第46話 鳥喰のビッグラー
朝陽とミレイユは夕暮れまで作戦会議を続けていた。ミレイユはゲーム実況者のライズに心酔していた過去がある。そのせいか、恋する乙女のような表情で朝陽を見つめることもあったが、朝陽はあえてそれをスルーした。ミレイユも朝陽に気がないことを悟ると、元のクールな表情に戻り騎士団を束ねる者としての責務を果たそうとする。
「ライズ様。夜はどうなされますか? 最大限もてなすように尽力致しますが、ライズ様がおられた現代日本に比べれば、それも最低レベル。推しを……いえ、主神たるあなたを劣悪な環境に泊まらせることは私としても大変心苦しいのです」
ミレイユは申し訳なさそうに告げた。確かにこの世界の文化レベルはそれほど高くない。先程出された煎茶の味からしても、ここのもてなしのレベルが低いことが容易にわかる。尤もやっと原始の時代から文明を築き始めたこの世界の人類に、現代日本と同じような水準を求めるのは酷なものがある。
「ミレイユ。忘れたのか? 俺は創造神だ。自分の寝床や食料くらいは自分で出せる」
朝陽はテーブルの上の籠に入っていた果実を手に取った。先程朝陽が同種の果実をかじった時は糖度が低くて、朝陽の基準では果物と呼べないレベルのものだ。それに朝陽が創造の力を込めて、リンゴを作り出した。
「おらよ。現代日本で手に入るリンゴと遜色ない味だと思う」
朝陽はミレイユにリンゴを手渡した。
「え? 私がもらってもいいんですか?」
「ああ。ぜひ味の感想を聞かせてくれ」
ミレイユはリンゴを大事そうに胸の辺りで抱きかかえた。まるで大切な人からプレゼントをもらったかのようなリアクションだ。
「ありがとうございますライズ様。もったいなくて食べられません。私の自室にて飾らせてもらいます」
「いや、食えよ。放っておくと腐るぞ」
「あはは。そうでしたね」
ミレイユは野性的にリンゴの皮ごとかぶりついた。ミレイユの口元に甘い滴が付着する。
「美味しいです。ライズ様」
「それは良かった」
「ところでライズ様。その力があれば、さっきの煎茶も美味しいものに変えられたんじゃないですか?」
「いや。折角俺のために淹れてくれたお茶だから、勝手に味を変えるのは無礼な気がしてな。この世界のこの時代に煎茶を淹れるのも一苦労だろう。だから、その苦労を無下に扱いたくなかったからそのまま味わったんだ」
「うぅ……優しいんですね。ライズ様。投げ銭投げたいです! 今すぐライブ配信してください! 今の私は成人だから問題なく投げ銭できます!」
前世の知識から朝陽に施しを与えたいと願ったミレイユ。
「落ち着け。この世界には配信環境も投げ銭をするだけのシステムもない」
「あ、そうでした。でもライズ様は酷いです。私が大人になる前にいなくなってしまったんですから」
「ああ。俺もまさかエナドリの飲みすぎで死ぬとは思わなかったんだ。これからはエナドリは1日に5本に抑えるし、バランスの良い食事も心がける」
「5本とか飲みすぎなんですよ! 生前はどれだけ飲んでいたんですか?」
「愚問だな。俺にとってエナドリは空気も同じ。今日、酸素を何リットル吸ったか記憶している人間はいないだろ? それと同じだ。答えはわからない」
「そんなんだから早死にするんですよ! 全くもう」
朝陽のエナドリ好きに呆れるミレイユ。自身が動画を視聴することによって、朝陽に入る広告収入。それがエナドリの購入代に繋がっていたと思うとなんだか申し訳ない気持ちになる彼女だった。
「さて、ミレイユ。この辺に余っている土地はないか?」
「土地ですか? そうですね。私は法務的なことは専門外なので、どこが空いているとかよくわからないんですよね」
「そうか。他人の私有地に勝手に家を建てるわけにはいかないからな」
土地の所有者や所有権。そのような概念が希薄だった原始時代は好き勝手に家を建てられた。事実、朝陽はヤマの集落に勝手に家を建てて、勝手に爆破した過去がある。
「できるだけ人里離れたところがいいな。俺の家はこの世界にしてはオーバーテクノロジーすぎる。この世界の人間にその技術を見られたら、文明の発展に過干渉しすぎてしまう」
神が人間の生活に過干渉したところで朝陽になにかしらのペナルティがあるわけではない。ただ、この世界のこの時代の人間が自力で生きていき、世界を発展させていくことに価値があるのだ。文明の発展の答えを知っている朝陽が導いてしまったら、自然の摂理に反してしまう。それは、朝陽としてもポアロンとしても望むところではない。
「そうですね。それでしたら、城下町を出てから北上したところに、森があります。そこは我々、騎士団が訓練用に管理している土地です。そこでしたら、私が所定の手続きを踏めば、自由にしていいかと」
「ありがとう。助かったよミレイユ」
ミレイユが騎士団の総務部に所定の手続きをした後に、朝陽とミレイユは北の森に向かった。
「ここが森のE12地区です。ここをライズ様の好きにしていいです。ただ、この周囲には人間に危害を加えないとは言えモンスターがいます。気を付けてください」
「そうなのか?」
「ええ。この辺はビッグラーという亜人モンスターが多数存在しています。彼らは人間と友好関係を築いています。ただ、主食が鳥なんですよね。だから、この森で鳥を狩猟して食べようとしないでください。この森の鳥は全てビッグラーのものです。もし、その掟を破ったら、彼らは人間に牙を剥きます」
「ふーん。主食が鳥ねえ。なら俺たちは大丈夫だな。別に俺は今チキンを食べたい気分じゃないし……まあ、でも万一襲撃を受けた時のことを考えて少し丈夫な作りの家を造るか」
朝陽は自身の膨大な量の魔力の殆どを使って建築を始めた。もう日が暮れているし、一晩休めば魔力も全快する。今日は戦闘の予定がないと判断したためだ。鉄筋で骨組みを作り、外壁や床も大理石と豪華な装いにする。
朝陽は、あっと言う間にハン・トールの城よりも豪華な装いの一軒家を作り出した。内装も高級感溢れる机や椅子や棚などが置かれていて、一時的な仮住まいとは思えないくらいのものだ。もし、この家を売りに出したらかなりの値で売れるはずだ。
「はあ……疲れた。やっぱり高級感ある素材を作るとそれだけ魔力の消耗量が激しくなるな」
朝陽の現状ほとんどない状態だ。だが、最低限、朝陽の神器であるクラフトハンマーを1本程度なら生成できる余力は残してある。万一の時のことを考えた結果だ。
「お疲れ様です。ライズ様。ご自身がお造りになられたお屋敷でお休みください」
「ああ。そうさせてもらう」
朝陽が扉を開けて家の中に入ろうとした時、朝陽の脳内に美少女の声が響き渡る。
『創造神様! 創造神様! 助けて下さい! わたくしです。ポアロンです』
「ポアロンか! どうした!?」
『なんか変な蛮族に捕まりました。肌の色が青白くて、白髪の亜人の集団に捕まってしまいました』
「なんだと……」
神獣であるポアロンがそう簡単にやられるはずがない。朝陽は強敵が出現したと身構える。
「大変だ。ミレイユ。ポアロンが青白い肌の亜人に捕まったと言ってる」
「それはきっとビッグラーです! ビッグラーの領域はここからすぐ近くにあります。私が案内しましょう」
「ああ。頼むミレイユ」
朝陽は内心なぜこのタイミングでと悪態をつかざるを得なかった。魔力が万全の状態なら、たかが亜人モンスターに負けるはずがないのだ。だが、現状では消耗してる状態。それでは勝敗はわからない。
「ライズ様。差し出がましいですが、私も助力してもよろしいですか?」
「ああ。すまないが頼む」
ミレイユの提案は正に渡りに船と言ったところだ。朝陽はミレイユの好意を素直に受け取り、ビッグラーの領域へと急いだ。
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