第33話 神器AZ-CALIBUR
「降参だってさ。どうする鳥公」
ヒルトは神器を分解し、その魔力を自分の中に取り込んだ。相手の目は戦意が完全に喪失している。もう神器を使うまでもないと判断したのだ。
「もう既に相手の戦力を3分の2以上削っているはずだ。これ以上の殺生は最早無意味。こいつらは殺す価値もない」
アマゾネス隊は神器を投げ捨て、両手をあげて抵抗の意思がないことを示した。それを確認したヒルト、ポアロン、エディはアマゾネス隊を無視して先へと進んでいった。
「副隊長……」
アマゾネスの1人が心底悔しそうな顔をして副隊長を見つめた。勝てないばかりか、相手に情けをかけられる屈辱を受けた女戦士たち。プライドが高い彼女たちにとっては死よりも辛いことだ。
「戦いの中で死なせてやれなくて済まない。だが、私はお前たちを死なせたくなかったんだ」
アマゾネスたちも副隊長の思いを汲み取ったのかこれ以上なにも言わなかった。
◇
「よしよし、坊ちゃま。いい子ですね」
ベラはソファベッドに座って、シンに膝枕をしていた。殺風景な荒野に似つかわしくない高級なソファベッド。シンの魔力で作り出したものだ。
シンはベラに頭を撫でられて心底幸せそうな表情をしている。前線での被害は甚大なものなのにいい気なものである。
「んー。ベラ」
シンはベラの膝に顔を
「シン様! 大変です!」
シンの陣地にいた女戦士が血相を変えてシンの元にやってきた。
「沈まれ! 下賤なものが! 坊ちゃまは今お楽しみ中だ」
ベラは女戦士に対して威圧した。女戦士はベラの威光に一瞬怯むが、冷や汗をかきながらも話を続けようとする。
「敵襲です! ライズ軍たちがシンの陣地に侵入してきました」
「な、なんだとォ――! ライカとフウコはなにをやってたんだ! それに大量の神器を持たせたアマゾネス隊を突破しただと!」
シンはすぐさま起き上がった。一方でシンとの情事を楽しんでいたベラは不服そうな顔をした。
「ライズ軍め。坊ちゃまとの幸せなひと時を邪魔しおって! 許さない!」
ベラも立ち上がり、右手に剣の神器を生成した。
「坊ちゃま。ライズ軍のやつらは私が引き受けます。この神器
「ああ。頼んだよベラ。僕の支援はいるかい?」
シンはニヤリと笑った。それに対してベラはこくりと頷く。
「ええ。お願いします坊ちゃま。坊ちゃまのお力添えがあれば、確実に仕留められます」
「ああ。わかった。僕の神器バベル。それより強い神器を見たことはない。ライズ陣営。キミたちは強かった。僕に神器を使わせるほど追い詰めたのだからね」
シンは魔力を最大限の魔力を練り上げて強力なイメージ力で神器を創り上げた。シンの全魔力を注ぎ込んで創造した神器――
◇
「シン様! ライズ陣営のやつらが来ました。鳥1羽となんだかイケ好かない男と毛皮を被った大男です」
創造神シンが創り出した女たちは、いわゆるイケメンを忌避するように創られている。特殊な美的センスを与えることによって、創造神たるシンを崇拝するようになったのだ。そのため、ハンの集落にいた時にはモテていたヒルトもシンの世界の女にはイケ好かない男にしか映らないのだ。
「ヒルト! エディ! いたぞ。ベラとシンだ。ベラかシン。どちらかを倒せばわたくしたちの勝利だ。シンの実力は未知数。だから、狙うのはベラだ。いいな?」
「ああ。わかってるさ鳥公」
「エディ がんばる!」
ポアロンは周囲の地形をぐるっと見回した。シンの背後には、黒い色をした塔が無数に生えている。ここは荒野の地形だ。塔が最初からあるわけではない。だとするとこの塔はシン陣営の誰かが創ったものだ。一体なんのために……そうポアロンは気を取られていた。
ライズ陣営の姿を確認したベラは剣を構えて、魔力を練り上げた。そして、その魔力を自らの脚部に集中させて爆発させる。次の瞬間、ベラは物凄い勢いで跳躍して、ヒルトの眼前まで迫った。
「な――速ッ!」
ベラは目にも止まらぬ剣技でヒルトに袈裟斬りを食らわせた。胸部を斜めに斬られたヒルトは服が破れ血が噴出して、膝をついた。
「がは……」
ヒルトは完全に油断していた。ベラは近距離型の戦士だと。遠距離にいる状態なら大したことがないと。だが、ベラは肉体強化の魔法を使い、自身の脚力を強化することによって、一気に距離を縮める
「く! ヒルトの阿呆! 油断しおって!」
上空を飛んでいたポアロンは上から、ファイアボールを放とうとする。文字通り、ポアロンの必殺の火の玉ストレート。これを避けられる相手は早々いない。遠距離からでも強いこの魔法だが、至近距離から放てばもっと強い。確実に仕留められる――はずだった。
「な! どういうことだ」
ポアロンが魔力を練り上げて放とうとするも、魔法が出ることはなかった。体内に魔力は間違いなく蓄積されている。イメージだって完璧。だが、魔法が形として出ないのだ。
ベラが2撃目をヒルトに与えようとする。当初の作戦では、ヒルトとポアロンが遠距離攻撃をしてベラを地道に削っていく作戦だった。だが、接近されてしまったら作戦変更せざるを得ない。こちらも接近戦だ。
ヒルトは自身の神器インティワイラを使い、ベラの攻撃を防ごうとした。神器に対抗できるのは神器。その考えは間違いではない。
「神器インティワイラ――!」
ヒルトがいつものようにインティワイラを出そうとするが、インティワイラは形成されなかった。
「なんだと!」
魔力が足りないわけではない。イメージが甘かったわけでもない。その2つが十分に満たしていてもヒルトのインティワイラは出なかったのだ。
「死んじゃえっ!」
ベラはヒルトの喉元に剣を突き刺した。ヒルトはその攻撃を受けて吐血した。息が苦しい。ヒルトの意識がだんだんと薄れていく。視界が白くぼやけて真っ白になっていく。そして、ヒルトの目が段々と閉じていき真っ暗な視界が広がる。全身に広がる耐え難い痛みと共にヒルトは意識を失ってしまった。
「な! ヒルト! 待ってて!」
エディはヒルトの傷口を凍らせようとした。エディは回復魔法が扱えない。だが、傷口を凍らせることで血管を収縮させる応急処置くらいはできる。それをしようと冷気を放とうとするが、それも不発に終わってしまった。
「どうして! なぜ 魔法がでない」
エディは必死に魔法を出そうとするが一向に出ない。
「残念だったな。虫けら共。魔法はこうやって使うんだよ!」
ベラの剣が赤く燃え上がる。剣に刺されていたヒルトの体が焼けていく。肉がプスプスと焼ける嫌な臭いがする。自身の剣に属性魔法を付与する。ナデシコから聞いていたベラの戦法そのものだ。
ベラはヒルトの喉から剣を引き抜いた。剣に支えられていたヒルトの体はドサっと地面に倒れる。
「まずは1匹。虫けらの駆除をしました。坊ちゃま」
「よくやったベラ。流石僕の使いだ。やはり、一番信頼できるのはキミだった」
どうして、魔法が使えないのか。その理由をポアロンは考えた。自分だけが魔法を使えないんじゃない。ヒルトもエディも魔法が使えるはずなのに、発動できなかった。
だが、ベラは問題なく肉体強化と属性付与の2つの魔法を使っていた。ライズ陣営の自分たちだけ魔法が使えなくて、シン陣営のベラだけが魔法を使っている。それに加えて、敵の最大戦力であるはずのシンは今のところなにもする気配がない。ベラ1人に戦わせている状況があまりにも不自然すぎる。
「まさか――」
ポアロンが導き出した結論。それは――
「シン! 貴様、わたくしたちの魔法の発動を妨害したな!」
「さあな。仮に僕が魔法を妨害したとわかったところで、キミたちには既に勝機はない。ベラの神器AZ-CALIBURを魔力なしで打ち破ることなんてできないのだから。なにもできない無力さに震えるといいさ」
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