第30話 忍び寄る影の脅威
朝陽は自分の陣地にて、ただ待機をしていた。ヒルトからのテレパシーを受けて、ヴォルフと敵の神が交戦中だと伝えられた。
前線にはヒルトがいる。ヒルトの視力は非情に優れている。敵を逃すなんて考えられない。ヒルトが前線にいる限りは、自軍の陣地に敵が侵入されることはないと考えていた。
「しかし、創造神様の作戦が上手く嵌りましたね。敵の前線部隊を殲滅させることに成功しました」
ハンの戦士が朝陽に話しかける。朝陽はそれに相槌を打ち、後方に下がろうとした。
その時だった。ハンの戦士が呻き声をあげて、その場で片膝をついてしまう。
「うが……な、なんだ……足が痛い」
ハンの戦士の足首から血が流れている。まるで刃渡りの短い刃物で斬られたかのような傷だ。
「おい、大丈夫か」
もう別のハンの戦士が、足を切られた戦士のところに駆け寄ろうとする。
「近寄るな!」
「え?」
朝陽が声を張り上げたが時は既に遅かった。もう1人のハンの戦士の足がまた斬られてしまう。
「そこだ! バインドアイヴィー!」
朝陽は植物の蔦を生み出した。そして、足を斬られたハンの戦士の足元の影の周囲を縛り上げた。
影からは小太刀を持った女性の手が伸びていた。朝陽が出した植物の蔦に縛り上げられた手は脱出しようともがいている。
「く、貴様! 拙者を縛り上げようなどと破廉恥な奴め! 拙者を辱めようというのか!」
影の中から声が舌ったらずな女の声が聞こえてきた。影から左手が出てきて、植物の蔦を掴み、思いきり引き千切った。解放された右手は影の中に沈んでいき姿を消した。
「しまった! 逃がしたか。みんな影だ! 敵は影から出現する。自分の影から目を離すな! いつ襲ってくるのかわからないぞ」
朝陽の言葉を受けて、人間兵たちは自身の影を注視した。既に2人の犠牲者が出ている。これ以上の犠牲を増やさないためにも、自分の身は自分で守るしかない。
「くそ……どこ行きやがった!」
ハンの戦士の1人が自分の影を気にしながらも周囲をキョロキョロと見回した。だが、人間の集中力や緊張はいつまでも続くものではない。攻撃が止んだと思って油断した次の瞬間。そのハンの戦士の影から手がにゅっと出てきた。
「うお!」
ハンの戦士は慌てて火の魔法を出した。自身の手から放たれた火の魔法から出る光が自分の影を打ち消す。影を失ったことで手は消えてしまった。
「ふう……」
なんとか難を逃れたハンの戦士。火の魔法を持っていなければ危ないところだった。
「敵! どこ! エディ! 敵! 倒す!」
氷使いの大男エディは、敵を探して動き回っている。完全に警戒心が薄れている。元々思慮深い性格ではないエディは無警戒に影を探し回っている。
「エディ! 動き回るな! その岩場の影から離れろ!」
「ん?」
朝陽が忠告した時には遅かった。敵は荒野にある岩の影に避難していた。そこにやってきたエディ。エディは背後から背中を一突きされた。
「あが……」
エディはその場で倒れた。エディの鮮血が渇いた荒野に染みわたる。エディは体をピクピクと痙攣させて悶えている。
エディが得意とする氷の魔法では影を打ち消すことはできなかった。相性の悪さを呪う他ないだろう。
「エディ!」
エディの仲間が彼のところに駆け寄ろうとする。今なら手当てをすれば助けられる。そう思っての行動だ。しかし――
「止まれ!」
「え?」
朝陽の指示を受けて、エディの仲間は止まった。制止されてエディの仲間は恨めしそうな目で朝陽を見ている。
「神様! なぜ? エディ! まだ生きてる! 今なら! 助けられる!」
エディの仲間は必死だった。仲間を助けるために必死で動くのは人間の美徳でもあるだろう。だが、朝陽は冷静だった。
「敵はわざとエディに止めを刺していない。エディが生きていれば俺たちの誰かがエディを助けるためにあの岩場の影に入る。そしたら、助けに行った仲間も奴の餌食にされるだろう」
「そんな! エディ! 助ける! 無理?」
「いや。エディを見捨てるつもりはない。岩場に向かって、大きな火を放つんだ。影が消えるほどのな」
「承知いたしました」
ハンの戦士たちは魔力を集中させて一気に火を放った。大きな火球はエディの周りに放たれて彼の周囲の影を消した。
「エディ!」
影が消えた途端エディの仲間はエディに駆け寄った。そして、彼の巨大な体を担ぎ上げて影がない方に移動していった。
「エディはポアロンのところに運んでやれ。彼女は回復魔法の使い手だ。エディの傷を治してもらえる」
「ありがとう! 神様!」
朝陽は更に後方で待機しているポアロンにテレパシーを送ることにした。
(ポアロン。聞こえるか。俺だ。ライズだ。エディが負傷した。彼の傷を治してやってくれ)
(正気ですか? 創造神様。たかが人間のためにわたくしの貴重な魔力を割けと? 回復魔法には多大な魔力と集中力が使われるんですよ? 回復できる人数には限りがあるんです。それをたかが人間1匹に使うだなんて愚策にも程があります)
(頼むよ。ポアロン。エディたちは俺たちのために命を張ってくれている。俺は、彼らを死なせたくない。他にも負傷者はいるが、いずれも軽症だ。だが、エディの見た感じ深刻なものだ。このまま放置すれば死んでしまう。だから、お前の力が必要なんだポアロン)
(もう……わかりましたよ。今の内に魔力を練っておきますから、ちゃんと連れてきてくださいね)
(ああ。エディの仲間がエディを担いでそっちに向かってる)
「創造神様危ない!」
ハンの戦士の声に朝陽は反応した。朝陽の影から手が出てきて、足を斬ろうとした。朝陽はその攻撃を寸前のところで躱した。後一歩反応が遅れていたら、朝陽の足は斬られていた。
「ふう……危ないな。テレパシー中の相手を狙うとは。いや、戦闘中にのんびりとテレパシーをしていた俺も悪いな。反省せねば」
朝陽は危機を知らせてくれたハンの戦士の方を一瞥し、目でお礼を訴えた。ハンの戦士もそれを汲み取ったのか、朝陽に向かって親指を立てた。
「影の中に入り込む敵か。厄介だな。なんとかして地上に引きずり出さなきゃ勝ち目はないな」
朝陽は魔力を練り上げた。いつでも魔法を放てるように準備をしている。こちらは大人数がいるのに対して敵は1人だ。たった1人にここまで翻弄されて朝陽は内心不甲斐なさを感じながらも、この状況を打破しようと画策する。
「パパ!」
朝陽の背後から声が聞こえた。朝陽をパパと呼ぶ人物は1人しかいない。朝陽が振り返るとそこにはマーヤの姿があった。
「マーヤ! 後方に待機しているはずじゃ」
「ここは私に任せてパパ!」
マーヤは目を瞑り集中し始めた。マーヤは魔法を放つ時に目を瞑らなければならない。魔法を放つ直前に視界が塞がれる。それがマーヤの弱点であった。しかし、マーヤはその弱点を克服すべき、盲目の少年に師事をし、他人の気配を感知する能力を身に付けた。
「そこだ!」
マーヤが氷の
「うぎゃ!」
朝陽の影から黒装束に身を包んだ少女が飛び出てきた。少女の髪の毛はピンク色のショートカットで、卵のような色白でツヤのある肌。目も大きくて可愛らしい顔立ちをしている。傍から見れば、お淑やかで儚げな美少女である。
「ぐ、ぐぬぬ! 貴様! よくも我が術を見破ったな! 1人ずつ確実に始末しようと思っていたのに、よくも! よくも!」
少女は近くにあった影に向かって走ろうとする。しかし、少女の足を植物の蔦が縛り上げて、少女は転んでしまった。
「うきー!」
「バインドアイヴィー! そいつを縛り上げろ」
朝陽が魔法で作り出した植物の蔦は少女の足だけでなく、全身に回る。全身を縛り上げられつつある少女は悲鳴をあげて抵抗する。
「え? ちょ、ちょっと待って。や、やだ! やめて! 拙者に乱暴するつもりか! シン様の持っている如何わしい本のように!」
「な、なんだこいつ……」
「や、やだ! やめてぇ! 拙者はまだ嫁入り前の身! シン様にすらこの身を捧げてないというのに! こんな下衆な男に堕とされたくない! 嫌だ!」
少女は暴れ出した。しかし、暴れれば暴れるほど植物の蔦が食い込んで、痛い思いをして苦悶の表情を浮かべる。彼女は一体なにをしたいのだろうと、朝陽は疑問に思うのであった。
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