第37話 光を得た少年

 少年は空を見上げた。彼は十数年という月日を生きてきて、初めて空の青さを知った。


 彼は生まれつき目が見えなかった。だから、水の感触を知っていても、水の色を知らなかった。血なまぐさい臭いは知っていても、血の赤さを知らなかった。だが、それが最近目が見えるようになったことで、知ることができた。


「気持ちいい風だ……僕は知らなかった。風に色がないってことを。目が見える人なら当たり前のように知っていることでも、僕は知らなかったんだ。この感動がキミにわかるかい? エディ」


「エディ 生まれつき目が見える だから、ガルドの気持ちわからない」


「あはは。そりゃそうか。随分とハッキリ物を言うんだな。気に入った」


 行方不明になっていたガルド。それと死んだと思われていたエディ。その2人の戦士がそよ風吹く草原で寝そべっている。


「破壊の力は素晴らしい。そうは思わないかエディ?」


 ガルドは空に向かって手を伸ばした。そして太陽を手中にいれるとそのまま握りつぶす動作をする。


「破壊 素晴らしい 創造の力 壊す」


「あはは。創造の力では、僕の目を治せなかった。僕の目の病気を破壊してくれたのは、破壊神ジオ様のお力があってのこそだ。僕は彼女のためなら、この身を捧げる覚悟がある」


 寝そべっている2人に寄り添うように、白いワンピースを着た亜麻色の髪の淑女が近づいてくる。


「ジオ様」


 ガルドはすぐに起き上がり、ジオと読んだ淑女に一礼をした。


「ガルド。エディ。順調に破壊工作が進んでますか?」


「はい ジオ様 エディの故郷滅ぼした」


 エディは顔色1つ変えずにそう言った。自分が生まれ育った故郷。一緒に神界戦争を戦い抜いた仲間達。それをなんの躊躇いもなく殺したのだ。


「破壊の力 素晴らしい 創造神様 エディに 創造の力 くれなかった」


「ふん。創造の力なんていらないさ。僕は心底破壊の力を持つ器で良かったと思ってる。お陰で目が見えるようになったんだからな」


「ふふふ。それは良かったですね。ガルドが喜んでくれて私も嬉しいです」


 ジオは女神のような微笑みをガルドとエディに向けた。


「エディ もっと強くなる ジオ様のため 強くなる 破壊すればするほど エディは強くなる だから この世界 破壊する」


 エディの目には光が宿ってなかった。エディはかつてのような気のいい戦士ではなくなっている。ただひたすらに強さを求めるだけの狂戦士と化したのだ。


 これは、エディの性格が変わったからではない。エディの本心は元々邪悪だったのだ。ただ、エディは仲間と一緒にいた方が自分が強くなれる。組織の力を信じていたから、仲間と一緒にいただけである。今までの仲間は、破壊の力を得られなかった半端者。エディの仲間の資格がない。要は不要な仲間を切り捨てただけなのだ。その証拠にエディは、自分と組んでくれる強いガルドとジオには手出しをしていない。弱い存在を、自らの肥やしとすることでエディは強くなろうとしたのだ。


「ガルド。エディ。次はハンの集落を襲いなさい」


「あそこをですか?」


 ガルドは少し躊躇した。ガルドはハンの集落に一時的に住んでいたのだ。それなりに、集落の住民に愛着がある。


「ハンの集落は創造神ライズの貴重な戦力がいるところ。そこを攻め落とせば、ライズ陣営の手持ちの駒は一気に削れる」


「しかし、あそこの集落の戦士たちは強い……」


「ガルド 怖気づいた? エディたち もっと強い」


 確かに理屈の上では破壊神の加護を受けている自分たちの方が圧倒的に強いだろう。だが、そういう問題ではない。ガルドは戦いたくないだけなのだ。


「ガルド。私の命令がきけないのですか?」


「そ、そんなことは」


 ジオの命令。それにガルドは背くことができない。創造神ライズ陣営の神々が、主神たるライズの命令をきくのと同じ。ガルドとエディもジオの手足のように動くことに最上の喜びを感じるのだ。


「わかりました。僕とエディでハンの集落を攻め落としてみせます」



 ハンの集落にやってきたガルドとエディ。2人の姿を発見したハンの集落の見張り役がやってきた。


「おお! ガルドにエディ! どうしたんだ?」


 この見張り役は神界戦争に参戦していた。だから、エディのことを知っている。もちろん、ハンの集落に一時的に住んでいたガルドのこともだ。


「すまない」


 ガルドは目にも止まらない速さの手刀を見張り役の首筋に当てた。


「うっ」


 いきなり延髄に衝撃を受けた見張り役はその場に倒れてしまった。その気になれば、見張り役の脳も破壊できた。それだけの力をガルドは受けているはずだが、気絶で済ませた。


「な! なにをする! 貴様!」


 偶然近くを通りかかった戦士が、見張り役がやられたのを見てガルドとエディに対して警戒をしている。ハンの集落の得意な武器槍を構えて、ガルドと距離を取る。


「ふんぬ!」


 エディが地面にパンチをすると、その衝撃が地面を伝わる。地面がボコボコと壊れていき、戦士の足元が崩れ去り戦士はその場に倒れた。


「ぐぼ」


「衝撃の神 エディ 破壊神ジオ様に仕える神」


 倒れた戦士はなんとか起き上がり、集落のみんなに危機を伝えようとした。指先から天に向かって火球を飛ばす。その火球は上空で大きな爆発音と共に広がる。まるで打ち上げ花火のような魔法。この魔法を使った時、それは集落全体が危機に陥ったという警告。


 だが、頭の悪いエディはそのことに気づかない。


「なんだ 派手なだけの魔法 しかも天に向かって撃つ 方向が違う 気が狂ったか?」


「いや、エディ警戒した方がいい。今ので危機を仲間に伝えたかもしれない」


 しかし、ガルドは冷静だった。敵に自分たちの存在を知られたかもしれない。そう思うと不用意な行動はできないだろう。


「お前らを集落に通さん!」


 戦士は立ち上がり、槍を持ってガルドに向かった。決死の叫び声をあげる戦士。しかし、ガルドはそれを冷たい表情で見下す。


「ダークミスト」


 ガルドが魔法を唱えると、戦士の周りに黒い霧が発生した。


「な、なんだこれは」


 黒い霧は戦士を中心にどんどんと収縮している。まるで戦士を飲み込もうとしているように。


「う、うわ! や、やめろ!」


 戦士は必死で叫ぶが、時すでに遅し。黒い霧に戦士が飲まれる。そして、数秒後。霧が晴れる。そこには戦士の姿はなかった。


「霧の神。ガルド……残念ながら僕は既に神の力を得ている。人間ごときが敵う存在ではない」


 ガルドは空を見上げてそう呟いた。空の青さを知ったガルドは、この美しい景色を見たくてつい空を見上げる癖ができているのだ。


「ほう。なら、神である俺たちの相手ならしてくれるってのか?」


 ガルドとエディの背後から声がきこえた。ガルドは慌てて振り返る。そこにいたのは、朝陽、マーヤ、ポアロンの姿だった。


「あ、あんたは……創造神ライズ! なぜここに!」


 創造神は神界にいることの方が多い。そのはずの創造神がセイントパークにいることで、ガルドは動揺を隠せない。


「これは驚いたな。ガルド、エディ……お前たちは、俺たちの敵になったのか?」


「そんなガルド師匠……嘘ですよね?」


 かつて一緒に戦った仲間。師事した相手。それが敵として立ちふさがる。あまり考えたくないことだが、現実的にはそうなのだ。


「エディ。お前の故郷は既に滅ぼされている。まさかとは思うが」


「エディが みんなを 殺した あいつら弱い 存在価値 ない」


 朝陽のセリフを食い気味でエディが遮る。その言葉を聞いた瞬間、朝陽の怒りが頂点に達した。


「そうか……存在価値がないのはてめえの方だ! 出てこい! 俺の神器! クラフトハンマー!」


 朝陽はクラフトハンマーを魔力で精製して、エディに殴りかかろうとする。しかし、エディはそのクラフトハンマーを手で受け止める。


「チッ……なんつー怪力だ」


「ディストラクト」


 エディが自身の手に魔力を籠めた。その時、朝陽のクラフトハンマーが粉々に分解されてしまった。


「な!」


 朝陽は驚いた。だが、それ以上にポアロンが驚いている。


「バ、バカな! 神が作った神器。それが人間の力で壊せるはずがない。神器を破壊する力。それを持つ者は破壊神の力を持つものだけ……まさか、貴様らは! 破壊神に魂を売ったのか!」


「ご名答」


 ポアロンの発言に対してガルドはニヤリと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る