第38話 月と霧

 少しだけ灯りのある真っ暗な空間に、ジオは座禅を組んでいた。その空間に三毛猫がやってきた。


「やあ、破壊神殿。元気ですかな」


「ゴウラン……貴方。女性の部屋に無断で入るなんてデリカシーがなさすぎですよ」


 ジオは溜息をついて、ゴウランと呼んだ三毛猫に呆れた視線を送る。それに対して、ゴウランは自信の舌を使って毛繕いを始める。


「おっと。表現には気を付けた方がいいかな。女だろうが、男だろうが、他人の部屋に無断で入るのは失礼な行為。女に限定する言い方はアウト。オイラが前いた世界では、そういう表現に対する言葉狩りする団体がいて、難癖つけてくることがあったんだ。まあ、オイラの実力で永遠に黙らせてやったけどね」


「他人の部屋に無断で入るのが失礼な行為だとわかっているなら、やらないで下さい」


「オイラは人間じゃなくて猫だからね。許されるのさ。さらに言えば貴重な三毛猫の男の子。もっと丁重に扱って欲しいものだね」


 ゴウランは尻尾を振ってから、その場に寝転ぶ。ゴウランは、見た目通り気まぐれな猫なのだ。


「ところで、破壊神殿。衝撃のと霧の。奴ら使い物になると思いますかね」


 ゴウランは片目を瞑り、ジオに問いかける。


「それを確かめるためにハンの集落を襲わせました。ハンの集落は、この世界で最も強い戦士たちが集まる場所。そこを陥落させられればある程度の力は保証されましょう」


「はっは。あの2柱も軽く見られたものだねえ。どんなボンクラな神でも、一対一サシでの勝負なら人間に負けるなんてありえないっての。それくらい、神の力を得たものとそうでない者の力量差はある」


 ゴウランがジオの発言を笑い飛ばす。


「そうでしょうか……この創造神ライズが創造した世界。セイントパーク。私はこの世界はイレギュラーな世界だと思います。自力で魔法の力に目覚めたゴーン。そして、オウギとエルノスというモンスター。彼らは神にも成りえた力を持っている。恐らく、ライズの創造の力が強すぎた結果生まれた例外。どんな生物が急に力に目覚めるかはわからない。それくらい、この世界は危険すぎる。いずれ全ての神界を脅かす存在になるかもしれない。だから、私の手で破壊しなければならない」


「やれやれ。あんたは世界一真面目な破壊神だね。まあ、他の破壊神がサボりすぎだってのはあるけど」


 ゴウランは後ろ足で自らの首の後ろを掻いた。


「まあ、オイラも破壊神ジオ殿の神の使いとして事の顛末を見守らせてもらうよ」



 自らの神器を破壊された朝陽。武器を失った朝陽は魔法攻撃をしようと火球を手から出した。


 朝陽が得意とするのは物質を生み出す創造魔法だ。だが、その創造魔法で作り出した神器は破壊神の力を得たエディにはまるで通用しない。だから、属性魔法で攻めるしかないのだ。


「シバリア!」


 エディが魔法を唱えると彼の眼前に氷の障壁が現れる。朝陽の炎の魔法が氷の障壁に阻まれてしまう。なんとか氷の障壁を溶かしたが、炎の勢いは弱まってしまった。結果、火の粉レベルの火の玉がエディに命中しただけだった。これではとてもダメージを与えたうちに入らない。


 魔法の精度では、朝陽とエディでは圧倒的に朝陽の方が上だ。しかし、魔法にはイメージの得手不得手というものがある。極寒の地で育ったエディは氷に対するイメージが強いので、魔法の精度が朝陽より低くてもある程度補正されるのだ。その一方で朝陽は別に火に対する強い思い入れもイメージもないから、属性攻撃は無補正となる。その補正の差でエディは朝陽との力量差を埋めたのだ。


「おほー 流石創造神ライズ 火球を完全に防ぐつもりだった なのに 氷の障壁を突破するとは」


 エディは拍手をして朝陽を称えた。その様子は余裕と言った感じの表情だ。完全に力を得て調子に乗っているようだ。それに対して朝陽はカチンと来てしまう。


「ふう……」


 朝陽は頭に血が上りすぎないようにするため、深呼吸して自身の精神を落ち着かせた。


「マーヤ。ポアロン。お前たちはガルドをやれ。俺はこのエディをぶっ飛ばす」


「はい。わかりました創造神様」


「うん。わかったよパパ」


 ポアロンとマーヤはガルドの方に向かった。


「神器、キジャウルク!」


 マーヤは斧型の神器キジャウルクを作り出して、ガルドにキジャウルクを振りかざした。ガルドはその一撃を避けて、マーヤの背後に回り込む。


 マーヤも後ろを取られないように、振り返りその時の遠心力を利用して斧を振り回す。


「おっと」


 ガルドはマーヤの斧の一撃を避けた。


「驚いたよマーヤ」


 ガルドは両手を広げた。まるで敵意がないことを示すかのような所作だ。


「ガルド師匠! あなた、自分がなにをやっているかわかってるんですか!」


「ああ。わかってる。僕は破壊神に魂を売ることで、目を見えるようにしてもらった。お陰でマーヤの姿を見ることができた。まさか、こんなに可愛い子だなんて思いもしなかった。想像以上だ」


「ぬかせ小僧!」


 ポアロンが上空から急降下して、クチバシでガルドの目を突こうとする。


「僕たち破壊神の眷属は神器を持たない。その代わり、なにかを壊すことに関しては、創造神の力の比じゃない」


 ガルドがポアロンのクチバシを掴む。そして、魔力を送り込むとポアロンのクチバシにヒビが入ってしまう。


「ぐぎ」


 ポアロンはじたばたともがいてガルドから離れようとする。爪でガルドの手を思いきり蹴飛ばす。


「ぐ……」


 痛みに堪えきれずにガルドは手を離してしまう。ポアロンはその隙に上空へと飛び立ち逃げた。


「ポアロン様! 大丈夫ですか?」


「ぜーはー……ああ、大丈夫だ小娘。あの小僧、破壊神の力を授かっただけのことはあるな」


 ガルドは喉を鳴らして笑いながら拍手をした。


「いやあ。素晴らしいよ。鳥君」


「誰が鳥君だ。わたくしはポアロンというちゃんとした名前がある」


 ポアロンはガルドの失礼な態度に対して憤慨している。


「失礼。ポアロン君。完全にクチバシを破壊するつもりで破壊の力を送ったのに、ヒビ割れる程度で済むなんて。流石、神の使いということだけはあるね」


 ガルドはイメージをする。ドギつい濃い紫色の霧。その霧を少しでも吸えば、体内から体を溶かしていく。そんな毒の霧を。


「ポイズンミスト!」


 ガルドが魔法を唱えるとガルドの両手から紫色の霧が噴出した。その噴出した霧はマーヤとポアロンの周囲に散布される。


「な、こ、これは……」


 マーヤは霧を吸ってしまった。生物の体を内側から溶かしていく毒液が揮発した霧。マーヤは自身の体内が熱を帯びていくのを感じる。体の内側から焼き尽くされ、爛れて、細胞の1つ1つが丁寧にとろかされていくの感覚。


「うぎゃあぁあ!」


 マーヤは余りに激痛にその場に転がりこんだ。内側から壊されていく感覚。体内の器官が悲鳴をあげる。


「あ……あ……」


 マーヤは自身の喉を抑えている。


「どうだ。激痛で声も出ないだろ。これが破壊の力の神髄だ。マーヤの体内を内側から破壊する毒。喉を焼き、声帯を潰した。やがて痛みは喉元を過ぎて、肺に到達しそこも焼いていく。直に酸素すら取り入れるのが苦痛になる体になるだろう」


 ポアロンは恨めしそうな目でガルドを睨んでいる。ガルドはそんなポアロンを笑い飛ばした。


「あはは。咄嗟に呼吸を止めて毒の霧の吸い込みを阻止したか。だが、無意味だ。毒の霧は浴びた場合でも体の表面から溶かしていく。体内に比べて進行は緩やかだが、いずれは毒で体が溶けていくだろう」


 ガルドは勝利を確信した。それくらいガルドが扱う破壊の力ポイズンミストが強力である。


 ガルドが転がっていたマーヤに目をやる。神器を手放し、蹲っていたマーヤ。だが、彼女はゆっくりと立ち上がり、神器を拾い上げて構えた。


「な。バカな! ポイズンミストを体内に取り込んで立ち上がれるはずがない。のたうちまわって苦痛を覚えて死ぬだけなのに」


「解毒魔法、エリーロ……習得しておいて良かった」


 マーヤは解毒魔法を唱えて、自身に毒に対する抵抗を高めたのだ。よって、ガルドのポイズンミストを克服して立ち上がることができたのだ。


「ガルド師匠。あなたは私に苦痛を与えて殺そうとした。なら、私ももう容赦はしない。月の女神マーヤが、あなたに引導を渡す!」

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