第五章 破壊神の目覚め

第36話 繁栄と崩壊

 もう幾度目かになるハンの集落への到着。朝陽、ポアロン、マーヤはそれぞれ逸れることもなく、無事にセイントパークに降り立つことができた。


 戦争に参加したハンの戦士の1人が朝陽を見つけると、駆け寄ってきた。


「創造神様! ようこそおいで下さいました」


「ああ。キミは確か、戦争に参加してくれた戦士だよな。その節は世話になったな」


「いいえ。とんでもないです。創造神様を信仰するハンの集落の人民として当然のことをしたまでです」


「ところで、酋長は呼んできてもらえるか?」


「酋長は……亡くなりました」


「な、なんだって!」


 朝陽は驚いた。酋長も原始時代にしては結構な歳だったけれど、まさか死んでいるとは思わなかった。


「今では私が新しい酋長です。あ、そうだ。私の妻も紹介しましょう」


 朝陽たちは酋長に案内されるまま、酋長の家へと向かった。そこにいたのは、かつてポアロンが聖女の任を与えたサエカだった。サエカのお腹は大きくなっていた。太った訳ではない。これは明らかに身籠っている雰囲気だ。


「あ、ライズさん。こんにちは。お元気でしたか?」


「サエカ!? え、じゃあ新しい酋長と結婚したのは、サエカだったのか!」


 サエカは幸せそうな表情でお腹をさすっている。まさか、あの神界戦争の期間でここまで時間が進んでいるとは朝陽は思ってなかった。あどけない表情だったサエカも、今では大人の色気を感じられるほどセクシーな雰囲気を醸し出している。


 朝陽は時間の流れというものをしみじみと感じていた。まだ少女だと思っていたサエカが大人になり結婚している。朝陽たち神は歳を取ることはないから、時間の流れというものをついつい忘れがちになってしまう。けれど、人間はきちんと歳をとり、前へと進んでいっているのだ。


「私もビックリしましたよ。神界戦争から帰ってきたらサエカのやつが妊娠してて。もうすぐ生まれるそうですよ」


 酋長は嬉しそうに語ってる。彼もまた伴侶と子供ができて幸せの絶頂にいるのだろう。


「ねえ。サエカさん。触ってみてもいい?」


 マーヤがサエカのお腹を見て興味津々と言った感じだった。


「ええ。どうぞ」


 マーヤの手がそっとサエカのお腹に触れる。ビクンとサエカのお腹が脈動する。この中に新しい生命がいる。


「わあ、動いた。凄い……サエカさん。お腹の中に子供がいるって大変じゃない?」


「そうね。今は安定しているけれど、一時期は吐き気や苦しみが凄かったの。でも、お腹の中に新しい命がいるって思うと頑張れたんだ」


「そういうものなの?」


「ふふ、マーヤちゃんもその内わかるようになるよ」


「サエカよ。元気な子が生まれるように、わたくしも祈っておくぞ。」


 ポアロンは羽を合わせて祈りの構えを取った。


「ありがとう鳥さん」


 サエカの妊娠に気を取られていたけれど、朝陽にはわざわざセイントパークに降りてきた理由があった。


「そうだ。ハンの酋長よ。神界戦争での功績を称えて、褒美を取らせようと思ってな」


「え? い、いいんですか?」


「ああ。これを受け取ってくれ」


 朝陽は布の袋を酋長に渡した。中からジャラジャラという音が聞こえる。


「こ、これは? 中身を見てもいいですか?」


「ああ」


 朝陽の許可を得た酋長が袋の中を見ると、中には色とりどりの宝石が入っていた。赤、緑、青、黄。いろんな色が輝いていて、とても綺麗だ。


「す、凄い。こんなきれいな石初めてみました」


「それは宝石というものだ。それを集落のみんなで分けるといい」


「あ、ありがとうございます。創造神様からの贈り物。大切に扱わせて頂きます」


 ハンの酋長は宝石を大切そうに取り扱い、石でできたテーブルの上に置いた。


「あ、そうだ。ねえ、酋長さん。師匠はいる?」


 マーヤが急に話題を切り出した。


「師匠?」


「ガルド師匠ですよ。ほら、あの目が見えない少年の」


「ああ。彼か。しばらくは、この集落に滞在していたけれど神界戦争での勝利の報告があった次の日にはこの集落を去って行ったな」


「そうなんですか……師匠に会いたかったな。会って、私から戦勝報告をしたかったのに」


 マーヤはガルドに会えないと知っていじけている。ヤマの集落では友好な人間関係を築けなかったマーヤ。その彼女に、自身の技術を教えてくれたガルド。マーヤはガルドを師匠と呼び慕っていた。


 神界に住んでいるマーヤは地上にいる人間といつ会えるかわからない。それだけに、下手したらもう2度と会えないかもしれない。そう考えると少し物悲しくなる。


「それじゃあ、俺たちはそろそろ退散しようかな。まだ行くところがあるし」


「そうですか。創造神様。わざわざお越しいただきありがとうございました」


 ハンの酋長とサエカに別れを告げて、朝陽たちは次の目的地である雪山地帯に向かった。



「な……なんだこれは……」


 雪山地帯に付いた朝陽たち。エディたちが暮らしていた居住区は崩れ去っていた。何者かに襲撃されたのだろうか。石造りの集落は瓦礫の山と化していた。


「な、なんなの……こんなのひどいよ」


 マーヤは思わず目を覆ってしまった。目をそむきたくなるような凄惨な光景。雪山の上にある人間の手と思われるもの。切断面がねじ切れていて、強い力によって捻られたようだ。雪山地帯ということもあってか、その手は冷凍保存されていて綺麗な状態で残っている。


「ポアロン。これは一体どういうことだ」


「わたくしにもわかりません。この雪山地帯にはエディを始めとする優れた戦士が大勢いたはずです。彼らを退けて、こんなことができる存在……普通の人間やモンスターではないことは確かです」


 ポアロンは上空に飛び、集落全体を見回した。生存者がいないかどうかを確かめるために。だが、どこを見ても、瓦礫、屍の山、山、山。一緒に神界戦争を戦った戦士たちの首も見つかった。その顔の表情は歪んでいる。


「これは、よっぽど恐ろしいものを見たのか……流石にこうなってしまっては、わたくしの回復魔法でも治せん……安らかに眠るがいい」


 朝陽はスコップを作り出して、穴を掘り始めた。


「パパ。なにしているの?」


「彼らの死体を埋めてやろう。せめて供養してあげなければ。この雪山に野ざらしというのも忍びないからな」


「うん。そうだね。私も手伝う」


 朝陽とマーヤは墓穴を掘り始めた。静寂な雪山にザク、ザクという音が響き渡る。単なる無音よりも虚しさを感じる音。それを聞きながら朝陽は彼らの冥福を祈った。


 彼らの埋葬を終えた後、朝陽は雪山の澄んだ青空を眺め思案していた。


「創造神様。どうなされましたか?」


 もうセイントパークでの目的は果たした。このまま神界へと帰還してもいいのに、朝陽はここを一向に動こうとしない。そんな朝陽を心配してポアロンが声をかけたのだ。


「なあ、ポアロン。誰が雪山地帯のみんなをこんな風にしたんだろうな」


「それはわかりません。ただ、あれだけ強い戦士たちがいる集落を陥落させるほどのなにかがこの近くにいることは間違いありません」


 朝陽は地面の雪を手でギュっと握りしめた。まるで、雪に怒りをぶつけるかのように。


「ポアロン。俺……エディたちの仇をとるよ。何者かは知らないけど、見つけ出してしばき倒してやる」


「創造神様、前にも言った通り、あんまり人間の世界に干渉しすぎるのも良くないですよ。これも弱肉強食の範疇です。エディたちは強かった。けれど、それよりもっと強い存在によって倒された。そうやって歴史は紡がれていくんです」


「ポアロンの言っていることは正しいのかもしれない。けれど、俺はどうも嫌な予感がしてならないんだ。この状態を放っておけない。そんな気がする」


「私もそう思うよ」


 マーヤが話に割って入ってきた。


「犯人がどこのだれかわからない。だけれど、この犯人を野放しにしていれば、今度はハンの集落が危なくなるかもしれない。そうなったら、私たちにも影響があるかもしれない。また神界戦争を誰かから吹っかけられたら、その時にハンの集落のみんなが死んじゃってたら……私たちは兵がない状態で戦わないといけなくなるんだよ」


「ふむ。確かに我らの戦力を保つためなら放っておくことはできないかもしれないな。そこを失念していた」


 正体不明の強敵。それに立ち向かうべき、朝陽たちはセイントパーク内を捜索することになった。

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