第45話 推しの世界
聖女トリシャと別れた朝陽は、近くで待機していたミレイユと合流した。
「創造神様。もうよろしいのですか?」
「ああ。話は済んだ。それより、この国の戦力を確認したい」
「わかりました。それぞれの師団長に確認して兵の現状を報告させます。創造神様は応接の間にてお待ちください……そこのキミ。このお方を応接の間にまで案内してくれ」
ミレイユは近くにいた侍女に話しかける。侍女も慣れた様子で「かしこまりました」と申し伝える。
「くれぐれも失礼のないようにな。父君……じゃなかった。我が国の王よりも高貴なお方だ」
「はい。肝に銘じます」
侍女は心を乱すことなく、朝陽を案内を始める。朝陽はそれに対して、もの凄い胆力だと感心した。国王より偉い人物を相手にしているのに、緊張を所作に出さない。それが、この侍女が相当な教育を受けていることの証左なのだ。
応接の間に通された朝陽は長机の椅子に腰かけて、しばらく待っていた。侍女が朝陽をもてなすために浅黒い液体を振舞った。朝陽はカップを手に取り、それを口に含んだ。なんとも言えない苦い味がした。これは近くの森に自生している植物の煎茶で飲んでも特に問題はないものである。むしろ、健康に良いくらいなのだが、如何せん現代日本の品種改良された茶葉に慣れ親しんでいる朝陽。それに比べたら味は雲泥の差である。朝陽が普段飲んでいたお茶類が美味しく感じるのは人類の積み重ねてきた歴史や努力のお陰なのだ。
ちびちびと煎茶を飲んでいた朝陽。そこにミレイユが応接の間の扉を開けて中に入ってきた。
「創造神様。各、師団長に兵力の調査をするように申し伝えました。直に調査結果が出るでしょう。それまで恐れ入りますが、もう少々お待ちくださいませ」
「ああ。ありがとう」
「ところでキミ。少し席を外してくれないか? 創造神様と2人きりで話がしたい」
「かしこまりました」
ミレイユに命じられた侍女はそのまま応接の間を一礼して出て行った。
その後、広がる静寂。話をしたいと言ったのはミレイユの方なのに彼女はすっかり黙っている。
「あの……ミレイユ? 話があるんじゃなかったのか?」
しびれを切らした朝陽がミレイユに尋ねる。次の瞬間、ミレイユの口元が思いきり緩み、そして目が潤んできた。
「あ、あぁああ~~~!!!!!」
謎の鳴き声をあげるミレイユ。朝陽はそれを見て若干引いている。
「ど、どうしたんだ?」
「その声。良い。良いです。もうずっと聞いてられます。まさか……まさか、こんな形でお会いできるなんて思いもしなかったです」
ミレイユは手を口元に持っていき顔を隠している。頬が若干赤らんでいて、照れているのか恥ずかしがっているのか、それとも恋をしているのか。はたからみたらわからない状況である。
「落ち着いてもろて」
「これが落ち着いてられますか! だって、あの有名実況者のライズ様ですよ! もうお亡くなりになって2度と会えないと思っていたのに。こんな形で会えるなんて」
「え? あんた。どうしてそのことを知っているんだ?」
朝陽がゲーム実況者として活動していたのは、生前の話だ。ここ、セイントパーク内では創造神として通っている。そこの生まれであるミレイユは、本来なら朝陽の過去を知らないはずである。
「知ってますよ! ライズ様のグッズも買ってます。動画も毎日見てます。投げ銭は……未成年なので出来ませんでしたが……それでも大人になったらやるつもりでした! 推しのためならお金は一切惜しみません!」
やたらと軽快な口調で饒舌になるミレイユ。先程の知的でクールで礼節を重んじるイメージとはかけ離れている。
「話が見えてこないな。あんたの正体は一体なんなんだ? それを知らないと気味が悪くて仕方ない」
自分の存在を一方的に知っている初対面の相手。それが異世界人なら猶更異質な存在として映る。朝陽はこの得体のしれない女に物怖じをしている。
「私は生前はライズ様と同じ世界にいました。そして、ライズ様の訃報を聞き、後追い自殺をしたんです」
「なんだって。それじゃあ、あんた……いや、キミは俺と同じ転生者なのか?」
「はい。そうです。私は日本に住む女子中学生、
ミレイユは笑顔で自己紹介をする。
「しずく……ああ。俺の配信をちょくちょく見てくれた子か。応援ありがとうね」
「はぁん。ライズ様に存在を認知して頂けたなんて……もう私死んでもいいです。いっそのこと殺してください。推しに殺されるんでしたら本望です」
「いやいや。なに言ってるんだキミは。命を粗末にしてはいけない!」
「そうでした。この世界にはライズ様がまだ生きておられるんでしたね。ライズ様亡きあの世界にはもう未練はありません。だから、こうして後追いをしたのです」
正に後追い。転生してまで推しを追いかけるファンの鑑。
「おいおい。そんなことくらいで自ら命を絶つなよ。あの世界にも楽しいことはあるだろ。ゲームとか」
「いいんです。私は母親が幼い頃に亡くなり、父親には乱暴されて、学校でも虐められて居場所がなかったんです」
暗い表情で語るミレイユ。その表情からこれは冗談ではなく、本当のことだと朝陽は察した。
「ごめん。辛いことを思い出させてしまったな」
「いえ、いいんです。今では尊敬できる両親と姉2人がいます。当時は生きた屍のような生活を送っていた私に生きる活力をくれたのがライズ様でした。あなたの配信を見ているととても元気が出て、まさに私にとっての救世主。神様だったんです。そして、その神様は私の眼前でお亡くなりになられました。配信も突然ライズ様が反応しなくなったことでパニックになったのを今でも覚えてます。数日後、ネットニュースでライズ様の訃報を知りました」
「ああ。そうか。俺は配信中に死んだんだったな。今となっては懐かしいな」
「私はその訃報を知り、悲しさのあまり自ら命を断ちました。そして、このセイントパークというライズ様がお造りなられた世界に転生したのです」
確かに理屈の上ではありえることだと朝陽は納得した。朝陽自身が転生者で異世界を創る立場になった。だから、別の誰かがその異世界に転生することをも全然ありえるのだ。
「はじめは生前の記憶がありませんでした。しかし、教育を受けている内に、この世界を作り出した創造神ライズ様の存在を知ったのです。その勇ましいお姿をした像を拝見した時に、全てを思い出しました。実況者のイベントの時にお姿は目に焼き付けておきましたから。このお方こそが私が生前ずっと推していた存在だと。そして、その推しが作った世界で生活できる喜び。私はもう天にも舞い上る気分でした」
ミレイユは目を瞑り、胸の前手を組み祈りを捧げるポーズを取る。うっとりとしていて完全に自分に酔っている。
「そして、いつか創造神様にお会いしたいと思い、必死に魔法や剣術の稽古に励みました。素質がある者は神になり、創造神様の元にお仕えできると教わったからです」
ミレイユは目を開けて朝陽の目をじっと見つめる。
「お願いします。我が推しのライズ様。私をあなたのものにして下さい。あなたのためにこの命捧げる覚悟があります」
朝陽は思った。自ら死を選んだこの子が命を捧げると言うと本当にシャレにならないと。
「ああ。ごめん。ミレイユ。神はなりたくてもそう簡単になれるものじゃないんだ」
「そうなのですか……」
ミレイユはシュンとしてしまった。だが、ミレイユは王国最強の騎士。実力は申し分ない。神になる実力は十分備わっている可能性の方が高い。
「まあ、とにかく。同じ世界の出身者でしかも俺のファンに会えたのはとても嬉しい」
「いえいえ。私の方が嬉しいです」
「ミレイユを神にするかどうかは、この戦争が終わってからじっくり考えよう」
「わかりました。私もライズ様に認められるように武勲を立てますね」
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