またもやトゲ飛んでくる。だが、朝陽は回避しつつ、ある一点に狙いを定めた。それが可能だったのは、朝陽は次にトゲが飛んでくる方向を予知できたから回避に専念する必要がなかったからだ。再使用可能になった順番から再びトゲが飛んでくる可能性が高い。ということは先ほどと同じ順番と方向から飛んでくるとアタリをつけていたのだ。


 結果、朝陽の目論見通りに事が動いた。最初の数発は本当に予測があっているのかどうかを確認するために回避に専念していた。だが、予測が正しいと決まってからは、反撃に気を回すことができた。そして、次の木に狙いを定めて、また1人素材のストックとビッグラーの撃破を同時に行った。


 敵を撃破する度に敵の攻撃の手が緩む。朝陽は段々と戦況を有利にしていき、あっと言う間に周囲を包囲しているビッグラーを全滅させたのだ。


「な……バカな! あの包囲網を突破するだと!」


 怪我の治療が終わったシュリが、状況を見て驚いている。


「だが、相応に時間稼ぎができた。幸い神器担当はあの攻撃に参加していない。フレルビ!」


 シュリが合図を送るとシュリの右腕の神器が復活した。右腕の止血が終わったので、もう剥き出しにしておく必要がなくなったのだ。


「さあ。創造神ライズよ! 私を倒せるかな! この無敵の神器を相手に絶望するがいい!」


「あのさあ。元はと言えば、こちらのポアロンがそっちの縄張りを侵してしまったわけだし、それについては悪かったと思ってる」


 朝陽の言葉にシュリは首を傾げた。


「なにを言ってるんだ貴様は」


「こちらにも非があったことだし、俺たちとしてはポアロンを返してくれるだけでいいんだ。だから、こちらは、縄張りを侵したこと。そちらは、ミレイユの一騎打ちを最低な形で裏切り傷つけたこと。それぞれお互いの非を相殺して手打ちにしないか?」


 朝陽としても無益な争いをするつもりはない。ここで退いてくれるんだったらそれでいい。そう思っての提案だ。だが――


「は、とんだ腰抜け野郎だな創造神様とやらは! 交渉決裂! 弱者が交渉できる立場にあると思うな!」


「はあ……その選択は賢くないな。折角、助かる道を用意してやったのに。意地になって折れるタイミングを見失うとは……上に立つ者なら総合的に考えて最善の手を選ぶことも時に必要だぞ」


 朝陽は溜息まじりに頭を掻いた。


「ほざけ! 貴様が助かりたいだけだろ!」


 シュリは手の平から電撃を放った。朝陽はそれをハンマーで弾いてハンマーに吸収した。


「な!」


「おお、プラズマ状のものもストックできるのか。でもまあ、今回はこのストックは使わないかな」


「く……こちらの電撃を吸収できたところで、所詮は千日手! 私にダメージを与えるほどのパワーがその神器にあるのかな!」


「いや、あるだろ。その神器には致命的な欠点がある」


「欠点だと……!」


「気づいてないなら教えてやる。そうやってお前が電撃を放てるように設計されていること。それ自体が弱点なのだ!」


 朝陽は思いきりシュリの鎧をハンマーで叩いた。その衝撃は鎧を伝わるが、ミレイユの必殺技のように神器の中にまで衝撃を通すほどの威力はなかった。


「軽い一撃。瞬間的な破壊力では、貴様はミレイユ以下なのだ!」


「んー。まあ。やっぱり威力面ではミレイユに負けてるか。悔しいけど、それがわかっただけでも良しとするか。この世には、適材適所って言うものがあってだな。俺は高い火力でごり押しするよりも、頭を使って搦め手をする方が得意なようだな。こんな風にな」


 朝陽が指パッチンすると、シュリは急に体が締め付けられるような感覚を覚えた。


「うぐ……が、……き、貴様なにをした」


「なにって? なんでそんなことを教える義理があるんだ? 敵のお前に。俺の武器はアイディアなんだよ。種明かしするわけないだろ」


 朝陽はストックした植物素材を元にシュリに対して拘束具を作った。実は、神器の内側にも創造魔法を発生させることができる。朝陽がそれに気づいたのはシュリが電撃の魔法を使ったのがきっかけだ。手から魔法が出ているのであれば、シュリは自身が纏っている神器に阻まれて電撃を外側に出せないことになる。だが、シュリは問題なく神器の外側に向けて電撃を撃てている。つまり、シュリは手から電撃を出していたのではなく、神器の外側から電撃を出していたのだ。逆説的に考えれば魔法の発生源が神器の内側なら神器に阻まれることなくシュリに魔法をぶつけることができるのだ。


 ただ、魔法の発生位置のコントロールというのは非常に難しいものだ。どうしてもイメージと発生位置には若干のブレというものが存在する。目視できない場所なら猶更ブレが大きくなる。シュリと神器の間にある僅かなすき間。その空間を縫うようにして発生させなければ失敗に終わる。だが、朝陽はそれをハンマーで衝撃を与えることでクリアしたのだ。神器は破壊されないだけであって衝撃は受けるし伝わる。ハンマーの衝撃が伝わった先より若干の内側。そこに創造魔法を埋め込むイメージをしたお陰でブレが最小限に留まり成功したのだ。


「がっ……わ、悪かった。さっきの条件で手打ちにしよう。な、お互い。このことは水に流そうじゃないか」


「ん? 敗者が交渉できる立場にあると思う? もう勝負がついたんだから交渉もなにもないだろ?」


 朝陽の無情な一言を受けて、シュリの視界は真っ黒になった。シュリはその場で倒れて、シュリがやられたのを見たビッグラーたちは一斉に逃げ出したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る