第32話 アマゾネス隊

 ポアロンとエディはヒルトと合流した。彼らはそのまま前へ前へと進みシン軍のエリアを目指す。


 ヒルトたちの目前には敵の軍勢が見えた。褐色肌の武装した女戦士たち。所持している武器は弓矢や吹き矢だ。遠距離からの攻撃を得意としている部隊だ。


「ライズ軍の敵だ! 我らアマゾネス隊の恐ろしさを見せてやる」


 隊長の合図に女戦士たちは弓を引き、矢を放つ。矢は的確にヒルトとエディを捉えて彼らの急所目掛けて飛んできた。


 女戦士たちは勝利を確信した。この弓矢は事前に名工の女神ダリアに作ってもらった神器だ。標的の急所を確実に狙うように魔力が込められている。その威力も折り紙付きで、達人が扱うと下手な銃よりも強力なものである。


 戦いに参加できる神は限られてはいるが、参加してない神が作り出した神器を持ち込むことはルールに反してはいない。ダリアは神器を創造するのに長けている女神で、神器をいくら作っても魔力の消耗が微々たるものである。本体のダリアは戦闘には不向きなタイプではあるが、こうして神器を創ることでサポートしているのだ。


 シン軍の女兵士たちは神が創りし神器を装備しているので、普通の人間兵より圧倒的に強力である。ライズ軍が朝陽の神器で一時無双していたのことからわかる通り、神が作った神器とはそれだけ性能がずば抜けているのだ。


 尤も、神器には相性というものがあり、作った当人なら相性に関係なく使用することはできる。だが、別人が神器を扱うとなると神器と扱う者の相性によっては、性能が著しく低下することがある。アマゾネス隊は量産型神器ブラッド・アンタレスと相性がいい女兵士で構成された組織。シン軍の戦力の一端を担っているのだ。


「ふはは! バカめ! たった2人で来るとは身の程知らずが! 矢塗れになって死ねい!」


 隊長が勝利を確信した瞬間、ヒルトとエディに当たる寸前で矢が弾き飛ばされた。矢はくるくると回転して、そのままアマゾネス軍の方に向かって飛んできた。


「んな! 総員伏せろ!」


 隊長の指示に従い、アマゾネスの隊員たちは伏せた。矢は彼女らの頭上を飛んでいき、もし伏せていなかったら確実に彼女らを射殺していた。


「やれやれ。原始人と雪男しか視界に入っていないとは。なんと愚かな。この中で一番強いのはこのわたくしだと言うのに」


 どこからともなく美少女ボイスが流れてきた。隊長にとって、この声は聞き覚えがない。隊員の誰かの声でもない。目の前のライズ軍の敵兵は男だ。なら、どこから声が聞こえてきた。と辺りをキョロキョロと見回す。


「上だ!」


 ポアロンが羽をバタつかせるとカマイタチが発生した。


「え?」


 隊長の頬になにかの雫が付着した感覚を覚える。それをそっと手で触れると手が赤い。これは血だ。誰の……次の瞬間、隊長の体にスっとした痛みが走り、じわじわとその痛みが増す。最初は斬られたことにすら気付かなかった。けれど、時間が経つにつれて感覚がハッキリとしてくる。痛い。全身の筋繊維が一気に斬られてバラバラになったかのような感覚を覚える。


 隊長は自らの立場を忘れて、泣きわめいた。その声は反響する者がない荒野によく通っていく。本来なら、隊を指揮する立場。彼女たちの示しとなるために、凛として毅然とした態度を取らなければならない立場。だが、今の隊長はまるで生まれたての赤子のように無様に泣くことしか出来なかった。


 隊長の悲痛な叫び声を聞いた隊員たちは狼狽え始めた。指揮系統がやられた。それは隊の混乱につながる。隊員たちはなにをしていいのかわからずに、ただじっと立っているだけしかできなかった。


「やるじゃねえか鳥公」


 ヒルトは上空にいるポアロンに賛辞の声を送った。


「全く原始人が。わたくしがいなかったらどうするつもりだったんだ」


 ポアロンは少し呆れ気味にヒルトに返した。


「へ、問題ねえよ。あいつらの弓矢なんて俺の火炎魔法で焼き切れた。なあ、エディもあの弓矢程度なら凍結させられるだろ?」


「あの量 流石に エディじゃ 無理」


「そういうことだ。わたくしがいて良かったな。お前1人じゃエディまでカバーしきれなかった。エディは人間にしては強いが、我々神の領域にまでは達していない。そのことを忘れるな。それと、風魔法はわたくしが最も得意とする術法。人間が放つ飛び道具程度など羽繕いしながらでも返せるわ」


 好調な雰囲気を醸し出すライズ軍、それに対してアマゾネス隊は――


「ジール隊長! 落ち着いて下さい!」


 副隊長が声をかけるも隊長の耳には全く入らない。


「む、無理だ……やつは次元が違いすぎる。勝てない。我々人類が逆らっていい相手ではないんだ」


 隊長は自身の体の痛む箇所をしたすら手で抑えることしかできなかった。完全なる守りの体勢。全身が痛み、出血し、戦意を喪失している。


「なにをバカなことを! 相手はただの鳥じゃないですか!」


「バ、バカは貴様だ! あいつはただの鳥ではない。……神獣だ! 神器ブラッド・アンタレスの矢が弾かれたのがその証拠だ。やつの風は神器の追尾性能を上回っていた。か、勝てない。ひぎいい! シン様! 助けて下さい!」


 隊長は情けなく敵前逃亡しようと、振り返りシン軍の方へと走り去ろうとした。副隊長も隊員たちも呆気に取られている。その時だった。隊員の1人が隊長を背後から弓矢で射った。その矢が急所にささった隊長はその場に倒れこみ、必死に這いずり逃げようとするが力尽きてしまい、動かなくなった。


「お、おい! あいつらやべえぞ。仲間を撃ち殺しやがった!」


 ヒルトはアマゾネス隊の奇行にドン引きしている。エディも顔を真っ青にして、敵の行動を唖然と見ている。こちらのライズ軍はヒルトとポアロンはあまり仲が良くないが、それでも戦闘時には協力している。決して、仲間を傷つけるようなことはしない。それなのに、このアマゾネス隊は隊長を平気で射殺したのだ。


「な! アイル! 貴様、上官に向かってなんてことを……」


 副隊長がアイルと呼ばれた女戦士に詰め寄ろうとするが、アイルは副隊長にも弓を向けた。


「副隊長殿。隊長殿が亡き、今貴女が指揮を取るべきだ。違うか? 指揮を出せない隊長など必要ない。生きているだけ混乱のもとだ。頭は1つでいい。副隊長殿。我らに勝利をもたらす指示を」


 アイルの言葉に副隊長の目に火が灯った。アイルは自軍の勝利のためにあえて仲間を切ったのだ。残酷な判断ともとれるが、個人よりもチームが、崇拝する創造神シンが勝つ道を選んだのだ。アイルの覚悟を受け取った副隊長はヒルトたちを思いきり睨みつけた。


「おいおい。敵さん随分とやばい雰囲気じゃないのか」


 ヒルトは冷や汗をかいている。敵の隊長を負傷させたことでこの戦いは終わるかと思っていた。けれど、予想外に新たな指揮官が誕生し、まだ戦闘は続行するのだ。


「原始人。わたくしはベラを倒すだけの魔力を温存しなければならない。わたくしの魔力は先のエディの回復で大きく消耗している。これ以上、消耗するわけにはいかない。最低限の守りは固めてやれるが、さっきのカマイタチのような攻撃はもうしないつもりだ。後はお前がなんとかしろ」


「はあ……わかったよ。鳥公。まあ、心配するな。最低限の守りすら必要ない。一撃で終わらせてやるからよ」


 ヒルトは槍の神器インティワイラを両手に持ち、構えた。その所作を見てアマゾネス隊の副隊長はヒルトをあざ笑うのであった。


「ははは。バカか! 貴様は! こちらは飛び道具の弓矢だ! その槍で攻撃が通るとでも思ったか! 射程距離が足らんのだ! 射程距離がよぉ――! 総員構えろ。アルファは鳥を狙え、ベータとガンマは地上の男2人を狙え。くくく。同時に狙われては、上の鳥も対処できまい!」


 アマゾネス隊は弓を引き狙いを定めた。全員が同じ標的を狙うのではない。一方が上空にいるポアロンを、もう一方が地上にいるヒルトとエディを標的にしている。


 ポアロンの風魔法ならこれらも同時に防ぐことは容易である。だが、風の結界を2箇所設置しなければいけない都合上、消費する魔力は増えてしまう。ポアロンの立場からしてみれば嫌な戦法だ。できれば、矢が射出する前に勝負を決めて欲しいところだ。


「インティワイラ。形態変化トランスフォーム! オロチ形態モード!」


 ヒルトの槍が伸びた。それだけなら、今までのヒルトとなんら変わりない。だが、今度のインティワイラは違った。槍の太刀打ちの部分が無数に枝分かれして穂の数も分裂したのだ。


「んな! バカな!」


 槍が伸びただけでなく、槍が無数に枝分かれをして数が増えた。伸びていく槍にアマゾネス兵たちが次々に貫かれていく。動揺したアマゾネス兵たちは矢に魔力を籠めることすらできずに適当な方向に飛ばすことしかできなかった。魔力が籠っていない神器などただの道具も同然だ。当然、ブラッド・アンタレスの急所を執拗に狙う特性が発動しない。


「創造神様の国の神話に八岐大蛇やまたのおろちという怪物がいたらしいんだ。頭が無数に別れている蛇の怪物だ。それに着想を得て、俺はこのオロチモードを開発したんだ。本当はシンの野郎をぶちのめす切り札にしたかったけれどこんな雑兵相手に使うハメになるとはな」


「原始人。やるではないか。わたくしたちが仲間集めをしている間にいつの間にそんな技を会得していたとは」


「んが……」


 アイルが槍に貫かれた。口からは血が噴き出て、瞳孔が徐々に開いていく。


「アイル!」


 副隊長は自らを奮い立たせてくれたアイルを失ったことで戦意を喪失した。そして、気づけば、アマゾネス隊は壊滅状態。かろうじて生き残った兵士たちの目も恐怖に怯えていてまるで戦いにならない。


「降参だ……」


 副隊長を苦い顔をしながらもそう言った。これ以上死人を出すわけにはいかない。相手が許してくれるとは限らないが、これ以上の戦いは無意味との判断だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る