第49話 神器の正体

「無駄だ!」


 ミレイユの剣をシュリの手甲が防いだ。神が作った神器は基本的には破壊されない。創造神たる朝陽でも介入することができないその絶対的ルール。それ故に防具の神器は非常に強力である。シュリの場合は更に全身鎧で体が万遍なく覆われているから、実質的にほとんどダメージが通らないのだ。


「ミレイユ様! お覚悟を!」


 シュリの右手からバチバチと音がなる。ミレイユはすぐにこれが電撃の予備動作だと気づき盾の神器ベガを構えて防ごうとした。右手の射線上に盾を構えたことで気が緩んだミレイユ。だが、その気のゆるみが命取りになった。なんと下方向からシュリの電撃が伸びてきて。ミレイユの足に電撃が流れたのだ。


「ぐ……」


 電撃に弱いミレイユはその場で足を崩してしまった。ミレイユは何が起きたのか全く理解できてなかった。しかし、視線を下に向けるとシュリの足元からバチバチと帯電していることを発見した。そこでミレイユは理解した。


「足からでも電撃を放てるのか」


 シュリは余裕そうに手を叩いた。手も神器で覆われているから金属のようなものがぶつかる音がする。


「ご名答ミレイユ様。よくご観察で。私の電撃は末端部分なら、手からでも足からでも出せるのですよ」


 シュリは素早く近づいて、膝を崩しているミレイユに蹴りを入れた。ミレイユは痺れて動けないから、ロクにガードもできずに蹴りが思いきり入ってしまった。負傷した箇所を手で覆うこともできずにミレイユはただ、痛みに悶えるのであった。


「勝負ありましたかな?」


「ミレイユ!」


 朝陽は心配からかミレイユの名前を叫んだ。ミレイユはその声に応えるかのように立ち上がり、再び剣と盾を構えた。


「ライズ様。私は大丈夫です。まだやれます」


 ミレイユは蹴りで負傷を受けているが、まだ心は折れていない。自分を信じて一騎打ちをさせてくれた朝陽に報いるためにも負けるわけにはいかないのだ。


「おかしい。冷静に考えると妙なことですよこれは……」


 ポアロンが突如呟いた。クチバシに羽を添えてなにやら考え事をしている。


「おかしいって何がだ?」


「シュリは全身を覆う程の神器を創りだしました。自身の想像力イメージと練り上げた魔力次第では不可能なわけではないのです。ただ、神器としての形をイメージするには全身鎧は体積が多すぎます。イメージをするための集中時間も神器生成をするための魔力を練り上げる時間も膨大になるはずです。ですが、シュリはあっさりと神器を生成してのけた。さらに言えば、それだけ強力な神器を生成したのなら、普通は疲労でその後にロクに魔力が使えないはずです。ただ、単に硬いだけのでくの坊ができるのがオチ。なのに、シュリは電撃魔法を軽々と使ってます」


「なるほど……うーん。確かに言われてみれば妙だな。俺もコスパを考慮して結局作ったものがハンマーだったからな。防具も考えなかったわけではないけど、鎧を作ったら胴体しか守れない。手甲を作ったら腕しか守れないと言ったことが不便でやめたくらいだ。全身鎧を見た時はなるほど……とは思ったけれど、やっぱり神器として作るにはコストが高いんだな」


 朝陽もポアロンと同様に口元に手を持っていき考える仕草を見せる。朝陽は過去の経験を深く思い出し、この状況の違和感の正体を突き詰めようとした。


「なあ。ポアロン。シンと神界戦争した時のことを覚えているか?」


「え? はい」


「あの時、俺はジョイント・バリスタって神器を作り出した。ハンの戦士でも出せる炎の矢の威力を高める神器。言わば、俺の神器を他人が使っている状態だ。神が創り出した神器っていうのは、他人が使ったりもできるってことだよな?」


「ええ。そうですね。神器は他人が使うこともできます。しかし、神器には相性というものがあり、他人が使うと威力が低減する場合があります」


「なるほど。威力が低減するだけなのか。ということは、破壊されないという特性もそのままなんだな?」


「あ……まさか」


 朝陽とポアロンは同じ見解に達した。これが事実だとするとシュリはなんとも卑怯な奴だ。


「シュリは1人で全身鎧の神器を作り出したのではない。他人と協力して1つの神器を作ったのだ。腕の部位、足の部位、兜、鎧、それぞれの防具を作ったのは別人。1つのパーツなら集中力や魔力のコストも抑えられる。シュリがどのパーツを担当したのかはわからないが、1つの防具しか作ってないんだとしたら、短時間で神器を生成できたのも、生成後も魔力が残っているのにも説明がつく」


 結論から言えば、朝陽の見解が正解だ。しかし、朝陽にはそれを証明するための証拠と確信がない。一騎打ちの戦いで他人が作った神器を使っているシュリ。実際に戦っているのはシュリ1人ではあるが、あたかも自分が作った神器だけで戦っているような空気を出しているのに朝陽は引っ掛かりを覚える。


「他人が作った武具を使って一騎打ち。本来なら問題のない行為に思える。だが、俺たちは創造の力を与えられた神だ。神器を作りだすのにも魔力と集中力を有する。言わば、それで力が消耗してしまうのだ。一騎打ちと見せかけて他人の神器を使うのは、その消耗を踏み倒す行為だ。自分の神器のみで戦っている相手に対してあまりにも無礼。そうは思わないかポアロン」


「ええ。わたくしも同感です。一騎打ちと称したのなら己の魔力でのみ作り出したもので戦うべきです。ましてや提案した側がやっていいことではないのです」


 朝陽とポアロンが真実に気づいた頃、ミレイユは必死に戦っていた。なんど攻撃してもシュリにダメージ1つ与えることができない。正々堂々と戦っているミレイユだが、そろそろ体力に限界が近づいている。


「こうなったら私の最終扇を使うしかない」


 ミレイユは魔力を練り上げて集中した。先程、撃った星鷲一閃せいしゅういっせん。それを思わせるほどのエネルギーの塊が剣の神器アルタイルから溢れる。


「ミレイユ様。また先程の攻撃をするおつもりですか? 無駄です。諦めてください。あの技では私は倒せません」


 事実そうだった。神器に傷をつけないまでも、中身のシュリに衝撃や痛覚を与える程度には星鷲一閃は有効的だ。だが、それをするにはあまりにも大技すぎる。ミレイユの消耗が激しくて連発できないのだ。


「私の奥義を受けてみよ! 鷲爪天穿しゅうそうてんせん!」


 アルタイルが物凄いエネルギーに包まれている。ミレイユはそのエネルギーを圧縮して、威力を高めた。そして、そのままアルタイルでシュリの右腕を思いきり斬る。シュリの神器に傷1つついていない。だが、鎧の中のシュリの腕は大量に出血するのであった。


「ぐ、ぐぎゃあ!」


 シュリは情けない声をあげてのた打ち回った。先程の星鷲一閃は拡散するエネルギー波に対して、鷲爪天穿はエネルギーを圧縮して一点集中した斬撃。範囲は狭いが威力は星鷲一閃とは比べ物にならない。


「そ、そんな……そんなバカな! く……今すぐ止血しないと死んでしまう」


 シュリは慌てて神器を外そうとする。しかし、ぴったりと装着された神器はそう簡単には外せない。ガチャガチャと音を立ててシュリは必死な状態であった。


「おいシュリ。わざわざ手動で外さなくても、神器を解除すればいいんじゃないのか?」


「ひ、ひい!?」


 朝陽の発言に対してシュリは青ざめた。確かに神器はいつでも解除して消すことができる。だが、それは神器を創造した本人に限られることなのだ。それをしようとしないということは……朝陽の見解が当たっていたという証左だ。


「く、くそう……エルビエ! ルーブ!」


 シュリが叫んだ途端、シュリの右腕の防具が消えた。中からは衝撃で切り傷を受けたシュリの右腕が顔を覗かせる。神器は無敵でも中身のシュリは違う。伝わった衝撃を無効にすることまではできないのだ。


「バレてしまっては仕方がない……そうだ。私には神器を解除できない理由があった……」


 シュリが左手で怪我した右腕を抑えて息を荒げている。誰がどう見ても追い詰められている状況だ。しかし次の瞬間――


「う……」


 ミレイユがその場に倒れてしまった。


「ミレイユ!」


 朝陽がミレイユに近寄り、彼女の体を調べる。首筋に小さい棘のようなものが刺さっているのを発見した。


「これは……」


「イギー!」


 朝陽は声のする方を見る。木の上にビッグラーがいるのを発見した。位置関係的にこのビッグラーがミレイユに棘を刺したと朝陽は推察した。


「一騎打ちの時間は終わりだ。サル共。ここからは全力で狩らせてもらう。私が……否、我らがビッグラー一族がな!」

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