第44話 魔導姫騎士ミレイユ

「おお! アレを見るんだ!」


「創造神様だ!」


「すごい。本当にいたんだ」


 天から降り立った朝陽を見つけた民衆たちが一斉に駆け寄ってきた。初めて見る創造神に興奮を抑えられない民衆たち。


「う、うわ。とりあえず落ち着いてくれ」


 落ち着けと言ったところで、興奮した人間を宥めるのは容易ではない。原始の時代より少し進んだ時代。服装も最低限デリケートゾーンを革製のもので隠していた程度のものが、ボロボロだがきちんとした布製の服を身にまとうようになっていた。


 朝陽は一先ず周囲をキョロキョロと見渡した。周囲にいるのは、自分と民衆だけ。マーヤとポアロンは近くに見当たらない。そして視界に入ってくるのは、石造りの家や平にしてある道。文化の水準は原始の時代に比べれば間違いなく上がっている。


「おい、貴様らいい加減にしないか」


 澄み切った女性の声が背後から聞こえる。その声に一喝されたのか民衆は朝陽から離れていく。凛とした力強いその声の持ち主が朝陽に近づいてきた。


「お初にお目にかかります。私の名前はミレイユ。このハン・トールの国の騎士を務めるものです」


 青銅の胸当てとガントレットとグリーブを身にまとった金髪の女性。頭には宝石が散りばめられたティアラを付けている。防具の下の服装も他の民衆に比べてかなり綺麗にまとまっていて明らかに地位の高い人物であると朝陽は推察した。


「あのミレイユ様が頭を下げた……やはり創造神様はそれほどまでに偉大な存在なのか」


「ミレイユ様。今日もお麗しい」


 朝陽はこの状況に戸惑っている。相手は一応、この国のお偉いさんだと判断した。転生前の庶民の感覚で言えば礼節を弁えた態度を取るべき相手だ。しかし、立場上は朝陽の方が神であるから上のはず。下手したてに出るのもおかしい話だろう。この世界で最も偉い存在としては、舐められるわけにはいかない。だが、相手に対する礼節を欠くのも褒められたことではない。


 原始時代ならそう言った礼節とかは曖昧に済ませられたが、今はこの国は国家として成立しているのだ。要人が礼節を重んじるタイプならば余計な揉め事が起こる可能性がある。


「私は創造神ライズ。この世界の人間の挨拶は存ぜぬ。それ故に無礼があったら許して欲しい」


 色々悩んで出たのがこの言葉。とりあえず威厳がありそうな言葉を並べて、非礼があっても許せという主張を通すやり口だ。


「ええ。創造神様。あなたのことは存じ上げております。それに無礼だなんてとんでもないことです。私たちはあなたあっての存在。敬意を表することはあっても、礼を求める気などございません」


 ミレイユは淡々と述べる。神相手にも物怖じしている様子はない。


「聖女トリシャからあなたをお迎えするようにことづけられました。彼女の元にご案内します。私に付いてきてください」


「ああ、わかった」


 朝陽はミレイユに案内されるがままに都市の中央に位置する城へと案内された。城には石の外壁が積まれていて侵入者に対する策がなされている。朝陽がかつていた国、日本の城は周囲にお堀があり、それで敵の侵入経路を制限していた。だが、この国の城はお堀ではなく、高く積み上げられた外壁だ。地震が頻発しない国では、このような外壁で侵入を防ぐ手法を取ることが多い。それ故にこの国は地震があまり起こらない地域なのだろうと朝陽は思った。


 厳かな雰囲気の城内を進んでいくとある一室の前に案内された。


「ここが聖女の間です。聖女トリシャの準備が整っているのか確認致しますので少々お待ちを」


 それだけ言うとミレイユは扉を開けて聖女の間の中に入って行った。しばらく待っているとミレイユが扉を開けてこちらを手招きする。


「聖女トリシャの準備が整っているようです。それではお入りください」


 ミレイユに促されて中に入る朝陽。聖女の間に入った瞬間朝陽は自分の目を疑った。床にはピンクのカーペットが敷き詰められていて、部屋中には可愛らしい動物を模した人形が沢山置かれていた。ファンシーな空間でいかにも妖精が見えそうな危ない女が住んでそうな内観だ。


「あなたが創造神様ですね。ミレイユ。少し席を外してください」


「はい。畏まりました。聖女様……創造神様。私は扉の前でお待ちしております」


 ミレイユはこの不思議空間から立ち去って行った。朝陽は正直1人にしないで欲しいと思っていた。この空間に住む人間がまともなわけがないと判断しているが故である。


「お待ちしておりました創造神様。改めてご挨拶致しますね。わたくしの名前はトリシャ。サエカの時代から脈々と受け継がれてきた聖女です」


「ああ。俺は創造神ライズだ」


 部屋の内観に反して聖女トリシャはまともに受け答えしていることに安心する朝陽。


「他の神々の方はお見えにならないのですか? 神獣ポアロン様。太陽神ヒルト様。月の女神マーヤ様。嵐の神ヴォルフ様。わたくしが伝え聞いた伝承では、彼らの存在もありましたが……」


「ああ。ヒルトとヴォルフは今は訳あって別行動してる。ポアロンとマーヤは単純に逸れただけだ。どうも神界からここセイントパークに降り立つ時には、バラバラな地点に飛ばされるようでな」


「そうでしたか。それでは、ポアロン様とマーヤ様も兵に探すように申し伝えますね」


「ありがとう。助かる」


 最悪、これからリョウガの国と戦うことになるかもしれないのだ。戦力はなるべく多い方がいいのだ。


「テレパシーでお伝えした通り、リョウガの国にはキリサメという元首がいます。彼は魔法が使えるはずの兵たちを意図も容易く葬りさりました。明らかに強さが異常です」


「ああ。それで、やつが破壊神の力を得たかもしれないということだったな」


「はい。もし、相手が破壊神の勢力だった場合キリサメ以下の戦力はわたくし達だけでも太刀打ちできます。ですが、キリサメだけはどうしても勝てる気がしないのです」


 破壊神の力に対抗するべく国を立ち上げたのだが、国はまだまだ成長段階である。人間が束になってかかったところで神の力には到底及ばない。それは、神界戦争で朝陽たちも経験していることだ。だからこそ、人間の軍勢が神の力に到達できる域になるまでは、朝陽たちが助っ人として加勢しなければならないのだ。


「リョウガの国に密偵を送っております。その密偵からの報告によると、リョウガの国にキリサメと揉めたせいで牢獄に捉えられた者がいたそうです」


「国家元首に逆らうやつがいるのか……どの世界にも反乱分子というのは存在するんだな」


「その人物の似顔絵もあります。ご覧になられますか?」


「ああ。一応見てみよう」


 朝陽はほんの興味本位で密偵が描いた似顔絵を見てみることにした。抽象的な絵だが、人物の特徴をよく捉えてある絵だ。そこに描かれていたのは、破壊神の配下の霧の神ガルドにそっくりな人物だった。


「な……こいつは。ガルド」


「え? ご存知なのですか? 密偵の情報にもこの人の名前はガルドだと」


「ああ。ガルドは破壊神の軍勢だ。間違いない。キリサメは破壊神サイドと繋がっている」


「やはりですか」


「だが、ガルドが相手となると少々厄介だな。奴の戦闘能力はかなり高い。以前もマーヤとポアロンと2人がかりで退けたのがやっとだった。キリサメもガルドに準ずる力があるとしたら少し厄介だな。早いところ、ポアロンとマーヤに合流しないと戦力的に厳しいな」


 結局のところ、戦いは数である。朝陽は創造神サイドの最高戦力ではあるが故に、キリサメと一対一サシで戦った場合、勝率が高いのは朝陽の方だ。しかし、ガルドと連戦、もしくは同時に戦うとなると戦局は怪しくなる。


「ちょっとポアロンとテレパシーで通話をしてみる」


『ポアロン。ポアロン。聞こえるか?  俺だ? 創造神ライズだ』


 朝陽がテレパシーを送ったところでポアロンからは何の反応も帰ってこなかった。


「おかしいな……通じない。アイツは俺からの連絡を無視するようなやつではないのに。テレパシーそのものが何らかの事情で届いてないのか……それとも、ポアロンの身になにかあって返信ができない状況にあるのか」


「いずれにしても、すぐにポアロン様を探さなきゃいけない状況ですね」


「ああ。そうだな。それとこの国の現状の戦力を把握しておきたい。万一の時は、ポアロンやマーヤなしでも戦わなきゃならなくなるからな」


「でしたら、ミレイユに尋ねてみてください。彼女はこの国の姫にして最強の騎士です」


 「あいつ姫様だったのか」と朝陽は妙に納得してしまった。

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