第40話 月影の戦士たち

「くくく……」


 ガルドは喉を鳴らして笑い出した。


「マーヤ。キミが僕に勝てると思っているのか? 僕はずっと暗い闇の中を生きてきた。目が見えない状態で何匹ものモンスターを狩ってきたし、野盗をも倒して来た。僕は目が見えない状態でも他の人たちより強いんだ。その僕が、神の力を得て、光を得た。僕は最強の存在なんだ」


 ガルドの周囲が霧に包まれる。あっと言う間にガルドが見えなくなった。


「見えなくてもそこにいるはず!」


 マーヤは氷を霧に向かって放った。しかし、氷は霧を貫通して関係のないところに飛んでいくだけであった。


「外した!?」


「いや……ガルドの気配が消えた」


 ポアロンは既に察したようだ。ガルドは霧の中にいなことを。ポアロンは羽ばたき風を起こして、霧払いをした。霧が晴れたところにはガルドの姿がなかった。忽然と姿を消したガルド。マーヤとポアロンの間に緊張が走る。


「マーヤ! 後ろだ!」


 ポアロンが叫ぶ。マーヤが慌てて背後を振り返ると彼女の背後には霧ができていた。そしてその霧の中から、ナイフを持った手らしきものが出てきてマーヤの背中を掻っ捌いた。


「うぐ……」


 マーヤの服を破き、血がダラーと流れる。マーヤを切りつけた手は霧と共に消えた。その代わりマーヤの周囲に、別の霧の塊が7ヶ所できていた。


「これは一体……」


 マーヤが傷口を手で抑えながら前後左右を警戒する。この霧は一体何なのか。それがわからない限り対処のしようがない。


「マーヤ。その霧は恐らく奴の出入り口になっている。奴は次元の境目を霧で破壊して、こことは異なる異次元空間を行き来しているんだ」


 ポアロンは自身の推測を立てた。マーヤはまだ戦闘経験に乏しい。だから、この状況を瞬時に理解することは中々にかたいことだ。一方で、創造神を補佐する立場である神の使いとして知識を蓄えていたポアロン。戦闘経験もそれなりに豊富で、破壊神サイドの戦い方というのも熟知している。


「そんな。ポアロン様! 私はどうすればいいんですか?」


 上空にいるポアロンに助けを求めるマーヤ。


「奴がどの霧の中から出て来るのかわからない以上、対処のしようがない。わたくしが上空から見張っている。だから、奴が霧から出たタイミングに叩くしかない」


 ポアロンは正直言ってガルドの強さに脱帽している。破壊神の力を身に付けたばかりなのに、次元の境目の破壊という高度な技術を持っている。ガルド自身の才能もかなり高いし、ガルドに力を授けた破壊神もかなりの手練れだろうと予測できる。力を授ける側がボンクラならここまでの強さには至らないだろう。


「ポアロン様……ガルド師匠が出て来るまで待っているなんて悠長なことをしていたら私たちは負けると思います」


「なんだと?」


 マーヤはポアロンの言うことに背いた。比較的素直な性格で人の言うことは聞くマーヤが珍しく楯突いた。


「私に策があります……こちらから霧の中に入ればガルド師匠のところにいけるはず」


「な!」


 ポアロンは驚愕した。マーヤがとんでもないことを言い始めたことに。


「待て早まるなマーヤ! あの霧はどこに通じているのかわからないんだぞ! あの霧の中には出て来る予定のないダミーが紛れているかもしれない。ダミーの霧が通じている空間が安全だという確証はどこにもない」


「そうですね。霧の中に罠が張ってあるかもしれない。だから。私……ではなく、彼女たちがいくべきなんです! ていや!」


 マーヤは掛け声と共に神器【キジャウルク】で自身と影の境目を切り裂いた。するとマーヤと影が分離して影が実態を持ちマーヤの姿を形成する。若干色が黒くなっているマーヤ。


「な。それは……」


「これが私の神器の特性、月影の戦士たち。影と物体の境目をこの斧で断ち切ることで分離させて、自身の従者にする能力」


 マーヤはその後も自身の影を断ち切っては、分身体を作り出して計7体の分身を作り出した。


「はぁ……はぁ……」


 マーヤは息切れをしている。魔力を使いすぎたのだ。マーヤの分身体を動かせるように形成するには魔力を注ぎ込む必要がある。7体分の魔力がマーヤの限界なのだろう。


「良かった……足りた。私の月影の戦士たちよ! それぞれ霧の中に入って安全を確かめてきて!」


 マーヤに命令された影たちは、それぞれ1体ずつ霧の中に入っていった。これで霧の中の安全を確かめて、どこにガルドが潜んでいるのか調査することができる。


「ポアロン様。私は今から目を瞑ります。なにか異変があったら知らせてください」


「あ、ああ。承知した」


 マーヤは目を瞑った。目を瞑っている間、マーヤは影と視界を共有することができる。マーヤの視界が七分割されて、それぞれの視界が映し出される。霧の出口に巨大なサボテンが設置されていて、影がそのサボテンのトゲにぶっ刺されてしまった。そのダメージで影は消滅して、視界が六分割画面に変わる。


 ポアロンの予想通り、罠が仕掛けられていたのだ。もし、マーヤがこの霧の中に入っていたら、サボテンのトゲでやられていたのだ。その事実を認識するとマーヤの肝がヒヤリと冷える。


 その後も、霧の出口がマグマの中だったり、強酸の中だったり、中々とんでもないトラップが仕掛けられていた。1体を残して影人形が消滅した。残る1体がいた場所は迷宮だった。高い壁と天井があり、目の前を進んでいくしかない。影が前進していくと曲がり角が見える。影が曲がろうとした次の瞬間、影の視界にガルドが飛び出して来た。そして、影はあっと言う間にガルドのナイフに刺されて消滅した。


 マーヤの視界が真っ暗になる。影が全滅した証拠だ。そして、マーヤは霧を指さした。


「ポアロン様! あの霧の中が正解です。あそこにガルド師匠がいます……でも、ガルド師匠はそこの空間でも罠を張っていました。気を付けてください。あの空間の先は迷宮になっていた、曲がり角を曲がるとガルド師匠が襲ってきます」


 マーヤは自身が得た情報をポアロンに伝えた。マーヤはもう魔力がほとんど残っていない。分身体を作るのに魔力を使いすぎてしまった。ガルドと戦闘になれば間違いなく負けてしまう。こうなったら、ポアロンに託す他ない。


「なるほど……それさえわかれば十分」


 ポアロンは息を大きく吸い込んだ。そして、霧の中に向かって火炎のブレスを吐き出したのだ。


 霧を通じて送られる火炎のブレス。霧の中は狭い迷宮になっていて、送られてきた火炎がそのまま迷宮を進んでいく。


 しばらくすると8つ目の霧が出現する。その中からガルドが慌てて出てきた。


「あ、熱っ! ハァハァ……」


 命からがら出てきたガルドであったが、そのことは既にポアロンも予測済み。既にポアロンの攻撃が完了していた。ポアロンの羽で起こした置きかまいたちがガルドの体を引き裂いた。


「ぐぎゃぁ!」


 ガルドはポアロンが得意とする風魔法を受けて、その場に倒れてしまった。不可避な火炎のブレスを受けて、かまいたちの追撃も受けて体はボロボロの状態である。


「ぐ……が……はぁはぁ……ぼ、僕の負けか……」


 ガルドはナイフを自身の喉元に突きつける。


「ガルド師匠!」


 マーヤがガルドに近づこうとする。


「来るな!」


 ガルドがマーヤを制止する。


「僕は破壊神ジオ様を崇拝している。彼女は僕に生きる希望を与えてくれた。光を与えてくれた。その彼女の命令を実行できなかった僕に生きる価値はない。このまま死なせてくれ」


 その時だった。ガルドの肉体がふと消滅した。まるで最初からそこに存在しなかったかのように。


「消えた……?」


 マーヤはその場に立ち尽くしている。


「な! エディが消えやがった」


 朝陽もエディが消えたことに驚いている。一先ずは破壊神の力を得たエディとガルドを退けた朝陽たち。戦闘の勝利という達成感をイマイチ得られないままモヤモヤした感情を残したまま、とりあえずハンの集落に向かうのであった。

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